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37、協定の証


「見ていいわけないでしょ! それよりも話し合いよ!」

 やっぱり最後は顔かーっ! と思ったら、冷静になれて、アシリアは勢いを取り戻すことができた。

(流石は宰相。呑まれかけたわ。話の主導権を握られると、普段ないことでも取り乱すのね)

 男相手に赤面することなんて、今までなかった。

 感情が表に出ないし、話もこれだから、宰相という人は怖い。

「真面目に答えて。貴方の目的は、なに?」

 ベッドの端に座って、アシリアは腕を組んだ。

 ここからは相手のペースに巻き込まれないよう、強気な姿勢でいこう。

 そんないつもの強気のアシリアを見て、ルイは面白そうに目を細めた。

「焦せってる方が可愛かったのに」

「う、うるさいわね! いいから早く言いなさいよ!」

 不細工な自分を揶揄おうとしていると思ったら、ルイの言葉なんてバッサリ切り捨てることが出来た。

「本当に君は面白い」

 相変わらずルイはクスクス笑っているが、また椅子に座って足を組んだ。

 だが次の瞬間、彼の変わりようにアシリアの喉は引きつった。

(っ?! い、いきなり、な、なに……?)

 ルイが纏う雰囲気を一瞬で変えたのだ。

 口に笑みを浮かべているが、視線は鋭くアシリアを見抜いていた。

 ヴェール越しじゃなかったら、この威圧的な雰囲気に呑まれたかもしれないと思う程だった。

「なら率直に言おう。君に明日行われる花嫁選定の儀(、、、、、、)に出てもらいたい」

「…………ゴホッゴホッ」

 出てきて単語が酷すぎる。

 真剣な眼差しをして言うことじゃない。

 アシリアは思わず、咳が出てきてしまった。

「い、意味が理解できません! まだ協定の証候補なら分かりますけど、どうして花嫁なんて言葉つくんですかっ?!」

 夜会が始まったときに言われた説明にも、そんなことなかった。

 ただ、『協定の証』とだけ伝えられたのだ。

 しかしルイははっきりと、『花嫁』と言う言葉を口にした。

(花嫁とか、縁遠い話過ぎて、取り乱したじゃないのよ!!)

 どんなルイの言葉にも、冷静に対応してやる! とせっかく意気込んでいたのに、アシリアは早速取り乱してしまった。

 そんな焦る自分を見たルイは、やはり何処か楽しそうで、癪に触った。

「花嫁がつくのは、協定の証の中でもたった四人(、、)の令嬢たちに限られている。私を含めた四鬼将が、選ぶ令嬢たちにだけだ。花嫁と言うのは、その選ばれた令嬢が置かれる名称のようなものだと思えばいい」

「つ、突っ込みどころが満載なんだけど……。まず四鬼将ってなに?」

「帝国の最重職につく者を、我々はそう呼んでいる」

「じゃあ、選定の儀は? 上から目線なのが苛つく」

「ふっ、上から目線ね……。訂正させてもらうが、私たちとしても、下手に令嬢を選べないと理解して欲しい。四鬼将の持つ意味は、君たちが思う言葉の意味よりずっと重い。人間の治める国なら、四鬼将一人いれば壊滅の危機まで持ち込める」

 その事実にアシリアは息を呑んだ。

(一人で国を壊滅まで持っていけるって、どう言うことよ!)

 吸血鬼の高位貴族は、特殊能力を持つと聞いたことがある。

 にわかに信じられない話であるが、ヨシュアの癒しの能力を間近で見たとき、それは本当なのだと思った。

 戦闘に役立つ能力もありそうだが、一国の存亡に関わる能力まであったなんて。

 まぁ、それなら選定するのも納得だ。

 下手に令嬢を選べないだろう。

 四鬼将という相手につりあうような身分と、優れた令嬢を選ぶ必要があると思った。

「でも、選定するのって、王国の貴族たちは知らないと思うわ。そんな話、聞いたことないもの」

 もしそんな話があるのなら、令嬢たちが騒がないわけがない。

 しかし実際、夜会中そんな話がされているのは聞かなかった。

「こちらとしても、予想外の事態が起きたんだ。当初の計画に、花嫁選定などなかった。四鬼将は元々、自分の花嫁を話し合いで決めていたから」

 なるほど、それならそんな話は出なかっただろう。

 ルイは言葉を続けた。

「しかし、邪魔が入った。四鬼将全員に、王国の貴族から何とも言い難い圧力をかけられてね。不本意だが、候補者を八人まで増やすことになった」

 本当に急遽という感じのようだ。

(あれ……思ったんだけど、そもそもわたし了承すらしてないわよね? 選定の儀に出ろっと言ったけど、必要なくない?)

 ん? とアシリアは首を傾げた。

 了承して花嫁の座を争うのはわかるが、自分は了承するしていない。

 そんなアシリアの考えに気付いたのか、ルイはニヤリと笑った。

「君は、初めからその協定の特別な証(花嫁)の候補に入っている。こちらとしては、是非選定の儀で勝って欲しい」

「いや、待って待って。なんでそんな事になってるの! やりたいなんて一言も言ってないから!! 第一、出ろって言われて素直に出ると思う?」

 証になるには、本人の了承が必要だったはずだ。

 もちろんアシリアは、了承するつもりなどなかった。

「確かにそうだが、君に拒否権はない」

「いいえ、拒否させて頂きます」

「普通なら申し出てくるほどなのに」

「わたしに、普通なんて通じません」

 アシリアは胸を張った。

 令嬢なら誰でも、断らないといえる話を、アシリアは平気で蹴る。

 アシリアにとって、普通はよくないのだ。

 顔が不細工な分、それを補うように何かを磨かなければならなかった。

 そんなアシリアに普通なんて通じない。

「じゃあ、言い方を変えよう。君が出なかったら、私はブルートの協定(、、、、、、、)自体無くす(、、、、、)つもりだ、と言ったら?」

「なっ、なに言ってるの?! そんなこと……」

「出来ないと? 頭がいい君なら分かるはずだ。ブルートの協定は、我ら吸血鬼にとって、利になる部分が少ないことを」

「っ……!」

 ずっと思っていた。

 力のある帝国なら、協定を破棄して、王国を手中に収められるのではないか? と。

 利が少ないのに、どうして頑なまでに協定を結んできたのか? と。

 アシリアは、一時期、協定には何か裏があるのではないかと思っていた。

 それを今口にしてもいいが、裏付けがない以上、下手に行動することは咎めた。

「別に無くしてもいい、と私は思っている」

 そして、このルイの余裕さだ。

 演技なのか、隠そうとして強がっているのか、アシリアには判断しかねた。

「わ、分かったわ。出ればいいんでしょ。でも、選ばれるかどうか分からないから!」

「そう、そこが問題なんだ。私としては、君に花嫁になって貰いたい。しかし、君が勝つことが出来ないかもしれない」

「わ、わたしのせいじゃないわ。でも仮に負けたら、協定は無くなるの?」

 それこそ、理不尽だろう。

 出たくないのに無理やり出させられ、負けたら自国の存亡の危機である。

 もしそうなら、緊張と恐怖で、勝てるものも、勝てなくなると思った。

「そこまで私も無情ではない。不本意だが、君と争った令嬢を選ぶことにするよ。でも君には勝って欲しい」

「う、運だから!」

「運じゃない。実力だ。選定の儀で行われるのは、個人の能力を測るもの。君が相手の令嬢よりも能力が優っていれば、勝てるのだが、相手が悪かった」

「だ、誰なの?」

「エレオノーラ侯爵令嬢と言ったら、分かるか?」

「ゴホッゴホッゴホッ……?! 無理無理、絶対に無理」

 アシリアは全力で首を振った。

──エレオノーラ侯爵令嬢。

 噂で聞いているが、淑女の鑑と言われるまでに礼儀正しく、身分に隔てなく接すると言う優しい心の持ち主だそうだ。

 顔も、王国一の美貌を持つと言われている。

 逆にアシリアは、領地にこもって薬草齧りばかりしている、言わば、貴族令嬢らしかぬ女性であった。

 顔も王国一の不細工と称され、社交界の華と言うべきエレオノーラ嬢と争うのは、無謀と言えた。

「貴族令嬢の底辺を走っているわたしに、なんでよりよって、最高峰走ってるエレオノーラ嬢をぶつけてくるのよ! 比較されるわたしの身にもなりなさいよ!」

「そうだが、逆に私の身にもなって欲しい。他の四鬼将は、狙った令嬢を花嫁に出来るが、私の場合、君が勝てないんじゃないかと心配しているんだ」

「ふ、ふざけないで! 負けるに決まってるわよ!」

「私もその未来しかみえない。だからこうして、既成事実(、、、、)を作ろうと、直接来たんだ。問題が出るかもしれないが、そこは後でなんとかしてみせる」

「なにその自信……。そもそも既成事実なんて作られたら、悲惨な運命を辿るじゃない」

「そうだね……」

 ルイはなんとも言えないような顔を浮かべていた。

 やるしかないと言う決意と、躊躇する気持ちの半分半分といった感じだだろうか。

 その微妙な顔に、アシリアは疑問を感じた。

「……わたし、思うのだけど……。既成事実を作る気なら、こんな説明、最初からしないわよね?」

 気のせいかもしれない。

 でも彼に、本当にその気があるのなら、今頃アシリアは純潔を散らされいたのでないかと思うのだ。

「やっぱり……君が、いい……。ここまで思い通りにならないのも、その聡明さも」

 ひとり言のようにルイは呟いた。

 そして、アシリアの問いに、ルイは自分を嘲笑するように笑って言った。

「君の言うとおりだ。口でああ言っても私は、君に手を出せない。君の明日の頑張りを、陰ながら応援するしかない」

 ルイはそう言って、立ち上がった。

「っ?!」

 アシリアは息を呑んだ。

 ルイが見たことのないほど、綺麗な笑みを浮かべていたから。

 そのままルイは、じりじりとアシリアに近づいてきた。

「ちょ、なんでこっちに来るのよ! 既成事実作らないって言ったじゃない! ち、近づかないでっ!!」

「別に、君の顔を見る興味が無くなったわけじゃない」

 ここでそれ?!

 何かの冗談じゃないかと思うが、彼の目は本気だった。

 怖くなってアシリアは、ルイに枕やクッションを投げた。

 しかしどれも、ルイに避けられてしまう。

 手元に投げるものが無くなって、アシリアは辺りを見回した。

 そして、花の生けてある花瓶が目に入った。

「こう、なったら……えいっ!」

 アシリアは、ベッドの横に置いてあった花瓶を咄嗟に取って、中の水をぶち撒けた。

 バシャッという音を立てて、鮮やかな花々と一緒に、水がルイの顔面にかかった。

 前に読んだ本の中に、吸血鬼は水を浴びると、麻痺したような感覚に陥ると書いてあった。

 迫るルイを止めるには、効果抜群だと思った。

(ぶ、ぶつけるわけじゃないもの……動けなくするだけだから……)

 人の弱点を狙って攻撃するのは、良心の咎める行為だったが仕方ない。

 アシリアはゴクリと唾を飲んで、ルイの様子を伺った。

「…………」

 ルイの髪からポタポタと水が落ちて、絨毯に染みを作っていく。

 水をかけられたルイは、その場に止まった。

 動きが止まったので、アシリアは成功したんだ、とほっと息を吐いた。

「…………ふっ、ふふふ…………予想外だ。水をかけるなんてっ!」

 麻痺して動けないと思ったのに、ルイは口を手で塞いで、肩を震わせていた。

 笑っている。

 彼の口からは、ときおり噛み殺せなかった声が漏れていた。

「う、動いてる? 水は弱点じゃないの? 水を浴びたら麻痺するって」

「麻痺? 水が弱点なんて偽りだ」

 笑いながらルイは、濡れた髪をかきあげた。

 その仕草は、かなり色っぽかったのだが、動けると知ったアシリアには、恐怖しかなかった。

(こ、こんなところで、不細工な顔を晒すと言うの? いやっ、そんなの………!)

 そんなの絶対に御免だ、とアシリアはベッドの上を、ルイとは反対側に転がり、逃げようとした。

「逃さない」

 しかし無情にも、肩の上に手を置かれ、ベッドに上に体をグッと押し付けられた。

 肩を押さえる手と逆の手が、自分の醜い顔を隠すヴェールの端を掴んだ。

「っ?!」

 今生の終わりだと思ったアシリアは、ギュウッと目を瞑るしかなかった。

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