31、ついに、きてしまった……
暖かな日差しが差し込む中、アシリアは、爽やか……とは真逆の、どんよりした気分を抱えたまま目を覚ました。
昨日の領地から王都までの移動では、すっからかんに忘れていたが、今朝部屋に置かれているドレスをみて、今日が何の日だったか、思い出したのだ。
(あぁ、忌々しい夜会当日だわ……くるな、くるなと思えば思うほど、時間の流れって早く感じるわよね)
しばらくの間、放心状態に陥っていたが、部屋に続々と入ってくる侍女を見て、アシリアははっと我に返った。
こんな朝っぱらから何を? と思うかもしれないが、面倒くさいことに夜会には色々な準備がある。
いつもより着るのに時間がかかるドレスはもちろんのことだが、夜会といえばダンスだ。
領地にこもりっぱなしだったアシリアにとって、ダンスなど何年前かに踊ったよなぁ、という朧げな記憶しかない。
しかし今夜の夜会では、なんとダンスを踊らなければならなかった。
出場する令嬢たちは、皆が皆、踊り慣れているので、ダンスがまともに踊れないアシリアは確実に浮く。
目立たず、ひっそりと夜会を過ごしたいアシリアは、当日はもちろん練習しなければならなかった。
(憂鬱……こんな高いヒールの靴を履いて踊るのも疲れるし、コルセットで苦しくなるのも嫌なのに……。なんで、夜会になんかにでないといけないのよ!)
それで代役を……と考えたが、この屋敷にいる侍女は、絶対に嫌がるだろう。
名を伏せるとは言えど、ギルバート家の名を背負うのだ。
提案してみだが、家名が重すぎるが故に、屋敷にいる若い侍女は、誰もやりたがらなかった。
(まぁ、百歩譲って、動きづらい衣装を着るとするわ。耐えればなんとかなりますから。でも、あの王都の令嬢様方と顔を合わせるのは嫌っ!!)
着ていく衣装も憂鬱な対象だが、アシリアが一番恐れているのは同世代の貴族令嬢たちだ。
夜会とあれば、きっと自分の美しさを前面に出してくるだろう。
輝く宝石で全身を飾り、高圧的な目で見てくる彼女たちが、アシリアは苦手だった。
自分よりみすぼらしい者を、鼻にかけて嘲笑し、酷い言葉を平気で吐く。
そんな経験が、アシリアにはあった。
今回は顔を隠すことになっているが、被害妄想からなのか、自分の不細工さがバレているのでは? と思えてたまらない。
そして、現実を忘れたい一心で、もう一度夢の中にと考えたが、アーニャによってベッドから叩き起こされ、泣き泣きアシリアは、ダンスの練習をしに起きた。
◇ ◆ ◇ ◆
「地獄だ……悪夢だ……」
全身が映る鏡の前に立たされ、アシリアは青ざめていた。
ダンスの猛練習がやっと終わり、部屋に戻ることを許されたが、休憩時間などあたえてもらえなかった。
すぐにドレスを着せられ、化粧を施されてしまった。
「悪魔に見える……あぁ、そうだ。もっと化粧を施さないと……」
「ちょ、お嬢様っ!! 何をなさっているのですか?!」
「何って、自分の顔の原型をとどめないほど塗れば、もっとましな顔になると……」
アシリアは、自分の顔に幻滅していた。
もう顔に膜ができるくらい白粉を塗れば、マシな顔になると思った。
自分の不細工な顔も分からないくらい厚くだ。
「お嬢様は、日焼けを一切しておりませんから、塗る必要などありません!! 塗ったら、真っ白お化けでございますよ! 白粉を塗ればなんとかなると思ったら、大間違いです!!」
「なんとか、ならないの……?!」
侍女の言葉に、鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。。
化粧をすれば、不細工もなんとかなると思っていたが、ならないらしい。
つまり、もうどうしようもないほどアシリアの顔は、不細工だということだ。
その事実に打ちのめされ、アシリアは涙がでてきた。
ほろり、ほろりと頰を涙が伝っていく。
「なーーっ!! お嬢様泣かないでくださいませ!! 目元と頰に施した化粧が落ちますっ!」
「えっ? グズ……ず」
侍女が必死に涙を拭くが、アシリアの涙はなかなか止まらない。
最後には全て落ちてしまって、侍女は手を床についた。
「私の渾身の作が……まぁ、なくても、お嬢様は綺麗だけれど……」
「え? 今何か言った?」
声を聞き取れなくて聞き直すが、侍女は「もう、仮面で隠れるので、化粧は無しでいきましょう。素で行った方が良いですよ」とケロッと返された。
手を施す必要も無いほど不細工ですから構いませんよねお嬢様、と言われたような気がした。
それにまたショックを受け、動きづらそうなドレスを運んできた侍女をみて、さらに気持ちが沈んだ。
◇ ◆ ◇ ◆
「「「わぁ、凄いッ!!」」」
そしてその日の夕方、ギルバート家の侍女たちから感嘆の声が上がった。
目の前にいる主人は、今にも死にそうだが、それさえも憂う儚い美少女の姿に見せてしまう。
「生地の光沢が綺麗ねぇ。お嬢様の金髪と一緒に輝いているわ」
「下手に髪を結ばなくて正解だったね。半分くらい結んで、あとは流す。お嬢様って、髪飾りが要らないわぁ」
「えぇえぇ、真紅のドレスで扇情的に見せるよりも、こう神秘的な感じの方がお似合いよね。あの深青のドレスも良かったですけど、あちらだと、色が暗いですから、髪に合わせた琥珀色が丁度良いですわね〜」
侍女たちが羨望の眼差しを向ける先には、淡い琥珀色のドレスを身に纏い、腰に青のサッシュを巻いている少女がいる。
一級品とも言えるドレスは、それは美しい限りだが、侍女たちが絶賛するのは、その少女の美貌だった。
「あぁ、このまま夜会にお出になられたら、異国の王子様も容易く捕まえてこれるのにっ」
「あら、そんなの駄目よ。むしろ、誘拐されてしまうわ、きっと!!」
「それに、この美貌でつられてしまう殿方はやはり駄目よ。仮面で隠して、お嬢様の心を見ていだかないと。全体像を見てもらえないのは、惜しいですけれど……」
仮面で隠してしまうのは勿体ないと皆んなが思っている中、
当の本人は……
豚に真珠。もう、笑われるしかないよぉ、としか思っていなかった。




