7、公爵令嬢の家でに巻き込まれた護衛者(オーウェン視点)
「はぁー」
オーウェンは、隣で焼き鳥や牛串を口いっぱいに頬張るアシリアに気づかれないようにため息をついた。
(……どうしてこうなった)
一時間前、異常がないか、ギルバート家の屋敷まわりの森を回っていたオーウェンは、迷うことなく走っていく人影を見つけた。
ギルバート家の屋敷まわりの森は複雑に入れ組んでいる。
初めて来る者なら、道に沿って来なければ絶対に迷う森だ。
それなのに、ずんずんと森の中を進む人影は、迷う素振りを見せなかった。
気になって追っていると、着ている服がギルバート家の嫡子であるミカエル様のお忍び服に酷似していたので、ミカエル様なのだろうと思った。
なんたって、今日は春祝祭だ。
ミカエル様は、この祭りに身分を隠して行くのが好きらしく、かなりの頻度で家出していた。
森の外に出れば、危険などもあるのだが、ミカエル様は護身術を身につけている。
腕が立つオーウェンは、護衛者としてギルバート家に仕えているが、ミカエル様と手合わせをするときは本気で挑む。
暗殺者や、人に言えないような仕事が多い闇社会で有名なオーウェンであるが、ミカエルは手を抜けない相手と認識している。
そんなミカエル様なら、心配する必要もないのだが、一応どこに行くのか把握しておこうとオーウェンは追った。
森を抜けると、ミカエル様らしき人は立ち止まってどこに行くのか考えているようだった。
見回りは終わっていたので、寮に行こうと思っていたが、このまま護衛でもしようと思って観察していたら、帽子が風で翻った。
──…………まじか
ミカエル様だと思っていた人間は、別人だった。
お日様の光を浴びて濃い青の瞳が爛々と輝く。
日焼けという言葉を知らない白の肌が、帽子とマフラーの隙間から見え隠れしていて、オーウェンの頭を痛くさせた。
格好が男性のものだったため、ミカエル様だと思っていたが、そこにいたのは、妹のアシリア様だった。
普段森の外から出ないアシリア様だったので驚くが、直ぐに連れ戻そうと思った。
コソコソと動いているあたり、旦那様は知らないはずだ。
面倒ごとになる前に避けねばと思い、アシリア様を屋敷に連れ戻そうとしたら、彼女に騒がれ、脅され、結局家出を見逃すことになった。
しかし、何かあってはいけないので、もちろん自身が追随する。
アシリア様もミカエル様同様護身術を身につけているが、一人で行動させるにはある意味危険な存在だった。
(しかし、どうして屋敷でじっとしていられないのでしょうか……)
社交界に滅多に顔を出さず、深窓の令嬢と噂されるアシリア様は、森に出て薬草を採取したり、調合したりしている。
じっと本を読んでいるだけなら、使用人を困らせる令嬢ではなかっただろう。
だが実際は、馬鹿みたいに広い森で隠れんぼするような令嬢だった。
(どうしてこうも令嬢らしくないんでしょうか……)
春祝祭のような祭りでも、普通の令嬢なら馬車の中で見ているだけで、満足する。
それなのに、アシリア・キシス・ギルバートという人物は違う。
「はぁ」
「……何回ため息をついたら、気が済みますの? わたしの護衛のせいで気を張ってるのは分かりますけど、楽しまないと損ですよ?」
「楽しむって……」
知らず知らずうちに、何回もため息をついていたようだ。
アシリア様がフードの隙間の間からオーウェンを見上げてくる。
「っ?!」
一瞬だが、サファイヤような青の瞳に見つめられ、オーウェンはさっと顔を逸らした。
そして、心の中で悶絶する
(た、楽しめるわけがないでしょうがーー!! 貴方の顔がバレたら、この街が犯罪者だらけになるんですから!)
本人は不細工だと思い込んでいるが、アシリア様の顔は、両親の面影を存分に受け継いだ絶世の美女である。
否、相乗効果を発揮しすぎて、両親の顔ですら及ばない程の美女だと思う。
「はぁ」
オーウェンがギルバート家に仕え始めた頃、公爵夫妻と直接話したことがあったが、綺麗な夫婦だな、としか思わなかった。
ご子息のミカエル様に対しても同様だった。
男なら羨む顔だな、と淡々と思うだけだった。
別に綺麗なものを否定するつもりはない。
綺麗なものを見れば、綺麗だと思うし、醜いものを見れば、醜いと思う。
ただ物事を客観的にしか捉えられないため、感情がないなどと、よく言わることが多かった。
そんな自分をオーウェンは、食指が動かないのだがら仕方がないだろう、としか思わなかった。
だがら、こんな感情の起伏が乏しい自身の心が動くなど思っていなかった。
(公爵夫妻にあってから、一週間後ぐらいだったんだよなあ。アシリア様に初めて会ったの……)
ルシウスたちに会った一週間後、木の上で眠る少女を見つけた時、オーウェンの見る世界の色が変わったのだ。
その当時、アシリア様の姿が屋敷に見えず、オーウェンを含め使用人全員で彼女を捜索をしていた。
オーウェンは木の上からなら、下の様子が見えて、令嬢が簡単に見つかるだろうと思い、木々の間を渡っていた。
そしたら、視界の端に水色のスカートの一部が見えた。
目的の令嬢は樹木の太い枝の上にいたので、これだったら行方など誰も気づくはずがない、とオーウェンは苦笑した。
とにかく屋敷に連れ戻そうと近づいて、顔を見た時、驚き過ぎて木から落ちそうになった。
そして、自身の心臓が今まで感じたことがないほどの高く鳴っていたのを、オーウェンは今でも覚えている。
サラサラと風に流れる、白の強い金髪。
伏せられた目には、今見える青はなかったが、長い睫毛が雪のような白い肌に影を落としていた。
オーウェンは絶句した。
噂を聞いていたオーウェンは、アシリア様の顔は不細工なのだろうと思っていた。
だが、自身の前にいるのは、天使と言われればそうなのだろう、と思ってしまう少女だった。
初めてあった時から時間が経ったが、今でもあの光景は忘れずに、オーウェンの目に焼き付いている。
「オーウェン? 固まってるわよ」
記憶を思い出していたせいか、足が止まっていて、アシリアが不思議そうに見ていた。
「す、すみません。考え事を……」
慌ててそう言うと、アシリア様は「ふーん、そっか」と言って神妙な顔つきをした。
様子から何か気に入らないことでもあったのだろうか? と思い問いただすと、アシリア様は言葉を続けた。
「オーウェンは楽しくなくて、他のことを考えていたの?」
「?? 違いますよ。なぜそんなことを?」
オーウェンは何故そんなふうにアシリア様が解釈したのだと思った。
「だって……」
アシリア様は自分ばかり楽しんでいて、逆にオーウェンが楽しんでいないように見えて、申し訳ないと思ったそうだった。
それを聞いて、楽しむも何もこちらはアシリア様の顔がバレないかと気を張っているんだ! と悪態をつきそうなった。
周りから視線が感じるごとに、バレてないかと目を光らせている。
とは言っても、アシリア様にとっては外に出る少ない機会である。
アシリア様に楽しんでほしいと言うのは、オーウェンの願いでもあった。
「私のことは気にしなくていいです。アシリア様が楽しんで頂ければ私は十分ですよ」
「むむむ、それじゃわたしが満足しないの!! こうなったら……」
どうしてそんなにも自分が楽しんでいるのか、を気にするのだろうと思っていると、口に何かを突っ込まれた。
「んぐっ?!」
息が詰まりそうなるも、口に入っものを噛むと塩味が広かった。
「んグッ?」
「どう、美味しいでしょ? 美味しかったからついつい買い過ぎたのよね」
オーウェンに串に刺された焼き鳥をくれたアシリアであるが、手にはまだ三本の串があった。
どんだけ食い意地を張っているのだと、思わず笑ってしまった。
「…………やっと、笑ったわね」
「?」
「何でもないわ」
ボソッと呟かれた言葉が聞こえなくて、聞きなおそうとしたが、アシリア様は首を横に振るだけだった。
「それよりも、まだ食べ足りないわ! 次!」
「げっ! まだ食べる気なんですか? て言うか、どんだけお金持ってきてるんですか?」
アシリア様が買った串の数を数えていたが、途中から忘れてしまった。
だが、絶対に十本は買っている。
また食べる気なら、持ってきてるお金から食べる量を判断しようと小袋を見せてもらうことにした。
「お金? ほら大丈夫、沢山あるわよ」
そんな意図があるとは知らないアシリア様は、オーウェンがお金の心配をしていると勘違いし、お金が入っている小袋を手渡した。
そして中身を確認して、オーウェンは脱帽した。
「ど、どんだけ金持ってきてるんですか!?」
「へ? お土産とかも買おうと思って。でもこのままだとお金足りなくなるかも」
「はあ?」
小腹を満たすためのお金の量ではない。
お土産と言われれば、納得が行ったかもしれないが、足りなくなりそうと言うアシリア様に呆れた。
(この華奢な体に、この大金分の食べ物が入るのかよ! いや待てよ…………このままじゃ、帰るのが遅くなるぞ!!)
ニコニコとして食べ物を頬張るアシリア様を横に、今日 何回吐いたかわからないため息をオーウェンはした。