プロローグ(2)
「いいな、あの選手。うちにほしいな」
夏―――、軟式野球大会での第一試合。
活三山大付属とひよこ岳中との試合をみて龍尾 夏喜はそう言った。
・・・・・。
まぁ結果的には4−1で活三山が苦戦しつつも勝利なわけだが、いかんせんただの苦戦ではなかった。
上山 鷹と龍尾 夏喜はあまりの予想を超えた結果に驚いた。
いや、多分ここにいる観衆のほとんどが二人と同じ考えだろう。
あの常勝学校とも言われる活三山大付属が―――、
全く無名のチームの投手に7回14奪三振を喰らうなど思ってもみなかった―――、
<槻丘 瞬 Side>
“はあっ・・・はあっ・・・”
回は7回の裏、1−1。無死一、二塁で活三山の攻撃。
バッターはこの場面で四番、大崎ときたか。
どうも野球の神様とやらは生意気にも出てきた初出場校には勝ってほしくないらしい。
・・・ランナー二人は一人が振り逃げでもう一人がセカンドのエラー。
ここまで球数100球。
精神的にも体力的にもそろそろ限界だ。
「ったく無茶な注文しやがる」
独り言を呟きながらもセットポジションからの投球。
一球目に投じた外角ギリギリの球は見送って1ストライクとなった。
「ふぅ・・・」
思わず一息もらす。
呼吸すらしんどくなってきた。
早々と二球目。
―――ギィンッ。
鈍い音。
「おいおいマジかよ・・・」
相手の打者の手元にえぐりこんだ俺の自慢のスライダーは危うくライトにスタンドインするところだった。
なんて力してやがる。
こいつはもうドーピング疑惑で退場決定だろう。。。
遊び球を使う余力はない、故の三球勝負。
ビシュッ
三球目を投じる。
内角低めの決め球、大きく縦に割れるカーブ。
ブォン。ットライーック、バッターアウッ!!
「はあ、はあ・・・っし!」
三振した四番打者はバットを地面にたたきつけ悔しがる。
ざまあみろエリートやろうめが。
さてこれで1アウトだ。
1−1、一死一、二塁。
ピンチにはなんら変わりはない。
そう、変わりはなかったのだが・・・。
俺はこの四番との勝負で完全に思考回路を麻痺するまで燃やしていたらしく―――、
キィーン
次のことなど全く考えずに簡単に投じた一球が―――、
ぁ、ホームランか。
ウワアアアアアアアアア。とざわめく観衆。
なぜかぐったりとマウンドに膝をつく俺。
糸が切れるとはこのことだったのだろう・・・。
なにもかもがどうでもよくなった。
そう・・・俺の中で、何かどうでもよくなったんだ・・・。
・・・・・・・。
こうして俺の中学最後の軟式野球大会は幕を閉じたのであった・・・。
“いいな、あの選手。うちにほしいな”
夏―――、軟式野球大会での槻丘 瞬をみて、
神奈川県立新東高等学校主将、龍尾 夏喜はそう言った。
・・・・・・・・。
<龍尾 夏喜 Side>
あの夏、最高気温41℃の猛暑。
日本がついに熱帯地帯へと進化をとげたのかと思えた日である。
こんな日々の中、球児たちは軟式野球大会の頂点を決めるための試合が始めまろうとしていた。
「おい、夏喜、こっちだ」
そう龍尾 夏喜に呼びかけるのは上山 鷹。
新東の3番ライト(予定)、中・長距離砲である。
「お疲れ、席確保せんきゅう」
調子よくそう言って上山のいる席の横へと腰を下ろす。
とりあえず組み合わせが気になるので聞いてみることにした。
「一回戦は?」
「活三大付属とひよこ岳中だ」
おおう、いきなり前年度優勝というか常連の活三大付属がトップか。
対するひよこ岳はまったくもって聞いたことがない。
ていうかひよこってなに、かっこいいの?つよいの?
名前でもう開始ゴングと同時にせーむ・しゅ○との後ろ回しが見事に決まりましたね。
まあそれはいいとして・・・
「とりあえず活三大付属の大崎は見とこう。試合終わったら声かける」
「大崎か。声かけるかどうかはおいといて、確かに中学離れしたあの速球はすげえな、130後半は常に出てる」
「あと何気にバッティングもいいぜ?」
「だな、大きな身体に似合わず柔軟な・・・お?そろそろか」
・・・・
「ただいまより、第一回戦、活三山大学付属中学対ひよこ岳中学との試合を開始します」
・・・・
と議論をしている間にアナウンスが流れた。
礼!!という主審の声が聞こえる。
「始まったな、さっそくひよこの攻撃か」
そうか、ひよこの攻撃か、うん。めっちゃ弱そうだ(名前的にも)。
「ま、じっくり観戦しますか」
・・・・・・・・・・。