よりどり緑、どこを見ても緑‐⑤
晒菜はポケットの中のパンツを少女に返却した。どうやら、なんとか理解してくれたようだ。ひとまず胸をなでおろした。
「私は一寸木 木呂子。一寸法師の一寸に木曜日の木でますき。木呂子はまあ、多分今頭の中で想像してくれてるのであってると思うわよ。呼び方は一寸木さんでも木呂子さんでもどっちでもいいわ。とりあえずよろしくね。にしても、人に自己紹介するのなんて初めてだわ。テレビの中だけのことだと思ってたけど、こうして実際に自己紹介する日が来るなんてね……」
一寸木という少女はそう言って、自己紹介した。どうやらこの人も晒菜と同じように今まで自分の病室に閉じ込められていたようだ。
「よろしくお願いします、一寸木さん。僕は晒菜 升麻と言います。晒す菜っ葉と書いて晒菜、弁当の弁に、麻布の麻で升麻です。一寸木さんの隣の病室で過ごしていました。僕も自己紹介なんてするのはもちろん、院長以外の他の人と話すのは初めてです」
こうして、それぞれ自己紹介を終えたところで二人はお互いにとりあえず敵対関係を取る必要がなさそうなことが分かって安心していた。
「あれ? 晒菜君は私の部屋の隣だったの? 院長は空き部屋って言ってたけど……」
「たぶんそれは、外の世界への好奇心を少しでも抑えるための院長の嘘だと思います。僕はそんな質問したことはなかったですけど、少なくとも外に出ることを許可してくれることは一度もなかったですね」
「やっぱり、晒菜君も同じなんだね」
一寸木は雄山院長の方を見やりながらそう言った。
「で、この院長は結局どうなってしまったわけ?」
「見ての通りです、生きてはいますがこちらからの応答には一切反応しません。植物状態ってやつです」
「植物状態って……上手くいったつもりなの?」
「いえいえ、滅相もございません」
「まあそれはさておき、きっとこの外の異常と関係あることは確かよね」
一寸木はどうも、物分かりがよい人物らしかった。目の前での謎の緑化現象についても最初は驚きはしたものの、今はもうこうやって冷静に考えられるほどの落ち着きをみせている。
「晒菜君、さあ、これからどうする?」
「…………」
正直どうっていわれてもどうすれば良いのかなんてわからなかった。次から次へと目まぐるしく状況が変化する。今までの薄っぺらい日常に慣れすぎていたせいだろう、脳が変化についてゆけない。処理が追いつかないうちにすぐさま新たな事象が発生する。ずっとここで過ごしてきたが、こんな劇的な一日は初めてだ。
といっても一日はまだ始まったばかりだ――まだまだこの波乱万丈な一日は続く。
晒菜升麻の運命は一寸木木呂子という少女と出会ったことでこれから大きく揺れ動いてゆく。
だが、本人は気が付いていない。最初に出会ったのがこの一寸木で本当に幸運だったことを……おそらく他の人間と出会っていたならば、晒菜の物語はここで即終了していただろう。
偶然の邂逅――それはある種の必然だったのかもしれない。
「ねえ、晒菜君! 私と一緒に外の世界に出てみない?」
それは、思ってもみなかったセリフだったかもしれないし、予想の範疇のセリフだったかもしれない。外の世界――昨日とは全く違う景色、何が起こったのか、何がどうなっているのか、考えても考えても興味は尽きない。
これは俺に巡ってきたチャンスなんだ。今を逃せば一生外には出れないかもしれない。
そう考えるとやはり諦めきれなかった。外に出てみたい、そう強く思った。
晒菜は胸の鼓動の高鳴りを感じながら声高らかに言った。
「ぜひともご一緒させてください!」
こうして、二人は一面、常盤色の真っ緑の世界に身を投じることとなった。
よりどり緑、どこを見ても緑の世界へと身を投じてゆく……
次回は8月2日(水)更新です☆