鉄樹開花、湖面に咲く水の華‐③
雄山院長はこの事態を予見していたのだろうか、わかっていて二目木林檎を製作したのだろうか……いや、それはあまりにも考えすぎなのだろうか……
晒菜がそう考えているところに懐かしい声が……
「そのことについては私が説明しよう。まさかこんな事態になるとは思っていなかったんだが……まさか升麻君が帰ってきてくれるなんて……なんという僥倖なんだ。ああ、これで明るい未来が見えてきた。ああ、これで将来の展望が開けた……」
白々しく、雄山火口院長はそう言った。
「院長……どうして……」
けろりとした表情の院長、本当は喜ぶべきはずなのに、晒菜は一種の不気味さを感じた。それもそのはず、院長は緑化してしまったはずなのだから……
「びっくりしたかい、升麻君。私はもうこの通り元気だ。いざという時に備えておいてよかったよ。にしても、まったく君は無茶をする……」
すべてを知っているような口ぶりだった。
「院長あなたは一体、何者なんですか……」
「もう、隠していても仕方ないか……すべてを君に話そう。今ここで起こっている異常について……」
そこから晒菜は雄山院長からいろいろと話を聞いた。
雄山院長が異常と表現したものは、GSS計画という計画に基づくものらしい。GSSとはグレートソーラーシステムの略で、簡単に言ってしまえば、
「人類緑化計画」
読んで字のごとく、人類を緑化する計画だ。院長が緑化してしまったように…そしてこの椎葉町の人間が陥っているのはまさにこの「人類緑化計画」によるものだ。
「この研究は当時研究員だった私と友人、大鋸 婁火也の二人が中心となって進めていた研究だった。火口と婁火也とで炎プロジェクトなんて言われて、当時はわりと注目を浴びていたプランだった……ただ、この計画は十年前に安全性に問題があるとして凍結処分となった。
だが、どうやら水面下で彼はまだ計画を進めていたらしい……彼はまだこの計画をあきらめてはいなかったようだ……その情報を手に入れた私はその計画が実現されたときに備えて三体の人造人間を作った……」
「まさか……それが……」
「――私ってことですね」
二目木は複雑な面持ちだった。そりゃそうだ、自分がこの計画――こんなわけのわからない計画を阻止するために作られたなんてわかったらいったいどんな顔すればいいっていうんだ。
「まあ、そんなことだろうと思ってましたけどね。さながら、雄山シリーズってとこですか、いや、火口チルドレンですかね。私たちは院長の因縁のため、院長の尻拭いをするために製造されたってわけですね。ここは怒ってもいい場面だとは思うんですけどどうなんですかね?」
「そうだ、林檎、私を好きなだけ恨んでくれて構わない。だけど、今言ったことはすべて真実だ。このままでは人類皆が緑化されてしまう。だからどうかみんなを救ってはくれないだろうか。お願いだ……頼む……」
雄山院長は深々と頭を下げた。
「へっへーん! この二目木林檎様にまっかせなさーい!! 人類の救世主、林檎ちゃん、いいじゃないですか! それが私の生まれた意味ならば、その使命をしっかりと全うさせてもらいますよ! 御心配はいりません!!」
二目木は右手を胸に当てて元気よく笑顔で言った。
「ありがとう林檎、本当にありがとう……
そして、升麻君。私は君を巻き込みたくなかった。巻き込むつもりなんてなかった……
信じてもらえないだろうが本当なんだ。なのにこんなことになってしまって申し訳ない……でも、こうなってしまうことも必然だったのかもしれない。君はその青い血液のせいでこの緑化の影響を全く受けない唯一の人間だ。血が青いだけのただの人間……そんなことはない。君は選ばれし人間なんだ。
晒菜升麻君、お願いだ、頼む、
――世界を救ってくれ」
「…………」
世界を救うなんていうのは些か大仰な言い方だろうと思う。なんてこった。世界の命運を俺が握るのか? まさか、そんなのは荷が重すぎる。実感がわかない。選ばれた人間?そんなこと言っても無駄だ。俺はそんなことを言われたってやりたくないことはやらない主義なんだ。
――だけどもう答えなんてとっくに出ていた。自分の胸に手を当てた。ドクンドクン、自分が興奮していることが分かった。
「やります!」
正直、興味本位だったのかもしれない。まさか自分がこの世界を守るヒーローになれる時がやってくるなんて夢にも思わなかった。とにかくあの狭い病室で一生過ごすのに比べたらずいぶんと面白そう、そんな認識でしかなかった。覚悟だとか、決意だとかは当然ないし、熱血ヒーローのように激情に駆られるということもない。
だけど、俺はやるんだ、やってやるんだ。そういう気持ちで満ち溢れていることは確かだった。
「升麻君、ありがとう……本当にありがとう……そうときまれば早速これから君と林檎で、GSS計画推進グループ、『緑威』のユーグレナプラントに乗り込んでもらう」
「ユーグレナプラント?」
「そうだ、ユーグレナプラントはこの緑の雨を降らせているところだ、その中核ともいえる施設をたたけばこれ以上の被害の拡大を抑えることができる」
「よっしゃーやってやりますよ升麻!」
二目木は水を得た魚のように生き生きとしていた。生きる意味を見つけたということで彼女自身の心境が変化したのだろうか。なにはともあれやる気があることは良いことだ。
「そうだな、林檎。早速行こう」
「ちょっと待つんだ。これを持って行きなさい」
手渡されたのは、小刀だった。
「これは知心剣といって殺すためではなく救うための剣だ。きっと役に立つはずだ」
「ありがとうございます……」
「私もついて行けたら良いのだが、きっと足手まといとなってしまうからね……林檎、升麻君のことをよろしく頼む」
「りょーかいです、もちろんです、とうぜんです!」
「……それじゃあ、行ってきます」
そう言って、晒菜と二目木は雄山院長に別れを告げ、午時花病院を後にした……
晒菜は雄山院長が無事だったということを確認できただけで満足だった。
「これから先は俺の人生だ」
しがらみから解放された気分だった。これから先どんなことが起こるか分からないけど、すべてを受け入れるしかないんだ。一寸木木呂子のように二目木林檎も突然いなくなってしまうかもしれない。そう考えるとやっぱり怖くなったが、それでも晒菜が歩くのをやめなかったのは、その感情以上にこれから始まろうとする冒険が楽しみで仕方がなかったからだろう。二人は雄山院長にもらった地図をもとに歩みを進めてゆく。
さあ、今から救うぜ、世界を――
次回は8月14日(月)7時更新です☆