39、選定の儀 其の一
選定の儀の内容は、ルイが言ったようにまさしく令嬢たちの実力勝負であった。
実力をはかる試験が三つ行われ、結果を見て、より高い能力の令嬢を選ぶようだ。
その際行われる試験に、四鬼将が関わることはなく、帝国の皇帝によって直接遣わされた人が能力を判断していくらしい。
つまり、王国の貴族からかけられた圧力など関係なくなったわけだ。
昨夜ルイが嘆いていたので、それで対策をしたんだと思う。
まぁそこられへんは、アシリアにとって関係はなかった。
それよりも重大な問題が、アシリアに肩にはのしかかっていた。
(はぁ……。試験の内容を教えてもらえないのは、何故なのかしら。先に言ってくれたら、基準とかも分かるのに。これじゃあ、対応のしようがないじゃない)
アシリアは俗に言う、世間知らずなお嬢様だ。
王都の学校に行ったところで、自分に学ぶものはない! と言って、行かなかった結果の賜物であった。
それが今現在アシリアを悩ませているのだが、希望のエレオノーラは先ほどから黙っていて、話しかけ辛かった。
「アシリア様、エレオノーラ様。こちらでございます」
さらにアシリアとエレオノーラは、他の令嬢たちとは違う部屋に連れていかれた。
親友のハルティスも同様に、一人の令嬢と共に別の場所に連れていかれたので、他の二組もそうだろう。
不安を抱える中、試験官から一つ目の試験の内容が言い渡された。
「では、ここで説明をさせて頂きます。先ず初めにさせて頂くのは、語学力の試験です。ルイ様の近くにおられる方となると、他国の方との交流は避けられません。今日は、私たちが普段話す『ハリク語』ではなく、『ルラ語』の語学力をみせていただきたいと思います」
試験官の口から軽く試験の説明がされる。
なるほど語学力ときたか、とアシリアは思った。
ルラ語は、確かに王国内でも交流程度に話されているから、話せないと不味い項目であった。
「あら、ルラ語を話せば良いのね。わたくし、語学は学校の授業で満点を取っておりますの。アシリア様は?」
「そうですね、わたしも本を読むとき少し必要なので、多少は話せそうです」
「そうなのですか? 最低限、お話せると良いですわね、ウフフ……」
エレオノーラは、どうやらルラ語にかなり自信があるようだ。
一度も学園に行ったことがないので、授業での満点がどこまで凄いのか分からないが……。
「では、アシリア様は左のお部屋に。エレオノーラ様は右のお部屋にお入り下さい」
試験官に言われ、アシリアとエレオノーラは別々の部屋の扉の前に立った。
相手の実力は見せず、思うがままに競わせる。
もちろんアシリアにとっては、焦る展開だった。
(さて、本当に困ったことになったわね。相手の実力が分からない以上、下手に力を出すのは良くないわよね。手を抜いた方がよさそうかしら?)
ルイに本気でやれと言われているが、もちろんそんな気はない。
相手の少し下くらいで十分なはずだ。
けれど、相手の実力がわからない以上、どこまで本気でやるか悩む。
(学校の授業を受けてないわたしには、満点の難易度が分からない。でも、エレオノーラ様の雰囲気から言って、流暢に話せるのは当たり前って感じよね)
あれほど胸を張って言うのだ。
噂でもエレオノーラは、語学に秀でていると言われている。
(ならわたしも、流暢に話せることは最低限示さないと。公爵令嬢なのに、ルラ語も話せないのは、お父様の顔に泥を塗ってしまうもの)
よし! と気合いを入れて、アシリアは部屋に入った。
中には、一人の若い男性が座っていた。
若い試験官は、ヴェールをつけるアシリアに嫌な顔など一つせず、椅子に座るように言う。
その公平な態度に、さっきの令嬢たちと違い、アシリアは好感が持てた。
「アシリア様ですね。ここからは、ルラ語で話してもらいます。私の質問に答えて下さい」
「分かりました」
「じゃあ、始めます。『貴方の自己紹介をお願いします』」
「『はい。わたしは、アシリア・キシス・ギルバートと言います。趣味は植物観察ですわ。植物をみると、心が癒されますから。あっ、でも育てることも好きかしら。それから──』」
とりわけ好きな植物の説明から、効能など、アシリアは思いつく限り、話して見た。
流暢さは示せたと思う。
「『そ、そうですか……。じゃあ、次の質問にいきますね』」
だが試験官には、凄く変な顔をされた。それに試験官が話す早さも、遅かった。何故だろうか?
(もしや、植物愛を語りすぎて、引かれた?? すこし、熱く語るのは控えないといけないのかしら。それと興奮し過ぎて、早口になり過ぎたかもしれないわね。よく聞き取れないことを、わたしに気付かせるために、試験官様は遅めに話したんだわ。えぇ、きっとそう)
変人に見られるわけにはいかない。
次から質問に答えるときは、心がけよう。
それから続いた六個の質問に、アシリアは卒なく答えることが出来た。
そして最後の質問が終わり、試験とやらは無事に終わった。
しかしアシリアには、どうしても確かめておきたいことがあった。
(き、気になるわ……。なんか、この方の発音で、わたしとは異なるところがあるのよね。もしかして、そちらの方が正しいのかしら……?)
相手がそれを指摘しない以上、アシリアから質問するしかなかった。
「『試験官様。わたしの方から質問してもよろしいですか?』」
「『あ、はい。どうぞ』」
「『実は、試験官様の発音で、わたしと異なる部分があるのです』」
アシリアは話の途中で違和感を感じたことを、正直に話してみた。
発音の一部に、試験官の人が話すものと、自身のものに違いがある、と。
「『生憎わたしは、独学でルラ語を学びました。自分の領地で商人が話している言葉と、本に書かれている単語を結び合わせて、このように話せるようになりました。もし、わたしの発音が間違っているのなら、今仰せになって欲しいのです』」
「『っ?! し、少々お待ちをっ』」
間違いを正して欲しいと言っただけなのに、試験官は焦って部屋から飛び出して行った。
その奇行に、アシリアの目は点になった。
(えーと、生意気だと思われたのかしら。でも、気になるし……)
語学の試験官がいるのだから、ここは聞くしかないだろう。
そう一人で頷いていたら、隣の部屋から「ふざけるな!」と言う怒鳴り声がした。
怒鳴り声など想定していなかったので、アシリアはビクッと肩を震わせた。
何事だ?! と思っていると、しばらく時間が経ってから、ルイ並みの美貌を持つ青年が一人、部屋に入ってきたではないか。
サラサラの長髪を靡かせる彼の周りが、キラキラと輝いて見えて、アシリアの口の端が酷く引きつった。
「あぁ、済まないね。先程の者のことは気にしなくていい」
「あ、はい……」
なんだろ、凄く身分の高い人のような気がする。
話し方も綺麗で、高位貴族の一人ではないかと思った。
「『じゃあ一つだけ、俺の質問に答えて欲しい。君はルラ語を、商人の者から学んだと言っていたようだが、商人たちは、どんな話をしていたんだ?』」
「しょ、商人の、は、はなしっ??」
顔の印象からかけ離れた予想外の質問に、アシリアの口がパカッと豪快に開いた。




