よりどり緑、どこを見ても緑‐③
話題を元に戻した。本来このことから話をするべきだった。もとはと言えばここが始まりだった。
窓を開けると広がっていた、
――この奇怪で奇抜な真っ緑の世界について……
まあ、結論から言えばこの外の世界についての解明は出来なかった。
というのも、雄山院長は話が出来ない状態になってしまったからだ。雄山院長は数回咳き込んだ後、ぷつんと糸が切れたように、唐突に、突然に、意識を失いその場に倒れこんでしまった。一部始終を見ていた晒菜だったが、一体何が起こったのか全く分からなかった――院長は心筋梗塞の類に陥ったのではないかと思った。
しかし、その考えが間違いであったことを彼はすぐさま知ることとなった。晒菜は聞いたことのない現象を目の当たりにすることとなった。
端的に言うと、雄山院長の体がみるみるうちに変色していったのだ。机上でグラスの水をこぼしたように、心臓部分を中心として体の末端部分まで変色が進んでゆく。晒菜はこの現象を見守ることしか出来なかった。わずか数分の間で全ての侵食が終了し、茫然と見守っていた晒菜は我に返り自体の重大さを感じた。
雄山院長の皮膚はあろうことか黄色人種特有の肌の色から
――青々とした葉っぱのような色にすっかり色付いてしまった。
もちろんこれはブルーの青ではない、海の青にも空の青にも染まってしまいそうな晒菜の血のような青ではない。この窓の外と同じ緑色――常盤色で真っ緑だった。
院長は緑化してしまった。
「院長! 院長! しっかりしてください!」
晒菜がどんなに体をゆすっても雄山院長は一向に目を覚ます様子はない。
遷延性意識障害という病状がある。別名、植物状態。呼吸は可能なものの、自力移動、自力摂食、意思疎通が不可能な状態だ。
雄山院長は今まさにその状態である。呼吸はしているものの、反応が全くない。どうしてこうなってしまったのかは分からない。ただ、事実として院長は植物状態だった。皮膚の色が緑色ということもあって、植物状態と呼ぶのが大変似つかわしいように思われた。
どうすればいいのか分からなくなった晒菜はとりあえず叫んだ。あたりかまわず、がむしゃらに、闇雲に……
「誰か! 誰かいませんか! 院長が……院長が大変なんです!」
周りに助けを求めたものの自分の声が響き渡るだけで返事はない。外の人もみんなこうなってしまったのだろうか、そうだったらこんなに助けを求めたところで意味がないだろう。そして、もしも晒菜の予想通り他の人も植物状態なら、自分が院長のようになるのも時間の問題なのではないかと思えてきた。途端、晒菜は怖くなった
――未知の現象に遭遇し、ひとりこの病室に取り残されてしまったのだから……
「…………」
気がつくと晒菜はドアノブに手を触れていた。あろうことか晒菜は外の世界への一歩を踏み出そうとしていたのだ。
晒菜は決して蛮勇をふるったわけではない。このままここで身を潜めるよりも、外に出た方が良いと考えたからだ。このままここにいるよりもよりも生存の可能性が高くなると判断したからだ。
「よし!」
晒菜は深呼吸してドアを開けた。
ドアの外は、なんてことはないよくある廊下だった。晒菜の部屋は突き当たりにあって、奥まで自分の部屋も含め、ざっと五つは部屋があった。とりあえず、隣の部屋を確認することにした。ドアは開いていた。晒菜はドアの正面まで歩いて行った。
「誰も……いない?」
晒菜のお隣さんは不在だった。病室の中の人が院長と同じようになっていたらどうしようかと思ったが、杞憂であった。部屋の中はがらんとしていて空き部屋なのかと思えるくらい物がなかった。窓は開けっぱなしになっていて、晒菜の部屋から見えるのと同じ、緑色の世界が広がっていた。
「……ん?」
部屋のベッドの上に何かあるのに晒菜は気が付いた。
「これは……」
ドクンドクン、晒菜は鼓動が速くなるのを感じていた。本などで知ってはいたものの実際に実物を見るのは初めてだった。手に取って確かめてみたが、どうやら本物らしい。ハンカチサイズの布切れ、だが、ただの布切れとは似て非なるもの。
――ショーツと呼ばれる、女性用の下着。
次回は7月31日(月)7時更新です☆