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3、公爵令嬢ですけど、薬の調合が得意です

 

「ほんとッ、遠慮がないんだから!」

 部屋に戻ったアシリアは不満を爆発させていた。

「これでもね、わたしは乙女なのよッ!! 不細工だって言われ続けて、意図せず慣れちゃっても、一応傷つくんだから!」

 久しぶりに会った家族は、体にお変わりなく、アシリアへの対応もいつも通りだった。

 むしろ、昔よりも「不細工」と言う数が、親子揃って増えている気がした。

「お世辞でもいいから、綺麗になったね、とか言ってくれてもいいと思うのよね! こんなふうにさ……」

 壁に掛けられている鏡の前に立ち、映る自身の顔に「美しくなったね、アシリア」と言ってみる。

 ついでに雰囲気作りだと、鏡に映る自身の顔をの輪郭を指でたどる。

 女性なら生涯で一度は言われてみたい台詞だ。

「………………む、虚しい。不細工だと分かってる状況で言われたら、悲しくなるだけなのね……」

 誰も言ってくれないので、自分でやってやる! と思ってやったのだが…………ひたすら虚しい気持ちになる。

 やらなければよかった、と後悔した。

(少しは気が晴れるかと思ったけど、余計沈んだわ)

 顔があの母のように美しかったら、きっと何時間だって眺められるのだろうけど、不細工だと思う自身の顔を見ているのは苦痛だった。

「はぁ、人は調子にのるもんじゃないわ」

 ここ最近、顔がましになったかもしれないと思っていたが、願望からそう見えるようになっていたのかもしれない。

 久しぶりに会って早々、両親と兄に不細工だといわれのだから、顔に変化などないだろう。

「ほんと、世の中って理不尽ね……」

 不細工な自身の顔も見たくなくて、鏡をひっくり返す。

 父から貰った数枚の紙をテーブルの上に置き、読みかけの本を手に出窓に向かう。

「落ち込んだときは読書でもして、忘れる!! それが一番よ!!」

 ストレスは肌の質に障る。

 これ以上不細工になっても困るので、こういう時は忘れるように言い聞かせる。

「ん〜〜っ! 今日はお日様が暖かくて気持ちいい! 日向ぼっこしながら読もう、っと」

 部屋の出窓は、腰をかけられる造りになっている。

 アシリアはそこに座って、本を読むのが好きだった。

(まぁ、外で読むのが一番だけどね。木々や草から発する自然の匂いに包まれて、本を読むって、落ち着くのよね)

 アシリアは先程まで読んでいた本を膝の上にのせ、ページを開く。

 そして、書かれる薬草の特徴をくまなく見ていく。

 そんなもの見たって、楽しくないという人がいるかもしれないが、アシリアには楽しくて仕方がない。

(面白いわ。学校では、薬草の勉強が出来ないって聞いたけど、ほんと可哀想よね……)

 アシリアは王都にある学校に通わなかった。

 大抵の貴族の子供は、そこで教養を身につけるのだが、アシリアは行きたくなかった。

 否、必要もなかったのだが。

 顔に関する遺伝は全然なかったが、頭の造りは確実に両親の遺伝子を受け継いだ。

 覚えが良く、一回見れば大抵のものなら頭にはいる。

 さらに人よりも強い好奇心を兼ね備え、なんでも知りたいと、幼い頃から貪欲に学んだ。

 そしたら、学校に行って本来学ぶことも、独学で出来てしまった。

 兄もそんな感じだったらしいが、貴族の子息は強制入学らしく、しぶしぶ通っていた。

 幸運なことに子女は強制ではなかった。

 ならいく必要もないな、とアシリアは領地に篭った。

(世渡り上手なお兄様がいるから、友達とか別にいりませんし、それにお父様も、わたしに社交界に出ろ! とか言わないのよね)

 アシリアは、華やかな貴族社会よりも、森に囲まれて生活している方が自分らしくいられた。

 何気ないところに咲く野花、倒木を苗床に育つキノコ。

 何ていう名前なのか気になって、本を開いたら、食べられるものだったりとか、致死量の毒を持つものだったり。

 知らない世界が広がるのが面白くて、父に植物の本を縋るようになった。

 社交界で人脈なんて伸ばしているよりも断然面白いと思う。

 さらに、そんな自由奔放なアシリアを後押しするように、本来こんな娘を叱る役目にある父は、花の本や、キノコの本、野生の果物の本を沢山与えてくれた。

 そして、誰も止めてくれないので、植物好きに拍車がかかった。

「へえー、これは精神を落ち着かせる効力を持ってるんだ。樹液の方は、肌にいいらしいから、乾燥肌向きかしら」

 気になったものを、別の紙に書き込んでいく。

 こうしておけば、何か作ろうと思ったとき、すぐにわかる。

 公爵令嬢らしかぬ態度だと思われていることは知っているけど、好きだなのだから別にいいだろう。

 誰も文句は言わないし、また人の為にもなる。自身の好奇心も満たせて一石二鳥である。

「ああ、そう言えば。頼まれてた薬とか作らなきゃいけないんだった」

 そんな異常なほど薬の知識を持つアシリアに、その才能を活かさないのも惜しいということで、両親は色んなものを作らせる。

 毒薬を調和する薬だったり、精神安定剤だったり……とにかく色んなものだ。

 アシリアも嫌いではないので、進んでやったりしている。

「この荷物と書類を持って……準備は良しっと!」

 自室を出て、もう一つの建物を繋ぐ渡り廊下を目指す。

 ギルバート家の屋敷は、用途に分けられた四つの建物がある。

 自身たちの住居と使用人のための寮、接待用の応接間や客室、そして厨房や薬草を調合する研究所の建物である。

 それらの建物は全て、渡り廊下で繋がれ、外に出たりせずに一階と三階ならどこでも行き来できるようになっている。

 アシリアの自室は三階で、出ると直ぐに渡り廊下があり、研究所がある建物に移ることができた。

 料理を作るための調理場が一、二階にあるのだが、三階は薬を調合するための研究所だったりする。

 アシリアが足を運ぶ三階は、室内だというのに沢山の薬草が鉢に植えられ、育てられていた。

 火をおこすことが出来る設備や、薬草等を粉末状するために必要な道具などもある。

「さてと、最初にお父様へ渡す薬作りといきましょうか。必要なのは、目の疲れを癒す薬と滋養に良い薬だから……」

 薬に必要な薬草や、根っこなどを資料等を見ながら、棚から籠へといれていく。

 その際、効力を打ち消してしまったりするものもあるので気をつけて選ぶ。

「……こんな感じね」

 父に渡すのは疲労を取りやすくする薬である。激務に追われる父には、もってこいの薬だ。

「根っこの方は湯煎して、葉の方は乾燥させて……」

 数種類の薬草を、熱するものとすりつぶしたりして使う物に分ける。

 そして、全ての処理が終わったら、それを乾燥させ、道具を使って粉状にし、一回分を薬包紙に包んでいく。

 十個ほど作れば、父の依頼は完了だ。

「出来た! よし、次〜!!」

 アシリアはここの部屋にあるものなら、どこに何があるのか目を使わなくたって分かる。

 この三階の部分は、ほとんどアシリアのために作られたようなものだ。

 薬草の栽培や手入れをしてくれる使用人はいるが、器具や植えられている薬草は、アシリアがすべて集め、使いやすいように置いている。

 最初は本当に何も無かったが、長い時間をかけて、やっとここまで来た。

(キッカケは小さかったんだけどなぁ〜)

 小さい頃読んだ本に、かすり傷に使う軟膏の作り方が載っていた。

 簡単そうだったので、試しに作って見たら、予想以上に面白かった。

 それが、薬を作り出したキッカケだった。

 そして年齢が上がるごとに専門的になっていき、今に至っている。

 今では高度な技術を要する薬なども作れるようになり、過去に大流行した疫病の対抗薬も作った。

 まあ、世間には知られていないが……

 ちなみに領地には、自身の薬を出す店を出していて、とても繁盛していたりする。

 そこで稼いだお金のほとんどが、領地運営に回っているのだが、一部だけはアシリアの懐にも入っていて、新たな技術導入の際に使っていた。

「さてと、お母様の注文は美容に良いティーだから」

 これ以上綺麗なってどうするんだ? と心の中で思ってたりするが、言うと肌のハリがどうたらと長く話されるので言わない。

「フフフ、普通のとは違って、お母様に出すのは特別なのよね〜〜」

 一般に使われるカモミールやラベンダーには、不眠症や神経症に効くものもあるが、アシリアが母に作るのは特別だ。

 独自に開発したハーブを使うのだ。

 温室でしか育たないブルーメと呼ばれる花の花弁を使うため、希少である。

 ブルーメは栄養価に優れ、肌は勿論、身体を内側から綺麗する効能を持つ。

「乾燥させておけばいつでも使えるから、乾かすか……」

 部屋の一角に置いてあるブルーメの鉢から、花だけを丁寧に摘んでいく。

 それから加熱用の皿に乗せ、オーブンに入れて乾燥させる。

 乾燥が終わったら、熱が冷めるのを待ってビンにいれ、日光の当たらないところに置いておく。

 あとで、一緒に父に渡せば、母にも渡してくれると思う。

「これでお母様のも終わり!! よし、本の続きよ!!」

 どうせなら、暖かい温室の方で読もうと移動する。

 ガラス張りの温室には、椅子と机が置いてあって、これまた、アシリアのお気に入りの場所だ。

 ハーブティーを注いだティーカップと本を置き、アシリアは早速本を読みはじめた。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 それから何時間経っただろうか。

 時間を忘れて本を読んだいたため、空が紅く染まっていた。

 机の上に置いて読んでいた本も、残り僅かである。

(……あら、次で最後のページね。終わったら、次はどんな本を読もうかしら……異国の薬草とか面白そうよね)

 そんなことを考えながら最後のページをめくる。

「…………っ?!」

 予想もしなかった内容に、アシリアは目を見張った。

 そこにはあったのは、薬草やキノコの資料とかではない。

 瓶に入った状態を、詳細な手描きで描かれていたのは、ある液体だった。

「…………吸血鬼の血液?」

 最後のページの見出しを読むアシリアの声が、温室の中に静かに響いた。

 

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