5、春祝祭に向けて脱走です
あの後、吸血鬼に関する本を何冊か読んでみたが、有益な情報は出てこなかった。
分かったことと言えば、吸血鬼はニンニクが嫌いとか、十字架を握ると体が燃えるとか、水を触ったら失神するとか…………とにかく、そんなものしか出てこなかった。
吸血鬼が襲われる事件を防ぐ手立を助言しようと思ったが、これと言った方法が思いつかない。
「役に立ちたいと思ったけど、無理にやれば失敗するオチだわ。それよりも、明日の準備をしなくちゃ」
嫌なことは忘れましょう〜、といいながら、アシリアはコソコソと何かを準備して、ベットにの中に入り眠りについた。
◇ ◆ ◇ ◆
「ふっふふ〜ん、ふふ〜ん♪」
早めに起きたアシリアの気分は最高にいい。
(いい目覚めだわ!! さあ、春祝祭よ! お父様がわかるように置き手紙をおいて…………フフフ、これで良しっと!)
アシリアはベッドの横の小テーブルに手紙を置き、口の端を吊り上げた。
家族というか、使用人全てに内緒だが、今日開かれている春祝祭にアシリアは参加するつもりだ。
父に言うと、去年馬車の中から祭りを傍観するだけに終わってしまったので、今年は行きたいと一言も言わなかった。
行かないのか? と父に言われ、本を読んで過ごします! と言って断ったが、もちろん嘘だ。
(馬車から見るだけなんてつまらないのよ。やっぱり市民に混じって、楽しむほうが断然いいわ!)
アシリアは目をキラキラさせて準備をする。
「フフフ、これを着れば、ギルバート家の令嬢なんて誰も思わないはずよ!」
そう言って目の前に広げるのは、市民の少年が着るような服装だ。
念には念を入れて、胸にも布を巻きつけておく。いざやるのなら、完璧に変装したい。
別に少女が着るようなワンピースのような服でもいいのだが、動きにくいので、今日は動きやすい事を重視して選んだ。
「よいしょっと……うん、ピッタリね」
緩くもなく、きつくもなく、なかなか無難な格好ではないだろうか?
この格好なら、祭りに紛れていても怪しまれる事はないと思う。
「あとは髪ね…………うーん、纏めて帽子で隠してしまいましょう」
男性でも長い髪は珍しくないので、高い位置で一つに結ぶのもよいのだが、それでは顔が丸見えになっててしまう。
(油断は出来ないのよね……)
昔、森で遊んでいたとき、偶然にも迷い込んだ市民に顔を見られて、失神されたことがある。
街で会う人会う人に失神されたら、大惨事になる。
目元を隠せるつばの広い帽子をかぶり、髪を纏めて入れる。
口元を隠せるマフラーを首に巻けば、アシリアの顔は見えないだろう。
「これで準備はよし。抜け出すわよっ!」
誰にも見つからないように、窓から脱出を試みる。
柱にくくりつけたロープを地面に垂らし、つたって降りる。
「楽勝ね」
服も動きやすいので、脱出は簡単だった。
これで森の中に入ってしまえば、アシリアを探せるものなどほとんどいないだろう。
手紙を見て驚愕の表情を浮かべる父の顔が安易に想像できて、吹き出してしまいそうになった。
(まだ、油断は出来ないのよ。笑いは堪えないと)
抜き足差し足で何分か歩き、森の中を抜ける。
(さぁて、どこに行こうかしら。まずは屋台とかで食べ物よね!!)
祭りに出ている屋台で、何か買って食べ歩きするのがアシリアの夢だった。
そのために、お金は十分すぎるほど持ってきてる。
自身の薬を売って儲けたお金で、道具やら買っていたが、それでも余るほどのお金はあった。
こう言う時に使わねばと勿体無いと、街へと歩き出そうとした時、いきなり腕を掴まれた。
「っ?!」
びっくりして、腕を掴む人間の方を見ると、黒ずくめの格好の怪しい男性がいた。
「お、オーウェン?」
見たことがある顔だと思ったら、ギルバート家で雇われる護衛者だった。
それも、ただの護衛者ではない。
暗殺者を始末する方のだ…………
「やはりアシリア様ですね。コソコソとして、どこに行こうというのです……? 私が森の警備の方をしていなかったら、誰も気づきませんでしたよ?」
「あは、あははは………見てたんだ、オーウェン」
気まずくて、乾いた笑い声が喉から出てくる。
面倒くさい相手に見つかったなぁ、と思うが、祭りに行くことはアシリアの中で決定事項だ。
オーウェンに邪魔をされても絶対に行く。
だが、オーウェンはアシリアの事を連れ戻す気満々だ。
アシリアがまだ何も言ってないのに、「帰りますよ」と、手を引っ張るのだから。
「旦那様が心配します。抵抗はよしてください」
「はい、分かりました……なんて言うと思いますか? こうなったら…………誰かー! ここに人攫い、んごっ?!」
大声で助けを求めると、オーウェンに手で口を塞がれた。
「いきなり大声で騒ぐなんて、ふざけないで下さい?! 誤解を招くつもりですか?」
「んっ……んグっ!」
オーウェンは焦ってアシリアの口を塞いだが、大声を出したため人が集まってきた。
「ねえ、あれ。少年襲われてない?」
「そうね、誘拐かもしれませんわ。警邏隊の人を呼びましょう?」
ザワザワしているので、大ごとになりそうな予感がした。
「ちっ、面倒さいことを」
それを見たオーウェンが、決まりの悪い顔をしたので、アシリアは内心微笑んだ。
(これでオーウェンは、無理にわたしを連れもどせないわ)
有利な事態になったことを、心の中で笑っていたつもりだったが、顔にも出たようだ。
オーウェンが呆れた目で見てきた。
「確信犯ですか? 貴方は」
「フフフ、オーウェン。わたしを戻そうと言うのなら、また声を出しますからね。大ごとになっても良いのですか?」
「大ごとになって困るのは、あなたもでしょう? アシリア様」
「そうですけど、危険を冒してでも行きたいと思うので、わたしは構いませんわ。でも、大ごとになったら、お父様は事態の収集に忙しくなるかもしれませんね」
先ほどまでは、父の役に立ちたいと言っていたが、今は親不孝な娘だなあと心の中で思う。
でも、行きたいものはしょうがないと思うのよね! 自分の欲求を満たしたいので、今回はお父様の事は後回しだ。
「それにお兄様だって、わたしくらいのとき、コッソリと家を出て春祝祭を楽しんだのですから、別に構わないでしょ??」
「ミカエル様とアシリア様は違います。あなたは淑女として、おしとかやに馬車の中で見るという選択肢はないのですか?」
「ありませんよ、そんなの」
「…………」
何か言いたげにオーウェンはアシリアを見てくる。
「……やっぱり、駄目です。私の一存で決めるなど、旦那様に叱られます」
「へえ、別にオーウェンの意見など聞いていないので、知りませんよ。誰か助けっ?!」
また、声を出そうととしたとき、力強く腕をひかれ、裏道に連れていかれた。
オーウェンが強いのを知っているので、無理やり家に連れていかれるのでは? と思って、アシリアは顔が青くなった。
「ちょっ?! わたしを無理やり連れて行こうとしたって、諦めませんからね!」
抵抗を試みると、オーウェンは立ち止まった。
そして、ため息をついた。
「そんなの、分かっていますよ。本当は貴方から意識を奪って、家に連れ戻したい気分なのですが、貴方は何度も試みるでしょう。きっと無茶をしてでも…………」
「ええ、そうね。なら、貴方はわたしを見逃してくれるのかしら」
「……見逃します」
「やっぱり見逃しはしませ…………えっ? 見逃してくれるのですか?」
素直に答えが返ってきて、アシリアは喜んだ。
「じゃあ、わたしは気になるところがあるので、街に行きますね!! 父には置き手紙をしてきたので、夕飯前には帰りますわ」
裏道の先から賑やかな声が聞こえてくるので、早く行きたい。
足を踏み出そうとしたら、オーウェンにまた手を掴まれた。
「…………。何この手は? 見逃すのでしょう?」
言質は取っているのだ。
今更気を変えたって行ってやる! という強気な顔で頭一つ高いオーウェンを見あげると、冷静な声で返された。
「ええ、アシリア様が祭りに参加する事は見逃しましょう。しかし、私も付いていきますから」
「………………はあ?」
「横にいれば、アシリア様が無茶しても助けることが可能です」
冗談を感じさせない声で言われてもそんなのこちらが困る。
「……ふざけないで、オーウェン。そんな格好で横を歩かれたら、悪目立ちするわ」
黒ずくめの衣装の男を連れいたら、絶対目立つ。
「知っています。これから、着替えて来るので、十分ほどここで待機していてください」
「付いて来る気満々なのね………」
眉間に皺が寄ってしまうのは仕方ないだろう。
一人で街を歩く計画をしていたのに、とんだ邪魔が入ってしまったのだ。
「ここで待ってていて下さいね? アシリア様に危険が迫ったら、旦那様が心配しますので」
「……身を守ることは出来るわよ」
「アシリア様の技は敵単体のみならば有効ですが、多数相手では分が悪いでしょう?」
「ぐっ」
事実なので、言葉が続かない。
「それとも、待てませんか? 私の追随を承諾しないのなら、ここで意識を奪いますが? どうします?」
オーウェンが近づいて来るので、アシリアは後ずさった。
ここで抵抗したら、せっかく脱出出来たのに水の泡だろう。
「分かったわよ! だから、早く着替えてきなさいよ。あっ、でも仲間とか呼んでこないでしょうね?」
「呼びませんよ。でも、アシリア様がここからいなくなっていたら呼びます」
「いなくならないわよ!」
「承知しました」
アシリアの承諾を聞いたオーウェンは、裏道からサッと出ていった。
(はぁ、こんなはずじゃなかったのに……)
思い通りにいかなくて、アシリアは長い溜息をついた。
そして、着替えに行ったオーウェンの到着を待った。