15、銀と黒の少年
オーウェンと別れてから、アシリアは長い廊下をひたすら走った。
途中敵兵にもあったが、三人よりも多くなかったので、冷静に戦っていれば、自身に危険が迫るということはなかった。
(オーウェンがわたしを一人だけを行かせてくれた理由がわかった気がする)
あの時と違って、敵が圧倒的に少ないのだ。
オーウェンは敵に囲まれておる間、冷静にこちらの方が安全だと判断し、自分たちが敵を片付けている間に、アシリアに捕まっている人の救出を任せたのだろう。
ならオーウェンの期待通りに答えねばと思ったのだが…………
「どこに奴隷の人たちがいるのかわからない……」
だいぶ進んだのだが、奴隷の人がいる場所が分からなかった。
(こうなったら、敵兵を捕まえて場所を聞くしか方法はないよね。答えてくれるか分からないけど、次会った時は、直ぐに気絶させるのではなく場所を聞こう)
そう思って走っていたら、敵兵が丁度よく出てきた。
いきなりの侵入者に驚きを隠せないでいる敵の足を蹴り、転ばして、アシリアは敵の首に剣を突きつける。
「ヒィッ!!」
「奴隷の人たちはどこにいる? 素直に答えろっ!」
「そ、そんなこと言えるわけ、ヒィっ」
答えろ! と言ってみたものの、素直に答えてくれるとは、もちろん思っていない。
なので、首に突きつけていた剣を横に振り、敵の前髪を切ってやる。
そして、また敵の首に剣を突きつけ、血は出ない程度に刃を食い込ませてやった。
「答えろ。次切るのは髪などではない」
父のルシウスを想像しながら、低い声を出して脅してみると、敵は簡単に口をわった。
「ど、奴隷たちは、地下にいる!!」
「嘘をついたらどうなるか分かってるんだろうな?」
「嘘はついてないっ!! お願いだ!! 命だけはっ」
場所は聞けたので、男の顔を蹴って意識を奪う。
自分よりも型が良い男にぶるぶると震えられ、涙目で訴えられるのは、元が女のアシリアにとって正直心にくるものがあった。
素直に口を割ったので、一応嘘か確かめてみたが、あの脅えようは本当だということにしておく。
(あんな人を相手してると、自分がか弱い女なのか分からなくなるのよね。だからわたし、自分よりも弱い男の人とは一生結婚できないわね……はぁ)
ただでさえ、婚約相手がいなくて困っているのに、貴族相手では限りなく不可能になってきている。
はぁー、とため息をつきまくりたくなるが、今は奴隷の人を救う事に集中しようと思った。
(地下よね……外を見た感じなかったから、屋敷の中かな?)
周りを巡回してきた護衛者たちも、何か不審なものがあったなど言っていなかったので、地下室とやらは、建物の中にある階段から行けるのだろう。
見逃さないように廊下を走っていると、案の定下の階に繋がる階段があった。
「にしても、迷路っぽい」
結構歩いていたはずなのに、ここまでくるのに時間がかかっていたので、わざとそういう風に作られているのだろう。
廊下に自分が戦った後がなければオーウェンたちはアシリアを見つけることができないんじゃないかと思った。
「印をつけておくか」
下の階に行ったということをオーウェンたちに知らせておくために、アシリアは壁に剣で跡をつけることにした。
大きい横線と小さな横線の二本を水平に描き、中心を長い縦線で貫くようにして描く。
これは剣を模した記号であり、ギルバート家のシャドーにしか分からない暗号であった。
「こんなものかな? オーウェンたち分かってくれると思うけど」
自分で彫った跡を指でたどってから、アシリアは下の階に繋がる階段を下りた。
コツコツ……
薄暗い地下の廊下にアシリアの靴の音が響いた。
(地下室っていうよりも、牢屋って感じ?)
下の階に下りてみると、上の階の雰囲気とはガラリと変わり、鉄格子が並んでいた。
カビ臭い匂いがするが、気にせず先に進むと鉄格子の中に人がいるのに気付いた。
中にいる人はボロボロの外套を着ていて、体の線がげっそりと痩せいた。
手首に回される手錠のようなものを見るあたり、探している人なのだと思った。
「ねえ、大丈夫?? 起きれる?」
「『だ、誰?』」
声をかけてみると、この大陸で話されるハリク語ではなく、別の大陸で話されるとルラ語で返されて、アシリアは首を傾げた。
もっと話したいと思ったが、その前にこの牢屋からこの人を出してあげようと思った。
「いけるかな?」
牢屋には南京錠がかけられていたが、錆びていたので脆くなっているかもしれない。
試しに剣で叩き切れるかやってみる。
「はぁっ!!」
鍵は持っていなかったので、一か八かだったが、簡単に壊れたのでアシリアはホッとした。
「『驚かせたね。立てる? 手を貸すよ』」
ルラ語で話しかけて、中にいる人に手を差し伸べると、痩せている手をのせられた。
引っ張ってあげると立った反動でフードが取れて、相手の顔が見えた。
「えっ?」
顔を見た時、アシリアは驚きのあまり目を見開いた。
「じゅ、獣人っ?!」
世界には、色んな種族がいると聞いたことがあるが、獣人になる種族に会うのは初めてであった。
もう一度確認するように目の前の人をみると、性別は女性で人間とは変わらないが、頭から猫の耳が生えていた。
(やっぱり、獣人だよね。でも……)
獣人はこの大陸に普通はいない。
獣人はルラ語を話す大陸に住んでいるのだが、ここにいるということは、奴隷として捕まって運ばれて来たのだろう。
「『あの、あなたは?』」
女性が戸惑いの声をあげる。
自分を助けてくれたが、状況を読めず混乱しているという感じだった。
「『ごめんなさい。ビックリさせましたね。わたしは、あなたの敵ではありません。助けに来た者です。貴方以外も捕まっている方がいますよね?』」
「『あ、はい。わたしの他に連れてこられたのは十人程です』」
「『ありがとう。わたしは他の方も助けたいので、少しだけですが、ついて来てもらってもいいですか?』」
この女性をここに一人残すのは危険なので、一緒について来てもらうことにする。
アシリアの言葉に女性がコックリと首を上下に動かしたのを見て、アシリアは牢屋の中から出る。
女性と一緒に牢屋を巡ってみると、他にも捕まっている獣人はいたが、大部分は普通の人間だった。
(早く助けて上の階に行こう)
七人…………五人…………あと、二人…………
その人たちを一人一人救出して、奥に進んで行くと、九人目の少女が牢屋の中にいた。
兎の耳がぺたんとしているので、この子も獣人なのだろう。
まだ、十歳も行っていないのに、奴隷として連れてこられて、可哀想だと思った。
怯えている少女に手を差し伸べ、アシリアはできるだけ優しい声で話しかける。
「『怖かったね。もう大丈夫だから』」
「『た、助けに来てくれたの? ヴッ、ゔあぁんっ!』」
抱きついてきた少女を、アシリア自身も抱きしめてあげる。
抱きしめてあげると、少女の体が見た目以上に小さいと思った。
(なんて、酷いことを。こんな小さい子に………絶対に許せない)
アシリアは胸の中で膨れ上がる感情を感じた。
悲しみ、怒り、後悔……そんな感情が心の中でぐるぐると回った。
(……まだだ。こんなところで立ち止まって言いわけじゃない)
色んな感情に動かされて、泣いてしまいそうになったが、アシリアは歯を食いしばって耐えた。
救出しなければならない人はもう一人いるのだ。
今もなお一人で孤独と戦っている一人が……
溢れそうになる涙を耐えて、アシリアは少女に向き直った。
「『ねぇ、救わなくちゃいけない人がもう一人いるんだ。辛いだろうけど一緒に来れる??』」
「『う、うん』」
まだ怖くて震えている少女が、頑張って笑うのを見てアシリアの胸は苦しくなった。
絶対にこの人たちを救わないいけないと思った。
「『ありがとう。もう少しだけ頑張ってね』」
二人で立ち上がって、奥の部屋に……ひとり残されている人の所にアシリアは足を向けて進めた。
「…………」
静かな廊下にアシリアたちの歩く音が響く。
少女を助けたてから、少しだけ歩いて角を曲がると、暗闇の中に浮かび上がった鉄の扉にアシリアは首を傾げた。
(ちゃんと見てきたから、残りの一人はこの向こうにいるんだよね? でも、なんか頑丈なんだけど……)
今まで見てきた牢屋とは違うので、アシリアは底知れぬ不安を感じた。
(なにを怯えているのよっ!! わたしよりも中にいる人の方が辛い思いをしているのに)
危険な人物がいるかと思って足がすくむ。そんな自分に喝を入れて、扉の前に行った。
頑丈そうだが鍵はないので、先ほどと同様に剣で南京錠を叩ききることにした。
「と、とれた……」
一回ではきれなかった南京錠であるが、三回くらい本気で剣を振り落とすとバキッといって取れた。
「入るよー」
キィー……
扉を押して部屋の中に足を進めると、奴隷の一人と思われる人が倒れていた。
「銀の鎖? どうしてこんなに」
体にぐるぐるとと巻き付けられる銀色の鎖を見て、こんなに弱っている人につける必要があるのかと思った。
「助けに来たんだけど……起きられる??」
「…………」
声をかけてみるが、倒れている人から返事おろか、動きさせしなかった。
恐る恐る近づいてみると、漂ってきた血の匂いにアシリアは眉をひそめた。
「ごめん触るよ」
ボロボロの外套の上から倒れている人の状態を確認しようとアシリアは触れる。
近づいてみて気付いたのだが、倒れている人の体の彼方此方に青あざがあった。
それも何箇所にも広がっっていた。
(奴隷でも、こんなに殴ったりするのはおかしいんだけどなぁ)
ピクリとも動かない人の顔と脈を確認しようと、アシリアは相手のフードを取った。
「男の子?? 髪が不思議だけど……」
倒れている子も先ほどの少女同様に十歳くらいで、目をつぶっているが、髪の短いところから男の子だと思った。
顔には痣などはなかったが、少年の髪が不思議なら色合いをしていた。
根のようは銀色の髪なのだが、毛の先にいくと黒色になっている。
染めいるのかもしれない。
首の方に手を当てて脈を確認すると、本当に弱いが微かに波打っていた。
今すぐに手当てをすれば、命が助かるかどうかだと一人焦っていると、救出した奴隷の一人がボソッと小さく呟いた。
「きゅ、吸血鬼じゃないか? その少年は」
予想外の言葉に、アシリアは固まった。
だが固まっている場合じゃないと直ぐに首を降って、その言葉を呟いた男の人にアシリアは勢いよく振り返った。
※言語の整理です!!
アシリアたちが住む大陸の言語→ハリク語
隣の大陸の言語→ルラ語
話には出ていないが東方の言語→ジパン語