30、吸血鬼宰相の苦難(ルイ視点)
ルイはヴァシリアン帝国皇城の宰相の執務室にいた。
書類に羽根ペンはしらせていたとき、控えていたエヴァンがおもむろに口を開いた。
「ルイ様、本当によろしかったのですか?」
「? 何がだ」
「夜会を開くことです。大ごとにしたくはなかったのでは?」
「フッ、仕方がないだろう。皇帝陛下が決めたことだ。私に出来ることはない」
エヴァンの質問に答えながらも、ルイは書類にサインをしていく。
四日の遅れを取り戻すのに、この一週間、ルイはずっと寝ていなかった。
「僭越ながら、私には他に道があったのではないかと思うのです。わざわざ、あちらの宰相に嫌われるような真似をしなくても良かったのではないかと……」
エヴァンは、どんなときでもルイの意思を組む。
ルイの望みを理解してくれる。
複雑な立場に置かれているルイを心配していることが分かって、強張っていた顔の筋肉が緩まった。
(だがな、エヴァン。私はヴァシリアン帝国の宰相。私心で全て決定するわけにはいかない)
ヨシュアを救ってくれた公爵家に対し、恩を返したいと思っていた。
だが、自分のことを優先するわけにはいかない。
帝国内の動きに、自分がもっと注意を向けていたら、夜会を開くこと以外に別の道もあったんじゃないか、と後悔しているが。
「おまえの言う通りだな。だが、私が止めるには時間が少々遅すぎた。なら、両国に波を立てないように事態をはこぶだけだ」
「し、しかしっ」
納得がいかないとエヴァンは声を上げた。
その声に被せるようにして、ルイは言葉を続けた。
「第一、皇帝陛下はこうなることを予想していた。いや、分かっていた、というべきだな」
「まさか……それなら、なぜルイ様に相談をしなかったのですか?!」
「私自身、高位貴族の中で不満があったのは知っている。結束し始めているのもな。だが、事態を甘く見ていた。
このままいけば、最悪の場合、戦争も起きていただろうよ。また、此度穏便に済ませることが出来たとしても、次はどうなるか分からない。
それを皇帝陛下は知っていたから、私を公爵家に行かせたんだな。ある意味、私は邪魔だからな」
「じゃあ、残りの四鬼将の方は……」
「同意見だな。これで、不満がおさまるなら構わないと」
「そう、ですか……」
「まぁ、気にするな。無駄な戦いが無くなっただけでも、今回は良しとしようじゃないか?」
ルイは書類を整え、椅子をたった。
「ルイ様、どちらに?」
「四鬼将会議に行く。来週の夜会の最終確認だ」
「了解しました。ではこの書類は、私が皇帝陛下に届けてまいります」
「頼む。あと、調べて欲しいことがある。連絡するまで、休んでよいぞ」
「はっ」
そしてルイは執務室を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆
会議を行う部屋に入ると、円卓にある四つの椅子のうち、二つが既に埋まっていた。
黒い軍服を着込む寡黙な男性と、白い軍服を着た青年がニコニコしながら手を振っていた。
「来たか、ルイ」
「やっほー。待ってたよ〜、ルイくん」
「グリード、ノア、久しぶりだな」
話しかけてきた二人に、ルイも軽く挨拶をする。
黒い軍服を着たグリードは、無表情のまま椅子にただ座っていた。
逆に笑みを浮かべるノアは、円卓に並べられているお菓子をどんどん口に入れている。
その様子を見ながら、空いている席にルイが腰をかけると、控えていた使用人が紅茶を淹れてくれた。
香り立ち紅茶を一度口に含んでから、ルイは二人を見た。
「グリード、私がいない間、軍の方の守備はどうだった? 狼男どもと小競り合いとか起きてないだろうな」
「生憎なくて、血に飢えている。部下たちも戦いをしたくて、うずうずしているように感じる」
「そうか。暗部の情報収集は?」
「うーん、八割かた終わった感じ〜〜(モグモグ)。ルイは、お仕事終わったぁ? 宰相って、事務仕事多くて、僕きらーい」
「私の方は、部下がだいぶやっていてくれた。私を通さなくていけない仕事だけだから、徹夜すれば終わるだろうよ」
「徹夜? だから、戻ってからずっと会えなかったんだねぇ〜」
大変だ〜と言いながら、ノアがまたお菓子をついばみ始める。
時々、嫌がるグリードのくちお菓子を当てて喜んでいるが。
(のんびりしているが、二人とも仕事が早いな。夜会の前には、全て終わらせねば……)
紅茶を飲みながら、ルイはそう思った。
ここにいるのは、ヴァシリアン帝国の中でも皇帝の次の位にいる者たちである。
外交と行政を仕切るルイ。
巨大な軍を仕切るグリード。
情報収集から暗殺部隊等の特別組織を仕切るノア。
そして、今ここにはいないが、財政を仕切るサライアス。
高位貴族の中でも、とりわけ優れた力を持ち、重役を承っている吸血鬼は、ヴァシリアン帝国では四鬼将と呼んでいた。
「そういえば、サライアスのやつは、まだ来てないのか?」
「あぁ、あいつなら、王宮に仕える侍女でも口説いてるんじゃないか? 気にしなくてもよいと思う」
「うんうん、サライアスなんて、気にしなくてもいいと思うよ〜」
「そう言うわけにはいかないだろう。さて、待つか」
残りの四鬼将の持つこと十五分。
動く気配すらなかった扉が勢いよく開いた。
「おっと、待たせたな」
姿を見せたのは、派手な衣装を身に纏った男だった。
遅れてきたというのに、魅惑的な笑みを浮かべて、飄々としている。
男に反省するという態度は一切見受けられなかった。
「遅いぞ、サライアス。少しはグリードとノアを見習ったらどうなんだ?」
「うんうん、五分遅刻だね〜」
「規則というものを知らないのか? 軍に入れば鍛え直してやるぞ」
「そんなこと言うなって」
サライアスは空いていた席に座った。
ルイは、サライアスの口に付いた血を見て、目を細めた。
先ほど、グリードが言ったことはどうやら冗談ではなく本当らしかった。
「サライアス、口元の血をどうにかしろ」
「おっ、まじで?」
「これだから。おまえの脳は、女のことと血しか考えてないのか?」
「なに、グリード。嫉妬?」
「あぁん?」
グリードとサライアスが、今にも喧嘩をしだしそうな雰囲気を出し始めた。
いつもならほっとくのだが、これだと話が始まらないので、ルイは咳払いをして二人を止めた。
「二人とも睨み合うな。時間の無駄だ。会議を始めるぞ。それとも、私が止めた方がよいか?」
「やばっ。ほら、二人ともルイが怒るよっ!」
「ちっ」
「はいはい。ったく、ルイは本当に真面目だよなぁ。血を必要以上に取らないから、イライラするんだよ」
「静かにしろ、サライアス。おまえには関係ない」
先ほどから無駄口ばかり叩くサライアスをルイは睨む。
血と女が関わらなければ、サライアスも有能な男なんだが……とルイはため息をついた。
「分かったらから、睨むなよ、ルイ。無駄口は叩かないから」
「そうしてくれ。では、会議を始める。今回の内容は、我が帝国とルーツィブルト王国の両国で開かれる夜会についてだ。ノア、報告を」
「はーい。今回の夜会の目的は、みんなも知ってると思うけど──」
それから、会議は日が沈むまで続いた。




