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29、娘と父の思い


 太陽が真上に上がったころ、アシリアは先週話された父の話を、思い出していた。

(お父様はあの話の後、わたしに何もするな、とだけ言っていたわね。どいうことよ?)

 夜会について詳しくきこうと思ったアシリアだが、ルシウスはあまり話そうとしなかった。

 それでもアシリアは、粘り強く聞こうとしたが、しまいには『心配するな。私には策があるのだ』の一点張りだった。

(何か秘密にしたいことがあって、お父様は話さないつもりでしょうが、気になってしょうがないんですがっ!)

 侍女から聞いた噂によるとは、夜会を開く事がきまったあたりから、父はかなり奮闘していたらしい。

 夜会の参加者全員に、通常の夜会ではあり得ない仮面を装着を言い渡されたのだから。

 仮面付きの夜会と言うことは、本人の顔が見えないことはもちろん、ルールとして名前を尋ねてはいけないことになっている。

 この夜会自体にアシリアを参加させないつもりで奮闘していた父だが、吸血鬼側の宰相(ルイ)がかなりのやり手で、仮面付きまでもっていくのが精一杯だったらしい。

(いま思ったんだけど、仮面付きって、思っ切りわたしのためよね? 複雑な気持ちだけど、妙に嬉しい気もするわ……)

 吸血鬼に対し、圧倒的に不利な状況にありながら、娘のために奮闘した父ルシウスを、理由はどうあれアシリアは尊敬した。

(さておき、明日の夜会には何を着て行こうかしら。クリーム色のドレスにアクアマリン色のサッシュを合わせるか、刺繍の入ったものにするか悩むわね。あと、動きやすさを重視かしら)

 いくら不細工だと言われても、アシリアだって着飾りたい年頃の乙女だ。

 普段着飾って出かける機会が無い分、アシリアは辺りが暗くなって行くのを忘れるほど、長い間明日の夜会の衣装を考え続けた。

 

 

 もちろんそのあと、アシリアの考えた衣装の組み合わせは、侍女たちによって無きものになったが……

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 夜の静寂で重々しい雰囲気が流れる執務室で、己の敗北を悟ったルシウスは大声をあげていた。

「くそっ!! アシリアを夜会に参加させるつもりはなかったのに、あの吸血鬼の若造がっ!」

 ルシウスが、怒りを声にだしているのを忘れるほどキレているのには訳があった。

「あの書簡さえなければ良かったのに……ッ」

 ルシウスに届けられた一通の書簡。

 一週間前までこの屋敷に滞在していたヴァシリアン帝国の宰相から届けられたものだった。

 

『公爵殿、この度の件はわたしの実力不足です。

 どうも我が国の貴族は、同属の誘拐に腹を立てていたようで、私だけの力では、止めることは出来ませんでした。

 皇帝陛下も誘拐に関してはたいそう心を痛めておいでで、夜会を開くことはもはや決定事項。

 ブルートの協定が無くなってしまうよりは、断然よいと思いますので、どうぞこの件を受け入れてください。

 また、来週の夜会で貴方のご息女に会えること楽しみしておりますよ。

 ヴァシリアン帝国宰相 ルイ・フルア・サクシード』

 

 思い出しただけでも怒りが沸き起こる、銀髪の青年の微笑みと声。

 この字面から、アシリアを見てやるという邪な気持ちが見えたような気がした。

 父であるルシウスにしか見えない執着心に似たようなものが……

「楽しみしているだと? ふざけるなっ!! 

 娘の顔を見たら、一瞬で男たちが雄と化するに決まっておるのに、どうして見せねばならないっ!! 

 それだけならまだしも、もしアシリアが、影響されて自分の美貌を武器にする毒婦にでもなったらどうするつもりだぁ!」

 噂では絶世の醜女とされるアシリア。

 事実、アシリアは不細工などではなかった。

 逆に女神と評されてもおかしくないほどの美貌をもつ、絶世の美女だと思う。

 だが、絶世の美女と謳われる女性ほど、男を自分の美貌で堕としていく毒婦が多い。

 そういった女性を数多く見てきたルシウスだからこそ、アシリアには不細工だと教え込んできた。

 清らかで優しい心をもつ、娘であって欲しいという親心がそうさせていた。

 他人に自己満足だと言われても、歴史に名を残すような毒娼になる可能性だけは排除したかった。

「それなのに、あの若造、私の苦悩も知らずのうのうと楽しみだと? 

 ふっ、アシリアには指一本、いや存在すら拝ませてやらんわ! くははははー!」

 ルシウスには最後の切り札があった。

 それは『仮面付きの夜会』にはルールがあるということ。

 一つ、名前を尋ねて本人かどうか確認することが出来ない。

 一つ、仮面を無理矢理外すことは禁忌(タブー)であること。

 この二つのルールさえあれば、顔が公開されておらず、かつ不細工だと噂されるアシリアを特定するのは、不可能だとルシウスは思っていた。

 また、来週開かれる夜会への行き方には、王都の屋敷から、既に監視の目があることを想定している。

 馬車を数台出し、交流のある貴族の家などに寄っていき他の令嬢たちと行くつもりだ。

 全員金髪の令嬢で、アシリアの唯一公開されている金髪を、分からなくする効果がある。

(いくら吸血鬼でも、アシリアだと気づくはずがない! 最初は敗北したが、二度と同じ相手に負けるつもりはないわ!)

「くははははははー!!」

 来週開かれる夜会で、あの若造の顔が悔しさで歪むのを想像しただけで、ルシウスは笑みと声を隠すことが出来ない。

「父上、声が外まで漏れてます。アシリアに聞かれますよ?」

「そうよ、ルシウス。しっかりして頂戴」

 ドアが開く音が聞こえると、執務室にミカエルとシスティーナが入ってきた。

「来週の想像をしていたら、我知らず声が漏れてしまっていた。すまない」

「本当にあの方が嫌いなのですね」

 そう言ってニッコリと笑ったシスティーナと、ルシウスは自然な動作で頰をにキスをし始めた。

「げっ、息子の前でやめてよ。少しは遠慮して?」

「黙れ、ミカエル」

「ミカエル。私とルシウスのことなんだから、貴方が突っ込むことじゃないわ」

 そう言うと、二人はまた自分だけの世界に入ってしまう。

「はぁ〜、これだからオシドリ夫婦はヤダヤダ。あ、そうだ。開かれる夜会なんだけど、予備には予備をで、アシリアの近くにミューレ(婚約者)を置くから。それじゃあ。俺の用はお終い。続きをどうぞー」

「分かった。お前の婚約者なら、アシリアへの壁になる。棒読みはさておいて、ありがとう」

 ルシウスが返事がしたのを聞くと、ミカエルはそさくさと執務室を出て行く。

「ねぇ、本当に大丈夫なの? 私にも何もするなって言ったけど……」

 不安な顔をしたシスティーナが、ルシウスの心を探るように聞いてくる。

「あぁ、大丈夫だ。アシリアは絶対に守る。あの子を悲しませるようなことはしない」

 強く決意を固めた顔をしながら、ルシウスは答えた。

 その決意を聞いたアンナは、貴方がそういうのなら大丈夫ね、とっていって、それ以上深く聞こうとはしなかった。


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