緑林白波、目覚めるグリーンアイドモンスター-⑤
「探す手間が省けたってもんですよ。うっかりするーしちゃうとこでした、あぶないあぶない。あなたにはまっさつめーれーは出てないですけど、あんまり勝手なことをするってゆーなら……」
「――殺すよ」
顔はにっこりしていたが声のトーンがマジだ。というか、比与森は一寸木の殺害を難なくこなすような奴だ。晒菜を殺すことなんて造作もないのだろう。比与森からは自信の塊のようなものが感じられた。
「林檎! 今すぐ逃げるぞ!」
「逃げるってどこにですか?」
「とにかくここから離れるんだよ!!」
「なんのために?」
「それは決まってるじゃないか……」
「ほんとに?」
二目木がめんどくさそうに物陰から出るや否や、
「ゲホッ……ゲホッ……いった、い、なん、なん、で、す、か……」
途切れ途切れに話しながら比与森は崩れてゆく。どうやら自力で立つこともままならないようだ。さっきの少女とおんなじだ。
「これで樅木ねーさんも……やったって……わけね……」
ものすごく苦しそうな幼女をみて心が痛まないわけではなかったが、殺人犯なのでわざわざ情けをかけて助けてやることもない。晒菜は無抵抗の比与森に思いっきりパンチした。
「これは俺のぶんじゃない。一寸木さんのぶんだ!」
「……まったく、人の顔を見るなりせき込んで倒れちゃうんだから失礼千万ってもんですよね。私から刺激臭でもしてるって言うんですかね。さあ、升麻、こんなとこさっさと出ましょうよ」
そう言って晒菜と二目木は悠然とこの場を後にしたのであった。
晒菜が閉じ込められていた場所は学校からそう遠くない場所に位置する民家だった。
「さあ、これからどうするか……だ」
晒菜は自問自答する。
この世界の謎は深まるばかりだ。でも、だからといって、ただ闇雲にこのあたりをうろつくことは絶対に危険だ。ってことでこれからどうするべきなのか……
「升麻はどこからきたんですか? そして、これからどうするんですか?」
口火を切ったのは二目木だった。
「それは僕も考えていたところだ……林檎はどうしたい?」
「あ、私に聞いちゃいます? 聞いちゃっていいんですか?」
「…………」
超絶めんどくさい奴だった。
「ああ、聞くよ、聞きますとも! 二目木林檎さんはこれからどうするおつもりなんですか?」
「ええっと、どうしようかなー……教える義理もないしなー……」
「教える気がないのなら言わなくてもいいよ……」
「えー、升麻ったらつれないなー……」
「で、どうするつもりなんだ……」
二目木はここでいったん間をおいて、真剣なまなざしで、まじめにこう言った。
「実は……まだ決まっていません!! どどーん!」
効果音付きで言ってのけた。なんてやつだ。結局何も考えてないんじゃないか……晒菜は一瞬でもまともな回答が返ってくるんじゃないかと考えてしまった自分が馬鹿みたいに思えた。
「とりあえず、ここまでの状況をまとめてみよう。とりあえず俺たちはこの緑の物質の影響を受けない。それはあの少女も言っていたことからも明らかだ。そしてこの椎葉町、いやもっと広い範囲かもしれないが、まともに動ける人間は限られている。この緑の物質は自然現象か、人工物なのか分からないが、とにかく人類に悪影響を与える。ということでいいのかな? 結局何もわかってないことになるんだけど……」
「ZZZ……」
「寝るなよ!!」
なんてフリーダムなやつなんだ……ぜひ自分にもこんなずぶとい神経がほしいものだ。でも、そういや流れで二目木と一緒に来たが彼女の素性は依然として不明なままだ。いきなり寝返るなんてことは考えたくないけれど、よくわからない不確定要素であることは確かだ。でも、この謎の能力?特性によって晒菜は二度も助けられているわけだし、二目木とわざわざ別行動をとるメリットはないように思えた。
「なあ、起きてくれ、林檎。林檎はどこからきたんだ? どうしてそんな能力を持ってるんだ?」
「んん、ああ、ごめんなさい。升麻がつまんない話を始めそうだったから……」
目の周りをごしごしとこすってようやくお目覚めのようだ。
「うひっ!」
突然二目木が晒菜の体を触った。
「しかし、不思議ですね。傷が完全に癒えている……さっきまで血まみれだったはずなんだけど……」
「そうだな……それも不思議なんだ……それもこれも林檎の能力じゃないのか?」
「升麻は勘違いしている。私にそんな能力あるわけないじゃない……」
「え? そうなの?」
呆気にとられてしまった。あっけらかんの拍子抜けだ。
「おそらくこれは升麻といるからだと思う。私一人のときはこんなことなかった……」
一人だったらそりゃこんなことあるわけないだろ……なんて思ったのは内緒の話だ。
「――私たち運命の赤い糸で結ばれているのかも……なーんてね」
ふ、不覚にもどきっときたじゃないか。だけど、二目木については結局いろいろ謎のままだった。必要な情報を聞き出すのは途方もなく骨の折れる作業だった。どこかでうまい具合にはぐらかされてしまう。
でもまあ、いずれ分かっていくだろうと晒菜は楽観的に、短絡的に物事を考えてしまっていた。
そのことが、そう遠くない未来に晒菜の行く末に大きく影響を及ぼすことを当然、晒菜はまだ知らない……
「升麻! あれをみて!!」
二目木が突然なにかに気が付いたようで、学校のずっと向こうのほうを指差した。
「山が……動いてる……というかあれは木?」
本当に山が動いているように見えた。大きな木が移動をしている。真っ緑の大木が、ずるずると着実に確実に動いていた……
「不気味だな……いったいあれはなんなんだ……」
「なんか……こっちに近づいてません?」
確かに言われてみれば緑の大木はどうやらこちらの方角に向かって動いているようだった……
「みにくいシュレック」という絵本がある。冒険に出た若いオーガのシュレックが、同じくオーガの王女と結ばれる物語である。Shrek はイディッシュ語で「恐怖」を意味するそうだ。
「超人ハルク」という架空のスーパーヒ―ロが存在する。それはブルース・バナーという人間が「怒り」の感情を抱いたときに初めてハルクという巨人に変身する。
そして、かの有名なシェイクスピアは戯曲「オセロ」の中でグリーンアイドモンスターという怪物を「嫉妬」という意味で登場させている。
「あ、あわわ……」
「こんなことって……」
晒菜と二目木の前に現れたのは、「恐怖」、「怒り」、「嫉妬」の全てを混ぜこぜにしたような禍々しい緑の巨人だった。
「ヴオオオオオー!!」
雄叫びをあげる緑の巨人、二人はなすすべなく立ち尽くす。
「どどど、どうしよおお……しょうまああ……」
二目木がおろおろする。
「だ、だ、だいじょうぶだ。きっと何もしなければ、なな、にもない。れ、れいせいになるんだ。れれれれ……」
晒菜も狼狽しきっていた。正直、自分の背丈の数倍はあるであろう巨躯を目の当たりにして怖気づかないほうがおかしい。
「ヴオオオオオー!!」
依然として巨人は咆哮を繰り返す。
「あわああわあわあ……」
依然として二人は狼狽を繰り返す。
緑の瞳の少女と、緑の眼の怪物。晒菜はその二つのグリーンアイに板挟みにされたままどうすることも出来ないのであった……
次回は8月11日(金)7時更新です☆