33、夜会 其の二
夜会二日目──
今日もアシリアは、壁に描かれる花と化していた。
ただ、昨日と違うのは、目の前に状況に、眉が盛大に引きつっていることだろうか……
(なんなのよ! 吸血鬼なのに、ハゲ、デブ、チビじゃない! 紳士なんかじゃないし! 目から邪な気持ちしか感じないんですけどッ!)
アシリアは、嫌がる女性に抱きつこうとしている目の前の男に、怒りを隠せなかった。
周りにいる吸血鬼の男性は、皆紳士な対応をしているのに、その男だけ纏っている雰囲気がねっとりしているのだ。
顔のこともあり、ギルバート家以外に対し、極度の男性嫌いであるアシリア。
いつものなら、見知らぬ男性に近づかれるだけで、鳥肌がたって気持ち悪くなるのだが、目の前の男にはそれを上回る怒りしか湧かなかった。
「ダクバート公爵様、おやめください」
ダクバートと呼ばれた男に構われる女性は、手を使って距離を取ろうとしているが、男は逆に口元をニタァとさせ、より大胆に抱きつきいっていた。
「良いでは無いか〜。君の身体は、なんとも……うひひひぃぃ」
「ほ、本当におやめください、ダクバート公爵様ッ」
女性の身体、主に豊満な胸の谷間を見下ろしながら、ダクバート公爵はだらしなく鼻の下をのばしている。
美男子かやっても気持ち悪いとしか言うようがないのに、この公爵がやると吐き気さえした。
(こ、こんな奴が、お父様と同じ公爵なの?? どうなってんのっ、ヴァシリアン帝国の貴族は?!)
アシリアはゴミを見るような目で、ダクバート公爵を見る。
周りの様子を少しは理解して、女性から離れろと念を送った。
けれどその念も虚しく、ダクバート公爵は、嫌がる女性の腰に手を回したりしている。
実際に自分がされているわけではないが、これにはアシリアも、生理的に鳥肌がたった。
自分と同じ思いを抱いているであろう吸血鬼の紳士方も、品の無い公爵に目を細めている。
しかし、彼らに止める動きはなかった。
(なんで、あの屑の愚行を、同属の貴族は止めないの? このままじゃ……あっ……)
壁の花と化していたアシリアは、思わずハッとした。
パァンっ!
女性が、ダクバート公爵の頰を平手打ちした。
客観的にみれば、一方的に悪いのはダクバート公爵の方で、女性は悪くない。
むしろ、公共の場で愚行をしていたダクバート公爵こそ恥と思うべきだった。
しかし、ダクバート公爵に恥と言う言葉ない。
「叩いたな! 公爵の私に対し、不敬だぞ!」
「わ、わたしは、何度もやめてください、と言ったではありませんか! もう関わらないで下さい!」
女性はダクバート公爵から逃げようとする。
が、ダクバート公爵に腕を掴まれ逃げられない。
アシリアには、不敵な笑みを浮かべるダクバート公爵が、女性が自分に手をあげるよう、わざと仕向けたようにみえた。
「私を叩いたのだから許さないぞ! うひひひぃぃ〜〜。あぁ、そうだ。この罪はその身体で償えっ!」
「い、いやあぁぁッ!」
抵抗する女性を無視し、ダクバート公爵は無理やり引きずって行こうとする。
醜いとはいえ、一応吸血鬼であるためか、ダクバート公爵には力があり、簡単に引っ張っていってしまっている。
(さ、さすがにか弱い女性が、引っ張って行かれるを見たら、男性の中にある正義感も黙っていないでしょう……助けをしてくれるはず……え?)
周りの男性陣に、期待の目を向けるが、その様子に目を細めるだけで、行動を起こそうとしなかった。
(なんで助けようとしないの?! こうなったらわたしがっ! 目立つ行動はするな、と止められていますが、許すまじダクバート!)
同じ女性が危険な状況にあるのだ。
何もしないで、指をくわえて見てるだけなど、アシリアには出来なかった。
人がきを手でかき分けて、ダクバート公爵と女性の元に素早く近づき、アシリアは声を上げた。
「やめなさい! 見苦しい。嫌がる女性に手を出して、貴方は恥ずかしくないのですか?!」
「あぁ?? 煩い女だな。ウヒヒィ、おまえをこの女と同じ目に合わしてやるっ!」
「っ?!」
ダクバート公爵の太い手が、アシリアにも伸びてきた。
もちろんアシリアは、ダクバート公爵ごときに掴まれる気などない。
伸びてきた手を視認し、体を反転させ避ける。
そして、ダクバート公爵の顎の下をグーで思いっきり殴りつけた。
「えいっ!!」
「ぐえッ」
ダクバート公爵が殴られた顎を両手で押さえると、今まで腕を掴まれ逃げれなかった女性は、近くに急いで逃げてきた。
「どなたか分かりませんが、本当にありがとうこざいます……怖くて……怖くて……ゔぅ……」
恐怖からだろう、女性の目からは涙がボロボロ出てきている。
それでもお礼を止めず繰り返す女性を見て、アシリアは本当に助けて良かったと思った。
「お、おまえ……この、公爵たる、俺を殴った、なぁッ……どう、なる、か、分かって、るのかッ!」
手加減なしの力で殴ったので、ダクバート公爵は、かなり痛がっている。
それでもその口元には、気味が悪い笑みが浮かんでいた。
「気持ち悪い……この場における貴方の愚行は、不愉快極まりないですよ?」
「なっ?! ふ、不敬だぞ!!」
お腹に溜まった脂肪をボヨボヨさせ、息を興奮させるダクバート公爵が、同じ貴族として恥ずかしかった。
近づいて来ようするダクバート公爵と距離を取りながら、アシリアは冷淡に告げた。
「近寄らないで下さい。次は、わたしに不貞を働こうというのですか? まぁ、仮にそうだとしても、貴方などがわたしにどうこうするなど出来ないと思います。吸血鬼なのに、女のわたしに殴られたのですから。貴方は誇り高き戦闘種族の吸血鬼とは、どうやら違うようです」
「なにぃぃぃぃー! 私がダクバート公爵だと知っていてそのようなことを言うのかっ!許さん!お前は不敬罪だ!!その罪、身体で償えぇぇぇ!!」
次の標的はお前だとばかりにダクバート公爵はアシリアに襲いかかった。
顔面強打でもしたら、この男も少しは落ち着くだろうと思い、アシリアは身構えた。
(か弱き女性たちの恨み、わたしが晴らします!!)
巨体の懐に入り込んでから、片足を蹴って、ダクバートを転けさせてやると思った。
だがアシリアがそれを実行する前に、目の前の景色が不意に歪んだ。
「ほんと、信じられない男ですね。そんな醜い格好だと、女性に嫌がられると、いつも言ってるでしょうにっ」
男性の声が聞こえたと思ったら、とんでもない爆発音がした。
「な、なにっ?? あ、れ……? ダクバート公爵が、いない?」
アシリアは突然のことに驚いた。
こちらに迫っていたダクバート公爵が消えたのだ。
そしてその代わりに、好意な服に身を包んだ青年がいた。
「恥さらしが……誰が、この夜会に参加していいと言ったんだ……まったく」
銀髪の青年は悪態をついて、軍服に身を包んだ兵に指示を出している。
「ダクバート公爵は別室に連れて行け。このような場に出ること自体、禁じていたのに、破ったんだ。逃げ出さないように縛っても構わない。私が許す」
「はっ」
兵は会釈したあと、仲間のいるところに向かっていた。
それを目線で追うと、飛んできたダクバートを床に押さえつけている兵が数人いた。
蹴ったとき、周りの人に被害が出た様子はないので、ひとまず安心した。
しかし次の瞬間、その青年に声をかけられ、アシリアは驚いた。
「大丈夫ですか? 勇敢なお嬢さん」
「……っ?!」
聞き覚えのある声に口が痙攣しそうになった。
たとえ仮面で顔の上半分を隠していても、この人だけは、絶対に見つけられるという自信がある。
(さ、最悪だ……)
アシリアは、何故か口元に笑みを浮かべる青年──ヴァシリアン帝国現宰相こと、ルイ・フルア・サクシードを見上げ、心の中で絶叫した。




