47、銀の通じぬ者(ルイ視点)
ジークファルトに王宮を任せあと、ルイはテラスの中央に位置する欄干から飛び降りた。
下に降りるための階段も脇にあるが、こちらの方が早い。
「アシリアは?」
地面に着地したあと、横を並走し付いてくるエヴァンに、ルイは短く問いかけた。
エヴァンの持つ特殊能力は、目標物の場所を探り出す力。いわば探索能力だ。
目の前に地図が浮かび、目標物の場所を的確に知らせる。
そして、探すことが出来るものには、人間も含まれていた。
「既に、王宮の門を通過し、王都の街中に向かってます。離れていく速度からいって、馬での移動かと」
「馬か……厄介だな。急ぐぞ」
エヴァンの報告に頭が痛くなる。ここから王宮の門はかなり遠い。
人間の走る速度など、吸血鬼によって取るに足らないものだが、馬となると持久力と共に人間を上回る。
ルイたちの移動速度が、馬よりも速くはあるが、アシリアに追いつくのに時間がかかってしまう。
こんな真夜中に、女性一人で行動すること自体が危険なのに、その危険がより増すことになっていた。
「急がねば、先導しろエヴァン!」
「はっ」
短い返事とともに、エヴァンが速度を上げルイの前にでる。
ルイは先導するエヴァンの背中を見ながら、奥歯を噛み締めた。
この事態において、ルイの特殊能力は、全くと言っても良いほど役に立たない。
戦いの中で、最強の名を欲しいままにするルイだが、今はエヴァンだけが頼りだった。
それが、今のルイに役に立たないと言う烙印を押すようで、苛立たしかった。
(アシリア……どうか、危険な目にだけは……)
彼女の無事――それだけでいい。
月の光だけが辺りを照らす中、二つの足音が響いた。
◇ ◆ ◇ ◆
王都の街並みが霞んで次々と変わる。
それは、吸血鬼の走る速度が並ならないものだと言うことを、暗に示している。
(だいぶ街中に来たが、アシリアは何処まで行ったんだ……っ?!)
エヴァンの斜め後ろを黙りながら走っていたルイは、微かな異臭がして足を止めた。
こんな場所には不釣り合いの匂いに驚き、ただ呆然とその根源であろうものの正体を呟く。
「狼男が、いるのか……?」
「まさかっ?!」
急に立ち止まったルイの言葉を聞きとったエヴァンも鼻を動かして、目を見張った。
「な、何故奴らが! 王都の護衛をしている兵は何をっ!! 奴らの侵入を、この王都に許すなど……」
エヴァンが苛立たしげに舌打ちをする。
ブルートの協定により、吸血鬼にはルーツィブルト王国の民を守る責務がある。
王都は人が溢れるため、吸血鬼たちも、より入念に守りを固めていた――その筈だった。
「夜会を開くにあたって、元より人員不足の問題があった。何かしらの綻びが生じてもおかしくない。だがそれなら尚更、アシリアの安全が気になる。エヴァン、アシリアの居場所と狼男たちの場所を一緒に調べろ」
「はっ」
エヴァンは複数の目標物の場所を探るために、目を瞑った。
目標物が単体なら、流れてくる情報も少ないのだが、複数に及ぶ場合、情報量は格段に上がる。
落ち着いて情報を整理していく必要があった。
「ここから街灯を、八つ数えたあと、右に曲がって…………っ?!」
場所を確認するように呟いていたが、次の瞬間、エヴァンはサァーッと顔を青くさせた。
「ア、アシリア様と、狼男の場所が、かなり近いようです! いや、近づいている?!」
「ちっ……おい、待て!」
野蛮な狼男に目をつけられたら、最悪の結果殺されてしまう。
ルイは軽く舌打ちをしたあと、その場所に今にも移動しようとするエヴァンの肩を掴んだ。
「二人で行っては効率が悪い。私がアシリアを追う。彼女が狼男に接触しているなら、匂いで追える。それよりもお前は、仲間の場所を把握し、王都の護衛を強化させろ。侵入者の退路を塞ぎ、逃すな」
「分かりました! 配置が完了しましたら、すぐに追います!!」
匂いがする場所とは反対に走って行くエヴァンを見て、ルイも走り出す。
吸血鬼の鼻は、狼男ほどではないが鋭い嗅覚を持つ。
更に宿敵の狼男の匂いとなると、異臭がして、嫌でも分かった。
(危険すぎる! 大体アシリアも、狼男に近づいて行こうと言う覚悟があるなら、もっと違う行動もできただろ! どうして問題事に突っ込んで行くんだ!)
人間如きが、吸血鬼を殺すこともある狼男に、本気で挑めると思ったのだろうか。
それは、甘過ぎる認識だ。
吸血鬼の中にも、狼男との戦闘で倒れるものもいるほどに、奴らは強い。
(無事でいてくれ!)
どんどん強くなる異臭に、眉を顰めながら、ルイは街灯を数える。
八つ目の街灯を数えたあと、右に曲がると、真っ黒な軍馬が興奮して地面を踏んでいた。
毛並みが美しく、一目で名馬だとわかる軍馬。移動に馬の足を使ったと言ったから、この馬で間違いないだろう。
「暴れるな。落ち着け」
ルイは異臭に興奮している馬の手綱を引きながら、背中に乗る。
もちろん馬は興奮して、背中に乗るルイを振り落とそうとした。
「いい子だから」
落とされないように注意し、興奮する馬の首をぽんぽんと叩き、手綱を引いて従わせる。
「ヒヒーンッ……ヒンッ、ブルルル……」
最初こそ暴れ馬のごとく暴れていた黒馬は、足をふみ鳴らすの次第にやめる。
ここまで大人しくなるとは思っていたので、かなり賢い馬だと思う。これなら戦場に行っても、それなり使える。
「いい子だ。おまえはここにいろ」
ルイは黒馬の首を撫でたあと、馬の背に足を乗せ、ルイは軽くその背を蹴った。
軽くと言っても、ルイが家の屋根の上に辿り着くには充分だった。
(上から探した方が、早く済みそうだ)
はじめて訪れたせいもあり、路地裏が酷く入り組んでいるように感じた。
行き止まりにあうくらいなら、家々の屋根の上から、直接行った方が手っ取り早い。
「さてと、そっちか……」
屋根の上に静かに着地したあと、異臭の根源へと走る。
途中、話し声のようなものも聞こた。
場所が近いようだ。
屋根と屋根の間をとびながら、慎重ーに場所を探していた時、異臭が一際強くなった。
どうやら異臭の根源は、二つ目の家の先、つまり路地裏を抜けた所らしい。
ルイは敵に気付かれないように近づき、下を覗く。
そして、目的の人物がいる事にほっとするのもつかの間、彼女を抱きかかえた男に殺気を放った。
それによって敵の何人かに気付かれてしまったが、ルイは抑えることが出来なかった。
「私の花嫁に、汚い手で触れないで欲しい。彼女が汚れる」
下にいる男を睥睨する。
最悪の事態は避けたようだが、目を覚まさない彼女を見るあたり、何かしらのことがあったと考えられる。
来るのが遅れてしまった自分を、酷く責めるものの、今は忘れることにする。彼女を助けることが先だ。
「お、おまえ、いつからッ」
「そんなことどうでもいいだろう。それより、彼女から手を離してくれないか?」
彼女に無遠慮に触れる男を殺してしまいたい。膨れ上がる殺気を隠さず、ルイは地面へと屋根の上から飛び降りた。
「素直に離すわけないだろ? おまえ、吸血鬼だなっ!」
音もなく地面に着地したルイを、男は挑戦的な目で見てくる。
「ふん、誰がお前みたいな奴にやるかよ?!」
気持ちが昂ぶっている男は、アシリアを抱く腕に力を込める。それが見て取れた。
「愚か者が……。私を煽ったこと、後悔させてやろう」
「だから、おまえ立場が分かってるのかよ? こっちは五人。単身のおまえなんて造作もないんだよッ!! へへ、後悔させてするのはおまえだ!!」
男はアシリアを背後に寝かせたあと、腰に刺してあった剣を抜いた。
男がアシリアを仲間に手渡たしたりしたら、先に仲間を片付けてやろうと思っていた。
だが、どうやら男はアシリアを触らせたくないらしい。
「単身で私に挑むつもりなのか? 彼女を仲間に渡して、時間稼ぎする方が良策だと思うが?」
もちろん逃すつもりはないが、剣を軽く回して襲いかかって来ようとする男に、ルイは笑った。
それに男は、憤怒の声をあげる。
「俺は今まで、おまえの同属を五人殺したことある! おまえなんて簡単に殺してやる」
雄叫びをあげながら距離を詰め、剣を振り落としてくる男の一撃を、ルイは難なく避けた。
右、左、上と、何度も振られる剣を、軽く避ける。
――攻撃が単調過ぎる。
何故こんな男が、自分の同属を殺せたのか分からない。
「弱い。貴様に、我ら同属を倒す力などない」
真上から振り落とされた剣を、ルイは何気なく掴んだ。
「……く、くははっ!! 掴んだな! お前たち吸血鬼は、自分の強さを鼻にかけてるからな、掴むと思ったぜ」
狂ったように笑い出す男を不審に思い、ルイは眉を寄せる。
男には、ルイのその所作が、驚きと苦しみによって歪められたものに見えたようだった。
「あぁ、力が抜けるだろうよ。この剣はな、他の剣とは違って、銀入りだ。おまえたちが苦手な銀がな!!」
男の言葉に、ルイはやっと理解した。同属が殺されてしまった理由を――。
「銀を含んだ剣か、確かに厄介な代物だ」
「辛いだろっ! お前の指から切り落としてやる!」
勝機だとばかりに男は、剣を横に走らせようと力を加える。
普通の吸血鬼なら、銀により力を奪われているため、指を切り落とされるだろう。
「まぁ、それは、私以外の吸血鬼にとってだが、な」
ルイは自分の指を切らないようにして、あらぬ方向に剣を捻じ曲げた。
「き、効かねぇだ、と?!」
男は唖然として、口をぽかんと開けた。
そんな男など気にさず、ルイは捻じ曲げた剣を握りながら、アシリアの方を見た。
彼女の腕にかすり傷のようなものがあるのが分かる。
外見にあるのは、かすり傷のような小さい傷ばかりだが、体の内部が無傷かどうかは、分からなかった。
「…………本当に忌々しい」
間に合なかったと言う気持ちもぶつけるように、ルイは抑えていた殺気まで放つ。
「や、やばい、こいつは! 下がれっ!」
仲間の一人が、ルイの異常性に気付き、男に援護しようと身構える。だが肝心の男は、剣を握る手を放そうしなかった。
「下がるかよ、あの女は俺の嫁に……」
ルイは、嫁という言葉を紡いだ男に冷たい視線を向ける。
「貴様のものではない」
ルイは男の剣を力強くで奪い取る。そしてそれを、壁に投げつけあと、男の顎を打ち砕く勢いで、下から膝で蹴りを入れた。
「グハッ……!!」
それから、男の仲間にいる方向に向けて、宙に浮いたその体を蹴った。
いきなり飛んできた男の体を、仲間は必死に受け止める。
その間ルイは、アシリアに近づき、彼女の体を抱きかかえて後退する。
敵と距離をとったあと、アシリアを地面に寝せた。
「かすり傷かと思ったが、骨の何本か折れているかもしれないな」
身体を触診しながら、あばらの骨が何本か折れていることに気づく。
あの狼男は、手加減などせず、馬鹿力で彼女を気絶させたに違いない。
「グッ、はっ……はぁ、はぁ、俺のおん、な……は?」
蹴った男の呻き声が聞こえる。殺すつもりでやったが、どうやら死んでいないようだ。
ルイは立ち上がり、こちらを睨む狼男たちの方を見る。
「まだやるか? 次は本気でやるぞ」
ルイはゆっくりと手袋を外し、手を鳴らした。
「ふっ、おれは、まだ、たたかえ」
「黙れ。ここは引く。銀が効かない吸血鬼など聞いたことがない」
冷静な判断力を持つ狼男の一人が、ボロボロになった男の体を抱える。
不服そうな呻き声を男はあげるが、そのリーダー格らしき男は無言で肩に担ぎあげる。
「…………」
最後にその狼男は、ルイの方を見て、唾を吐き捨て、そして闇に姿を消した。
※見事に体調を崩して、休んでおりました。反省しながらも、投稿頑張ります!




