緑林白波、目覚めるグリーンアイドモンスター-③
こんな世界知らない、自分は運が悪かった、きっとそうだ、だからここで死んでも仕方がない。悪いけど、仕方がないんだ……晒菜は心の中で自分にそう言い聞かせた。
――だが、その思いとは裏腹に晒菜は最後の力で思いっきり叫んでいた。
「誰か助けて!!!」
全力の救助要請。心の奥底の生存本能とでも言うべきなのだろうか、はたまた、一寸木とのあの曖昧な約束のためだろうか。
だれでも良い、晒菜はヒーローの登場を渇望していた。本来ならば、ヒーローというものは晒菜のような少年が果たすべき役割であるが、助けを求めている時点で晒菜にはヒーロー的素質は微塵も存在しない。ヒーローが助けを求めるなんてのは反則的で道理に反しているし、なんといっても今の晒菜の行動はヒーローの行動とはずいぶんとかけ離れているといっても過言ではない。が、それでも晒菜はヒーローを求め一縷の望みを持っていた。そして、目の前の死に屈することなく、生に貪欲に執着した。
「ッ……いきなりなんて声出すのよ! 結局、言い残すことはそれだけ? 心配しなくてももうそろそろ楽になるわ……」
「…………」
確かにどうしたことだろう、体が楽になってきた。もう死が近いのだろうか、体がふわふわするような感覚だ。このまま自分は天に召されてしまうのだろうか……
「ゲホッ……ゲホッ……くっ、なんなのこれは……」
少女は突然せき込みだした。そして片膝をついたと思ったらそのまま前のめりに倒れてしまった。
フィトンチッドという物質がある。別名、植物性殺菌素。かつて海岸出身のエスキモーの人たちが、旅の途中でエゾマツの林に入った時、激しくせき込んだり、頭痛に苦しんだりしたのは、このフィトンチッドの影響だと言われている。エゾマツを含む植物の出す揮発性の物質は、ショウジョウバエやミツバチ、ゴキブリはもとより、イモリやネズミまで殺してしまう作用を持っていることが知られている。森林浴と言えば聞こえはいいが、毒と薬は紙一重、これもまた全身に感じる馥郁な香りで疲れが取れたような感覚がしたと思うと、突然せきこんだりする。
少女はこの世界の異常なまでに繁殖した植物たちにやられてしまった。なんてタイミングのいいことだろうと思うかもしれないが、正直なところこれは原因の一つに過ぎない。というのも、少女が倒れたのにはもっと大きな決め手があった。
その大きな原因が晒菜の目の前に現れた。
「……どうして、あなたは平気でいられるんです?」
晒菜の目の前に現れたのはまたも少女だった。きれいな緑色の瞳をした少女。不思議そうな顔で晒菜を見つめている。自然と晒菜はその少女が近づくと気分が落ち着いた。少女の放つ香りが妙に晒菜の体にしみわたり晒菜の体を癒した。
「すごい血が出てます……早く手当てしないと……」
そう言って晒菜の体に触れた瞬間、その部分の傷が癒えた。実際は出血が止まっただけで傷自体は回復していないが、彼女は不思議な未知の力を持っているようだ。
「君は……」
晒菜を攻撃しないあたり、どうやら敵ではないのだろう。まあ、全面的にそう信じるのは早計というものだが今のところは大丈夫そうだ。
「私は二目木林檎。こうして私と話せる人がいるなんてはじめて……」
二目木はそう言って晒菜の顔をまじまじと見つめた。
「僕は晒菜升麻。よろしくね二目木さん」
「林檎でいいよ、晒菜君」
突然、下の名前で呼んでもいいと言われ戸惑う晒菜。本来とるべき行動はどうなのだろうか、どうするのが正解なんだろうか頭の中でぐるぐる回っても答えが出ない。だからとりあえず、
「じゃあ僕も升麻でいいよ!」
とか言ってみた。なんだか気恥かしかった、普通の顔をしているか心配だった。
「升麻なんなのその顔……気持ち悪い……」
していなかった……いきなり気持ち悪い呼ばわりされてしまった……なんてことだ。
次回は8月9日(水)7時更新です☆