よりどり緑、どこを見ても緑‐④
ドクンドクン、晒菜は鼓動が速くなるのを感じていた。本などで知ってはいたものの実際に実物を見るのは初めてだった。手に取って確かめてみたが、どうやら本物らしい。ハンカチサイズの布切れ、だが、ただの布切れとは似て非なるもの。
――ショーツと呼ばれる、女性用の下着。
晒菜は立派な十四歳の少年である。年頃の男子が女性の下着を見て興奮しない方がおかしい。だが、当の本人は、この感覚がどこに起因するものか理解できていなかった。
どうしてこんな変な気持ちになっているんだ、こんな気持ちは生まれて初めてだと困惑する晒菜。
「きゃあああああああああああああああああ!!」
間が悪いとはまさにこのことだろう。悲鳴が部屋中に響き渡る。晒菜が部屋を物色しているところに本来の部屋の住人と鉢合わせしてしまった。
「……!?」
びっくりした晒菜はあわてて持っていたショーツをポケットに隠した。そして、一目散に部屋から逃げ出そうとした。
「ちょっと待ちなさいよ!! くらえ! 問答無用キック!!」
「うぐッ!!」
晒菜は服の袖を思い切り少女に掴まれてしまい、晒菜の逃亡劇は一瞬で幕を閉じた。そして、腹部に思いっきりキックをお見舞いされた。痛みのあまり晒菜はその場にうずくまる。なんてことだ、人がいることを確認できたことは良かったが、まさかこんなことになってしまうなんて。
晒菜は必死に言い訳を考えていた。人を探していたと言えば分ってくれるだろう。べつに悪気があった訳じゃないんだ、謝ればなんとかなるだろう。そうすればとりあえず大丈夫だろう、晒菜はそんな甘い考えを持っていた。
「あなたは一体、何者なの? 名前は? 何のために私の部屋に入ったの? まあ、なんにせよとりあえずポケットに隠したものを早く出しなさい」
晒菜よりも幾分か年上だろう少女はそう言ってきた。年上だろうというのは晒菜の勝手な判断だが、外見を見る限り晒菜よりは年上だ。
「う……えっと……」
晒菜にとって少女と面と向かって話すのは初めてのことだった。というか雄山院長以外の他人と話すのは初めてだったもので、どうやって話をすればいいか分からずにたじろいだ。そしてさっきのキックのせいでうまく声が出せない。
「素直に人の言うことが聞けないってわけね。この下着泥棒め!! くらえ! 言語道断パンチ!!」
「ぐはッ!!」
キックの痛みが引かないうちにパンチも上乗せしてきた。晒菜は他人と意思疎通するってのは難しいなと心の底から感じた。このままでは、自分の命が危ない。晒菜は命の危機さえも感じていた。
「待って、くだ、さい。と、とり、あえず、話を……」
かすれた声で、とぎれとぎれに晒菜は言った。どうにかして話を聞いてもらわないことには始まらない。晒菜は必死だった。
「盗人にも三分の理があるって言うし、一応話だけは聞いてあげるわ。でもまあ、だからといってあなたの罪が無くなるなんてことはないから」
「…………」
状況はあまり良いと言えるものではない。ここから晒菜升麻の腕の見せどころというものだ。あらぬ疑いを払拭しなければ、まともに話も出来そうにない。
「…………」
晒菜は黙り込んだままだった。言葉につまったわけではない、どうするか考えていた訳でもない。この黙り込むことこそが彼の作戦だった。
「? なんなの、話を聞いてほしかったんじゃないの?なんで黙るの?
ねえ、ねえってば!!」
晒菜の不可解な行動にわけが分からずにいる少女。
「今だ!!」
「なッ!?」
晒菜はあろうことか、いきなりぐいと、か細い少女の手を引っ張った。そして、そのまま隣の病室、晒菜升麻が十四年間過ごした病室、今、院長が倒れている病室へと少女を強引に連れ込んだ。
少女を強引に連れ込んだ、なんていう表現をすると、なんてひどいことをやってのけるんだなんて思われるかもしれないけれど、実際はそんなことはない。少女は部屋の中の雄山火口院長の変わり果てた姿を見て驚きを隠せないようだった。
「え……これは、どういうことなの。院長は! 院長はどうなっちゃったの!!」
「何回か咳をした後、いきなり倒れて、体がみるみるうちに変色していって」
「君はそれを何もせずに見ていたの?」
「そんなわけないです、きちんと叫んで助けを呼びましたよ! それでも誰も来ないから……」
「私のパンツを盗んだってわけね……」
「いやいや、そんなつもりはなかったんです。決してそんなわけじゃ」
「はいはい、私も自分の部屋に他の人が入るなんてことがなかったからびっくりしたのよ。とりあえず、返してくれるかしらそれ」
「はい、ごめんなさい……」
晒菜はポケットの中のパンツを少女に返却した。どうやら、なんとか理解してくれたようだ。ひとまず胸をなでおろした。
次回は8月1日(火)7時更新です☆