35、夜会 裏話(ルイ視点)
夜会が二日目に突入した丁度そのとき、ルイは焦燥にかられていた。
(彼女は、どこにいる? 顔を見たことはあるが、仮面の上からでは分からないな。髪の色だけが頼りだが……)
もともとルイが、焦りを感じる必要などなかった。
ギルバート家の王都の屋敷から監視役をつけ、馬車から出てきたところを捕まえるというのが手筈だったのだから。
しかし、こちらの動きを察知したのか、特定できないよう何台もの馬車が屋敷には準備されていた。
全部が王城行きであり、さらに複数の女性がぞろぞろと出てくるものだから、ルイの部下たちもお手上げ状態に陥ったわけだ。
だからルイ本人も、ギルバート公爵令嬢をさがさなくていけなくなったのだが……
(あんな特徴のない金髪から判断しろと言われてもな……。普通に考えて無理だろ)
せめて目を惹く金髪とかだったら、辛うじて分かったかもしれない。
しかし、先週見た彼女の金髪は、周りにいる令嬢たちにも見られるありふれた色なのだ。
「…………はぁ」
「あら? ため息をなどついて、どうなされました?」
先程彼女に似ている金髪だな、と思って話しかけた女が、ルイの腕に自身のそれを絡ませながら上目遣いで見てきた。
すぐに違うと気付いて、ほっといたのだが、この女何故か離れてくれない。
「……いや、君には関係ない」
だからと言って、女を振り払うわけでもない。
このときのルイは、振り払うこと自体、面倒くさくなっていた。
「あの、ルイ様!! 先ほどから上の空ですが、私のお話し、聞いています?!」
「あ、ああ」
髪にしか興味がなく話しかけた女の話など、ルイは何一つ聞いていなかった。
女はルイの反応から、自分の話を聞いていなかったと思ったようだ。
それが気に障ったのか、女はルイの腕により自身のそれを絡ませた。
「そんなぁ〜。私をルイ様専属の証にすると言う話ですよ」
「…………は?」
煩いので、自分の腕に絡まる女から離れようと思っていたルイは、何を言われているのか理解損ねた。
「君を……私の専属に?」
「そうですわ! 私、ルイ様になら喜んで身体を差し出します!」
「…………」
その言葉に、ルイは鳥肌が立った。
(いやいやいや待て待て待て……
なんでそんな話になってるんだ? 言った覚えすらないし、そもそも何でこの子は、私の名前を知ってるんだ?)
あまりにも自然に名前を呼ばれていたから、突っ込む気にもならなかったが、いざ考えてみると怖くはないだろうか。
「その話は、また今度にしよう。じゃあ、私には仕事があるから」
こんな危険な女から、早く離れた方が良いと判断したルイは、絡まっていた腕を瞬時に剥がした。
「い、いや! ルイ様ともっと話をっ…………?!」
女は追いかけようとしたが、周りで見ていた令嬢たちが女の前に立ちはだかった。
「何を仰せになっているの?! ルイ様にとって、貴方の話はつまらなかったのよ」
「見ていれば調子に乗って、何がルイ様の証になるですわ! 笑わせないで。貴方なんかに出来るとお思いなの?」
「身の程を知って失せたらどうですか。このあばずれ」
──……寒気がした。
女の争いというのは恐ろしいものだと思った。
だが都合良く人の壁が出来たので、安心することができた。
(目立たないように彼女を探そう……)
これ以上危ない目にあいたくないないので、今日のところは会場を後にしようと思った。
だがそれを邪魔するように、息切らした部下の一人が助けを求めてきた。
「ルイ様! お手をお貸し下さい!」
「…………」
「なっ?!」
さっきの女のせいで、精神的なダメージを受けたルイは、話しかけてきた部下を無視することにした。
「む、無視とか無しですよ!」
「…………」
「に、睨んでも、や、やめませんよ!!」
これ以上話しかけるな、という意味を込めて、ギロッと睨んだが、焦った部下には効かなかった。
「大体ですね、女に関することは、ルイ様の自業自得ですからっ! それよりもダクバート公爵がっ……」
「ダクバート?」
またあの馬鹿公爵が? と思ったが、今のルイに彼を止めようという気は起きない。
それを敏感に察しているのか、部下は「やる気がないのは分かりますが、どうにかしてください!」と言って、ルイを引きずり始めた。
「離せ。きけないのか?」
「はい、きけません。本当大変なんです。あの面汚しを早く止めて下さい!」
ルイは部下に引きずられて、ダクバート公爵がいるとされるところに来させられた。
案の定そこには、醜態を晒す馬鹿がいた。
嫌がる女性の腕を掴み、気持ち悪いほど歪む顔に、ルイのやる気は下降していくばかりだった。
(……はぁ。ダクバートに関しては、お決まりだが、あの女も相当な馬鹿だろ。あんな露出した服を着てくるから、ダクバートの格好の餌食になるんだ)
女性の着る服は、胸元がガバッと開いてあって、煽情的だった。
ダクバート好みと言っても良いだろう。
そんな着飾ってばかりいる女が、ルイは嫌いであった。
品がないものには、品がないものしか近寄らない。
昔からずっと、そう思ってきた。
「…………」
「ル、ルイ様?? 傍観してないで、早く止めてくださいっ」
ルイが動こうとせず、見ているだけのため、部下は顔を青くさせた。
「ルイ様!! 聞こえてるんでしょう?! いいから早く!」
「なぜ、私がやらないといけないんだ…………?」
部下の催促に、ルイは眉を潜めた。
何か言おうと思ったが、次の瞬間、部下が信じらないものを見るような目である方向を見た。
不思議に思い、ルイもその方向を見る。
「やめなさい! 見苦しい。嫌がる女性に手を出して、貴方は恥ずかしくないのですか?!」
「っ?!」
声が出なかった。
ある一人の少女が、ダクバート公爵を注意したのだ。
ダクバート公爵に面と向かって注意をする人を見たことがなかったものあるが、声が出ない原因となったのは、少女自身に対してだった。
露出が激しく、派手な色のドレスを着る周りの令嬢たちとは全く違い、少女が着るのは肩から腕全体をレースで覆う形の琥珀色のドレス。
そのドレスの上で、夢に見たまでの金色の髪が流れていた。
ただただ少女に見惚れてしまう。
だがそこで、ダクバート公爵が少女に襲いかかろうとしていているのを見て、無意識にルイの身体が動いた。
独占欲からなのか、怒りのようなものも共に感じる。
足を踏み出し、空いた距離を詰めようとしたとき、事態が起きた。
「っ?! な、な、殴っただと? ……フッ……ククク」
ルイが行く前に、少女がダクバート公爵を殴っていた。
思いがけない少女の行動に、ルイは立ち止まって、肩が震えるほど笑ってしまった。
部下もそれには驚いて、口をポカンと開けた。
「ダ、ダクバート公爵を殴った?! って、ルイ様何笑ってるんですか?」
「す、すまない。殴るなんて思ってなかったから、笑えて」
「……不謹慎ですよ」
そう部下に言われるが、しばらくの間笑いが止まらなかった。
(凄いな。こんなに笑えたのは久しぶりだ。私を笑わせるなんて、彼女は天才なのかもしれない)
楽しくて仕方がなかった。
笑いを必死に噛み締めていたとき、ダクバート公爵がまたもや少女に襲いかかろうとしているのが見えた。
指一本触れさせてやるものかと思い、距離を詰め、ルイはダクバート公爵を足蹴りした。
力任せにやれば、周りの人間にも危害を加えると思い、自粛しながらの蹴りだった。
と言っても、とんでもない爆発音がする。
(さて、彼奴らは止められるか……)
この夜会を警備している部下のところに、ダクバート公爵が飛んでいく。
部下は巨体が飛んできて、あたふたしていたが、数人がかりで何とか止めたようだ。
その様子を確認して、ルイはもう一度少女の方を見た。
──美しい。
その言葉でしか言い表せない髪もそうだが、凛として立つ少女自身にルイは見惚れた。
もっと話しかけてみたいと思って、少女に近づくが、隣にいた女が先にお礼を述べてきて邪魔をされたと思った。
「ありがとうございます。もう怖くて、駄目かと思っていたのです」
話しかけてきたのは、ダクバート公爵に捕まっていた女だ。
怖い怖いと言っていながら、媚びるような目で見られ、ルイは嫌悪感を感じた。
「お礼を言うならば、私ではなく彼女に言うべきですよ。彼女の勇敢な行動が無かったら、私が来る前に手遅れになっていたかもしれない」
「そ、それはそうですが、同性だとやはり頼りがいがないと言いますか……」
「…………」
──仮面をしていて良かった。
もし仮面が無かったら、侮蔑こめた目で女を見ていたかもしれない。
(この女は、彼女がいなかったら、助けるつもりがなかった、と言われたら、どうするだろうか?)
もう話したくもなくて、ルイは女から目を離し、少女の方を見た。
「…………」
少女は自分の部下の一人と話していた。
その様子に、ルイは眉を顰めた。
何を話してるの分からなかったが、少女と話す部下を殴りたい気持ちになる。
「あの、貴方様はこれからどうするのですか? もっと話していた……」
「君とは、もう話したくない」
「っ?!」
話しかけてこようとする女に、ルイは八つ当たりするように言った。
女は何を言われたのか分からない感じであった。
呆然とする女を置いて、ルイは少女と部下に近づく。
部下は少女に話しかけられ満更でもない顔をしていたが、機嫌が悪いルイに気がついて固まった。
少女は部下の異変に気付いかないのか、お礼だけ言って立ち去ろうとしていた。
「本当に、ありがとうこざいました。では、わたくしはこれで……」
「あ、待って……」
少女を逃がさまいと、逃げ道を塞ぎ、腕を捕まえる。
少女に不機嫌な思いをさせるだろうが、逃げられないように自分は振る舞おう。
それからというもの、自分はかなり嫌な男になった、と内心笑った。
ダンスを断れないような申し込んだり、腰を強く引き寄せてみたり。
嫌われたんじゃないかと思うほど、色んなことをしてしまった。
しかし、とうの本人は、後悔をするとごろか、少女の反応一つ一つが楽しくて仕方がなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
そして、夜会の最後の最後で、ルイは勝利を悟った。
それは少女が、ある女性を『ミューレお姉様』と呼んだことにある。
ミューレという名は、帝国でもかなり有名な女性の名だ。
彼女は、王国の大将軍の娘の一人で、ギルバート公爵の子息と婚約者の関係にある。
四鬼将の一人であるグリードが狙うのは、ミューレの妹であったはずだ。
今のルイに、仲間のグリードの現状況は分からないが、ミューレをお姉様と呼ぶ人間は限られていた。
(そ、そういうことか……。屋敷で見た女性を公爵令嬢だと思い込んでいたが、本物はこちらか。もし、ここまで計算していたとしたら、やはりギルバート公爵殿は侮れない)
証拠が少なさすぎるが、この少女こそアシリア・キシス・ギルバート公爵令嬢本人だとルイは思った。
(まったく、焦られました。けれど、ギルバート公爵殿、今回は私の勝ちのようです)
先ほど逃げられてしまって悔しさを覚えたが、ルイが今浮かべているのは、歓喜に溢れる笑みだった。




