18、驚愕の事実と面倒な願い
「ヨシュア・フルア・サクシード──それが少年の名だ」
「……っ?!」
父の言葉に、アシリアはただただ言葉を失った。
吸血鬼として能力が高い少年だとは思ったが、お家がお家なのだ。
(宰相の甥を誘拐するなんて、どうかしてんだじゃないのっ?!)
助けたことに悔いはないが、あまりの大物に、誘拐した敵をアシリアは恨んだ。
「世間に露見していていたら、吸血鬼側から暴動が起きたかもしれませんね……」
「ああ、おまえが察したように、この事件は公事には出来ない。攫われたのが、他国の宰相の甥である上、ルーツィブルト王国の高位貴族が関わっていたからな。協定にひびが入るどころではない」
国を代表する立場にある貴族が関わっていたのだがら、一歩間違えば戦争だった。
「やっぱり、貴族が関わっていたのですね。あの屋敷の規模と護衛ですから、納得です」
ちなみに父から貴族の位は聞いていないが、高位と言うことは、少なくとも伯爵以上だろう。
「本当に馬鹿なことをしてくれたものだ。おかげでこちらが下手に出ないといけなくなった」
今回の事件に関わりはないとはいえ、父は宰相の位にいる。
公事になっていないとはいえ、影では何か支障が出ているのかもしれない。
「もしかして、公にすると脅されているのですか? まぁ、身内ですもんね」
ルーツィブルト王国としては、伏せておきたい問題だが、ヴァシリアン帝国側としては黙っていられないと思う。
宰相の身内であるし、こちらが黙認することに怒るなって言う方に無理がある。
「いや、協定がなくなって、困るのはあちらも同じだ。書簡であちらに連絡をし、今しがた返答がきたが、こちらを脅すような字面はなかった」
「なら、ひとまず安心なのですね」
「それが安心してなどいられないのだ」
「え?」
まだ何か問題があるのだろうか?
全く検討がつかないが、父の表情を見ると先程よりも眉間の皺が深くなった。
「書簡には、ヨシュア殿の容態をみて、移動出来るどうか伺うと記されていた」
「回復が早いですからね。それで何が問題なのですか?」
「大有りだ。明日、宰相本人がギルバート領に来る」
「げっ?! さ、宰相なのに国にいなくて大丈夫なのですか?」
「部下に仕事を任せて来るらしい。あの若僧は、甥を救出した者にじかに会って、感謝を伝えたいそうだ」
「り、律儀ですね」
「こちらにとっては、面倒きわまりない」
「断ったら、不自然ですしね。ちなみに宰相が会いに来るのは、警邏隊の方ではなく、ギルバート家の者と言うことですよね?」
「ああ。盗賊の逮捕は出来なかったが、警邏隊の働きにより現場を押さえ、事件は解決したという流れには賛成のようだ。だから、ギルバート家の者には、内密にお礼を言う機会が欲しいと言うのが彼方の願いだ。断る理由がない」
父の苦労が目に見えてわかり、アシリアは心中で謝罪をしておく。
訪問が内密とはいえ、他国の重要人物だ。
他人事だが、準備とか大変そうだと思った。
(ん? 待てよ。お礼を言いに来るってことは、わたしも会うの??)
ここでアシリアには疑問というか問題が浮上した。
助けた一人の自分も、宰相と会うのかどうか? と言うことだ。
もし会うことになったら、この不細工な顔面を晒さなくてはいけないのではないかと思った。
「あの、宰相が来るのは良いのですが、わたしも会うのですか? 高貴な方と対面するなら、顔を見せないと失礼ですよね??」
それは困るとアシリアは焦った。
会った直後、笑われるか、失神されるかのどちらかの未来しか見えなかった。
「それだが、おまえは会う必要はない。オーウェンと他の二人で会うことになるだろう。娘のおまえを宰相の前に出すと絶対にややこしくなる」
「確かにそうですね」
父の言葉にアシリアは首を縦に振った。
(不細工なんて自分でもわかってる。でもそれを何度も顔や態度に出されたら、悲しくなる)
アシリアは、他国の宰相に自分の顔を見られるのは嫌だった。
と言うより、家族と使用人以外にこの顔を見られるのは、苦痛だった。
「だから、オーウェン。おまえが不服なのは分かっているが、アシリアのためと思うのなら、あちらに真実を悟られるな」
「承知しました」
父の言葉に、オーウェンは胸に手を置き頭を下げた。
「あと、アシリア。明日は用心して、過ごしなさい。宰相はこちらの屋敷に来るだろうから。話は以上だ。部屋に戻って、静養しろ」
「わかりました」
アシリアも軽くうなづき、顔を引き締めた。そしてソファから腰を上げ、執務室を退出した。
「寝よう。オーウェンも下がっていいよ」
部屋に着いてすぐに、アシリアはもう一度をベッドに入った。
頭痛がするので、今は早く寝てしまいたかった。
「はい。しかしその前に、腕の包帯を代えますね。シーツが汚れてしまいますので」
「汚れる? あぁ、血が滲んでるんだね」
棚から包帯を取ってきたオーウェンは、ベッドに浅く沈むアシリアの右腕を取った。
スルスルと包帯を取ると、アシリアの腕には切り傷と吸血鬼の二本の牙の痕があった。
「まだ血が止まりませんね。痛みますか?」
「全然……」
オーウェンが傷薬を腕に塗るのを見ながら、アシリアは首をフルフルと横に振った。
「そうですか。しかし、結構傷が深いので、治るのには時間がかかりそうです。」
切り傷の方は殆ど血が止まっているのだが、深く噛まれた牙の痕からの出血が止まらないらしい。
アシリアの血を吸った少年に、オーウェンはもう少し力加減をしろと文句を言いながら、薬を丁寧に塗っていた。
「吸血鬼の噛み痕は消えると言いますが痛々しいです」
「別に治るんだから気にしない気にしない。あと、ヨシュア君だっけ? あの子だって生きるか死ぬかの瀬戸際で必死だったんだよ。許してあげて」
「そうは言いますが……」
まだ不服そうなオーウェンに、アシリアは笑いを噛み締めた。
とてもアシリアを心配をしてくれるオーウェンの優しさが嬉しかった。
「……包帯を巻きます。痛かったら言ってください」
「はーい」
薬を塗るおわったオーウェンが、包帯を腕に巻き始める。
「そろそろ、いいかな」
包帯を締めすぎると血まで止まってしまうので、丁度良い具合のところでアシリアは声をかけた。
オーウェンはアシリアに言われたところで、包帯を結び終わると、上から傷を撫でた。
その顔が、アシリアの代わりに痛みに耐えているようで、責任感が強すぎだと思った。
「だから、オーウェンがそんなに思い込むことはないよ。これは、ある意味名誉の傷。それよりも、明日頑張ってね」
アシリアは笑って、包帯をしていない方で拳を握って突き出した。
少しでも、オーウェンの暗い気持ちが晴れれば良いと思った。
「そうですね。一人の命を救ったアシリア様の名誉の傷ですね」
「うんうん」
「ありがとうございます。なんだが、気持ちが晴れました。明日は、アシリア様の分まで感謝の言葉を浴びなくては。今の私には、アシリア様のお守りもありますから、無事に役目も果たせそうです」
アシリアの笑顔につられるように、オーウェンが笑った。
一瞬『お守り?』と思ったが、オーウェンが緑の耳飾りを触ったのを見て、何を言いたいのかわかった。
だからアシリアも、似ている青の耳飾りを触わり、さらに笑みを深めた。
※1/6訂正しました。