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緑夢童話~三人の木偶娘~  作者: 阿礼 泣素
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万緑叢中紅一点、降り注ぐユーグレナの雨-④

晒菜は唖然とした。決して晒菜は比与森が急に語調を強めてきたことに驚いたわけではない。そして、比与森の口から一寸木の名前が出て来たことに驚いたわけでもない。

――もっと早くに気が付くべきだった。

――もう後悔しても遅い。

 ササッと、迅速に俊敏に、ぶっ刺した。



 スパッと、犀利で尖鋭な刃で、突き刺した。



 一寸木木呂子を、比与森実森が。


「一寸木さん!!」


 叫んだときには血しぶきが晒菜の顔いっぱいに広がっていた。晒菜はもうどうしていいか分からずにただ狼狽するのみだった。


「……な……ん……しな……くん」


 一寸木さんが晒菜の名を呼びながら、最期の力をふりしぼってなにか言おうとしているのが分かった。晒菜は耳を傾けに近づいた。


「まだ、生きてんですか、しぶといですね!」


 比与森が横からぐさりと二撃目をぶち込んだ。


 晒菜は一寸木の最期の言葉さえも聞くことは許されなかった。


「よしっ! にんむかんりょー!!」


 比与森は満面の笑みを浮かべながらそう言った。


 一瞬の出来事、本当に一瞬。出会ってすぐの出来事。こんなにもスマートに人が殺されてたまるものか……こんなことあっていいはずがない。


「あ、ああ……」


 晒菜はうめき声に近い声しかあげれなかった。



「もう死んでる。生きてるはずない、うちが殺したんだから。なんか胸ポケットのお守りが衝撃を吸収したとか、急所を外していたとかいうこともない。うちが殺したんだから。あと、奇跡的に息を吹き返すとか、今から治療すれば大丈夫なんてこともない。うちが殺したんだから。そんな生ぬるいもんじゃないんだよ。そんな展開あるわけがない。うちは嫌い。最初に出会ったヒロインが最後までダラダラ主人公と一緒に過ごしてご都合主義のハッピーエンドを迎えるってのは。そんな理想の展開はおとぎ話の中だけの話でしょ? うち知ってるもん。まあ、謎の刺客に襲われるも命からがら逃げかえるってのがきっと定石で鉄板で陳腐で月並みなパターンだったんだろうけれど、残念でした。人生そううまくはいかないのでした。えへへ」



「――どんまい、しょーまおにーちゃん」


 少しも悪びれる風もなく比与森は言った。目の前の現実を処理するだけの力は晒菜には残っていなかった。



――一寸木木呂子が死んだ。



 そのことをありのまま受け入れることはまだ晒菜には難しかった。


 一寸木と過ごしたこの数時間のことが途端に思い出される。出会って間もないと行っても差し支えないほどの時間しか共有していないにもかかわらず、晒菜は無性に悲しくなった。これから彼女と一緒にこの世界を回って巡って楽しむことができたらいいなと思っていた。その矢先の出来事だった。まだお互いのことも良く知らないままに二人は今生の別れを余儀なくされたのだ。本来ならばここで、激昂し、我をも忘れて比与森に報復して血で血を洗うような復讐劇が幕をあげても良いのだが、これもまた許されなかった。


 機先を制したのは比与森である。


 ドスン。鈍い衝撃が晒菜を襲った。晒菜は抵抗する間もなくその場に倒れこんだ。太陽はもう沈みかけていた。


 晒菜はおぼろげな意識の中で窓の外の景色に目をやった。


「緑の雨……」


 正真正銘、緑の雨。緑の雨がざあざあと音を立てて降り注いでいた。昨日もきっとこれが降ってきたせいで町はこんなに緑になっているんだ。そう思った。最初見た時は不気味で汚いという印象だった緑の街も、いま改めてみてみるとなぜか美しく思えた。


 横には少女一寸木の遺体。美しい黒髪のことを緑の黒髪というけれど、一寸木の髪は本当にきれいだった。


「一寸木さん、助けられなくて、ごめんなさい……」


 そうやって、謝罪の言葉を述べた時点で晒菜の意識はなくなった。というのも、またもや比与森が二撃目をお見舞いしたからだ。


「まったく、どっちもしぶといですね……無抵抗の相手を攻撃するのはいやなんですけど……」


 比与森は意識のない晒菜に向かってそう言い捨てた。


「まさか、こんな付き人がいるなんて想定外だったんだけどなあ……今ここで殺すのもいいけど、たぶんダメなんだろうなあ……しかたないなあ……」


 困った困った、という様子で比与森は考えあぐねた。


 緑の雨が晒菜達の悲しみの涙のようにさめざめと、とめどなく絶え間なく降り続いている。



――街は物音ひとつせずに、ただしんと静まりかえっていた。





次回は8月6日(日)7時更新です☆

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