40、選定の儀 其の二
「しょ、商人の、は、話っ??」
アシリアが答えて欲しかったのは、発音の正誤だった。
なのに目の前の長髪の青年から言われたのは、商人たちの話の内容についてである。
商人の話に、何故興味があるのか、アシリアは首を傾げた。
(……はっ! こ、この人もしや、お金目当てなんじゃ!? 商人の話に興味を持つ人なんて、お金目当てとしか考えられないッ!)
そう思ってしまったからか、彼がとても残念な人に見えてきた。
とても美男子なのに、勿体無い。
(でもこの人の発音も、さっきの試験官様のものと同じね。それに、凄く滑らかで綺麗。つまり、わたしの方が間違っていたのね!! 評価は落ちるかもしれないけど、質問には全部答えたし、公爵令嬢として恥はないわ)
と言っても、された質問に答えないのは、相手の期待を裏切ってしまうような気がして、アシリアは素直に答えた。
「『専門家ではないので、よく分かりませんが、宝石の話をしていたと思いますわ。凄く価値が高いものと言って、高額の取引を……。あっ! でも、わたしには石ころにしか見えなかったので、高い商品には見えませんでした! お金にはなりませんから、手を出さない方がよいです!!』」
借金まみれになるのは可哀想なので、助言も入れておく。
「…………?!」
衝撃を受けたのか、長髪の青年は黙ってしまった。
ただ最後に、「……金」という言葉を呟いて、隣の部屋に行ってしまう。
だからアシリアは、部屋に一人取り残された。
(か、金?? 喪失感が凄かった……)
アシリアは青年を、お金の執着心が凄い人なのだと思った。
道を踏みはずさないといいが……。
「アシリア様。試験は終わりですので、こちらに」
そのあとは、また先程の部屋に戻された。
先に終わっていたエレオノーラが、満面の笑みを浮かべてアシリアに近づいてきた。
「どうでしたか? わたくし、全ての質問に答えることが出来ましたわよ。アシリア様は遅いようでしたが、何か問題がおありで?」
人の失敗を期待しているような顔だが、エレオノーラを超完璧人と思ってるアシリア。
心配してくれているのだと思って、軽く涙が出てきそうなった。
「実は、発音の正誤が気になって聞いたのです。そしたら元の試験官様が消えてしまい……」
「それで終わりですか?」
「いえ、次に出てきたのが、なんとお金に執着心を持つ人だったんです。それで話をしていたら、時間が遅くなりましたの。発音は、わたしの間違いだと分かったのですが、あれほどお金に執着していたら、そのうち身を滅ぼしそうで……」
最後に金と呟いた青年の未来が気がかりだ。
一応、金にならないと釘を刺したがあの様子じゃあ危うい。
「まぁ、発音を間違ってしまったのね。お気になさらないで、次、頑張ってください、うふふ」
上機嫌で応援され、敵にも関係なく励ましの言葉を言えるエレオノーラは、凄い人だと改めて思った。
この様子だと負けるのは必然たが、こんな素晴らしい人に負けるのは本望だ。
しかし公爵令嬢として、これ以上差がつかないよう、アシリアも頑張ろうと思った。
◇ ◆ ◇ ◆
夕方──
アシリアたちの二個目の試験がやっと終わった。
達成感を覚えるアシリアとは違い、エレオノーラの顔は苦渋に満ちていた。
「はあーっ! もう我慢できない!! 王宮の古式のしきたりなんて、誰が知っているというのよッ!」
エレオノーラは、ガツガツと地面を蹴っていた。
二個目の試験が上手くいかなったのか、苛立っているようだ。
「えっ?! エレオノーラ様は古式のしきたりを知らないのですかっ?! な、なんてこと!」
逆にアシリアは、エレオノーラの苦戦に顔が青くなった。
(あ、あれで苦戦?!)
二個目の試験は、王宮のしきたりに関するものだった。
古式ではあるが、その分格式も高く、貴族令嬢たちなら誰でも知っていると思っていたが、どうやら違うらしい。
試験の内容を思い出しながらアシリアは、エレオノーラがどこまで出来なかったのか考えた。
(た、確かに、やたらと細かいとこまで聞いてくると思ったけど、貴族令嬢なら嗜んでいるのかと……。むしろ答えない方が、お父様に恥になると思って……)
アシリアは、試験官からされた全ての質問に、答えてしまった。
礼儀作法なども実際にやって、見せてしまった。
「もちろんわたしくしだって、大半のしきたりは知ってるわ。なのにあの試験官ときたら、古式なしきたりまで引っ張り出してきて、あれじゃあ答えられる方が可笑しいわよ」
「げっ」
アシリアは、自分の価値観が同い年の令嬢たちと全く違うと思った。
顔のこと以外で、両親に恥をかかせられないと思って、しきたりに関しては勉強をしていた。
絶対に使わないと言われるしきたりまで、頭の中にはきっちりと入っている。
(まぁあの時は、やたらと古い本だなと思って、お母様に聞いたけど、読んだことあるって言ってたし! 分からないとこは教えてくれて、それが当たり前だとしか思わなかった……。も、盲点だわ)
語学に関しては完全に負けだと思って、気が抜けていたようだ。
相手の実力を計り損ねた。
その事実にアシリアは頭を抱えた。
「それより、わたしくしが知らないってどういうことよ! もしかして答えられたの?」
「い、一応……全部」
「はぁ?! なんであんなしきたり答えられるのよ!」
肩を掴まれ揺さぶられるが、アシリアの方が尋ねたい。
どうして知らないのか? と。
「当たり前なことだと。エレオノーラ様なら知っていると思ったのです」
「知るわけないでしょう! ど、どうしましょう、これじゃあ負けてしまう」
エレオノーラの落ち込みようは凄かった。
魂が抜け落ちてしまいそうで、アシリアは逆に焦った。
「エ、エレオノーラ様! まだ、あと一つ試験があるではないですか?! 諦めては駄目です!」
ここで戦意喪失されて困るのはアシリアだ。
エレオノーラには是非、勝って貰わなくてはならなかった。
「ど、どうして、わたくしなんか応援するのです? 心の中で、わたくしの失敗を笑っているのでしょう!」
「笑うわけありません! エレオノーラ様が先ほど応援してくれたので、わたしも応援しているだけです!」
「先ほど……? あ、あれを応援してると思ったのですか?」
エレオノーラが目を見開いた。
その驚きようを見てアシリアは、エレオノーラが無意識にやっていたのだと思った。
性格まで慎ましく、顔も良い。本当に素晴らしい女性だ。
「わたしに、次頑張ってくださいて仰せになりました。わたしを応援してくれたのですよね」
「え、えぇ」
「だから、まだあきらめず頑張りましょう!」
「も、もちろんですわ! わたくしが貴方に負けるはずなどないもの、オホホホーー」
高笑いはともかく、戦意を取り戻してくれたようで、アシリアはホッとした。
次の試験で、エレオノーラが自分に勝ってくれたら、なんとかなるだろう。
そしたらまた領地に戻って、薬草の製造をやったり、領地がもっと良くなるように事業を進めて暮らしていくのだ。
社交界には相変わらず出ないことが続くけど、それを理解してくれる相手がいたら結婚して、幸せに暮らしていく。
そんな未来に胸を踊らせ、アシリアは試験官が来るのを待った。
「──失礼します」
数分後、部屋に試験官が三人入ってきた。
この三人に可笑しな点などなかったのだが、背後に控える侍女たちにアシリアは首を傾げた。
(じ、侍女?? どうして侍女が必要になるの)
嫌な予感がして、知らず知らずうちにゴクリという音が喉からした。
そしてアシリアの頭は、全力で警鐘を鳴らしていた。それは痛いほどに……。
「では、発表さて頂きます。最後の試験でこちらが見せて頂くのは、貴方様方自身《、、、、、、》ということになります。こちらでドレスを用意しますので、お着替えの方をよろしくお願いします」




