緑林白波、目覚めるグリーンアイドモンスター-①
緑の雨が晒菜達の悲しみの涙のようにさめざめと、とめどなく絶え間なく降り続いている。
――街は物音ひとつせずに、ただしんと静まりかえっていた。
ユーグレナ、別名ミドリムシ。0・1ミリメートル以下の単細胞生物で、淡水ではごく普通に見られる生物である。鞭毛運動をする動物的性質をもちながら、同時に植物として葉緑体を持ち、光合成をおこなう。
椎葉町に降り注いだ緑の雨の正体は紛れもなくこのユーグレナであった。単細胞生物というからには生きている。生き物が空から降ってくるなんてことありえるのだろうかという疑問が生じるかもしれないが、事実ありえているんだ、ほんとのことだ。
「科学の進歩は人類を破滅させる」
これはビル・ジョイという人物がサン・マイクロ社の主任研究員であったころ論文の中で唱えたものだ。彼は二一世紀の強力なテクノロジーが人類を絶滅危惧種へと導く脅威になるとしていた。
実際に今、科学の進歩によって人類は絶滅とはいかないまでも大打撃を受けていることは確かである。これは自然現象なんて言うものではなく、意図的に行われた攻撃、あるいは実験だ。降り注ぐユーグレナは何者が仕組んだ強烈で凶悪な強襲だった。
依然として、この緑の雨は椎葉町に猛威をふるっていた。降り続く雨の中、晒菜升麻はGSS計画推進グループ、通称「緑威」の施設まで連行されて牢に閉じ込められていた。
「ここは……」
晒菜は手足を鉄の錠というか枷で拘束されていた。
「ようやくお目覚めのようね。なーんていうお決まりのセリフを言うなんてことはしたくないんだけど、とにかく、おはよう、気分はどう?」
そう言ってきたのは、見知らぬ少女だ。晒菜よりは年上であろう(これまた晒菜の想像でしかない)少女は腕組みをして晒菜を見下ろすような姿勢でそう言った。この外の世界には少女しかいないのかというほどの少女遭遇率、だがそんなことを気にしている晒菜ではない。
「一寸木さんは……一寸木さんは……」
正直なところ、自分でもどうしてこんなことを聞いているのか分からなかった。だけど、自然に出て来た言葉がそれだった。
「最初の言葉がそれなの? 一寸木は比与森に殺された。比与森実森が一寸木木呂子を殺した。あなたも見たんでしょ?」
――そうだった、のか?記憶が混濁している。殺された?誰が?そんなはずはない……そんなはずは……
「…………」
「正直なところ、あなたは何者なの? どうしてこの世界で薬もなしに緑化してないでいられるわけ? 私たちはあなたに興味があるのよ。」
「…………」
「あなたみたいにノーリスクであの緑の雨に対抗するすべが見つかれば、私たちは大きな武器を手に入れることができる……」
「…………」
「ちょっと、ねえ、ちゃんと聞いてるの!」
「…………」
これはいくらなんでも無理な相談であろう、晒菜の心にぽっかり大きな穴が開いた。晒菜の中はすっかり一寸木を失った喪失感で満たされてしまっていた。
「まあいいわ、また来るからその時にはあなたの体をすみからすみまでしっかりと調べさせてもらうからね!」
そう言って少女はさっと姿を消した。
「一寸木さん……」
か細い声で弱弱しく、晒菜は呟く。自分はこれからどうなってしまうのだろう、そんなことを思ってみても頭がうまく動いてくれないので、しっかり考えることが出来ない。晒菜にとって一寸木はかけがえのないといえば、誇張された表現だろうが、心の一つのピース程度にはなっていたようで、それが欠けてしまうことで、心の歯車が維持できない。何かどこかでつっかえるような、納得のいかないような、妙な感覚に襲われた。初めての感覚に晒菜は苦しんだ。
数時間懊悩した後、ぷつりと晒菜の意識は切れてその場に倒れるようにして眠りに就いた。
次回は8月7日(月)7時更新です☆