表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/51

46、試験官の正体(ルイ視点)


 広間いる貴族たちの喧騒(けんそう)が、聞こえ始める。

 無音の世界から、雑音に溢れる元の世界に、少しずつ息を吹き返していくかのようだった。

(浅ましい……)

 手の裏を返した貴族たちの言葉が、ルイに苛立ちを与えた。

 真実を知らず中傷ばかり繰り返した者は、深青色のドレスに身を包んだ彼女を見て、どう思ったのだろうか。

 彼女の価値に気付けなかった自身の愚かさを、悔いているだろうか。

 それとも、彼女がずっと抱えてきた苦しみを理解しようとせず、媚を売る準備でもしてるだろうか。

――ふざけるな……そう言いたい気分だった。

「ここにいらしたのですね、ルイ様!!」

 ルイを見つけたエヴァンが、こちらに近づいてくる。

 何かしらの事態が起きているのなら、宰相として自分は、収拾する義務がある。

 すぐにでも動かなければならないと分かっているのに、ルイはその場から動けなかった。

(彼女の姿が、脳裏から、離れない)

 悲しく歪んだ顔が、涙で潤んだ青の瞳が、揺れる金色の髪が――。

 アシリアと言う少女を作る全てが、浮かんでは消え、それをずっと繰り返す。

 自分にとって彼女は、守らなければならない存在であり、運命を感じさせる相手であった。

「はぁ、どこにいるのか分からなくて焦りましたよ。ご存知かと思われるのですが、広間が大変なことになっています。まぁ、それよりも予想外のお方が…………ルイ様?」

 黙り続けるルイを不審に思ったのか、怪訝そうな声が聞こえた。

「あ、あぁ、すまない。もう一度言ってくれ」

「構いませんが……何か、怒ってます?」

「…………何故?」

 何を根拠にそう言っているのだろう。

 不思議に思い尋ねると、エヴァンは手で靄のようなものを払う仕草をした。

「妖力が漏れてます。気持ちに起伏がある証拠です。原因として考えられることは、広間の(ざわ)めきの内容だと推測してます」

 エヴァンは片方の耳に手を当てて、「ほら、アシリアの様の噂で、広間は持ちきりですから」と言葉を続けた。

「私はまだ、アシリア様のお顔を拝見しておりませんが、沢山の方がご覧になった様子です。いや、あり得ないと思うのですけど、もしかして、ルイ様が、嫉妬(しっと)とか、思ってしまったわけですよ。あははは、あり得ませんよね〜」

「…………そうか。この苛立ちは、嫉妬から来るものなのだな」

 無性に苛立ちが隠せなかった。

 だが改めて言われてみると、彼女の顔が大勢の人に見られたと言うのは、不快感を示す要因の一つだった。

「ですよね。怒ってるのは嫉妬から……えッ?!」

 信じられない言葉を聞いてしまったとばかりに、エヴァンが目を見開く。

「す、すみません、き、聞き取れませんでした! もう一度お願いします!!」

「……聞こえていただろう」

 この距離の呟きなら、絶対に聞こえているはすだ。何故もう一度言わなければならないと、顔を顰める。

「い、いや! なんかルイ様の口から出たとは信じらない言葉でした。確認のために、もう一度! さぁっ!」

「…………」

「黙るのですね。でもずっと、聞き続けますよ!」

 もう一度は答えたくないと思うのに、エヴァンはしつこく聞いてくる。

 黙っているつもりだったが、このまま聞き続けられるのは堪らないため、渋々答える。

「嫉妬という感情を、抱かざるをえないほどに、綺麗だったんだ」

「…………………。すみません、もう一度仰って下さい。誰かを褒める言葉が、聞こえたような気がしました。これは空耳だと思うのです」

 エヴァンはふるふると体を震わせる。

 何かとんでもなく恐ろしい言葉を、(あるじ)から聞いてしまった、そう言いたげであった。

「貴様は、私のことをどう思ってるんだ」

 エヴァンの態度にムッとする。

 ルイだって、本当に美しいものだったら褒める。

 滅多に口に出さないのは、姿だけを着飾った美女の多くは、歪んだ性格をしているからだ。

 褒める前に、興ざめしてしまうことが多かった。

「私の思うルイ様ですか…………、色んな美女を、手篭(てご)めにし、煮え切らない気持ちにさせた挙句、半殺しにしてきたお方だと認識しております」

 エヴァンは真面目な顔をして言い切った。

 その認識に、ルイは頭を押さえた。

「語弊を生む言い方をするな。手篭めになど一度もしていない。あちらから寄ってくるんだ」

 ルイに女性を口説いた経験などない。もちろん口説く気になればやっているだろうが、そんな気などおきなかった。

「寄ってきていますけど、私としては、追い払おうともしないから、満更でもないのかと思ってました」

「本気で怒るぞ」

 故意的やっているのかと思うくらい、盛大に誤解するエヴァンに段々と怒りが湧いてくる。

 何か過酷な任務でも頼んで、反省させてやろう。

 それを口にしようとしたとき、エヴァンはその空気を察し、すぐに話をすり変えてきた。

「さてさて、これからどうするつもりなのですか? アシリア様は広間におりません。彼女が逃げたら、選定の儀がエレオノーラ嬢の勝ちに?」

「…………」

「ほら、早くしないと、手遅れになりますよ」

 ジト目でエヴァンを見る。

 危機管理能力が無駄に高過ぎるエヴァンに、ルイは脱帽した。

 今は言わないが、あとで問いつめることにして、ルイは別の問題を考える。

(アシリアは、どうしているだろうか……)

 本当はすぐにでも、アシリアを追いたい。

 しかし、選定の儀がどうなるのか分からないため、下手に動くのは良くない。

 ルイが席を外している間に、勝手に決められてしまったら、計画が全て水の泡だ。

(エレオノーラ嬢ではなく、花嫁になるのはアシリアがいい。この際、多少は、権力を使うしか……)

 干渉なしと言われているが、アシリア以外の令嬢が、花嫁になるのは考えられなかった。

 エレオノーラの父である侯爵の弱味を握って、辞退でもさせるか? などを考え始めた矢先、突如背後に人の気配がした。

「誰だ!」

 後ろを振り返ると、いつの間にいたのか、壁に寄りかかる青年が笑いながら見ていた。

「クククッ……本当にお前は、あの娘のことになると極論しか出せないのか?」

 魅惑的な声が響く。それは、聞き覚えがあり過ぎる声だった。

「選定の儀は心配しなくてもよい。ギルバートの娘の圧倒的勝利だ、ルイ」

 エヴァンが呆れた顔をして、「予想外のお方の登場です」と呟き、姿を確認したルイは盛大にむせた。

「っ、ゴホッゴホッ……っ?! なんで貴方様が」

「静かにせい。ばれるではないか」

 ルイの動揺っぷりに、目の前の青年は腹を抱えて笑う。

「ばれるとか、そう言う問題じゃないですから、皇帝陛下(、、、、)!」

 目の前の人物に非難の声をあげる。

 サラサラの長い銀髪を夜風に流し、見た目が弱冠二十歳前半のの美青年。

 見間違えるはずがない。紛れもなく、ヴァシリアン帝国の現皇帝――ジークファルト、その人であった。

「だから、そんなに声を出すでない。あと、影武者に代理を頼んできたから、ばれることはない。大丈夫だ」

「だ、大丈夫じゃありません! はぁもう、四鬼将が国にいないだけで、不安定なのに……。これを機に内乱が起きたら笑いごとになりませんよ」

 元首が不在の国があるかと、ルイは頭を抱えた。

 だが、ジークファルトはあせるそぶり一つ見せない。

「我が健在であるのに、内乱が起きるはずなかろう。そんな不穏な気持ちを抱いた者がいようなら、即刻潰すからな。それよりルイは、我がいないと不味いんじゃないのか?」

 ジークファルトはニヤリと笑う。何か企んでいると言うのが、一目で分かる笑みだ。

「貴方様が、何をするつもりなのか分かりません」

「ふふふ、なら聞いて驚け! ギルバートの娘を、おまえの花嫁に認めてやろう。あの娘、なかなか素晴らしいぞ!」

「…………何で、会ったかのような口ぶりをしてるんですか?」

「んんん、嫉妬か? 嫌だのぉ。心の狭い男は愛想をつかれるぞ」

「分かりました。あとで仕事を沢山差し上げますね。どうせ逃げ出してきたようですから」

 嫌だ嫌だと首を振って楽しむジークファルトに、冷たい視線を向ける。

 この人がいつも抜け出すせいで、こちらの仕事が増えるのだ。

 国に帰ったら、椅子に縛り付けてでも仕事をして貰おうと思った。

「待て待て。分かった。それよりも、話の続きを聞け。実はな、一個目の試験中に、試験官を装って彼女に会ったのたのだ」

「は?」

「あの娘、勘違いをしておったようだが、語学の試験で一番の成績を取った。あれほどだったら、お主も負けるやもしれんぞ」

 色々衝撃的な言葉が続く。自分の知らないところで、何かが起きていたようだ。

「貴方様に聞きたいことは、山ほどありますが、まずそれは置いておきましょう。選定の儀ですが、最後の試験に彼女は不在です。それはどうなるのでしょうか」

「ふむ、結果が瞭然だろう。あの娘の顔を上回る女を探す方が、骨の折れる作業だ。ましてや、エレオノーラとやらでは、足元にも及ぶまい」

「何気なく言ってますけど、酷い言葉ですね。人前で絶対に言わないでくださいね。それに、貴方様がそう言うのなら、私は止めません。好都合です」

「ははっ、言うよったな。そもそもお前は、他の令嬢が選ばれた時点で、相手の弱味を握って、結果を捻じ曲げるつもりだっただろ。我の目は誤魔化せん」

「…………」

 ルイは黙る。この人のまえで嘘を吐いても、意味がない。

 むしろ開き直って笑ったルイに、ジークファルトは苦笑いを浮かべた。

「まぁ、それは良い。それより、あの娘を追わなくて良いのか? かなり、心が不安定だったが」

 全てを見通す力を持つジークファルト。

 彼がそれを心配するのなら、彼女はかなり危険な状況にあると言うことだった。

「皇帝陛下は……、彼女の心を、どのように見たのですか?」

「ふむ、真っ白な心をみた。悪意など持たないな。だが、壊れかかっている。家族の愛を信じられなくなっている」

「そうですか……。その原因はやはり顔に関してですか?」

「うむ、そうだな。顔に対する負い目は大きい。あと一つあるが、それは今言ったら面白くない。我の心のうちに閉まっておこう」

「…………嫌なお方ですね、貴方様は」

 はっきりと言わず、この状況を楽しむジークファルトに、ルイは苛立ちを隠せない。

「ククク、焦っているおまえを見ると、我は楽しいぞ」

「はぁ、もういいです。では、お言葉に甘え、私は彼女を追います。事態の収拾は、貴方様にお任せします。が、くれぐれもバレないように、お気をつけください」

「分かっている。あっ、忘れておったわ。お前、娘の了承を得てないだろう。娘の家族が腹をたてておったぞ。説得は自分でやれ」

「分かっております」

 ジークファルトに言われなくてもルイは、ギルバート公爵と対話をするつもりだった。

 溺愛する娘を彼が手放す可能性がないのは分かっているが、絶対に説得してみせる。

(今のままでは、彼女は壊れる。私が彼女を守る。如何(いか)なるものからも……)

 心に固く誓う。彼女の全てを守ろう、と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ