5話
一時間後。
事務的な手続きが終わり、俺とシルファとリーナがささやかなチーム結成祝いをしていた。
俺はというと、久しぶりのごちそうにヨダレたれたれの状態で、若干引かれたぐらい喜んでいた。
獣のように肉に食いつく俺を見て、シルファが言う。
「そんなにがっつかなくても……」
「いやー、肉なんて久しぶりでさ」俺は噛みながら答える。
「普段何を食べてるの?」
「あー、普段は……『家畜のエサ』とか」
「家畜のエサ!?」
シルファが驚いて声を出す。
「お、大声だすなよ……意外とうまいんだぞ……何より安い」
「そ、そこまでお金に困ってたなんて……」
シルファが可哀相な者を見る目で俺を見る。
なんだその目は。やめろ、そんな目で見るな、卑屈になりそうだろ。
「わかる……わかるわ! 弟子くん!」
リーナが納得したようにテーブルを叩いた。
多分、わかってない。というか弟子じゃない。
「芸術家たるもの、優先すべくは作品。自分の食事なんて二の次よね! 私もゴールデンな作品を作るためにたくさん金箔を買うからもう、金欠で金欠で……」
リーナがうんうんと唸る。
「お互い大変ねぇ~」
「いや、俺は単に収入が少ないだけだけど」
「前から思ってたんだけど」
シルファが切り出した。
「あんた、なんであんなに強いの? いったいどこで修業したの?」
「あー……」
仲間になった以上、話しておくべきか。別に隠しているわけではないが。
「『隠しダンジョン』ってとこで」
「隠しダンジョン!?」
シルファが驚いて身を乗り出した。
「あ、あの選ばれた者しか入れないっていう?」
「選ばれたかどうかは知らない。ただそこにいっぱいゴールデンスライムがいたからさ」
「ゴールデンスライム!?」
今度はリーナが声を上げた。
「あの芸術的生物に会ったの!? 形はどんなの!? 餌は何を食べるの?」
リーナがしゃべりながらぐいぐい顔を寄せてきた。
「い、いや見た目はふつー」
「その隠しダンジョンで……そこまで強くなったの? どうやって?」
「そうだ。んーそれを説明するには俺があの町にくる前のことを話す必要があるな」
俺は腕を組んで深呼吸する。
「俺、実はよそ者でさ……」
そうして俺は語り始めた。あの日、異世界召喚された日のことを……。
☆
木こりになる2年前、俺は日本でうだつが上がらないフリーターをしていた。
26歳になった夏の日、俺がバイトに行こうとチャリに乗ったときに事件は起きた。
突然、目を覆うほどの光に包まれ、気が付いたら大きな広間にいたのだ。
「え」
もちろんびっくりした。チャリはなくなってるし、目の前の景色が一瞬で変わったし。
「なんじゃこりゃ……」
この時俺は夢を見てると思い、そこまで驚いてはいなかった。
「どこだここ」
広間は俺から見て左右に大きな階段があり、奥に玉座みたいに豪華なイスが二つ。そのイスにこれまた豪華な服を着た男女がどっしりと座っている。あれ、本当の玉座?
広間の中心には赤く伸びたじゅうたん。それに沿うように昔のヨーロッパっぽい甲冑をきた騎士が並んでいた。
リアルな夢だなー。
俺は首をかしげて辺りを見渡す。そこでようやく日本人が俺一人じゃないことに気が付いた。
後ろには男女合わせて20人ほどの人間がいた。何故そいつらが日本人とわかったかというと、彼らが皆、制服を着ていたからだ。
「高校生……?」
見た目から察するに10代半ばだろう。男子は困惑し、女子はおびえている。
どういうわけか、俺の知らない人間が俺の夢にでてきたらしい。
「うーむ」
せっかくだ。女の子に話しかけてみようかな。どーせ夢だし。
一番近くの女の子(茶髪で巨乳)に声をかける。
「あ、あのー……」
「は?」茶髪の女子高生は面倒くさそうに俺を見た。
「いやぁ~、実はなんでここにいるのかわからなくて……」
「あたしだってわかんないよ。つか誰? おっさんがあたしたちを連れてきたの?」
「お、おっさ……」
そりゃ高校生からしたら大人だけど、俺はおっさんって年じゃないから。お兄さんだから。
「や、違うけど」
ガツンと言ってやりたいとこだが、大人なのでガマンガマン。
「なら話しかけんな、おっさん。あー、つら。この後打ち上げだったのにマジなんなん!?」
「ぐぐ……」
自分より10コくらい下の子に睨まれた。
というかこれ夢だよな? だとしたら俺は無意識のうちに、JKに叱られたいと思っているのか? 何それ変態じゃん。
他の子にも話しかけようとしたが、みんな怯えた顔で俺を睨むか、無視した。
なにこれ。これが俺の深層心理? 蔑まれるのが好きなの? 気付かなかった。
男子も女子もみんな小グループに分かれ、ひそひそと俺を見ながら何か呟いている。
なんだよ……気分悪いな……夢のくせに。
「よく来た勇者たちよ」
その時、奥の玉座に座っている男(髭が長く真っ白な老人)が渋い声を響かす。
「いきなり召喚されて、さぞ困惑しているだろう。だが我々はどうしても貴殿らの力を借りたいのだ」
そう言って髭の男は語り始めた。
髭の男の話は20分近くにわたった。
まとめるとこうだ。
・この世界はあなたたちの住む世界とは別の世界である。
・自分はこの国の王様である。
・魔王が世界を滅ぼさんとしている。
・魔王の力は強大で、対抗するには異界から召喚された勇者が必要。
・そこであなたたちを召喚させてもらった。
・異界の勇者は各々特別なスキルを持っている。
・魔王城には異界に通じる『門』がある。そこから帰れる。
なんじゃそりゃ。
いきなりこんなところに連れてきて戦えだなんて、ひどい話だ。
ま、夢だし関係ないか……。
「……本当に夢か?」
俺はふと疑問に思った。触感、景色。どう見ても夢とは思えない。
「試してみるか……」
唇を力強くひっぱり、痛みがあるか確認する。
「いた!」
やべぇ。痛い。え、待て。ということは、この異世界召喚は……
「本物!?」
俺は勢いに任せて叫ぶ。
説明をしてくれた髭の王様は眉を吊り上げていった。
「本物だとも。にわかには信じがたいかもしれないが、夢幻ではないのだ」
王様は立ち上がり、手を広げた。
「何一つ不自由ない生活を保障しよう。どうか我々に力を貸してほしい」
「何それ! 意味わかんない!」
女の子がひとり声を上げた。
「おじさん、これ犯罪だよ!? わかってる!?」
それを皮切りに男女から不満が爆発した。
「そうだ。人を拉致ってただで済むと思うなよ!」
「私たちを帰して! ここはどこなの!?」
「俺たちを殺すつもりか? やってやるよ! かかってこい!」
ガヤガヤと騒がしくなり、暴力的な言葉も飛び交うようになる。
あちゃー。まぁとーぜんだろうな。夢じゃないなら、ふつーに拉致られたと思うだろう。
高校生たちの怒りが大きくなるにつれ、周りの衛兵たちが険しい顔つきになる。
これはまずい。こっちは丸腰な上に向こうのほうが数が多いのに、喧嘩をしたら最悪皆殺しなんてことに……やはり年長者であるこの俺が。
俺は意を決して声を出す。
「おいみんな落ち着け――」
「うっさい!」
「はいごめんなさい」
俺の警告はギャルっぽい女子高生に即刻却下された。
こわ。最近の高校生こわ。
こんなんビビるわ。すごい凄みがある声だもの。
そうは言ってもこの状況はよろしくない。夢でないと分かった以上、大人で冷静である俺がなんとかしないと、俺まで巻き込まれる可能性が……。
「みんな一旦落ち着こう」
グループの真ん中にいた男子が立ち上がった。
声は低く響く、いわゆるイケボってやつで、顔もかなり整った男子だった。茶髪の髪をワックスで遊ばせて、耳にピアスをしている。
「まず向こうことをちゃんと知らなくちゃ。お互いに嫌な気分のままだよ。少なくともこのままじゃ帰してもらえないだろう?」
「りゅーくん……」
女子がうっとりした声を漏らす。
「まぁ龍一がそういうなら……」
荒れていた男子も納得したように黙る。
ははーん。あれがいわゆるクラスの中心ってやつだな? スクールカーストの頂点に位置する人種。きっとスポーツ万能で成績も優秀なんだろう。いいなー。そんな人間になりたかったなぁ……。
俺がハッしたときにはイケメン男子は髭の王様に話しかけていた。
「あなたの話が信じられる根拠がほしい。つまりここが……異世界だという」
「ふむ。貴殿は他の者違い冷静だな。優秀そうだ」
おーい、ここにもいるよ、冷静で優秀なやつが。俺の言葉はなかったことにされたが。
「根拠。つまり証拠か。よかろう、自分の目で見たほうが早い。貴殿、名はなんという?」
「龍一……中嶋隆一」
「ふむ、リューイチか。では少々ステータスを見せてもらおう」
「す、すて……?」
「はっ!」
王様の眼力が一層強くなった。
すると龍一と名乗った男子の目の前に、ゲームのようなテキストウィンドウが現れた。
ウィンドウはどの方向から見えても読めるようになっており、その場にいた全員が読むことができた。
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名前:リューイチ
称号:20人の勇者 選ばれし者
レベル:1
年齢:16 種族:人 性別:男
HP:100
MP:100
攻撃:100
防御:100
素早さ:100
特殊攻撃:100
特殊防御:100
【職業】
勇者Lv1 魔法剣士Lv1 竜騎士Lv1
【固有スキル】
竜神:竜を操ることができる。
「ほう、勇者だけではなく魔法剣士や竜騎士のスキルも持っておるとは!」
王様がうれしそうな声を出した。
「魔法剣士?」
イケメン少年、龍一が怪訝そうな顔になる。
「であるなら、ファイアボールぐらい撃てるであろう。手を上にかざしてみたまえ」
「……」
龍一は疑いながらも手を上にする。
「ファイアボールと唱えるのだ」
「……ファイアボール。――ッ!」
その場にいた全員(王様らを除く)が息をもらした。
なんとイケメンの手から小さな炎が噴き出したのだ。
炎は垂直に天井を目指し、やがて小さくなって消えた。
「こ、これは……」
全員がごくりと唾を飲む。
「本当に……?」
「魔法だ。貴殿らの世界にはないと聞く。これで信じてもらえたかな?」
男子女子とも一斉にしゃべりだした。
「ウソだろ……」
「まさか、何かのトリックだ。ふぁ、ファイヤボール! ああ、でた!」
「マジだったのかよ……」
「お、俺は?」
チャラチャラした男子がひとり、手をあげて王様の前に出た。
「貴殿はうーむ、雷魔法の素質があるな。天井に向けて『ライトニング』と唱えてみなさい。天井には魔力対策がされておる。気にせず撃て」
「は、はい! ライトニング! うっひゃあぁ! ホントにでたぁ!」
自分の手から電撃が放たれたのを見て、チャラ男は興奮した。
興奮しているのはチャラ男だけではない。男女関係なく全員が王様に近寄り、
「俺は何ができるんだ?」
「私には何の才能があるの!?」
と詰め寄っていた。
そのたびに水やら光やらを出すのでみんなはもう夢中になっていた。
おそらく見知らぬ場所や拉致されたことに対する恐怖は少しはあるだろう。しかし『魔法』という夢にまで見た現象がその心を強く抑え込む。
高校生たちはもはや自分の置かれている状況を忘れていた。
そして俺も例外ではなかった。
「おお、すごいな。魔法とは。俺も聞いてみよ」
俺も王様の前に行き、聞いてみた。
「俺は? 俺は?」
「貴殿は……うーむ?」
王様の表情が曇る。俺の前に表示されたステータスにはこう書かれていた。
=======================================
名前:コジロー
称号:なし
レベル:1
年齢:26 種族:人 性別:男
HP:50
MP:50
攻撃:50
防御:50
素早さ:50
特殊攻撃:50
特殊防御:50
【職業】
なし
【固有スキル】
なし
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「何も……ない?」
「……へ?」
「残念だが……魔法の才能も、剣の才能もない」
「そ、そんなー。何かの間違いじゃ……」
「鑑定魔法はウソをつかない。まこと遺憾だが、貴殿は勇者の称号すらない。といういより――」
王様がいぶかしげに俺を睨んだ。
「召喚したのは十代の固い絆で結ばれた20人の人間のはず。君は21人目だ。その上26歳ときている。特別力はなにもない。勇者ですらない。君は何者だ? なぜここにいる? 私は君を呼んだ覚えはないが?」
「俺がしりたいよ」
悲しすぎる言葉に俺は軽く落ち込む。
「とゆーか異世界召喚までしておいて『君呼んでないから』ってひどくないか?」
「とにかく君には何の力もない。衛兵以下だ。下がりたまえ。次、貴殿は……おお、すごい。氷魔法の才能があるぞ」
下がりたまえ!? なんだこいつ!
俺は後ろのやつとあからさまに違う態度に腹を立てた。
髭の王をキッと睨むと、王のほうも睨み返してきた。
『無能はいらない』まるでそういいたげな目だ。
「王様!」イケボが広間に響く。
「おお、勇者リューイチ殿。どうされた?」
殿ってなんだ。殿って。こんにゃろう。
「皆、突然のことで困惑しています。今日はどこかで休ませてもらえませんか?」
「うむ、確かに。リューイチ殿の言うとおりだ。今日はここまでにしよう。勇者たちに暖かい食事とベッドを!」
髭の親父(王と呼ぶのはやめだ)が手を叩くと左右の扉から一斉にメイドがでてきた。
「こちらでございます」
メイドたちは丁寧なしぐさで俺たちを誘導した。
「勇者様にはひとりひとりお部屋を用意してあります」
部屋を独り占めか、なかなかいいじゃないか。
今日はもうベッドで眠ろう。もしこれが何かの間違いで夢ならば、いつかは起きるだろう。そうじゃなくても……とにかく眠りたい。
「やれやれ……なんだか大変なことになった」
俺は深くため息をつくとゆっくりと歩きだしたのだった。
☆
それから起こったことを手短に話そう。
1.高校生たちは学際の二次打ち上げ(いわゆるスクールカースト上位者のみが集う打ち上げ)の途中にクラス召喚にあったらしい。
2.俺以外はみんな勇者の称号やスキルを持ってる。
3.部屋は20部屋しか用意されておらず、俺は物置きに寝ることになった(絶許)。
4.俺を除いた全員、なんやかんやでやる気を出していった。
5.俺は元いた世界と全く変わっていないで、何もせずにぼーっとしていた。
いやぁ。もう気まずいのなんのって。なにせ俺だけ世代が違うし、一人だけ何もできないし。加えて王様らからの視線が痛い上に、露骨な嫌がらせが多くなってきたのも原因にある。
例えば食事の量に違いがでたり、俺だけ物置就寝だったり……極めつけはあのクソオヤジ(王)のうんこみてぇな催促。
「コジローくん。君もいつまでも他の勇者たちの恩恵に甘えておらず、自立する道を歩んだらどうかね? 私たちも能力のない君をいつまでも養うわけにはいかなくてねぇ」
このクソひげ野朗がぁぁ! おめーが勝手に俺をこんなところまで呼んだんだろうがぁぁあ!
さらにコレを他の高校生たちの前で言う徹底っぷり。さらし者のつもりかゴルァ!
上等だ。俺もこのクソみたいな状況にイヤイヤしてたんだ。こんな所さっさとおさらばしてやる。
「では俺はどっか旅にでたいと思います」
くそひげ王にそう伝えると、やつはやっと厄介払いができたとばかりに顔をほころばせ、小銭の入った袋と申し訳程度の装備を俺に持たせて、締め出した。
「ふん、ひでーところだったぜ」
城門前で俺は唾を吐く。
こうして俺は城を離れることになった。隠しダンジョンにであったのはその後のことだ。