プロローグ
王国から遠く離れた田舎町、ティラン。のどかな町で、レンガの家々が並び、歴史上平和でなかったときはなかった。
しかしその日、町はかつてない危機に瀕していた。
「逃げろー!魔王軍がくるぞー!」
ドォン!
住人の叫び声と悲鳴が飛び交い、それをかき消すかのように爆音が鳴り響く。
男も女も関係なしに必死に町の外へ走っていた。
逃げるためだ。
「早く! モタモタ――うげ!」
街道を走っていた住人が突然黒い霧に包まれ、虫のようにぶちっと音をたてて消える。
「うわぁあああ」
悲鳴を上げた者の声も途中で途切れる。
今この町は魔王軍という魔物たちに侵攻されていたのだ。
民家が焼かれ、田畑は大勢の魔物に押しつぶされた。
黒く焦げていく町を見下ろし、すべての原因――1人の悪魔が高らかに笑った。
「ハーッハッハッハ! 王国への奇襲は成功したようだな! 魔王軍・四天王がひとり、このフーブラ様にかかればお手の物だ!」
ヒキガエルのような顔をした悪魔はそう叫ぶと、満足げに指を鳴らす。
するとたくさんの業火球がうねるように町へ降り注ぎ、家々が燃え上がった。
「うわぁああ! 助けてくれ! ぐあああ!」
「ハーッハッハッハ! 愉快! 愉快! 田舎町とはいえ、まさかここまで脆いとは! ふーむ」
ヒキガエルの悪魔は逃げ惑う人々はぎろりと凝視する。
「ふん」
やがて呆れたように首を振った。
「なんてこった! 全員レベル5以下じゃないか! 平和ボケしたやつらめ! これで魔王様に歯向かおうとしていたとは失笑!」
悪魔は前方を指した。
「我がシモベども! 前進せよ! 皆殺しだ!」
頭領の一言に待ちわびたとばかりに、地上にいた魔物たちが叫び声をあげる。
「コロセー! コロセー!」
そして町を蹂躙するため、一歩踏み出し――
「コロ――ギャアアア!」
全員絶命した。
「な!?」
何が起こったか、悪魔にはよくわからなかった。
いつものように自分が先陣をきるため、前を向いていたからだ。悲鳴が聞こえたと思い、振り向いてみると、地面にはすでに無数の魔物の死体が転がっていた。
「……死んだ? あの百を超える軍勢が、一瞬で!?」
信じがたい光景に悪魔は目を丸くする。
「ん?」
そして死体の真ん中に1人の人間が立っているのが目に入った。
「あいつか! あいつが我がシモベたちを!」
そう確信した悪魔は怒りのままに地面に降り立ち、その人間と相対する。
「おっ?」
地面にいた人間の男は、悪魔が現れると気の抜けた声をだした。
「空を飛べるやつもいるのか」
「……貴様だな!? 我がシモベを一瞬にして倒したのは……」
「あ、うんそうだけど。なんか悪っぽかったし」
「何者だ? お前。黒髪ということは東部の者だな……」
「何者って言われてもね……フリーター……かな。いや夢を追いかけてるっていうか……」
「何をぶつぶつ呟いている。ん? 貴様……」
悪魔は何かに気付いたのか、男の頭上を凝視する。
そして意地悪くにたりと笑った。
「ハーハッハッハ! 自分で倒したなど、よくこの俺を前にしてそんな嘘をつけたものだ! 貴様、『レベル1』ではないか! どこかに隠れてる勇者がいるのだな!? それも複数に違いない!」
「え、いや俺だけだけど……」
「戯言を! あの数の精鋭をたった一人、それもレベル1が倒せるわけない! この四天王がひとり、フーブラをだまそうとしたことを後悔させてやる! 苦しみながら死ね! 貴様も、隠れてる勇者共もだ! ウォォォォ!」
「嘘じゃないんだけど。まぁいいか」
悪魔はおぞましい叫び声をあげて、『変形』した。腕は4本になり、翼が生え、体が前より三倍大きくなった。
悪魔はどす黒い声を響かせる。
「ハーッハッハッハ! この状態の俺はレベル70だ! 同じ四天王とて敵わん!」
悪魔が巨大に膨れた手を男に差し向ける。
「死ね! レベル1の雑魚め!」
「そい」
ザク。
「ぎゃああああああああ!」
男が持っていた剣をひと振りすると、空間が切れたように断絶した。
悪魔の体は真っ二つになり、臓物がはじけ飛ぶ。
「バカ……な……」
「……」
ぶちゃ!
男は悪魔の体が散らばり、血が地面に吹きついた。黒髪の男はそれでもなお無表情だった。
断末魔が終わると数秒の静寂が訪れる。
「レベル70ね。それじゃ俺には敵わないぜ」
男はつぶやくように言った。
「俺、レベル999だし」