43、予想外の敵
テラスの階段を降りたあと、アシリアは王宮の庭を必死に走った。
出来るだけ遠くに行こうと、走っているのだが、ドレスが足にまとわりついてなかなか上手く走れない。
ルイの気配が無いのはよいことだが、彼は吸血鬼だ。安心などできなかった。
(もう破こうかしら?)
自分のドレスではないので、悪い気もするが、追っ手から逃げられなかったら元もこうもないと、アシリアは頭を振った。
心の中で何度も何度も謝りながら、ドレスの裾を掴んだとき、馬のいななきが聞こえた。
(えっ、馬? 近くに、いるの?)
走っていて気付かなかったが、近衛兵の厩舎が近くにあることに気付いた。
中に入ってみると、王宮の騎士が乗る軍馬が、数頭ほどいた。
夜会の護衛で忙しいのか、誰も人が見えなかった。
(普通は、見張りとかいるんだけど、もしかして人員不足?? まぁ、都合は良いけど……)
遠くに行こうと思っていたので、馬がある方がよかった。
数頭の軍馬は寝ていたのだが、一頭の軍馬が静かにアシリアを見ていた。
(軍馬って、とても気性が荒かったりするのよね。乗せてくれるかしら?)
真っ黒の毛並みで、いかに乗せくれなさそうだ。
アシリアは自分に、怖がるなと言い聞かせた。
「よかったら、乗せてくれ、わっ!」
出来るだけ驚かさないように近づいて、話しかけると、黒馬はいきなり鼻を押しつけてきた。
噛みつかれる?! と怯えそうなったが、黒馬はどうやら顔を撫でて欲しいと甘えているようだった。
「い、意外と人懐っこいのね」
吹っ飛ばされるそうになるくらい押されて、受け止めるのに疲れる。
(でも、これなら、乗せれくれそう。鞍とかは……これね)
黒馬には馬具が一切装着されていなかった。
でも遠くに行くなら、馬具が最低限必要だった。
すぐに付けられそうな鞍と轡を探し、アシリアは手に持った。
「ねぇ、つけても大丈夫?」
アシリアが鞍を見せると、黒馬は乗せやすいようにしゃがんだ。
軍馬なだけあって、体格が大きく、背まで持ち上げられるか不安があったので、大変助かる。
「頭がいいのね。轡もつけてもいいかしら?」
「ブルル」
轡を見せると、黒馬は鼻を鳴らして反応を示した。
領地で乗馬用の馬を見たことがあるが、こんなことしないから珍しい。
軍馬だとここまで賢くなるのだろうか。
(ほんと、大人しい。それに、とても綺麗で、気品が高い)
アシリアは馬の頭を撫でながら、轡と手綱と結んだ。
それからアシリアは、何度も黒馬の顔のあたりを撫でた。
撫でていると、とても穏やかな気持ちになれた。
(そろそろ、行かないと)
もっと撫でていたい気もしたが、今は時間がない。
裾の長いドレスをたくし上げ、アシリアは乗るための準備をした。
乗馬用のドレスが本来あるのだが、今着ているドレスでも、乗れない訳ではなかった。
鎧を着る騎士を乗せるくらいの軍馬であるから、ドレスの重さは問題はないだろう。
「よっ、と」
横に移動したあと、鐙に足をかけ、アシリアは馬の背に勢いよく上がる。
首を撫でると、黒馬は上機嫌に鼻を鳴らした。
「さぁ、行って!」
手綱を引いて指示を出せば、黒馬は歩き出す。
アシリアは鞭は使わない。
と言うより可哀想で使えないのだが、黒馬は鞭が必要ないくらいに、素直に指示に従ってくれた。
そして、どんどん早くなる走りに、アシリアは興奮した。
(門を通らないと外には出れない。強行突破しかないわね)
扉がしまっていたりしたらどうしようかと思っていたが、運良く扉は開いていた。
「なっ?! そこの者止まれ!!」
門を守る門番がとても驚いているが、アシリアは関係なく馬を走らせた。
「っ?! 待て! 軍馬だ! 蹴られるぞっ!」
一際大きい馬に、門番は急いで道を開けた。
軍馬に衝突でもされたら、人間の方が大怪我になる。
「驚かせてごめんなさい!! それではっ!」
「へっ?! お、おんなぁあ!!」
横を通り過ぎるとき謝罪すると、門番が素っ頓狂な声をあげた。
軍馬を乗りこなすのは、成人男性でもかなり骨が折れる。
アシリアのような令嬢が乗ってる事自体異常で、門番は腰を抜かしたようだった。
(まぁ、これなら変に追っ手を寄越されることないわ。さてと、何処に行こうかしら)
王宮から抜け出すのは成功したが、行き先を全く考えてなかった。
領地に行くのも良いが、それだと父に迷惑をかけてしまうため、選択肢から消した。
(んー、具体的な場所を考えるにしたって、何処かに降りて考えたいわ。今の格好も変えたいし)
自分のために走ってくれる黒馬の首を撫で、アシリアは人気がない場所を目指した。
◇ ◆ ◇ ◆
「ここら辺がいいわ」
馬の背から降りて、アシリアは王宮がある方を見た。
止まった場所は、王宮全体を見ることができる王都のどっかの路地裏と言ったところだろう。
人気がなくて、あたりはシーンとしていた。
「さてと、何処に行こうかしら」
ギルバート家の者に何も告げず出て来たので、そこが気にかかったが、今更戻れないと頭を振る。
(まず、ドレスを売って、お金を作らないと。王国にいると見つかる可能性があるから、隣の国とかに行ってみる?)
隣国あたりに行っても、言葉は通じる。
だが、そこでどうやって暮らしていこうか。
剣術はそれなりだが、オーウェンが言うように、何処まで通じるか分からない。
冒険者や傭兵は無理だろう。顔のことある。
(人が良さそうな村人に頼ってみる??)
そしたら薬草でお金を稼げそうだ。
それからしばらく、アシリアは悶々と行き場所を考えた。
しかしどれにも問題がつき回る。かくなる上は行くしかないと思った。
「まぁ、行ってみないと、実どうなのかわからな」
「キャーーっ、たす、けてぇえ」
「えっ??」
女性の悲鳴声が聞こえた。
何が起きたのか分からない。
たが次の瞬間、アシリアは鞍にさしてあった剣を手に、その悲鳴がした場所に走っていた。
路地裏を走り、助けを求める女性を探す。
段々と近づくと、声が途切れ途切れに聞こえた。
(ここら辺に、いる!!)
女性のかすかな声を頼りに、路地裏を走り回る。
そして、路地裏から出て、道が開けたとき、尋常じゃない鉄の匂いがした。
「な、なにして……っ?!」
アシリアは言葉を失った。
(ゆ、誘拐だけど、これはっ!?)
目の前で行われていたのは、女性の誘拐だった。
それもただの誘拐じゃないと、すぐに気付いた。
今まさに女性を誘拐しようとしている男たちは、全身が毛に包まれ、口には鋭い犬歯が輝いていた。
そう、彼らは人間じゃなかった。
(狼男!! どうしてこんなところに)
協定によって吸血鬼は、王国に入った狼男を排除している。
狼男が王都にいるなど、普段ならなかった。
(何が起きてるのかわからないけど、相手は四人。分が悪いけど、見逃すことは出来ない!!)
アシリアは狼男に向けて剣を構えた。
吸血鬼同様、戦闘種族の狼男に勝てるかわからない。
もしかしたらアシリアも、この女性と同じように攫われるかもしれない。
不安がアシリアを襲うが、女性を見捨てることなど、出来なかった。




