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22、走る公爵令嬢??(ルイ視点)


(ヨシュアは元気にしているだろうかか……)

 ギルバートの面々と対面を終えたルイは、早速甥のヨシュアに会いに行った。

「ヨシュア……?」

 ベッドの中にいるヨシュアに声をかけたが返事はない。

 どうしたものか、と近づいてみれば、ヨシュアから静かな寝息が聞こえた。

「スースー」

「……なんだ、寝ているのか?」

 ルイの入室に気づかないほど、ヨシュアはベッドの中で熟睡していた。

 自分が来たことを言うべきかと悩んでいると、一人の侍女が話しかけてきた。

「あの、ルイ様。ヨシュア様は、今ほど眠られたのでございます。少しでも、寝させてあげてください。恐怖からでしょう、あまり眠っておられなかったのです」

「そうか。邪魔をしたようだ」

 侍女の話しからすると、ヨシュアは今やっと寝たそうだった。

 捕まっていた間に味わった恐怖を何度も思い出して、叫んでいたという。

 まだ幼いヨシュアの顔に浮かぶ涙の跡が痛々しかった。

(思う存分寝させてあげよう)

 ルイはヨシュアをもう暫く寝せておくように部下に命じる。

 ルイ自身は部屋を退出し、自分にあてがわられた客室に戻った。

(さてと、暇な時間ができてしまったな。待っているのももったいないから、昼の予定を早めるか)

 気になるものがあるし、と呟きながら身軽な白のシャツに着替えた。

 そして、部屋の外で待機していた部下の一人を伴って、ルイはギルバート家の屋敷を出た。

 

 

 青空の下、ルイが最初に訪れた場所は大きな門がある屋敷だった。

 何人もの警邏隊によって、屋敷は警護されているが、ルイ達吸血鬼にとっては取るに足らない相手だった。

「ヨシュアが捕まっていた屋敷はここか……」

 警邏隊の見張りにバレないように、貴族の屋敷の塀を軽々と飛び越える。

 塀は身長を遥かにこえているが、吸血鬼の脚力は並大抵ではない。

 地面を軽くければ人の何十倍も跳ぶことができた。

スタッ

 颯爽と塀を飛び越えれば、屋敷の全貌が露わになる。

 貴族が関わっていると先に聞いてはいたが、王国でもかなり上の地位にいる貴族主犯だと思った。

「思った以上にでかいな。エヴァン、この屋敷の持ち主は誰だ」

 飄々とした声の調子で、隣に控える部下にそう尋ねた。

 しかし声の調子とは裏腹に、ルイの瞳は真紅に輝き、黒の瞳孔は縦に長くなっていた。

──怒りは、吸血鬼の力を増幅させる

 ルイは敵の存在を身近に感じ、怒りを感じた。

(外道どもが……)

 人間には感じることが出来ないが、怒りによって吸血鬼の妖力ははね上がり、纏う空気はより冷たく威圧的なものに変化する。

 追随していた部下のエヴァンは、そんなルイを一度流し目で見た後、ため息を吐いて答えた。

「調べによりますと、クラスター侯爵だそうですよ」

 エヴァンはルイ専属のシャドー()である。

 表向きは騎士を務めているが、裏の顔では情報収集から暗殺業に長ける部下だった。

 ルーツィブルト王国側は貴族の関わりを秘匿としているが、エヴァンなら既に知っていた。

「皇帝陛下はこれを」

「まだ報告しておりませんので、耳には入ってないかと。しかし、いずれ申し上げなくてはなりません。それにルイ様であろうと、隠し事をあの方には出来ませんから」

「そうだな。だが、あまり事が大きくならないようにせねば」

 胸の奥ににくすぶる怒りを抑えるためにルイは一度目を瞑った。

 甥が攫われて、黙っているのは辛かった。

 いくら冷酷非道で知られるルイでも、怒りを感じない訳ではなかった。

 むしろ湧かないやつの方が、自分より冷酷非道な心を持っていると思う。

(抑えろ……ここで私が動けば、協定に綻びが生じるに違いない)

 だがこの場合、ルイが怒りに任せて采配を振れば、二国間に亀裂が生じかねなかった。

 そんな葛藤を察したのか、エヴァンはルイを心配していた。

「ルイ様に、この場所はきついのでは? 怒りと宰相としての立場が貴方を苦しませますから」

 最もだ。

 実際に今も苦しんでいる。

 けれどヨシュアが苦しんでいた時にいた場所に、同族が苦しんでいた場所に目を背けてはならないと思った。

「ふっ、そうだな。だが、私はここを見ねばならない。行くぞ」

 心を落ち着かせるように一息吐いて、ルイは重い足を進めた。

 

 

 屋敷の中は、敵の死体こそ転がってはいなかったが、激しい戦闘の爪痕が残っていた。

 そのあとを追うようにして行けば、ある階段の前に着いた。

「……なんだこの跡は」

 ルイは地下室に繋がる階段の前の壁にあった傷を手で辿った。

 長い横線と短い横線を一本の縦線が貫く。

 簡略的なものだが、何かを意味するのではないか? と思った。

 横にいたエヴァンもルイの辿った所を見て首を傾げていた。

「長い線と短い線の真ん中を一本の縦線が貫いていますね。戦い中にできたものではないと思いますが……」

「何かの目印か?」

「そうだとすれば、この屋敷の者がつけるはずはないですね。警邏隊もこんな形状の暗号を使うとは、聞いたことがありません」

「なら、ギルバート家の護衛者と共にいたというもう一人かつけたかもしれないな。自分の仲間に行った先を知らせるために」

 ここまで来て思ったのだが、この屋敷のつくりはまるで迷路のようだった。

 先に行った味方がどこにいるなど、まず行って見なければ分からないだろう。

「私もそう思います。これで知らせたのでしょうね」

「なら、この形状の紋章について調べておけ。正体が分かれば、いずれお礼に赴こう」

「承知しました。ただ、言わせてもらえば、私の知らない紋章があるなど知りませんでした」

 自分の知らない情報などないという誇りが傷つけられ、エヴァンは苦い顔をしていた。

 ルイの質問に確かな答えしか寄越さないエヴァンがする顔に、ルイは失笑した。

 

 

 日が傾け始めた頃、ルイはギルバート家の屋敷に戻って来た。

「そんなに長居したつもりはなかったが、だいぶ日が暮れたな。もうヨシュアは起きているだろうか」

 屋敷の全体を見てきた後、ルイとエヴァンは領民の暮らしを見て歩っていた。

 今日は祭らしく、沢山の人々で街は賑わっていた。

(さすがルーツィブルト王国の要とも言うべき領だ。よく整備されていた)

 ギルバート家の屋敷の廊下を歩きながら、街の様子についてルイはそう思った。

 鉄壁の守りというべき艦隊、質の良い警邏隊や騎士がこの領を守っていて、平和な時間が流れていた。

「ルイ様、エヴァン様、おかえりなさいませ」

 廊下を二人で歩いていると、一人の侍女が話しかけて来た。

「お食事は、あと一時間後に出来ます。ヨシュア様が一緒に食べたがっておりましたので、お部屋にお運びしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。ありがとう」

「では、私ははこれで」

 食事の話をしに来てくれた侍女が、一度礼をして歩いていった。

「珍しいですよね、ここの侍女達は。我々を見ても淡々と仕事しかしません」

「そうだな。ここは、過ごしやすい」

 エヴァンの意見と同じくルイもそう思った。

 吸血鬼の顔は、人間でいう美男にあたることが多い。

 血を吸う際人間を魅了したりするので、できるだけ容姿が良い方が抵抗なく吸えるのが理由だったりする。

 安全に自分の命を繋げていくために、吸血鬼のほとんどの容姿は美麗になる傾向が強くなっているのだと思う。

 まぁ、例外はいるが……

 ルイ達の場合は、おおよそ美男にあたり、行き先行き先で侍女やご令嬢達に執念に付きまとわられたりしていた。

 あれは、はっきり言って疲れる。

 吸血する際はこれ以上にない機会なのだが、それ以外では邪魔だった。

(そういう点で言えばこの家は良いな。だが、容姿による魅了が効かないということは私の力不足だ。少し落ち込む)

 今までとは違う反応を新鮮だと感じたが、何処か心寂しい気もした。

「ルイ様の容姿を見てさえ、あの冷たい態度。この家の侍女には感服ですよ。もっとルイ様の心を折って……な、なんだ??」

 不吉なことばかり言っていたエヴァンが口をポカンと開けていた。

 並大抵のことで驚かないエヴァンが驚愕の表情を浮かべているので、ルイは首を傾げた。

「ん?」

 気になって、ルイもエヴァンが目を向ける先を見ると、ドレスを着た女性が走って来た。

(な、なんだあれ?)

 女性の険しい形相にルイも体が固まった。

 女性の金髪は綺麗に編み込まれており、所々に髪飾りが差してあった。

(貴族か?)

 淡い空色のドレスには光沢があり、高貴な身分の女性が身に付けるものだった。

 だが、走る姿はまるで猪のようで、こちらにどんどん近づいて来るので、違和感しかない。

「ほんとあの方はっ!! あら、お客神様ッ!! ご無礼つかまつりますが、お許しくださいッ!! 今急を要するのですっ!!」

 女性は物凄い勢いで、ルイとエヴァンの横を通り過ぎて行った。

「ほんとうなんだったんだ」

 エヴァンは辛うじて声を出せだが、ルイは言葉を失っていた。

 令嬢が鬼の形相で走っていったのだ。

 初めてみる奇行(きこう)に眉さえ引きつった。

(なんて凄い。流石ギルバート家。斜め予想をいく)

 ついついルイは関心してしまう。

 そんな中、エヴァンが ホゾっ と呟いた。

「あれが、ギルバート(、、、、、)公爵令嬢(、、、、)なんでしょうね。あの服装から見れば間違いないでしょうが。やはり、噂は信じられませんね」

 やれやれと声をだして呆れるエヴァン。

「こ、公爵令嬢だと?」

「ええ、間違いないでしょう。あの服装をできるのは公爵令嬢くらいです。顔は不細工ではありませんでしたが、あの公爵夫妻と比べれば不細工となってしまうのでしょう。憐れですね」

 そして、しみじみとした声でいうエヴァン。

 対してルイは、エヴァンの言葉に含まれる衝撃の事実に、軽く目眩がし、壁に穴寄りかかってしまった。

(あれが、公爵令嬢? そ、そんな)

 あれほど夢見ていた公爵令嬢。

 しかし、その実態は、

──理想とはかけ離れた金髪の少女だったのだから。

 

 

 

※昨日の投稿が出来なかったので、朝に投稿しました。

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