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45、狂わせたもの(ルイ視点)


――狼男なら絶対に気付く。

 そう分かっていても、身の内から溢れ出す殺気を、隠すことが出来なかった。

「汚いその手で、私の花嫁(、、、、)に触れないで欲しい。彼女が汚れる」

 愛しいとさえ思える大切な少女が、他人の腕の中にいる。

 それは、かつて感じたことのないほどの怒りをルイにもたらした。

 何故、彼女が野蛮な狼男などに抱かれている。

 何故、青く澄んだ瞳がこちらを見ない。

(私を、見て欲しい。それなのに、どうして、目を覚まさない? もっと、私が――)

――……早く来れば良かった。

 ルイは、堪えるように固く拳を握った。

 どうして敵を引き裂きたくて仕方ないほどの怒りが、自分を襲うのか。

 その本当の理由に、ルイは気付く。

 一番自分に怒りを感じさせているのは、狼男でない。

 他でもない自分自身にだった。

 彼女を一人で行かせてしまった。彼女が襲われる前に来れなかった。

 胸を掻きむしりたくなるような後悔が、蝕むように、ルイを支配していく。

(私の落ち度だ。彼女をこんな目に合わせてしまったのは……)


 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

――一時間前。

 賑やかだった王宮から、音が消えた。

(…………? なんだ、この静寂は)

 不審に思い、ルイは書類から目を離した。

 先ほど、会いにきた試験官に、「試験の結果を発表するまで、控室にいて下さい」――そう言われたから、一人で待機していた。

 広間から流れる音楽や、人々の談笑が耳に入るが、気にせず書類に目を通していた。

 吸血鬼の五感は、人の何倍にも優る。

 人が聞こえない域の超音波まで、彼らの耳には届き、広間からそう遠くない控室くらいなら、談笑の内容など明確に分かった。

 それなのに今は、広間からの話し声はおろか、人々が動く音さえ聞こえない。

 顔を(しか)め、書類を机に置いたあと、ルイは椅子を立った。

 待てと言われたが、胸騒ぎがして、じっとしていられなかった。

 控室の外にでて、広間を見渡せる舞台の袖を目指し、一人歩く。

 その間も、人とすれ違う気配すらしない。

 異様な空気を、肌にひしひしと感じながら、ルイは舞台の袖に到着した。

「一体、何が…………っ!?」

 状況を確認しようと思って顔を覗かせる。

 そして、自分の理解を超える広間の景色に、ルイは目を見開いた。

 気絶する人間や、呼吸することすら忘れてしまったかのように佇む吸血鬼。

 立っているものもいる。だが、目に焦点は無く、ただ呆然とある方向をみていた。

(なにか、あるのか……?)

 眉間に皺を寄せ、ルイは皆の視線を辿った。

 階段を、深青色のドレスを着た一人の令嬢が、逃げるように駆け上がっていくのが見える。

 後ろ姿しか見えなくて、顔を見ることは出来ない。が、背中に流れる金髪で誰なのか一瞬で分かった。

(アシリア……? この状況を作ったのは、彼女なのか?)

 状況が読めないのは変わらない。

 けれど逃げて行ってしまった彼女を、そのままにも出来ず、ルイは後を追った。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 遠くから微かに聞こえる彼女の足音を頼りに姿を探すと、テラスに繋がる扉の前に佇む一人の令嬢――アシリアを見つけた。

 ルイのいるところからはっきりと顔を確認できないが、彼女は顔を隠していないようだった。

「ハァ……ハァ……ふっ、ゔぅ」

「っ?!」

 気付かれないように近づくと、耐えきれなかった嗚咽(おえつ)混じりの声が聞こえた。

 そして、ふっと紡がれた彼女の言葉に、ルイは息を呑まざるをえなかった。

「わたしなんか、お父様は、欲しくなかった……お父様には、もっと相応しい子が……」

 弱々しい彼女の声に、痛いほど胸を締め付けられる。

 彼女が、何故それを言うのか分からない。

 だが、何かが彼女にそれを言わせている。

(彼女は、家族から愛されている。それは、分かりきったこと)

 ギルバート公爵は、娘のアシリアを溺愛している。

 公爵が娘の話をあまり話したがらないのは、娘を守りたいと思う行動からだと分かっていた。

(じゃあ、何故、彼女は父親の愛を疑う。父親の行動の真意が分かっていたら、疑いなど抱かないのに……、っ?!)

 考えを巡らしていたとき、ある可能性に突き当たる。

 始めからずっと抱いていた前提そのものが、揺ぐのを感じる。

(もしや、本当は苦しんでいたのか? 普通の令嬢とは違う(、、、、、、、、、)、自分自身に……)

 顔を隠して社交界に出る異常さ。

 公爵令嬢であるが、評価されるどころか、出来損ないの烙印を押されること。

 それが少しずつ、彼女の強固な心を蝕んでいた。

 そして今日、あの光景が彼女の心に、崩壊への決定的な一撃を与えた。

(顔を隠すことに、躊躇(ためら)いがないと思っていた。しかし、それが彼女なりの強がり(、、、)だったら? 不細工だと言われることが、何かしらの影響を与え続けていたとしたら?)

 どうしてこんなにも強くあろうとするのか、とアシリアに対して思ったことがある。

 普通の令嬢なら、とっくに心を壊している状況で、アシリアは前しか見ていなかった。

 でもそれしか、あくまで公爵令嬢としてあろうとした彼女を支えるものがなかったのなら――

(ギルバートの名は、彼女にとって誇りであり、一番の弱点なのか……)

 逞しいとまで感じられた彼女の背中が、急に、脆く小さい少女の背中に見えた。

 そのままこの闇夜に消えてしまいそうで、咄嗟にルイは声をかけた。

「ねぇ、君は、走るのが早いんだな」

「え……?」

 突然の声に驚いたのか、アシリアの肩がびくっとはねた。

「い、いやっ」

 そのまま近づこうと思ったのだが、アシリアは何かに取り憑かれたかのように逃げた。

「来ないでくださいっ! どっかに行ってください!」

「君と話がしたいんだ」

 彼女の抱える苦しみを、自分が取り除いてやりたい。

 そのためには、まず話し合いが必要だった。

「……捕まえた」

 ルイは走るアシリアの腕を捕まえ、ぐっと自分に引き寄せた。

 手を使って抵抗をしてくるが、ルイは片手でそれを封じる。

 彼女の手は、ルイよりもずっと小さかった。

「ハァ ハァ……はっ、離して下さい! なぜ! わたしを追いかけるのですか?!」

「落ち着け」

 首を左右に振るアシリアは、いつもならありえないくらい取り乱していた。

 彼女を落ち着かせなければならない。だから顔を見て、しっかりと話そうと思った。

 彼女をここまで狂わせてしまった顔に、このとき興味がなかったと言えば嘘になる。

 ただ自分なら、彼女のどんな顔も受け止めることが出来るという自信があった。

(アシリア……君は私の運命だ。誰もが君を否定しても、私だけは肯定し続ける)

 下を向く彼女の顎を手で捉え、上に向かせる。怯えが見えたが、ルイは手を止めなかった。

「私は君に……っ?!」

 思わず体が強張った。

 何でもいいから言葉を紡がなければいけないと思った。だが、喉から声が出ない。

 澄んだ青色の瞳がこちらを悲しげに見上げる。

 不細工だと言われ続けてきた彼女の顔を、受け止める気でいた。

 そう心の中で誓っていたのに、真実の衝撃の方が遥か上を行ってしまった。

(ど、どういうことだ? アシリアの顔は絶世の醜女ではなかったのかッ)

 噂で、目を当てられないほどの不細工だと聞いていた。

 だから父親は、彼女の顔を隠す法令を作った。そう思っていた。

 しかし目の前にいる少女の顔は、隠す必要があるとは思えない。

 否、不細工という理由とは全く反対の意味でなら隠す必要があるかもしれない。

(もしや、ギルバート公爵殿は、この事実を隠すために……?)

 そこまで考えていたとき、先ほどよりも強い力で抵抗をされる。

「顔を見ないで下さい!! あなたなんかに、わたしの気持ちは分からないのでしょう? 不細工なわたしの顔を見てきっと笑ってるのでしょう?」

 彼女の顔が歪む。

「何を言って……っ!?」

 本気でそう思って、言っているのだろうか。

 誰が彼女の顔を、不細工と言えるだろうか。誰も言えるはずがない。

 アシリアの顔は、何人もの美女を見てきたルイでさえ驚くものだ。

 犯罪が起きてないことの方が、驚くほど。

 しかし一瞬戸惑ったせいで、ルイの手が緩んだ。

 少女はその隙を見逃さず、ルイの手を振りほどいてしまった。

「逃がしは……っ?!」

 もう一度捕まえようと、追おうとするが、振り向いた彼女の顔に浮かぶ涙で、その場に縫い付けられてしまう。

「金輪際、わたしに関わらないで下さい!」

 そう悲しく叫んだアシリアを、ルイは追うことが出来なかった。

 追わなければと思うのに、足が動かない。

――それからどのくらい経ったのかわからない。

 けれど、脳裏には涙に濡れ彼女の歪んだ顔が焼き付いて離れなかった。

「ルイ様! どこにおられますか?!」

 遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 無言で控室を抜け出したから、エヴァンが心配しているのだろう。また、問題が発生してしまって、事態を収拾させるために探しているか。

 ルイにしかできないことは沢山ある。

 それをやらなければと思うのに、一瞬だけ見た彼女の涙が、ルイを捕えて雁字搦(がんじがら)めにしていた。

「不細工なんかじゃない……君は本当に」

――本当に、心も、姿も、ずっと綺麗だ。

 言葉が掠れてしまって、声にできない。

 彼女へ伝えたかったその言葉が、何処までも暗い闇に溶けるように消えていった。


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