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1、不細工公爵令嬢??

 ルーツィブルト王国には、優れた宰相を排出する家系がある。

 名をギルバート公爵家という。

 並外れた洞察力、頭の回転の速さ、他者に付け入る隙を与えない話術。

 そんな才能や器を、ギルバート家は代々受け継いでいく。

 長い間、宰相の位を独占したきたため、権力の膨張を恐れる貴族ももちろんいた。

 だが彼らは王の忠臣として、純粋なまでに仕え続けてきた。

 どんな功績を収めようと、褒美を受け取ろうとはしないのは、ギルバート家にまつわる有名な話だ。

 過去に、王が無理やり領地を取らせようとすると、その代の公爵は、

『褒美など受け取れません、王様。私たちは当たり前のことをしたまでです。もし褒美を取らせたいと仰せなら、初代から受け継いできた領地で充分でございます。今の地の領主として生きることが我らの最高の褒美となりましょう』

と言ったそうだ。

 誰から見ても分かるほどの忠誠を誓ってきたせいか、王からの信頼もあつい。

 そんなギルバート公爵家の領は、正面に海が、背後には谷がある軍事的にも商業的にも優れた領地である。

 背後の谷は一本橋で王都の道へと繋がり、例えギルバート領が海から攻めてきた他国に落ちても、橋を壊せば王都侵攻を遅らせることができる。

 その逆も然りで、もし王都が陥落しても、避難した王や領民を守ることができた。

 唯一敵から大軍で攻められる海側は、最強海軍の名を馳せる軍隊によって護られ、海の資源を強奪する海賊でさえ手を出さない治安の良い海である。

 今では、王国で五本指に入る豊かな領地であるが、最初はとても深く幅が広い谷があったせいか、誰も欲しがらない地であった。

 そんな中、ギルバート家の先祖はこの立地に目をつけた。

 橋や道路を整備し、物流や治安の維持を最優先に取り組み続け、それでやっと活気あふれる今の都市となったのだ。

 偉大な先祖が書き記した書物の中に、『この地がたとえ滅びても、王国を危険には晒さない。王都が滅びようなら、この地から勝利の旗を、王国の大鷹の旗をあげよ』という名言がある。

 王国にとって重要な領地であるからこそ、他国と外交をしつつも、警戒を怠ることないギルバート領には、工夫がいくつもある。

 その一つが、領主の館が二つあることだった。

 賓客や要人を接待する形だけの領主の館は、領地の中枢都市の真ん中にある。

 そして、ギルバート一家が暮らす領主の館は、中枢都市から少し離れた広大な森の所にひっそりと建てられていた。

 それを知るのは、王の他に限られた人間だけで、仮に他国が領地を攻め、領主の首を取ろうとしても、直ぐに事をはこべないつくりだった。

 それに、大抵のことは偽りの館で間に合ってしまうため、他人が本物の館に訪れることは稀だ。

 人の往来がほとんどなく、うっそうと茂る森に囲まれ、多くの動物が暮らし、平和な時間が絶え間なく流れ続ける。

…………そのはずだったが、突如一人の女性の声が響き渡った。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ああぁ!! ここにおられたのですね、アシリアお嬢さま! 顔を隠さないで、お外で本など読まないでくださいませ! 旦那様に知られたら、怒られてしまいます」

 白と上品な茶を基調とした服を着た一人の侍女が、大きな木の下に向かって、走ってくる。

「まったく! 森におられると、毎回毎回探すのが大変なのですよ? こちらの身にもなってください!!」

 ぎゃーぎゃー言いながら走って、息を乱す侍女の目線の先には、簡素なドレスを着た少女がいる。

 白の強い金色の長い髪が、背中に軽く流れていて、そよ風に気持ち良さそうに揺れていあ。

 本を読むために伏せられる少女の目は、金のまつげに隠れ、半分ほどしか見えないが、サファイアのような瞳がチラチラと見え隠れしていた。

 本を膝に置いていて、面白い内容なのか少女のピンクの唇は弧を描いている。

 その姿は、一人の天使が下界の世界に舞い降り、大樹の下で本を気ままに読んでいるように見えるのだが、本人にはその自覚などなかった。

 アシリア・キシス・ギルバート。

 それが彼女の名だ。

 ギルバート家の二番めの子で、顔にまつわる噂が多い公爵令嬢とはまさに彼女のことであった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

   

(見つかったわね。絶対に見つからないと思っていたけど。もしや、わたしには、発信機なんかがついているのかしら?)

 なんだが不気味だわ、と思いつつも、アシリアは本をめくる手を止めない。

 へぇ〜、こんな植物にも薬草に役立つのね! やっぱり薬草の本って、ほんと面白い、と夢中で本にかじりつく。

 一つのことに熱中すると、周りも見えなくなるのが彼女癖だ。

「あれ? ちょ、無視しないでくださいませ! おーい、おーい」

 侍女がアシリアの目元で手を振る。

 読むのに邪魔で、アシリアは顔を上げて非難の声をあげた。

「アーニャ、手を振らないでください。読めませんわ」

 ムスッとして答えると、侍女は「それは、アシリアお嬢様が無視するからですよ!」と負けず言い返してくる。

 ギルバート公爵家の者と使用人たちには、他の家のような厳しい上下関係はない。

 それゆえか、アシリアの悪いところがあれば、厳しく叱咤してくる。

「無視しているのではないわ。返事を返さなかっただけです」

「また屁理屈を! それより、聞こえているのなら、早く仮面を(、、、)

つけてください《、、、、、、、》!こんな姿みられたら、偶然通りかかった男に襲われてしまいますからね!」

 アーニャが拳を胸の前で握って熱く語る。

「昼前から何を言っているの? わたしは攫われるような美しい女性ではないわ。襲われる心配などありません」

 冷めた目をしながら、アシリアは言う。

 それから、「アーニャ、わたしが襲われる容姿に見えますか? ……ああ、そう言えばアーニャ。そろそろ四十歳よね? 病院で目が正常かどうかみてもらったらどう?」と悪びれなく言ってやった。

 読書を邪魔した意趣返しに言ってみたが、効果は抜群だったようだ。

 アーニャは顔を真っ赤にして、鬼のようになった。

「歳は関係ないです! それにですけどね! アシリアお嬢様は襲われるのに十分なほど美し………っ!」

 何か思い出したのか、アーニャはハッとしたように口を両手で塞いだ。

 アシリアの顔に関する言葉の先を言わなかったのは、続けることが出来ない内容だったのだろう。

 アシリアそう解釈して、アーニャに言葉を紡ぐ。

「ほら、美しくないでしょう? 昔から言われているし、言葉を呑んだのが、なによりの肯定の証ですわ」

 自慢する所がずれているが、アシリアは胸を張って、ドヤァとアーニャを見た。

(そうよ、昔から両親やお兄様に言われるもの。今ごろ不細工だって言われたって、傷つきませんから!)

 散々言われてきたせいか、顔に関することなら耐性がついたと思う。

「キィィッ! 本当の事を言いたいけど、言えないのが悔しい!」

 自慢げに胸を張るアシリアとは反対に、アーニャはハンカチを千切らんとばかりに噛む。

 そんなにハンカチを噛んだら千切れるのでは? とアシリアが少し心配して見ていると、アーニャはハッとして冷静さを取り戻した。

 そして、何かを思い出したようだ。

「危ない危ない。アシリアお嬢様のせいで、重要なの要件を忘れるところでしたわ。まず、アシリアお嬢様のお顔は置いておいて……」

「ちょっと置いておかないでよ。わたしの顔は襲われるのには値しな」

 値しない顔なのだと言おうとしたら、アーニャが顔の前に人差し指をビシッと向けた。

 驚いてアシリアは、喉から言葉が出なかった。

「まだ言うのですね、アシリアお嬢様!! いいですか? 世の中には不細工な女性でも、女なら誰でも良いという輩がいるのです! この前なんて、八十歳のお婆さんに、不貞を働こうとするものがいたと聞きますわ!」

 何を言うのかと思っていたら、衝撃の内容にアシリアは息を呑んでしまった。

「は、八十歳のお婆さんにですか?」

「ええ! だから、アシリアお嬢様のような若い女性なら、たちまち手玉にされてしまいますわ!」

「そ、それは、怖いわね。」

 ヨボヨボのお婆ちゃんに、不貞を働こうなんて、血迷ったなその男、とアシリアは思ってしまった。

「ふん、その様子ならわかっていただけましたね。なら、立ってくださいませ。旦那様が呼んでいるので屋敷に戻りますよ」

「え? お父様が?」

 昨日王都から帰ってきた父は、今ごろ一年に一回開かれる春祝祭の準備で忙しいはずだ。

 そんな父が何故自分を呼んでいるのか分からなくて、アシリアは首を傾げた。

「呑気に考えていないで、ほら早く行きますよ! ……ちなみに、この事は報告させてもらいますからね!!」

「えっ、こ、このこと? 身に覚えがありませんけど……」

「そうですか……まぁ、後で沢山旦那様にしぼられるとよろしいですわ」

 アーニャがニヤリと笑うので、アシリアの背中に寒気が走った。

 この事って何だ? と考えるアシリアは、アーニャに引っ張るように連行されてしまった。

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