41、選定の儀 其の三
「わたしたち自身を見てもらう?」
「えぇ。今夜の夜会で、皆さんに見て頂きます。名誉なことなので、ご準備なさっ」
「じ、辞退します!!」
アシリアは、試験官に声を荒げ抗議した。
自分達自身を見てもらうというのは、本当にそのままの意味だろう。
ドレスを着て、姿を晒し、より美しい方の勝ちとする。
「やらなくても、試験の結果は瞭然です!! やる必要などなく、わたしの負けということにしてください!」
不細工なアシリアと、国一番の美貌のエレオノーラ。
やらなくたって、嫌でも結果がわかっていた。
最後まで試験をやるつもりでいたが、顔を晒すのだけは嫌だ。
しかしそんなアシリアの意見を、試験官は良しとしなかった。
「それは困ります。試験は最後までやって頂きます。例え結果が瞭然でも……」
「っ?! な、なぜっ!」
淡々とした答えに、アシリアの目の前が真っ暗になる。
法令を作ってもらい、長年隠し続けた自分の顔。
なぜ今頃になって晒さなくてはいけないのか、アシリアには受け入れがたかった。
「勝ちは、エレオノーラ様でよろしいではないですか?!」
「アシリア嬢」
ぴしゃりと叱るように名前を呼ばれ、取り乱していたアシリアは黙る。
「貴方様の噂は、かねがね聞き及んでいます。しかしそれを原因として、試験を辞退するのは間違いでございます」
「ま、間違い? どういう意味!」
なぜ、自分のことを何も知らない人に、間違いなどと言われなくてはならない。
ヴェールで顔を隠してるとはいえ、怒りが湧いてきて、アシリアは試験官の顔を睨んだ。
「我々吸血鬼にとって、四鬼将の花嫁に選出されることは名誉なことでございます。それを途中で辞退されるのは、反感を買いかねない行為です。名誉なことと思い、堂々と出てください」
反論してやろうと思ったが、ぐぅの音も出ない。
吸血鬼たちにとって、力の強い四鬼将は絶対的な存在なのだ。
辞退すれば吸血鬼から反感を買うというのも、一見馬鹿げた話ではあるか無視できなかった。
「な、なら! 顔だけ隠して出るというのは」
「駄目です。堂々と皆さんの前に立ってください。アシリア嬢、貴方の立ち姿は美しいですよ」
立ち姿だけだ! と言い返したくなった。
堂々と立ってください、と言われて、素直に「はい」と頷けるはずがなかった。
「やっぱり駄目です。お断りしま」
「さあ、侍女の皆様。お嬢様方を磨いてください」
「「かしこまりました」」
「ちょっ、わたしの話はまだ終わってない!!」
試験官に摑みかかろうするが、侍女に両脇を抱えられ、抵抗を封じられてしまう。
こんな拘束など簡単に振り払える。
アシリアが侍女たちを怪我させないように振り払ろうとしたとき、自分の顔に人影が差した。
「わたしくし、貴方に初めて同情しましたわ。自分の嫌なところを人に見られるのは、わたくしも嫌ですもの」
人影を作ったのは、エレオノーラだ。
両脇を掴まれているアシリアのところに来ると、エレオノーラは複雑な顔をしながら言った。
「でもわたくしたちは、選定の儀に選ばれた者同士。選ばれたくても選ばれなかった者分まで、全うする責任と言うものがあります」
だから、とエレオノーラは続ける。
「お互い頑張りましょう」
初めてエレオノーラが、心の底から言葉を紡いだのは分かった。
しかしアシリアは、言い返したくなった。
──別に選ばれたたくて参加したわけじゃない。その場合はどうなるのか? と。
(エレオノーラ様と違って、ここにいるのは、公爵令嬢としてのわたし……。わたしが自ら望んで出たんじゃないっ!)
他の令嬢たちと違って自分は、選定の儀に出るように差し向けられ、仕方なくでも出るしかなかった。
それが国の未来を救うための唯一の方法で、選択は一つしかなかった。
自分とエレオノーラの置かれた立場は違う。
アシリアは心の中で、その苦痛を叫ぶことしか出来なかった。
◇ ◆ ◇ ◆
完全に日が沈んだ空に浮かぶのは月と星だ。
アシリアは、王宮にある一室の窓から、夜空をただ呆然と見つめていた。
「さぁ、アシリア様。ドレスの方は準備が出来ました」
数人いるうちの侍女の一人が、アシリアにそう告げる。
どこから用意したのか知らないが、連れてこられた部屋には、数十着に及ぶドレスが並べられていた。
好きなものを選んで良いと言われたが、そんな気力、アシリアにはなかった。
何もしようとしないアシリアを見た侍女たちは、最初困った顔をしていたが、何やら相談をし、今着ているドレスを手に取った。
綺麗なドレスだとは思う。
領地の屋敷にある深青のドレスに、少し似ているのだ。
でもそれしか思わなかった。
「次は顔に化粧を施させて頂きます。アシリア様、顔のヴェールを」
「ごめんなさい。少し出て行ってくれる?」
化粧道具を手に持つ侍女たちに向けて、アシリアは静かに言った。
今は一人にして欲しかった。
「しかし、それでは私たちが叱られてしまいます」
侍女たちは、アシリアが逃げるとでも思っているのだろうか。
今更逃げようとは思わないのに……。
「時間になって呼んでくれたら、行くから。化粧をしたって意味もないし、マシにならなかったとき、貴方達に何か言われるかもしれないわ」
「そ、それでもっ」
「だから、わたしが化粧を拒否したって言えばいいのよ。貴方達が悪く言われるのは望んでいないもの。さぁ、これはわたしからの命令よ。出て行って頂戴」
「か、かしこまりました」
渋っていたが、侍女長と思われる女性が他の侍女を説得して、部屋から退出させて行く。
美しく年を重ねた侍女長は、どこか悲しそうにしていた。
そして最後に部屋に残った侍女長は、不意に声をかけた。
「私は、アシリア様が素晴らしい方だと思っております。私の中で貴方様は、最も素晴らしい公爵令嬢様ですよ」
「…………何故、そう思うの? エレオノーラ様の方が、何倍も素晴らしい方よ」
「いいえ、アシリア様こそ素晴らしい方です。あれは一年前の事でしょうか? 私の後輩の侍女が、あるお方に間違って、紅茶を零してしまったことがありました」
侍女長の話に、アシリアは覚えがあった。
一年前ドレスにお茶を零された者とは、多分自分のことだ。
廊下の曲がり角で、急いでいた侍女の一人にぶつかってしまったのだ。
その際、侍女が持っていた紅茶が、運悪くアシリアのドレスにかかってしまった。
「見ていたの?」
「えぇ、私はその場面を見ておりました。そして思ったのです。この侍女は罰せられしまうのだろう、と」
紅茶のかかったドレスは、侍女には一生手が出せないほどの額のものだ。
さらにプライドが高い貴族令嬢なら、侍女に重い罰を与えるだろう。
理不尽なことだが、それが普通であった。
「でもそのお方は、青ざめる侍女に、『あら丁度良かったわ。こんな紅茶色のドレスが欲しかったの。もっと染めてもらって構わないわよ』と仰せになって、侍女を褒めてしまいました」
「……………」
確かにそんなことを言ったような気がする。
「私はそれを見て、こんなことを言える方は、この方しかいないと思ったのです。そうアシリア様、貴方様しか…………。
だから胸をお張りください。例え周りが非難の目を向けても、貴方様のことを心から理解している人が、沢山いらっしゃます」
「…………っ」
侍女の言葉に、アシリアは涙が出そうになった。
今まで、非難されることしか考えたことがなかった。
でも顔じゃなくて、アシリア自身を見てくれる人がいるのだと。
それを言われ、冷たかった心が温まっていくのを感じた。
「ありがとう。なんだが頑張れそうな気がしてきました」
「それは良かったです。頑張って下さいませ」
侍女長はもう一度深く礼をして部屋を出て行った。
◇ ◆ ◇ ◆
「アシリア様、お時間でございます」
「そう……。行くわ」
侍女に呼ばれ、アシリアは椅子から立った。
顔を見られることは、やっぱり今でも怖い。
でも侍女長のように思ってくれる人がいる。
それが今のアシリアの胸の支えであった。
「──こちらでお待ちください。あと少ししたら扉が開きますので、そしたらそのまま階段をおりて、下にいる男性と共に歩いてください。その男性が連れて行って下さいます」
「分かったわ」
大きな扉の前に来て、アシリアは一度目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。
顔を隠すヴェールは取らなければならない。
分かっているが、手が震えた。
(顔じゃなくて、わたし自身を理解してくれる人がいる。だから、大丈夫)
そう思っても、相変わらず手は震えた。
アシリアは意を決して、後頭部に手を伸ばし、思いっきり紐を解いた。
軽い音を立てて、ヴェールが顔の上から無くなる。
(今日は、意外と寒かったのね)
外気が肌に触る。
ヴェールで分からなかったが、空気が思っていた以上に寒かった。
「ヴェールを預かりま、っ?!」
ヴェールを受け取ろうとした侍女が、はっと息を飲むのが分かる。
それもそうだろう。
なんたって、目の前にいるのは、絶世の醜女なのだから。
悲鳴を上げて逃げるかと思ったが、侍女は口をぽかんと開けて、穴があくんじゃないかというほどアシリアを見つめてきた。
だから、不細工な顔はそんなに珍しい? と少し笑ってしまった。
「アシリア様が入ります。盛大な拍手を」
中から男の声がして、扉がキィーッという音を立て始める。
目の前の扉がゆっくり開き、シャンデリアから発せられる光が、アシリアを照らした。




