万緑叢中紅一点、降り注ぐユーグレナの雨-①
「ぜひともご一緒させてください!」
こうして、二人は一面、常盤色の真っ緑の世界に身を投じることとなった。
よりどり緑、どこを見ても緑の世界へと身を投じてゆく……
「にしても、外になんか出たことないから、どこになにがあるかなんてさっぱり分からないわよね。」
「はい、僕も外に出れる日が来るなんて夢にも思ってませんでしたし、そもそもここから外に出ようなんて考えてませんでしたし」
「そうなの!? 私はいつか絶対こんな部屋から出てやろうと思ってたわよ――まさかこんなに早く出れるなんて思ってなかったけれど」
「そうですね。どれもこれもこの謎の緑の物質のおかげですね。にしても、これは一体なんなんですかね。サクサク踏んで進んでますけど」
「とりあえず今のところは何もないわよね……まあ、有害だったらその時はその時よ。でもまさか、こんな緑の粉が一日でこんな町全体に降り積もるなんてね。まるで雪みたい」
そう言って晒菜升麻という少年と一寸木木呂子という少女は人生初めての外の世界を堪能している。昨日とは全く違う緑の世界。初めて歩く外の世界がこんな真っ緑だなんて思いもしなかったが、彼らにとっては真っ緑だろうとそうでなかろうと、そういうことは些事にすぎなかった。外の世界に出れる、それだけで彼らは満足だった。
二人はこうして外に出る前に、一通り午時花病院の中を散策した。一寸木の隣の部屋、そしてそのまた隣の部屋、どちらも覗いてみたもののいずれも空だった。下の階に下りてみても、誰一人としていなかった。どうやらこの午時花病院は雄山院長が一人で切り盛りしていたらしいということが分かっただけでたいした情報は得られなかった。
ということで、二人は外に出て調査という名目で散歩をしている。二人は黙々と通りを歩く。どこに何があるのか分からないからキョロキョロと周りを確認し、調べながら歩く。と、その時、一寸木が唐突に口を開く。
「ねえ、升麻君、私とデートしよ。いいでしょ?」
「!?」
――で、デ―ト!?
思考が停止する。晒菜は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くした。
一寸木はたじろぐ晒菜を気にする様子もなく、晒菜の手を握ってきた。
びっくりした晒菜はただただぎゅっとその手を握り返すことしか出来なかった。晒菜の胸がバクバクと拍動する。なんなんだこの一寸木という少女は……晒菜には彼女の意図がわからない。
「え、ちょっ、待っ、ださい」
動揺しすぎて途切れ途切れにしか話すことが出来ない。そして、握った手を振り払った。
「ふふ、升麻君の顔真っ赤だよ。緊張してるの?」
「こ、こういうのはもっと親密になってからじゃないといけないと思いますっ!!」
「えーいいじゃんちょっとくらい……」
「駄目なものは駄目なんです!!」
必死で断った。デートってのはこんなに軽々とするもんじゃないはずだ。晒菜はそう信じていた。だからめいっぱい拒絶した。
「なにもそんなに言わなくても……ごめん、ごめん、冗談だよ。一度やってみたかったんだ恋人ごっこ」
「――僕も、ついむきになっちゃってごめんなさい」
冗談なんていう勢いじゃなかった気がする。このまま流れに身を任せていたらどんなことに……
兎にも角にも二人とも、人とのコミュニケーションの取り方を心得てはいないのだ。生まれてから今までろくに他の人と会話すらしたことがないのだ。だからこうやってお互いの距離を誤ることだってあるだろう。
それでも晒菜と一寸木は二人でこの世界で生き延びなければならない。
こんな言い方をすると、まるで彼ら以外の人々が存在しないかのように思われることだろう。
――そう、実際のところこの町、椎葉町にまともに動ける人間は限られている。
次回は8月3日(木)更新です☆