1話
木漏れ日が心地いい昼の時間。
俺は金貨の入った袋を持って道を歩いていた。
ここ、異世界の町ティランでの生活もだいぶ慣れてきた。もう迷うことはない。
自己紹介しておこう。
俺の名前は坂井小次郎。元フリーター、現在、木こり。
故郷は日本。いわゆる異世界召喚ってやつに巻き込まれてここにいる。
趣味は読書とか漫画とか読むこと。
特技は……特技ってほどじゃないが、ちょっと変わった点がある。
実は俺は――
「よぉ、にぃちゃん。そんな景気のいい音ひびかせてどこ行くんだい?」
突然、路地からガラの悪そうな男が数人でてきた。手にはそれぞれナイフが握られていて、全員ニヤニヤと笑っている。
一瞬でこいつらが強盗の類だと理解する。だが最初はなるべく丁寧に答えるべきだ。
「どこでもいいだろ。そこどいてくれよ」
「おっとそうはいかねぇ」大きな男が両手を広げた。
「ここらは俺らの縄張りでね。ここを通りたきゃ通行料を払いな。とりあえず有り金全部置いてけ」
「はーん?」
縄張りって時点でおかしい。ここ公道だし。有り金全部って料金も設定されてないし。
はい、悪漢決定。従う必要なし。
「急いでんだ。お前らと遊んでるヒマねぇーの」俺はギロリと睨む。
「ギャハハハ! この状況でよくそんなことが言えるぜ。お前目が悪いのか? 俺たちのレベルがみえねぇのか?」
俺は面倒くさそうに男たちの頭上を見た。
すると何もない頭上に半透明の文字がうっすら浮かび上がってくる。
「ああ、見える。レベル15ね」
そう、この異世界ではレベルが頭の上に表示されているのだ。誰でも目を凝らせばレベルが表示され、強いかどうかが一発でわかる。
なんだかゲームみたいだろ? 俺も初めてこの世界に来たときはたいそう驚いた。今はもう慣れてるけど。
「なら頭が悪いのか? 俺にはお前のレベルがよーく見えるぜ? レベル1くん?」
悪漢が意地汚く笑う。
「俺以外のやつもレベル14か13だ。その辺の衛兵にも負けねぇ。そんな俺らが優しーく金で通してやろうってんだ。素直に聞いたほうがいいと思うがなぁ?」
ああ、面倒くさい。もういいや。
俺は吐き捨てるように言った。
「うるさい。黙れ。ぶっ飛ばされたいか?」
この一言に悪漢たちは底が抜けたように笑い転げた。
「そーかい。そーかい。痛い目みたいようだな。まぁいいか、金は死体から剥ぎ取ればいいからなぁ!?」
悪漢たちがナイフを振り上げる。
……そうだ、自己紹介の途中だった。
俺にはちょっと変わった点がある。実は――
「死ねぇぇ! 雑魚がぁぁ!」
「ジャマ」
バァン!
大量の風船が一斉に割れたような音がして、悪漢たち全員が空の彼方へと消えた。
俺が殴り飛ばしたのだ。
――実は俺、メチャクチャ強い。
簡単に説明すると、半年ぐらい前に、ひょんなことから無敵のパワーを手に入れてしまった。
といってもすごい魔法や剣技が使えるわけじゃない。単純にステータスが限界値まで達しているのだ。
この異世界はゲームのようにレベルが存在して、人々は頭上を見ることで他人のレベルを見ることができる。
そして俺はそのレベルが999というわけだ。力も体力も敵なしである。
「それにしても……レベル1か……。本当はLv999なのにな……」
だが一方で困ったことも起きた。
俺がかつてLv999からLv1000へ達しようとしたとき、ある異変が起きた。
レベル1000に突入する経験値を得たその瞬間、レベルが1になってしまったのである。古いゲームでよくあるカンストというやつだろうか? とにかく妙なバグが起こってしまい、俺の頭上に現れるレベルは永遠に『Lv1』と表記されるようになってしまった。
そこからいろいろ試したが、レベル表記が元に戻ることはなかった。悲しい。
レベル表記は1のままでも、ステータスはLv999の時のままだったのは不幸中の幸いだ。
おかげで先ほどのようなバカを蹴散らせる。
だが――
「やべぇ。時間ないんだった!」
俺はハッして駆け出した。
「早く……早く先月の家賃払わないと! 今度滞納したら追い出されちまう!」
道を力強く蹴ると、スピードはぐんぐんあがり、あっという間に家についた。
ティランの町にあるこじんまりした長屋。ここが俺の住んでいる場所だ。
レンガでできた、この細長い家に俺を含めた5人が暮らしている。
「お、おやっさん! 家賃払いに来たぜ! 先月分が入ってる!」
一番大きな扉をバンバン叩く。
三度ほどのノックで扉が開かれた。出迎えてくれたのはスキンヘッドのおっちゃんで、すげー怖い顔をしてる。
「うるせー! そんな大きくノックせんでも出るわアホ! んでなんだ?」
「家賃だよ! 払いに来た!」
「やっとか。これで入居者を募集する手間が省けたな」
「ははは……危なかった……」
俺は深くため息をつく。
「ウチみたいな格安の長屋で滞納なんて本当に貧乏なんだな、お前さん」
「はは……まぁ……」
俺が何故長屋に住んでいるか、それは経済的理由に他ならない。
金がないのだ。
「しかしよう、お前さんも変わったやつだよな。腕っぷしは強いのに、魔法は使えねー、剣技も使えねー、そんでもってLv1。おかげで仕事が全然ねぇらしいじゃなねぇか」
「そうなんだよねぇ……」
レベルが誰でも見えるこの世界では、レベルで全てが決まるといっても過言ではない。
魔法もある程度レベルがないと使えないはずなので、高給取りの仕事になればなるほどレベルが要求される。
異世界でのレベルは日本でいう学歴、職歴そのものだ。これが低いと選択肢が狭まる。
俺はLv1なので、仕事がめっきりなかった。一時自分の腕を信じて『冒険者』になってみたが、紹介される仕事は薬草取り程度だった。結局冒険者は最低クラスのまま放置し、今は木こりで生計を立てている。
「実は給料がさらに減りそうでさ……」俺は申し訳なさそうに言う。
先日、木材の需要が減り、値段が下がってきていると買取業者に言われた。おかげで次回からさらに買取りの数と値段が少なくなるのだ。
「頼むおやっさん! 今月は!」
「はぁ……」長屋の亭主、おやっさんはため息をついた。
「しょうがねぇ。おめーの事情は知ってるつもりだ。来月まで待ってやる」
「ありがとう、おやっさん! はいこれ!」
俺は飛び上がって喜び、銀貨の入った袋をおやっさんに渡した。
よかった。これでしばらくは持つだろう。
この間に新しい仕事を探さなくは……。
俺は早速、大きな街に行くべく準備をしようとした。
ゴゴゴゴ!
その時、巨大な地響きがなった。
「おお?」
「なんだ、なんだァ!? まさかまた魔王軍とかじゃねぇだろうな」
おやっさんが心配そうにつぶやく。
そういえば先日、魔王軍なるものが来て、俺が退治したんだった。もしかして木材の値段が下がったのは奴らのせいかもしれない。
だとしたら許せん。許せんぞ、魔王軍。
「じゃあ、おやっさん。俺、仕事探してくるよ」
「お、おう。気ぃつけろよ。なんかやばそうな雰囲気だ」
俺はとりあえず、この町、ティランに割のいい仕事が残ってないか探すことにした。