緑林白波、目覚めるグリーンアイドモンスター-②
数時間懊悩した後、ぷつりと晒菜の意識は切れてその場に倒れるようにして眠りに就いた。
「……な……ん……しな……くん……」
どこかで聞き覚えのある声が晒菜の耳をこだまする。この声は……
「一寸木さん!」
晒菜は思わずその名を叫ぶ。
「晒菜君……やっと会えた……」
目の前には一寸木の顔があった。紛れもない、一寸木木呂子の顔が…
「一寸木さん! 生きてたんですか!!」
思わず声を荒げてしまった晒菜に対して、一寸木はニコリともせずにただ一回、首を横に振った。
「私は……しんじゃった……」
「嘘です、目の前に、僕の目の前にいるじゃないですか……」
晒菜が手を伸ばそうとしても、何かが邪魔をしてうまく一寸木の体に触れることはできない。
「晒菜君、これは夢なんだよ。よく聞いて。あなたは……」
「一寸木さんッ!!」
そこで晒菜は目が覚めた。気が付くと昨日の少女が目の前で仁王立ちしている。
「今日の気分はどうかしら? 少しはお話が出来るといいんだけど……」
「…………」
「やっぱり今日も駄目なのかしら? せめて名前だけでも教えてほしいところなんだけどね」
やれやれというジェスチャーをして少女はため息をついた。晒菜は考えた。昨日とは違う。まともに頭が動く。ここでどうするのが良いのか。必死に考えた。
「あなたは……私の分まで生きて!」
一寸木の声が蘇る。いったいあれはなんだったのであろう。夢だったとしても、一寸木の最期の願い、晒菜は生きなければならない。とにかくいち早くこの場から離れることが一番だろう。人を平気で殺してしまうような連中だ、晒菜だっていつ始末されるか分かったものではない。今は晒菜に生かしておく価値があると彼女らに思ってもらうことがこの場を切り抜けるために必要なことだろう。晒菜はそう判断し、とにかく沈黙を貫くよりなにか話したほうがよいと考えた。
――その判断が正しかったということを晒菜はすぐさま知ることとなった。
「僕の名前は……」
晒菜が言うか言わないかのタイミングで少女は後ろからギラリと光る大きなハサミを取り出した。
「……ん? 今何か言った? これから手を切断して、足をちょっきんして、最後に首をちょんぱして、処分しようと思ったのに……ギリギリセーフってとこかな? じゃあもう一回きこう、あなたの名前は?」
なんてことを言うんだと思いつつ、すんでのところで助かったと思い少し油断した。油断というか、ほっと胸をなで下ろし、ほんの一瞬気を抜いた。
――ただそれだけだった。
「痛ッ!」
太ももを大きなハサミでグサリされた。どうやら今日の彼女は気が短いようだった。というかもとより晒菜を処分するつもりでいたようだ。
「あ、ごめんなさい! 手がすべっちゃって……って」
「え?」
――少女は愕然とした。数秒間彼女の思考は停止し、時が止まったかのように空間が凍結した。その後、彼女はまるで化け物を見るかのような眼で晒菜を見つめた。
「こんなことって……ああ、原因はこれだったのね……」
どうやらこの晒菜というイレギュラーで納得のいかなかった存在について合点がいったらしい。
この晒菜の青い血をみたことで、彼女は確信した。彼はこの血液のおかげで彼は緑化しない唯一の人間でいられるのだと……
「この化け物ッ!」
少女はそう言ってもう一度グサリと晒菜の足を突き刺した。手足が拘束されている晒菜はされるがまま、やられるがまま、抵抗するすべはなかった。
「やめてくださいッ! やめてくださいッ!!」
必死の呼びかけむなしく少女が晒菜への攻撃を止めることはなかった。攻撃は繰り返し繰り返し行われた。すでに晒菜は痛みを感じなくなるくらいまで痛めつけられていた。
「はあ、っはあ、はあ……」
少女は呼吸を荒げている。あんなにも大きなハサミを振り回していたのだから当然だろう。晒菜は血を流しすぎた。あたりは晒菜の青い血液でいっぱいだった。何度も意識がもっていかれそうになったが晒菜は必死に耐えた。これは悪い夢だ。本当は一寸木さんと仲良く外の世界を回っているんだ……
そんな希望を晒菜は抱いた。そんな夢を見た。希望だとわかっていても良い、ちょっとくらい夢をみていても良いじゃないか……そもそもどうしてこんなことになっているのだろう……そう考えるともう全てがどうでもいい。どうなってもいい……こんな世界知らない、自分は運が悪かった、きっとそうだ、だからここで死んでも仕方がない。悪いけど、仕方がないんだ……晒菜は心の中で自分にそう言い聞かせた。
――だが、その思いとは裏腹に晒菜は最後の力で思いっきり叫んでいた。
次回は8月8日(火)7時更新です☆