7話
「……というわけだ」
俺が語り終えると、ふたりは何とも言えない表情になった。
かなり長々と話したせいか、リーナはつまらなそうにあくびをしている。
俺は異世界召喚の部分は省いて話をした。言っても信じてもらえなさそうだし。説明するの面倒だし・
「意味がわからないわ」
シルファが口を開く。
「あんたが、あの……『20人勇者』のうちの1人っていうの? なんで?」
「21人目だ。なんでっていわれてもなぁ……」
「信じられない……それに……隠しダンジョンだなんて……」
「本当のことだよ。そんで――」
「なんだとこら!」
突然、後ろから怒声が響いた。
見ると大男が三人、若い男を囲んでいるではないか。
「なんだなんだ?」
どうもケンカしてるようだ。
「アイツ……」
「知ってるの?」
「知ってるってほどじゃないけど……若い男のほう、ダイヤモンドクラスよ。確か名前はサイ」
「ダイヤモンド?」
「冒険者のランク。一番下がアイアンクラス、次にブロンズ。私やリーナがシルバークラス。その上にゴールド、ダイヤモンド、オリハルコンクラスって続くの。だからアイツはかなりの実力者ってわけ。あんたと同じかそれ以上強いかもしれないわ」
「へぇ~……俺より強い……そういわれると戦ってみたくなるなぁ……」
「ちょっと弟子くん。戦いなんて芸術的じゃないわ。もっとゴールデンなことをすべきよ」
「ゴールデンなことって何だよ」
「ゴルァ! ぶっ殺されてぇのか!?」
大男が若い男の胸倉を掴む。いまやギルド全体が静かに事の成り行きを見守っていた。意外とこういう暴力沙汰好きそうだよな、冒険者って。
かくいう俺もコップに口をつけながらチラリと様子を見ているんだが。
「いやぁ、そんな怒鳴られてもネ」
若い男がやれやれと首を振る。
「君たちのチームから彼女がいなくなったのは、僕のせいじゃないしナァ」
「お前がたぶらかしたんだろう!」
ほっそりした男が拳を握り締める。
「俺たちだけじゃねぇ。お前はいつも他人のパーティの女を口説き、『ダイヤモンドクラス』をエサに引き抜いている!」
「そうだ! しかもただ遊ぶためだけに……! ターニャを泣かせやがって!」
「俺たちの前にノコノコと現れやがって……今日という今日は許さねぇぞ!」
大男たち3人は気合の入った表情でサイと呼ばれる男を睨みつけたが、対してサイは面倒くさそうな態度で首の後ろを掻くだけだった。
「ターニャは自分の意思で僕の女になったのサ。強い者が良い物を得る。当然の摂理ダ。彼女もベッドで言っていたヨ、あのむさ苦しいパーティを抜けられてよかったってネ」
「嘘をつくな、ターニャがそんなこと言うはずがない!」
「悲しい現実だネ。だけど、ホラ、君たちにもう返しただロ? 僕が新しい女を見つけたから君はもういらないっていったら、彼女、泣きながらどっかいっちゃってサ」
「この……クズ野朗が!」
大男が野太い手でサイの胸倉をつかむ。
うーん、聞く限りサイってやつは酷い人間だな。確かに小奇麗な顔してるし、モテそうだがあんな性格の男を好きになる神経がわからん。
「うん? 僕とやるつもりなのノ? 君たちは見たところ……ブロンズクラスみたいだけド……一応言っておくけど、僕はダイヤモンドクラスだヨ」
サイが耳を掻きながら言う。
男たちは顔を見合わせて笑い始めた。
「ハハハハ! こっちは三人いるんだぞ! 袋叩きにしてやる」
男たちが武器を抜き、サイに切りかかった。
「わかってないネ。力の違いがどれほど大きいカ」
「死ねぇ!」
「はぁ」
サイはため息をついて一瞬、身体を揺らした。
まるで突風でも起きたかのように衝撃波が生まれ、前衛の男二人が白目をむいて倒れた。
「!? な、なにが……」
残った男は何が起こったかわからず、腰を抜かす。
打撃痕を残し倒れてる大男二人を見て、見物人たちにも困惑が広がった。
「い、今の見えた?」
シルファが俺に聞いてきた。
「おー……なんか回し蹴りみたいのやってたな」
「! う、うそ……私には何が起こったかさっぱり……」
どうやら俺以外には見えてなかったらしい。
うーん、やっぱりそんなに速かったのか。なんかアイツらぼーっとしてんなーて思ったが、見えてなかっただけか。
「……君たちは弱イ」
サイが残った一人に向かって語り始めた。
「弱い人間は奪われるだけサ。強い者が全てを手にいれ、自由に生きることができル。君たちは僕に奪われるだけに存在する者なんダ」
サイは暗く笑う。
「命は奪わないであげるヨ。強い者からの慈悲ダ」
「ふ、ふざけ――ぶっ」
生き残った男はサイから蹴りを入れられ、見物人の群れにつっこみ失神した。
「ふぅ。つまらない遊びだったヨ」
ギルド内に沈黙が訪れる。全員が目を開いて驚いていた。
あれほどの体格差や人数差をものともしないその力に、感心したようにうなずく者もいた。
サイはそんなこと意に介す様子もなく、本当につまらなそうに爪の様子を見ている。
そして、
「おっ、見つけたヨ!」
何かを見つけたのか走ってきた。
お? なんかこっち来たぞ。
ケンカでも売ってくるのかと身構えたが、サイは俺を無視して向かいに座るシルファとリーナの横に座り込んだ。
「やぁやぁ! 君たちすっごくかわいいネ! ね、彼氏とかいるノ?」
「うげ、ちょっと座らないでよ」
シルファが心底嫌そうに身を引いた。
「そんなこと言わないでヨ。君なんで冒険者をやってるノ? もしかしたらダイヤモンドクラスの力が役に立つかもヨ」
「いいえ、結構よ。あんたより強いやつが仲間になってくれたから」
「そうよ、私の弟子になるためには芸術的センスが必要なの。君は……センスないわね」
リーナが同意するように頷く。
サイは気にしてないのか、笑顔を絶やさずに続けた。
「まぁそう言わずニ。じゃあその強い人を僕が倒せば、僕の仲間になってくれル? きっと芸術的に勝って見せるヨ」
「はぁ? いったい何を……」
シルファはその時ハッとして口を閉じた。
「いえ……そうね……そうだわ。私の仲間を倒すことができたら、考えてもいいわ」
え。
お前こんな男がいいのか?
もしかしてこういう軽そうな感じがモテるのか。
「よしきタ。じゃあ誰と戦えば良いのかナ? ここにいるノ?」
「ええ、いるわ。あんたの目の前に。コジロー、頼んだわよ」
「俺かよ」
やっぱり俺か。
勝手に決めやがって。まぁそんな気がしてたが。
「さっき戦ってみたいっていってたじゃない」
「そらそーだが」
「私、あんたの実力をもう一度見たいの?」
「まぁいいけど」
俺は肩をすくめてサイを見た。
「俺が相手になるらしい」
聞いた感じ嫌なやつだが、だからといって見知らぬ他人をぶっ飛ばすなんて気が引けるな。
俺は丁寧に扉を指して『外に出よう』と伝えた。
「さぁ早く僕の相手を教えてくれヨ。ここにはいないノ?」
するとやつはとんでもないことを言い出した。
「あん? だから俺だって」
サイは俺を完全に無視してシルファに話かける。
「まさかとは思うけド、この……Lv1のゴミが相手だなんていわないよネ?」
「んだとゴルァ!」
前言撤回。ぶっ飛ばすわコイツ。
「そのまさかよ」
「はぁぁぁ」
サイは深くて不快なため息をわざとらしくついた。
「ナメられたものだヨ。こちとらダイヤモンドだっていうのニ。これじゃあ僕が強いって証明できないじゃ……そうカ!」
何を納得したのか、目を輝かせた。
「倒して当然の雑魚をあてがウ……つまり君は最初から僕の女になりたかったんだネ! はずかしやがりさんダ」
「違うわ。いいから早くやりなさいよ」
「そんなまわりくどい手を使わなくても、僕はいつでも歓迎だヨ」
「違うっての」
シルファがちらっと俺を見た。
んー、どーやらさっさと表へ連れて行けって合図らしい。
仕方ない。ここは無理にでも連れて行くか。
「おい、サイとやら。ここは――」
「うるさいヨ! 雑魚は黙ってロ!」
俺がやつの肩に手を乗せようとした瞬間、サイがキレる。
振り向きざまに小さくジャンプし、両腕をクロス、俺の首をめがけて挟もうとしてきた。
なんか首を絞めて窒息させる技みたいな感じ? まぁ見た感じなんで違うかもしれないが。
さて、なぜ突然俺に攻撃してきたか知らないが、売られたケンカは買う主義だ。
俺はやつのクロスした腕を小指ではじくと(やつの腕がぐんと上向きになった)、やつを落ち着かせるためにパンッと目の前で手を叩いた。
バァァァァン!
ねこだましだ。ただ力加減を間違えたのか、期待した音はでず、叩いた掌からものすごい衝撃波が広がり、突風がサイを吹き飛ばしてしまった。
「やべ」
時すでに遅し。サイはそのままカウンターに突っ込む。
「しまった。料理が……」
俺たちのテーブルにならんだ料理もどうようにグチャグチャになっている。
無残な料理を見つめ、リーナが白目になって固まっていた。
「な、何が……?」
一連の動作が早くて見えなかったのか、シルファが目を開いて驚いていた。
うーむ、これもそんなに速かったか?
「ああああ!」
珍妙な叫び声とともに、カウンターからサイが起き上がった。目は怒りに燃え、まっすぐに俺を見つめている。
「クソが……何のアイテムか知らないが、よくも! 後悔させてやル! 表へでロ!」
「あ、うん……ま、そのつもりだったんだが」
とは言ったものの、一応確認しなくては。
俺はシルファに耳打ちした。
「こいつぶっ飛ばしても大丈夫だよな? 冒険者資格剥奪されたりしない?」
シルファが俺の声にハッとし、こっちを見て笑った。
「問題ないわ! やっちゃいなさい!」