42、生まれたときから抱える罪
(歓迎は……なし、ね)
司会を務める男が、拍手を促したのだが、広間には何の音も響かなかった。
飛び出るんじゃないかと思えるほど見開かれた目に、外れてしまったんじゃないかと思えるほど開かれた口。
広間にいる人が、皆が皆そんな顔をしているから、アシリアには可笑しくて堪らなかった。
コツ……コツ……コツ……
アシリアが足を踏み出して歩くと、階段を降りる足音だけが響いた。
その間も話し声はしなかった。
(なじったりしてもいいのに……。そうね……不細工は消えろ、とか?)
顔を隠してパティーに参加したとき、同い年の貴族の少年に、そう言われたことがある。
あのときは泣いてしまったけど、あれから何度も言われ続けたために慣れてしまった。
他にも色んなことを沢山言われた。
だから別に何を言われても、構わないと思っていた。
しかし、何も声が上がらない。
(おかしいわね……)
異様に思いながら最後の一段を降りると、侍女に言われた男性を見つけることが出来た。
彼もまた固まって、こちらを見ていた。
エスコートしてくれるそうなので、目の前に立ってみるが、彼からの反応はなかった。
(き、気まずい。手でも振ってみる?)
アシリアは試しに手を振ってみた。
「すみませんが、見えてます? 貴方がエスコートしてくれると聞いたのですが……」
「…………」
返事がない。
職務を忘れるほど、不細工な顔に驚いているのかと思って、アシリアは苛立ちが湧いてきた。
こちらは不本意に参加しているのだ。気を使ってもらいたかった。
(不細工過ぎて、衝撃が強過ぎるのかしら?! それはいいけど、少しは反応しなさいよ!!)
女性から男性に触るのは、はしたない行為なのだが、相手が動かないため致し方ない。
そう思ってアシリアは、思考の停止している男性の肩を叩いた。
「何かを反応をしっ…………え?」
突然のことに、アシリアは驚いた。
触った瞬間、バタンという音を立てて、男性が倒れたのだ。
その途端、あちこちで人がバタバタと倒れ始めた。
「え、えっ??」
何が起きたのか分からなくて、アシリアは怖くなった。
状況確認のために目をはしらせると、玉座のあたりに動きがあるのが分かった。
「っ?! お、お父様」
遠くに父の姿が見えた。
何やら指示をしているようなのだが、内容は分からなかった。
ただアシリアと視線があった父は、声を荒げ何か言っていた。
それさえも聞こえなくて、アシリアは何が何だが分からなくなってきた。
(お父様は何を言っているの? もしかして、わたしが原因なの……?)
アシリアが入るまで、広間では談笑がされ、音楽が流れていたはずだ。
しかし、アシリアが入った瞬間、音も話し声も消えてしまった。
自分の何がよくなかったのか、考えてみるけれど分からない。
意味を分からず倒れ続ける人に、アシリアは耐えきれなくなっていった。
「……っ」
この場所から、逃げ出したい。
侮辱の声を浴びるというのは、もちろん予想していた。
それでも耐えられるという自信はあった。
けれどアシリアに待っていたのは、無という圧迫感に似た何かだった。
何もない。何も感じない。
誰もが何の言葉も発しない。何の反応を示さない。
それが返って、恐ろしかった。
(い、意味が分からない。わたしが何をしたと言うのよ!! 不細工なことは、罪なの……?)
なら自分は、生まれた直後に罪を抱えている。
他人の目から隠し続けなければならなかった顔を持っている。
(苦しい、苦しい、苦しい…………。誰も、本当のわたしを理解してくれない)
そう思ったとき、アシリアの中に、ある一つの疑問が浮かんだ。
父は、アシリアの顔を隠してくれた。
それが傷付かない一番良い方法だったから。
確かにそれでアシリアは守られていた。
しかし、考えを改めてみれば、違う見方も出来るということに、アシリアは気付いてしまった。
父はいつだって、アシリアの顔を隠そうとしていた。
でもそれが、一番問題が起きない方法だったからではないか? と。
つまり父だって、アシリアの顔を面倒なものとして捉えていたのではないか? と。
(お父様も、わたしを本当は疎んでいたのではないの? 本当は誰も理解してくれないんじゃないの?)
そうなると、先ほどの侍女長の言葉も同じような気がしてきた。
アシリア自身を理解していると言ったが、血の繋がった父も、本当はどう思ってるのか分からないのだ。
そんな状況で、自分自身を理解しているという言葉など、アシリアには信じられなかった。
「ハァ……ハァ……」
アシリアは広間とは逆反対の向きに走った。
戻ったら、自分が何んだが分からなくなりそうだった。
否定されるわけでもない、褒められるわけでもない。
じゃあ自分は、皆にとって何なのだろう。
そんな問いかけから逃げるように、アシリアは、ひたすら走った。
◇ ◆ ◇ ◆
無我夢中で走っていると、いつの間にかアシリアは、王宮にある巨大なテラスまで来ていた。
「ハァ……ハァ……ふっ、ゔぅ」
息を整えるために立ち止まると、耐えきれなかった嗚咽が漏れた。
まともに振る舞えない自分を、父は幻滅したはずだ。
問題事しか起こさない。
迷惑ばかりかけている。
幻滅以外の感情を抱いている方が不思議だと、アシリアは自分を嘲笑した。
「わたしなんか、お父様は、欲しくなかった……お父様には、もっと相応しい子が……」
「ねぇ、君は、走るのが早いんだな」
「え……?」
人の気配なんてしなかったのに、背後で声がした。
びっくりして振り返ると、昨夜部屋に来た青年が、妖しい赤色の瞳で、アシリアをじっと見ていた。
「い、いやっ」
どうして彼がここにいるのだろう。
これ以上、顔を見られるのは嫌なのに。
アシリアは、テラスの端にある階段を思い出し、逃げるように走った。
「待て!」
「来ないでくださいっ! どっかに行ってください!」
「君と話がしたいんだ」
話なんかしたところで、何かが変わるのだろうか?
不細工な顔を変えられるとでも言うのだろうか?
(そんなわけないじゃないッ! 出来たらやってるわよ!)
アシリアは追いつかれないように必死に逃げた。が、ルイは吸血鬼だ。
さらにドレスの裾が邪魔で、アシリアは上手く走れなかった。
だからルイが、自分との距離を少しずつ詰めていくのが恐ろしかった。
「……捕まえた」
ついには腕を掴まれ、アシリアはルイに引き寄せられてしまった。
それでも諦めきれず、息絶え絶えになりながら、アシリアはルイに抵抗をした。
「ハァ ハァ……はっ、離して下さい! なぜ! わたしを追いかけるのですか?!」
「落ち着け」
すると何か思ったのか、ルイが顔を覗き込んでこようとするのが分かった。
顔を逸らそうとするが、顎を手でとらえられ、上を向かされる。
「私は君に……っ?!」
「…………っ?!」
──見られ、た。
アシリアの顔を見たルイは、驚愕の表情を浮かべていた。
まるで、信じられないものを見るかのように。
アシリアは、ルイならどんなことがあったとしても感情が表に出ないと思っていた。
でも実際、ルイは驚愕の表情を浮かべていた。
(貴方に、そんな顔をさせてしまうわたしの顔は、どんなふうに見えるの? 貴方は、自分の顔と比べて、わたしを笑っているの?)
ルイを拒否するように、アシリアは胸を押した。
「顔を見ないで下さい!! あなたなんかに、わたしの気持ちは分からないのでしょう? 不細工なわたしの顔を見てきっと笑ってるのでしょう?」
「何を言って……っ!?」
ルイがまた焦った。図星なのだろうか。
しかしその驚きのせいで、ルイの手が緩んだ。
アシリアはその隙を見逃さず、ルイの手を振りほどく。
「逃がしは……っ?!」
追って来ようとするルイの方を見て、アシリアは声をあげた。
「金輪際、わたしに関わらないで下さい!」
こんな自分を、どうして執拗なまでに彼が追いかけるのか分からない。
でも今は、ただ一人にして欲しかった。
(わたしの苦しみなんて……誰も、理解できないのよ)
アシリアの頰に、耐えきれなかった一筋の涙が流れた。




