20、屋敷に訪問する者(ルイ視点)
「ルイ様っ!! よ、ヨシュア様が、何者かによって攫われましたッ!!」
「何ッ?! はやく探せっ!!」
事の始まりは、兄の忘れ形見である甥が、数週間前攫われたことだった。
報告を受けてから、一向に捕まらない犯人を、自らも探していたルイ。
そんな彼が、今、いる場所は…………
ギルバート家の屋敷へと通じる道であった。
「ここが、ギルバート領の真の屋敷か。確かにこんなところにあるなんて、誰も思わないだろうな」
揺れる馬車の中で、ルイは深い森の景色を楽しんでいた。
ヨシュアを探し続けて、ルイは色んな領地を巡った。
自身の有能な部下を各地に走らせ、敵が潜伏する場所を襲撃してきたのだが、何も進展がなかった。
ヨシュアの身に危険が迫っていないか、安否も確認出来なくて、眠れない夜を過ごしていた。
それがつい昨日届いた書簡の内容によって、全てが解決することになった。
(ヨシュアはこの先にいる……公爵のところに保護されていたなんて。これを、幸運と取るか、悪運と取るか悩むな)
なんていう運命なのだろうと思ったら、ルイの口の端を自然と弧を描いた。
普段笑わないとされるルイにそうさせてしまう原因の書簡とは、公爵から送られたものだった。
書簡には、『一人の吸血鬼の少年を保護した。他に保護した九人は、警邏隊の預かりどころとなっているが、少年に関しては、申し訳ないが内密にしておきたいため、屋敷で療養させている』と書かれていた。
運良く、ルーツィブルト王国宰相の部下が発見して、ヨシュアを保護したそうだ。
直ぐに返事を返したが、その後ルイは倒れるようにして近くの椅子に座り込んだ。
この数週間ルイの肩に乗っかっていた重りが、すべて落ちたような気がしたのだ。
(随分会っていないが、ヨシュアは今どうしているのだろう)
一度国に戻って皇帝に報告して、迎えに行くというのが常識であったが、甥を心配するルイのことを気遣ってか、『そのまま会って行きなさい。同族を助けてくれた感謝を、我の代わりにしてこい』と密書にて命令された。
仕事の方は気になるものの、部下が頑張ってくれるそうだ。
なら、そのご厚意に甘えようとルイは思った。
(それと、公爵以外のギルバート家の者と会ったことがないから楽しみだ)
ルイにとって、今回の訪問は甥に連れて帰ることだけでなく、公爵とその家族に会うことも目的だった。
ギルバート公爵とは面識があり、侮れない相手と認識しているが、ここまで頭のまわる人間と話すのはルイを楽しませた。
また、ルイたちが必死に探して捕まえられなかった敵を、どのように捕まえたのかも気になった。
「ルイ様。ギルバート公爵家のお屋敷に、到着しました」
馬車が止まり、部下が扉を開ける。
ルイは爽やかな風に黒の外套を翻しながら、地に立った。
(木々の匂いがする。長閑で静かで、いい場所だ。こんな場所なら、ヨシュアの静養にもってこいかもしれないな)
ルイは建物を見上げた。目の前にあるのは立派な屋敷だ。
ただ馬鹿みたいに高い建物を建てる他の領主の屋敷とは違い、三階建てであるが、横に広く作られている。
目立たないように緻密に作られているのだと感心していたら、誰かの視線を感じた。
「…………あそこか」
視線の感じる場所を感覚で探しだす。
屋敷の三階の出窓を見ると、ルイを見ていた目と自分のそれが合ったような気がした。
しかし直ぐに隠れ、見えなくなってしまって、正体がわからなかった。
それなのに、何故か心惹かれて、名残惜しげに見つめていた。
「ルイ様、何かありましたか?」
違和感を抱いたのか、騎士の一人が話しかけてきた。
騎士はルイの見つめる先を追ってみるが何もないので首を傾げていた。
「ああ、今、三階の窓の辺りで何か影が動いたんだ」
「そうなのですか?? すみません、私には気付きませんでした」
「大したことじゃない。気にしなくていい」
役に立てなかったと落ち込む騎士の肩を、ルイはポンポンと叩いた。
他の吸血鬼とはルイは違う。
吸血鬼の世界は、力によって上下関係が決まり、特殊能力を持った高位貴族が上位を占める。
そして、その一人であるルイは、並み高位貴族よりも感知能力が優れ、どんな些細なことにだって気づくことができた。
そもそも、視線を感じて感覚で見つけられるのは、ルイを含めてヴァシリアン帝国に五人しかいないと思う。
(にしても、どうしてこんなに気になる。視線を感じることなんてよくあるのに……)
視線を感じることはよくあり、無視することは多々だが、今感じた視線の主を知りたい。
公爵に聞けば、部屋の配置などからわかるだろうか。
「ルイ様、公爵様がお出迎えに参りました」
気にはなるが、部下に促され、ルイは扉の方に視線を移した。
扉の前には、太陽のように輝く金髪の公爵が、睨むようにこちらを見ていた。
ルイの顔は、冷酷非道な顔をしていると仲間によく言われるが、彼もその類の人間だと思う。
「ルイ殿。遠方よりよくお越しになりました。なにぶん、急でしたので、お出迎えが遅くなったこと申し訳ありません」
公爵の顔には、おまえが早く来たせいでこっちは忙しくて大変だったんだ、とはっきりかいてあって、ルイは内心笑った。
ここで声に出して笑えば失礼にあたるので、嫌味のように邪気のない笑顔を作って挨拶を返した。
「いえ、いきなり訪れた私が悪かったのです。お気になさらずに」
「そう言って頂けるとありがたい。さあ、中にお入り下さい」
ルイに対して、公爵は不機嫌を隠そうとしない。
何度も会って話し合って来たせいか、両者は違った意味の無礼講のような関係になっていた。
「こちらです」
公爵についていくと、ルイが通されたのは応接間だった。
ソファとテーブルが並べられており、そこに座るように言われ、ルイは腰を下ろした。
付き添いできた騎士たちは、違う部屋に通され、この部屋にいるのは二人だけかと思っていたら、扉が開いて一人の女性が入ってきた。
「お初めにかかりますね。この屋敷の女主人システィーナです」
淑女の鑑に相応しい礼をした女性は、公爵夫人だった。
品の良いドレスに身を包んだ夫人は、子供がいるとは思えないほど若く綺麗だと思った。
「これは公爵夫人。私はルイ・フルア・サクシードです。ルイとお呼び下さい」
ルイもその場に立って、胸に手を添え一礼した。
「よろしくお願い致しますわ。さあ、紅茶でも飲んで旅の疲れをお取り下さい」
夫人は侍女を呼ぶとお茶の準備をし始めた。
その様子をルイは公爵に気付かれないように黙って見ていた。
主に、夫人の金髪を……
(噂に聞いていたが、綺麗な金髪だ。でも、金が弱いな。公爵と足して割ったら好みなのだが……)
世間には知られていないことなのだが、ルイは大の金髪好きだった。
それも仲間の吸血鬼はもちろん、皇帝が脱帽するまでに好みがうるさい。
ルイにとっては金髪は、金なら何でも良いというわけではないのだ。
例えば、公爵の金髪は金が強いので惜しく、夫人の髪は白が強すぎてプラチナに近く惜しい。
微妙な色の違いであるが、五感優れたルイにとって見逃せない差であった。
そんな差を気にするせいか、ルイの求める金髪に、彼はいまだあったことがない。
(夫人の金髪は綺麗だけど、これじゃ駄目なんだ。噂を聞いて楽しみにしていたのに無駄足か……)
システィーナは何も悪くないのだが、ルイは内心ガッカリした。
ギルバート領を訪ねる上で、もう一つのルイの楽しみとは、実は夫人の金髪をみることだったのだ。
そんなことでルイが落ち込んでいるなどつゆにも思わず、システィーナはテーブルの上に紅茶が入った茶器を置いた。
「どうぞ。ギルバート家の紅茶は他と違うのでお口に合わなかったら、言って下さいね」
「ありがとうございます。頂きます」
落ち込んでいるのを笑って誤魔化しながら、ルイは差し出された紅茶を口に含んだ。
近づけただけで、紅茶のいい香りがし、口に入れれば、何故か林檎の風味が広がった。
疲れた体に染みる、そんな不思議な紅茶だった。
「林檎ですか? 珍しいですね。それに落ち着きます」
「娘が体の良い茶葉を調合してくれるのです。それに、好みに合うように何種類も作っているのです。ハーブティーとかはどうですか?」
「調合ができる娘さんなんて、すごいですね」
本心からそう思った。
一般の令嬢たちは、料理人や侍女によって作られたものを口にしている。
文句を言って下げさせたりしていたのを、ルイは何度も見たことがあった。
それなのに、自分で作ってしまう令嬢が存在するなんて、ルイを驚かせた。
(これなら、あの噂もあながち本当なのかもしれないな)
ルイは好奇心を顔には出さないようにして、あくまで平然を装って質問をした。
「どんな方なのでしょう。今日は会えないのでしょうか?」
娘に会えるかどうか、夫人に聞いてみると、彼女は困ったような顔した。
「そうね〜……」
「娘は、噂で騒がれている通りです。今日は体調が悪いので、ルイ殿に会わせられないのが残念です」
言葉に詰まる夫人の代わりに公爵がはっきり言い切った。
不機嫌になって答える公爵を見て、ルイはやはりと思った。
公爵は娘の詮索をされるのが嫌いなのだ、と。
前からなのだが、娘の話をしようとすると、公爵はやんわりと話を逸らそうとするし、言葉を濁していた。
当時は、そんなに気にもならなかったルイだが、今になって興味が湧いてしまった。
(気になる。とても不細工だと言われているが、素晴らしい才能を持っているきくし)
ギルバート公爵令嬢の噂は、ヴァシリアン帝国の貴族の間でも有名だ。
一番有名なのは、法律を作ってでも隠しておきたい不細工な顔立ちだということ。
しかしそれとは裏腹に、稀代の才女だという噂も、ルイの耳に薄っすらと入ってきていた。
反応を見てみようと、ルイは嫌がる公爵を無視して、娘が話題の話を続けた。
「そうなのですか? 私は、優れた能力をもつ才女だと、は聞いています。是非会ってみたいと思っているのですが、会えないとは残念です」
不細工だという噂には敢えて触れず、違う噂の方を言うと、公爵は呆気に取られていた。
不細工の方を、誰もが最初は思い浮かべて言葉に詰まるのだろうが、生憎ルイは違う。
「才女とは、棚に上げられたものです」
だが、公爵も宰相だ。「その噂は嘘ですから、信じないでくださいね」と釘をさしながら返した。
涼しい顔であったが、明らかに公爵は焦っているとルイは思った。
「ご謙遜を。一年前、王国で流行った病の薬を発明したのは、貴殿の娘だと聞いていますよ」
「ッ?! どこでそれをっ?!」
「…………風の噂で聞いただけです。あぁ、夫人。これが、ご自慢のハーブティーですか。ありがとうございます」
この噂に関しては、本当に風の噂だったのだが、公爵の反応を見て、ルイは真実だと思った。
(それなら、ますます気になるな。どんな令嬢何だ? だが、焦りは禁物だ。変に警戒されないように、着実に進めよう)
驚きを隠せない公爵とは反対に、冷静なルイは、夫人に新たに淹れてもらったハーブティーに口をつけた。
何かの花の香りがするが、口に広がる味はレモンだ。
今まで味わったことがないが、嫌いではないと思った。むしろ好きな味だった。
「美味しいです。こう言ったものはあまり味わったことがないので」
「そうですか。それは良かったです」
これほど美味しいものを、公爵令嬢が本当に作ったのだろか? と疑うレベルだった。
さらに言うと、一年前の新薬を作ったのも同一人物のはずだが、信じられないの一言に尽きた。
(もし、これが真実なら、是非私の領地にきて欲しいな。まぁ、公爵は許しはしないだろうが……)
公爵の子供に対する庇護欲は尋常でない。
今も空気が熱くなるほど、怒っているのが分かる。
そんな公爵を見ると笑いそうで、肩が震えてきそうになっていたとき、コンコン と扉が叩かれた。
「旦那様。オーウェンがただいま参りました。お通してもよろしいでしょうか」
「…………ああ、構わない」
ルイが原因で苛立ちを隠せないルシウスであるが、夫人に耳元で何か囁かれ、落ち着きを取り戻した。
とは言っても、額にはしる血管の筋は消えていない。
それに笑いそうになりながら、ルイは部屋に入室した男性を見上げた。
※しばらく、主人公以外の視点が続きます!
1/9訂正




