32、夜会 其の一
仮面の下でアシリアは、自分の置かれた状況に、青ざめていた。
(ひ、ひと、多過ぎじゃない?? あっちにも、こっちにも……。ヒィィイ。もう、帰りたい)
共催の夜会は、ルーツィブルト王国の王城で行われた。
アシリアは今さっき到着したばかりなのだが、会場では既にダンスなどが始まっていた。
参加者全員が仮面付きという、なんとも言えない怪しい雰囲気が漂う中、呆然と佇んでいたら、近くに一人の男性が近づいてきた。
「お嬢さん、私と談笑しませんか? いきなりで申し訳ないですが、佇まいがあまりに綺麗だったので、居ても立っても居られませんでした」
「あ、あはは。う、嬉しいお誘いなのですが、連れを探しているので、お断りさせて下さい」
「えっ、あの、少しだけでもいいので、話しませんか」
「ほ、本当に無理なんです。ではっ」
話しかけてきた男性から、アシリアはそそくさと逃げた。
そして、元の場所からだいぶ離れてから、アシリアはそっとため息をついた。
(お、恐ろしい……。あれで、たいていの女性はおちるのね。でも、わたしは違いますよ! 仮面で顔も見えないくせに、綺麗とか言わないで欲しいわ!!)
先ほどの男性に苛立ちながらも、アシリアは身震いをした。
上辺だけの社交辞令なのか、先ほどから男性にやたらと『綺麗』と言われる。
もちろん父から散々釘を刺されているので真に受けないが、ドキリとするものがあるのだ。
そしてそれが、逆に腹立たしいのでもあった。
(本当のことを知らない美形の男性に言われるのって、不細工のわたしからしたら、なんだが嫌味に聞こえてくるのよね)
周りを観察していて思ったのだが、参加する吸血鬼のほとんどが高い身分の貴族や武人の人だ。
さらに仮面の上からでも分かる美貌のせいか、ルーツィブルト王国のご令嬢たちは、彼らに釘付けになっていた。
純粋に好意を持てる令嬢たちを、これほど羨ましいと感じたことは、今までなかったと思う。
(一人だとやっぱり心細いわね。ほんと、ミューレお姉様はどこに行ったのよ)
先ほどからアシリアは、兄の婚約者のミューレを探していた。
一緒に会場入りしたはずなのに、ミューレはアシリアを置いてどこかに行ってしまったのだ。
(探すためとはいえ、キョロキョロしていると目立つから嫌なのに……)
必死にあたりを探すが、その度に他人と目が合っているため、気が気ではない。
白と金を基調とした仮面で、目元を隠しているが、いつもなら顔全体を隠すウブェールを被っている。
顔半分の仮面ではどうしても心許なかった。
(この仮面、不細工だってバレてないわよね……? ん? あ〜〜〜! ミューレお姉様発見! でも、男性方に囲まれてて、近づけない!)
発見したのはいいが、ミューレの周りには男性の壁が出来ていた。
ミューレは、栗色の髪を高く結び、目立つためにわざと真っ赤なドレスを着ている。
それが扇動とは知らないアシリアは、内心焦った。
(今更思ったのですが、身体の線にそったあのドレスは、大胆すぎなような気が……。お兄様が心配するのでは……)
ミューレを見る男性達の目は、危険な雰囲気が漂っているが、だてにミカエルの婚約者を務めていないミューレは、その艶かしく美しい唇で、
「私には、それは有能で美しい婚約者がいますの。でも、この頃冷たくて。何をしたら婚約者殿は喜ぶのか教えて下さらない?」
と言って、周りにいる男性をおとして行っている。
だがアシリアは、それを演技だとは一切気づいていなかった。
(えぇぇぇ?! お兄様、この頃ミューレお姉様に冷たいの? もしや、喧嘩とかでもしたのかしら?)
あるはずも無いことを考えていた。
他人に一切興味をもたないと噂されるミカエルだが、ミューレだけにはきちんとした愛情を持っていた。
勘が鋭く融通が効くミューレに先に惚れたのはミカエルの方で、婚約を申し込んだのも先だった。
そんな二人には、切っても切れない絆があり、強い信頼によって結ばれていた。
アシリアは最初、利益関係だけで二人は婚約したと思い不安に思っていたが、二人の様子を見て違うと言うことに気づいている。
(まぁ、ぞっこんのお兄様に限って、別れると言うことは、無さそうですが、一応叱らなくては! ミューレお姉様とはいつもラブラブでいて欲しいですからね!)
アシリアは勝手に二人の今の関係を解釈し、要らぬ決心をしていた。
◇ ◆ ◇ ◆
そして夜会一日目も終盤へと向かっていた頃、今まで流れていた演奏が止まった。
参加者たちに動揺がはしるが、ステージに上がる影を見て、感嘆の声が上がった。
何故か感嘆の声が上がるのか不審に思い、アシリアもステージ側を見ると、そこには吸血鬼の青年がいた。
光に輝く銀髪に、仮面の上からでも分かる高い鼻梁に薄く上品な唇。
青年には、纏う雰囲気だけで、人を圧倒する力のようなものがあった。
(どっかで、見たことがあるような気がするわね……)
どこかしらぁ、見たことあるよなぁ、と思いながら見ていると、青年は口を開いた。
「こんばんは。わたしはこの夜会の支配人を務める、ヴァシリアン帝国宰相、ルイ・フルア・サクシードです」
名前を聞いて、アシリアは先日自邸にきた人だと思った。
「ついに出てきたわね。アシリア、あの人にはくれぐれも気をつけてね。かなり危険な人物で、貴方はあの人に狙われているんだから」
いつの間にか隣にいたミューレが小さな声で話しかけてきた。
「え? 狙われてる? 狙われる意味がわからないのですが……」
絶世の美女とかだったら、狙われる意味が分かる。
でも、自分は不細工だ。
美形揃いの吸血鬼なら、女性を選り好みし放題だと思うし、まして不細工な自分をおとしにくる人なんていないと思った。
「ん? もしかして、この夜会を開いた目的を知らないの? この夜会はね……」
ミューレが言葉を続けようとした時、青年もまた話し始めた。
「この場を借りて申しあげます。みなさんご存知かと思われますが、この夜会は、ヴァシリアン帝国とルーブル国の更なる発展のために開いたものです。そして、その発展には、両国の信頼関係を築くことが必要不可欠。よって今回の夜会に出席されたルーブル国のご令嬢方の中から数人ほど、協定の証になってもらいたいと我々は考えています。心配される方も多いと思いますが、待遇も国賓としてですのでご安心下さい。楽しんでいたところをお邪魔してしまい、申し訳ありません。それでは、残り三日の夜会をお楽しみ下さい」
挨拶が終わると、ルイはステージそでまで歩いて、姿を消した。
すると何事も無かったように演奏が始まり、参加者もまた元通りに談笑やダンスを再開したりしていた。
しかしアシリアは、先程のルイの話に驚嘆を隠せなかった。
「協定の証? もしかしてわたしたち貴族令嬢が、生贄になるのですか? でもお父様は、そんなこと仰られてなかった……」
生贄とは、毎年この季節に、血を提供するために捧げられる人のことで、貴族以外の国民から選ばれていた。
ルイは言葉を改め協定の証と言ったが、簡単に言うと、貴族の中から生贄が選ばれるということだった。
「それは、ルシウス様は貴方に話す必要がないと、判断したのかもしれないわ」
「そ、そうですの? でもその話、断れなかったら、元もこうもないんじゃ……」
「いいえ、断れるわ。ルシウス様がその条件をあっち側にのませたから。生贄になる際、本人の同意が無いと駄目なのよ」
「それでは逆に、誰もやりたがらないのではありませんか?」
本人の同意が無いと駄目なんてしていたら、誰一人生贄になんてならないのでは? とアシリアは思った。
「案外そうでもないのよね。さっき言ったように、生贄と言っても待遇は良いし、何より吸血鬼って魅力的じゃない? はっきり言うけど、人間の貴族よりもかっこいいわ。周りを見れば満更でもないでしょう?」
ミューレは周りを見ながら言った。
周りにいる令嬢たちのほとんどが、吸血鬼の男性と楽しく談笑している。
確かにこれなら、断るという方が珍しいのかもしれないと思った。
(むしろその証の争奪戦が起きそうね……なぜそんなに喜ぶのか、わたしにはわからないけど……)
ルイは、王国の数人の令嬢に証になって欲しいと言った。
つまり百人近くいるこの中の候補から、数人にしか証になれないのだろう。
「あとこれは、私の勘なんだけどね。選ばれる数人の令嬢は、国で重役につく貴族の娘か、力のある貴族の娘。そして、その令嬢を確実におとすために、優秀な男性を差し向けてくるはずよ。例えば、あの宰相のようにね……」
確信めいた呟きに、アシリアは鳥肌が立った。
となると、宰相の娘の自分も、彼らの対象に入っているのかもしれない。
今近くにいる男性よりも、より優秀で美形の男性に迫られるのを想像し、アシリアは恐ろしくなった。
(なんだか、こ、怖いですけど、まさか不細工な私をおとしにくる男性なんていませんよね……? 美形で迫られても苛立ちしか感じないから、やめて欲しいわ)
もちろんアシリアの場合、人とは違うところに不安を感じているのであった。




