13、救出作戦 其の一
「オーウェン質問です! 敵が仲間と合流する前に、襲撃とかはしないんですか?」
アシリアは、前を進むオーウェンにこそっとそう尋ねる。
追い始めてから結構歩いたと思うのだが、オーウェンはなかなか行動を起こさない。
彼らを早く助けたいと思うせいで体がうずうずしてしまい、アシリアは二人の間に流れる沈黙を破った。
「まだです。他に捕まっている方がいたら面倒です。それに隠れ家などがあるのなら、そこを叩いてしまった方が、私たちにとっても安全です」
「それはどういうことでしょうか? 特に、私たちにとって安全とは??」
アシリアはオーウェンの言葉に首を傾げた。
前者は最もだが、二人にとって安全になるという言葉は引っかかった。
「見てて思ったのです。敵はこのような場面でも焦らず冷静に行動しています。このような仕事を好んでやる手練のはずです」
オーウェンは鋭い視線で前の敵を睨みつける。
「また、どこかに罠があるのわかりません」
「罠の気配とかしないのですか? オーウェンは、そう言うのを探すのが得意ですよね?」
「近くに行けば分かりますが、確信が持てません。それに気付かれて増援をされる方が危ないのです」
「そう…………まあ、無理は禁物ね」
焦りは禁物。
そう思うものの、気持ちがはやまってしまうので、冷静なオーウェンがいてよかったと思った。
「船が船舶する港に近づいていますね。まだ明るいうちは目立つので、船に乗らないとおもいますが」
オーウェンに言われて、潮の匂いがするのを感じた。
「移動は船で間違いないですね。検査が必ずありますから、もしかしたら出港する前に見つかるかもしれませんね」
ギルバート領を出る船には、必ず荷物検査というものがある。
日夜に関わらず警邏隊によって行われ、危険物などがないか調べるのだ。
自分たちが制裁を下す前に、警邏隊によって敵が捕まるかな? とアシリアは思った。
しかし、オーウェンの目は未だに険しかった。
「検査があれば……なのですがね……」
「どういう意味よ??」
含みをもたせたオーウェンの言い方にアシリアは目を細めた。
ギルバート領の警邏隊がサボっているとでも言いたいのだろうか。
「警邏隊のせいではありません。何者かが背後で手を引いていたら、この売買自体が闇に葬られるかもしれない、ということです。そうですね……警邏隊が手を出せない相手とか」
「それって、貴族が関わっているって言いたいの? でも、そんなこと……」
「あり得ないとは言い切れません。貴族の中には奴隷貿易を推奨している方もいると聞きます。そのよう方がいると、こう言った事件は非常に陰険になりますから」
「そんなっ…………」
ルーツィブルト王国に奴隷貿易に関する罰則はない。
あくまで個人である。
奴隷貿易に賛成という古貴族と、治安に悪いという新貴族が争っているため、なかなか奴隷貿易は無くならないのだ。
「あと、その可能性が高いと言ってもいいのですよね。奴隷貿易がし辛いギルバート領に来るような輩ですし」
「そうですか……しかし、貴族であろうと、このギルバート領で奴隷売買など許しません」
アシリアは見えない敵がいることを認識し、そして怒りを覚えた。
「……怒っていますか?」
「少し。敵と戦ったら、手加減出来ないかもしれません」
オーウェンの問いにアシリアは淡々と答える。
野蛮な男共が、奴隷を引っ張る際に鳴る鎖の音が耳に入るたびに、今すぐ殴り込みに行きたくなるのを必死に抑えているのだ。
怒りが爆発したら、手加減できないと思った。
「今から言っておきます。無理はしないでください。旦那様に文句を言われるのは私ですので」
「善処します」
オーウェンの後をついて行きながら、アシリア膨れ上がる怒りを抑えることに集中した。
◇ ◆ ◇ ◆
「どうやらついたようですね。しかしあれは……」
「…………っ!?」
前を歩くオーウェンの言葉を聞いて、アシリアも前の敵の隠れ家とやらを確認をした。
オーウェンが珍しく言葉に詰まらせているのを疑問に思ったが、アシリア自身もオーウェンの目の先あるのものを見て眉をひそめた。
「そうですか……まあ、これで決定ですね。敵の背後で胡座をかいているのは貴族です…………お父様の仕事は結局増えてますね」
事後処理に追われる父のルシウスの姿を連想し、アシリアは場違いにも苦笑してしまった。
しかし、アシリアの怒りは冷めるどころかどんどん膨れ上がって行った。
(恥知らずな貴族には制裁を)
敵がぞろぞろと入っていく場所は、とある貴族が所有する屋敷だった。
領地の状況はあまり詳しく知らないので、どこの貴族なのかはわからないが絶対に高位の貴族だ。
ギルバート領の屋敷ほどでないにしろ、商人が持っている屋敷の大きさの規模ではなかった。
(敵はすんなりと入っているから、この屋敷の所有者とは仲間よね)
敵の侵入を防ぐ門に、先程から周りを巡回する兵士たち。
尾けられていないか確認しているが、オーウェンの隠れる位置が良いのか、発見されなかった。
しかし、人が多く警護が厚そうで、正直面倒そうだと思った。
「ええ、結局旦那様に迷惑をかけてしまいますね」
オーウェンが悔しそうに告げる。
このような状況でも、オーウェンは父のことばかり気にする。
どんだけ熱い忠誠を誓っているのだ、と突っ込みたくなった。
「オーウェン。で、これからはどうするの? 警邏隊なんか呼んでいたら時間がかかるわよ」
警邏隊を無能だと言う気はないが、相手は貴族。
身分の差には深い溝があるのだ。
証拠はありませんが、奴隷貿易に加担している疑いがあるので屋敷の中を見せてください、で済む問題ではない。
「警邏隊での事件の収拾には時間がかかりますね。その間に敵には逃げられてしまうでしょう。さて、どうしましょうね」
オーウェンが一番効率の良い方法を考えるために黙った。
しばらくの間、オーウェンのことを伺っていたアシリアであったが、背後で動く気配に偶然気付いてしまった。
一瞬敵かと思ったが、森で一日中採取し続ける日常生活に、よく感じる気配であった。
「…………オーウェン。つかぬことをお聞きしますが、家出したわたしの護衛は何人いるのですか?」
「…………」
オーウェンが、ハッとしたようにこちらを見た。
静かになった今だからこそ、気配に気付いたが、今までオーウェン以外に護衛がいることに気付かなかった。
優秀なのだが、オーウェンよりも経験が浅いせいかアシリアは気付いてしまった。
なんたって、アシリアは森の中で護衛を撒いて遊んでいるのだから、気配には敏感だった。
「そういえばそうでした。私もすっかり忘れてました。にしても、アシリア様は気付いたのですか?」
「偶然ですが。それで何人ですか?」
「はぁ、忘れていたのは自分はですが、彼奴らも、もう少し警戒をしなくてはいけないといけませんね」
オーウェンが、首にかけていた特別な笛を鳴らした。
音は鳴らないのだが、対の笛からは共鳴して音がなるようなっている。
合図をしたので、アシリアは気配がしていた暗闇をジッと見ていたら、二人ほどの影が浮かんだ。
「オーウェンさん、あの……合図が……」
「お、怒ってますか?」
黒ずくめの若い男性二人が、ビクビクしながら近づいてきた。
「おまえらは阿保か? アシリア様が気付いていたぞ。主人にも気付かれて、護衛が務まるのか?」
「それは……」
オーウェンから厳しい声をかけられ、青ざめる二人であるが、アシリアとしては助かったと思った。
「わたしは助かりましたよ。それよりいつからわたしの護衛を? 気配がしなければ気付きませんでした」
「オ、オーウェンさんが、着替えのついでで戻った時に、言われて、最初からずっと見ていました」
「なるほど。最初からで、わたしが気付かないのなら優秀じゃありませんか? オーウェン」
「最後まで気付かれないのが、今回の彼らの任務でした」
「そうですが、今はそれどころではありません。人手が多い方が良いでしょう」
「? ちょ、もしやっ?!」
アシリアが不敵な笑みを浮かべたので、オーウェンは狼狽えた。
きっとアシリアの狙いが分かったのだろう。
また、オーウェンの狼狽えように、若い護衛も何か察したようだ。話が早くて助かる。
「そのもしやです。あそこに、乗り込みます。四人もいれば十分です。オーウェンは他に策がないか考えてますが、それしかないのではありませんか?」
「アシリア様っ?! しかし、我らが仲間を呼べば、アシリア様本人が行かなくてすみます」
「さて、それはどうでしょう。時間は一刻を有します。どこかに抜け道があるか分かりません。逃げる前にやるのが最適では? それに、なによりわたしの怒りが冷めません」
アシリアの目はかなり冷めていた。
フードで隠れているため、オーウェン達には確認は出来なかったが、彼らは寒気を感じていた。
「アシリア様が一番燃えてらっしゃいますよね」
若手の護衛の一人がボソッと呟いた。
この中で一番怒っているのは確かに自分だと自覚はあるが、もう止めるつもりはなかった。
「ええ、オーウェン達が止めてもわたしは行きますから。それに少ない方が敵も油断しそうですしね」
「アシリア様っ?!」
「「っ?!」」
オーウェンの制止を無視して、アシリアはフードを脱いだ。
若手の護衛が息を呑む声が聞こえるが、この際それも無視だ。
戦っている途中、音が聞こえなかったらするのでフードは邪魔だった。
しかし、これで顔が見えしまい、隠さず戦うのには流石に問題があった。
なので、アシリアは若手の護衛二人に片方の手を出した。
「仮面を下さい。わたしのものを、どうせ持ってきているのでしょう? 無いのならあなた方のを貸して下さい」
あまり社交界に出ないアシリアであったが、今後顔の事で支障が出るのは避けねばならない。
不細工であるが故に、アシリアの見た目の印象は人一倍のはずだ。一度見たら忘れないだろう。
(家の使用人のほとんどが、わたしの仮面を持っているよね〜。何故だが、理由は知りたくないけど)
仮面を持たず家出したアシリアのために、オーウェンは若手の護衛にそのことを話している……と言うのがアシリアの見解だった。
持ってきていないのなら、ギルバート家の護衛者が普段つけている仮面を貰えば良いのだけど、自分のが一番馴染む。
「アシリア様専用があります。どうぞ」
「ありがとう」
震える若手の護衛者の手から、アシリア専用の白の仮面が渡された。
白と言っても金の線が入っていて、所々装飾も施されている仮面は、アシリアの顔によく馴染んだ。
「おい、おまえらっ!? しっかりしろ」
「はっ! すみません、オーウェンさん。どうも天使が見えてしまって……」
「僕もです。天国かと思ってました」
「おまえら……」
仮面をつけている間、放心状態の若手の護衛者の頭をオーウェンが何度も叩いている。
どうしたのだろうか。
「どうし…………」
「あれは、かなりやばいです。破壊力が……」
「オーウェンさん、慣れてるんですね……僕はもう天国に行ってきます」
「おいっ! それでも護衛者かっ?! 誇りはないのかっ!!」
声をかけようとしたが、意味不明なことを話しあっている三人が変だったので、アシリアは声をかけなかった。
若手の護衛者1:(……天使の顔が見えた……アシリア様の顔って、天使なんだ……アハハハーー)
若手の護衛者2:(ここはどこ……天国にいるのかな……死にたくないけど、こんな天使様がいるなら下界なんて行かなくていいや……アハハハーー)
オーウェン:(アシリア様の軽はずみな行動が…………この新人二人が直ぐにこちらに戻ってこれるのか心配だ。私だって一ヶ月かかったのを……アハハハーー)




