8、塩の物価を下げましょう!其の一
(フードなんて被ってたら、悪目立ちすると思ってたけど、案外目立たないものね)
この季節にフードなんて被っていたら目立つと思ったのたが、春とはいえまだ肌寒いせいか、アシリアの周りにはフードを被って防寒対策をしている人が複数いた。
そのおかげでアシリアの服装は浮かなかった。
そうは言っても、アシリアほど目深くは被っていなかったが…………
(まあ、そんなことあまり気にしてないんですけどねっ!! それより冷めないうちに、食べなくちゃ)
アシリアは目の前に置かれている昼食をせっせと口に運ぶ。
口に広がるふわふわな玉子がたまらないと思いつつ、なぜか物足りなさを感じた。
「うーん、塩味が足りないのかな……素材の味がひきたっていると思い込めば、美味しいんだけど」
ブツブツと料理の感想を言う。
お日様が青空の真上に上がり、自然とお腹が空いたと感じたので、大衆食堂でアシリアは定食なるものを食べていた。
モリモリと定食を食べるアシリアの前の席には、呆れ顔のオーウェンが座っている。
ちなみにオーウェンが頼んだのは紅茶だけである。
極度の少食だったのか、と思っていたら、前の席から深いため息を聞こえた。
「………屋台で沢山食べたのに、昼飯もきっちり食べるのですね、ギルは」
「うん、もちろん」
オーウェンは優雅に紅茶を飲んでいるのだが、何故か口端は引きずっていた。
(もしや、偽名が呼び慣れてないから、引きずってるのかな?)
今現在、オーウェンはアシリアのことを『ギル』と呼んでいる。
アシリア・キシス・ギルバートという名は、目立つし、少年の格好をしているため、周りに疑問を抱かせない自然な名を名乗ることにしたのだ。
そこで、ギルバートという家名から取って『ギル』になり、アシリアはなんだかんだいって偽名を気に入っていた。
(男の名で呼ばれるから、口調もそれらしくしないと駄目だけど、逆に楽しくなってくるのよね)
男性の食べ方に見えるように注意を払いながら、食べ物を咀嚼する。
そうは言っても、癖というのは抜けないもので、アシリアは気づいていないが、側からみると良い育つの子供に見えていた。
そんなことつゆにも思わず、アシリアは黙々と定食を口に運ぶ。
「……本当凄い速さだ」
「…………。」
聞こえないように、ひとり言を言ってるつもりのオーウェンであるが、アシリアの耳にばっちり聞こえてくる。
(オーウェンは、わたしが沢山食べるっていうけど、それほどじゃないと思うんだよなあ)
オーウェンの言う通り、焼き鳥や牛肉の串やらは食べたていたが、正直いってお腹は満たされなかった。
小腹には良い感じだが、まとまったものを食べないとお腹は満たされないようだ。
「さっきから聞こえてますからね、オーウェン! わたしが異常なんじゃなくて、オーウェンは少食過ぎるんです。わたしは、まだまだお腹が空いているんです! 食べないと満たされません!!」
それに屋台を移動するため歩いていたので、消費も早いというものだ。
お椀に入っているスープを一気に飲み干し、次の皿に手を伸ばすアシリアの様子に、オーウェンはというと信じられないものを見るかのように目を見開いた。
「…………私は、その体のどこに巨大な胃袋があるのか不思議でなりません」
「失礼ね。これぐらい普通でしょ?」
「普通ではありません。男の私でもそんなに食べませんから」
そう言って、オーウェンは頭を抱える。
大の男に頭を抱えられて、アシリアは狼狽した。
(なんで、オーウェンがそんなに悩むのよ!?)
食べる量がアシリアに負けていることが、そんなに悔しいのか?! と思った。
だが、アシリア的には自身は大食いというわけではないと思っている。
オーウェンが少食過ぎるのだ…………多分。
(だって、いつもお母様に食べ過ぎないように言われているから、胃が大きいわけではないはずだもの…………あっ! でも、薬草はある程度食べてるかもしれないわ……)
いつもこんなにモリモリと食べないアシリアであったが、よくよく考えてみれば、森に育つ薬草を口に含み食べたりしている。
もしかしたら、薬草の味見をしているうちに、沢山食べていて普通だと思っていたのかもしれない。
だが、薬草は草だ。肉じゃない。
疲労回復の薬草とかなら沢山食べたって健康に良いはずだから、無効になる。
そう結論し、アシリアは気にせず定食を食べ続けた。
こう言った食べ物は、熱いうちに食べた方が美味しい。
綺麗な動作であるものの、もの凄い速さで食べていたせいか目立ち、料理人の一人が二人に近づいてきた。
「ほお、こんなにモリモリ食べてくれるなら、作ったかいがあるってもんだ。一応、その定食、二人前並なんだよな〜」
ゴツゴツした体の食堂の料理人が「ガハハーッ」と笑っている。
アシリアよりも断然型の良い男性に言われて、そんなにガッツいて食べてないと複雑な心になった。
それに二人前って……まるでアシリアが大食いだと言っているみたいじゃないか。
「ほら、ビックリされてますよ」
追い討ちをかけるようにオーウェンも顔を縦に振って肯定してくる。
アシリアとしては普通だと思っていたのだが、周りはどうも違うようだ。
まぁ、食べる速度なんて人それぞれだしね、気にすることない。
それよりも、先ほどからずっと頭の隅にある事を尋ねてみた。
「あの質問いいですか? この定食なんですけど、もう少し塩味が効いていた方が美味しいと思うんです」
別に不味かったわけじゃないですから、と念を押しながら言うと、料理人はアシリア対し申し訳なさそうにした。
「あー、それか。すまんな少年。どうも最近塩の値段が上がってな。安く提供するには、塩の値段を下げないといけないんだ。だからといって、量は減らすのは嫌で、塩の量を減らす方にしたんだ」
「塩の値段??」
国内の食料事情など知らなかったので詳しくきいてみると、ここ最近他国から入ってくる塩の値段が上がっているらしい。
塩の材料となる岩塩が入手しにくいルーツィブルト王国では、ほとんどを輸入に頼っている。
そのため市場に出回る価格は、他国からの輸入状況に左右されていた。
自国からも取れるらしいが、質が悪いらしい。
料理に合う質の良い塩は貴重なのだそうだ。
さらに他国でも、需要が出てきて、国内に塩が出回らなくてなってきているとか。
「質の悪い塩なら安く手に入るんだが、いらない味の要素っていうのか? 苦味とか辛味が入ってきちまうんだ。そんなの提供するなんて俺の誇りが邪魔してな。食堂には出せねぇんだ」
「へえ、料理人も大変なんですね」
「おう、兄さんは分かってくれるか〜〜」
料理人の話を聞いていたオーウェンは、成る程という顔で聞いていたのだが、アシリアの頭には疑問が浮かんだ。
「領地の状態を詳しくは知りませんでしたが、海があるなら海から塩を作ればいいのではないんですか?」
あんなに綺麗な海があるんだから、とアシリアは言葉を続けた。
ギルバート領の海は、廃棄物を流さないようにする法律や決まりがあるので、海も魚の質も良かった。
塩の質も問題なく作れるだろう。
「は?」
しかし料理人は、何言ってるんだこのガキ? という顔でアシリアを見てきた。
その顔にアシリアは、ムッとした。だが、ここで感情のまま熱く話せば説得力が欠けるので、我慢し料理人の話を聞いた。
「世間知らずだな。海は確かに塩っ気あるから、沸かして作ればいいけどよ。塩の製造なんて割合わない商売なんだよ。誰もやらねぇよ」
「どうして?」
アシリアの予測では他国から輸入するよりも安く済むはずなのに、割に合わないなんておかしすぎる。
「だって、海水を沸かして、水を蒸発させるには火をおこさなくちゃならねぇだろ? そのために木とかが必要になるだろ? それに、ろ過するのも何度もやらなくちゃならないから一苦労する。さらに言うと、海から作った塩には雑味がある。料理に向かねぇ。話をまとめればな、多額な費用の割には利益が出ないんだよ」
アシリアが冷静に聞くのとは反対に、筋肉質な料理人は熱く語った。
だが、それは間違っているとアシリアは思った。
きちんとした方法で作れば、お湯を沸かすのだって効率よくできる。
ろ過だって、簡単に出来るはずだ。
「そうかな? わたしはそうは思わないよ。異国の地にはね、塩を海から作る技術があって、翻訳して本で読んだけど、料理にも使われるって書かれてたよ」
料理人を含めた周りの人間が唖然としてその話を聞くなか、アシリアはスープに入っている柔らかいお肉を口に運びながらきっぱりと答えた。