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9、塩の物価を下げましょう!其の二

 もちろん知ってるよね?  という感じで話すアシリアとは反対に、料理人は断固として首を縦に振らなかった。

「いやいやいや、待て待て待てっ! 異国の本を翻訳して読んだって言ってんけど、そんな難しいこと出来るのは、王都の学者(、、、、、)とかぐらいだろ?? なんでおまえみたいな年若いやつに出来るんだよっ!」

「え?? 難しいって、翻訳はそんなに難しくはないよ。確かに、東方の言葉だったから、分かりづらい言葉もあったけど、語学で習った知識を応用させれば簡単に出来ると思う」

 なんでそんなに驚く必要が? と思いながら、アシリアはもう一度注文したスープを飲み干した。

 父のルシウスから昔、世界には大きく分けて五つの言語があるという話を聞かされたことがある。

 有名なのは、この大陸で話されている『ハリク語』と、海を越えた大陸にある『ルラ語』だろう。

 地方によって言葉が少し変わっていたりするが、大抵は伝わるはずだ。

 そして、世界にはこの二つの言語以外にまだ三つある。

 その一つが、遠くの地にある東国で話される『ジパン語』と呼ばれるもので、塩の製造はこの国の文化らしい。

 東国の地もギルバート領同様、岩塩が取れない地であったらしく、さらに他国との貿易が盛んではなかったので、海水から塩を作る技術が発展したそうだ。

 薬草の保存方法を模索していたとき、偶然出てきてので読んでみたら、案外難しくなさそうだな、と思った記憶がある。

「だいたい、オーウェンも翻訳くらい出来るでしょう?? 難しくないよね」

 同意を求めてオーウェンに聞いてみると、アシリアの期待とは反対に首を横に振った。

「私には、出来ませんよ」

「は?」

「出来る方が珍しいです」

「そうだそうだ、これが普通の反応だぜ」

 翻訳こどきで、皆が皆が驚愕の声を出しているが、この事実の方がアシリアには驚愕だった。

「翻訳なんて、本を読むのと同じでしょ?!」

「ギル、それは全然違いますよ」

「えっ、なんで?」

「なんでって、言葉が分からないんですから。それに使い分けるのも、一般人なら普通出来ません」

「い、一般人……?」

「俺もその意見に同感だ。何ヶ国語もペラペラ話せる方が、変人(、、)だよな。ガハハハーっ!」

「ええ、二ヶ国語ならまだマシも、複数話してたらそれこそ変人(、、)ですね」

「へ、変人……?」

 本を読む感覚で訳して読んでいたので、アシリアには難しいという周りの言葉が理解出来なかった。

 ただ、言えることは一つ。

 皆からすれば、アシリアは変人(、、)の類に属するらしい。

(わ、わたし変人なのっ?! ジパン語だけしか話せないってオーウェンとかは思ってるけど、本当は五つの言語全部話せるんだけどっ!! 嫌だ! 変人になりたくない!!  黙っておこう)

 この事実は、一生胸に留めておこうとアシリアは思った。

 そうすれば、変人扱いにはならないはずた。

「まあ、そんな変人そこら辺にはいねえよ。いるのは王都とかだろうよ。それより、さっきの塩づくりの話を……おいっ」

「わたしは変人じゃない、変人じゃない……ん? どうしたのおじさん」

「いや、おまえ。体が震えてんぞ。大丈夫か?」

「ハハハー、ワタシハダイジョウブ」

「お、おう。大丈夫に見えねぇが、まあいいか。それより、さっきの塩づくり話を詳しく聞かせてくれ」

「ああ、それなら……」

「ちょっと待ったぁぁーーッ!!」

 いきなりの大声に、アシリアの口はポカンと開いた。

 どんな事態が起きても、微笑を浮かべて対応しなければならない令嬢として、有るまじき失態だ。

 そして、フードで隠れているはずなのに、なぜがそれに気付いたオーウェンが、つかさず「口を閉じてください」と指摘してきたので、ハッとなって口を閉じた。

(オーウェンって、ものを透かして見る特技でも持ってんの?? 怖い特技ね。…………それよりも、いきなり話しかけてきたこの人は、誰?)

 オーウェンも怪しいと判断したのか、いきなり話しかけてきた男を押さえる。

 オーウェンの固め技なら、大抵の男なら叶わないだろう。

 その隙にアシリアは、押さえられている男を警戒しながらチラチラと見た。

(貴族って感じはしないけど、いいとこのお坊っちゃんって感じ?)

 こげ茶の短髪で、武闘派っていうより頭脳派っぽい男は、アシリアと同じくらいの歳の若さに見えた。

「イダダダーーっ! ちょっと折れるって!! つーか、いきなり固め技って君おかしいよ!!」

「おかしいのは貴方です。いきなり話しかけてくるなんて、怪しすぎます。名を名乗りなさい」

 押さえられている腕が痛いのか、男は呻き声を上げている。

 涙目になっていたので、オーウェンに少し緩めるように言おうと口を開きかけたとき、男が名乗った名に、アシリアの言葉は止まった。

「僕は、ジュジラー・ウィルターナ(、、、、、、)だっ!! ウィルターナ商会の跡取り(、、、)だ!!」

「ウィ、ウィルターナ商会??」

 男の言葉をオーウェンはまるっきり信じておらず、アシリアも首を傾げだ。

 ウィルターナ……──それは、どっかで聞いたことがある名だった。

「はぁ?  何を馬鹿なこと言ってるんですか?  ウィルターナ商会と言ったら、ギルバート領でもトップ商会ですよ。そんなとこの跡取りが、こんなとこにいるわけないでしょう」

「なっ?! この人、信じてないよ!!」

 初めはピンと来なかったアシリアだが、そう言えば、父の友達にウィルターナという姓を持つ男性がいたような気がした。

 学校に通ってた若い頃、父の秀才ぶりに惚れた人間の一人で、ギルバート領の物価の安定や、領民の生活基準を上げるために尽力しているそうだ。

 人脈もあり、公明正大な人間であるせいか、父からの信頼も厚く、今では結構の仕事をたのんでいると聞いた。

 と言ってもウィルターナという人物は、それを独占するわけではなく、仕事を振りわけ効率的に市場の物流を回している。

 まぁ確かに、そんな大物の息子の名前を突然言われて、何も証拠がない中、信じる方がおかしいと思う。

 なので、アシリアもウンウンとうなづいてたら、筋肉の料理人が笑いながら声をかけてきた。

「お? 誰かと思ったらジュジラーじゃねぇか? 何押さえられてんだよ。ガハハハーー」

「笑ってないで、助けてください〜。この人、馬鹿力で動けないんですよぉ。細身なのに、岩みたいでっ……イ、イデデッ!」

 オーウェンが腕に力を入れたようだ。

 このままにさせていたら、途中でボキッ!  なんて音が聞こえてきそうだった。

「兄さん見かけによらず腕っ節が強そうだもんな〜。だから俺は手出しなんてしねぇよ。怪我したくないからな」

「ひ、ひどっ!」

 男は首をガックリと落とした。抵抗する気力もなくなったようだ。

「あなたは、この男とお知り合いなんですか?」

「おうよ。こいつは、これでもウィルターナ商会の跡取りでよ〜、ここ最近上がる塩の価格を下げようと動いてるいい奴なんだよ」

「えっ、本当に跡取りなんですか??」

「そうだ。信じられねぇだろうが、俺が保証する。こいつはジュジラー・ウィルターナであってるよ」

 料理人の話を聞いたオーウェンは、ジュジラーなる男の上から体を退けた。

 それでも警戒を全て解くわけではない。

 変な動きを見せたらいつでも拘束できる万全な戦闘態勢である。

「ひぃー、やっと退いてくれた。ああ、強そうな君なら、僕の護衛者として雇いたい気分だよ、どうやらない?」

「断固してお断りします」

「即答。命には変えられないから、お金なら沢山出すよ?」

「金に吊られる輩と一緒にしないでください」

「うわー、生粋の人だ。君みたいな人は絶対に裏切らないから、欲しいんだけどなぁ。だめ?」

「拒否します」

 ジュジラーの誘いにオーウェンは間を空けず拒否し続ける。

 しかしジュジラーも諦めてないのか、誘惑しようとするが、オーウェンは一切なびかなかった。

「試しにでもいいからさ」

「やりません。なにより、私には今ギルがいますのでお断りです」

「…………そうね、試しにやってみれば?  オーウェン」

「なっ、ギル!?  なんで貴方がそれを言うんですか?!  絶対に嫌ですからっ! 」

 焦っている様子が面白くなったアシリアが冗談を言えば、相当嫌なのか、「主人(ルシウス様)の許可が無いのなら私も一筋縄でやめませんから!」とオーウェンは言い切った。

 オーウェンはもともとも父が雇っている人なので、アシリアは「そっか〜っ」とだけ、意味あるげに答えておいた。

「んー、オーウェンさんって言うんだね。気が変わったら、いつでも連絡くれないかな〜」

 ジュジラーは何が書かれた紙切れのようなものをオーウェンに渡した。

 彼の連絡先とかが書かれているのだろう。

 ジュジラーが目をそらした瞬間、オーウェンが即刻破り捨てていたが……

 いつものオーウェンっぽくなくて思わず苦笑していたら、ジュジラーがアシリアの肩をいきなり掴んできて、予想外過ぎてビックリした。

「っ?!」

「で、ギル君!!  さっきの話をもっと詳しく教えッ、うわッ!?」

 案の定、オーウェンがジュジラーを押さえ込んで顔を見られることはなかった。

 本当に素晴らしいですオーウェン。感服です。

「もうっ、さっきから邪魔ばかりしてっ!! 」

「貴方が、ギルに触るからです」

「あのさ、別に敵意とか無いんだからよくない?! 」

「許しません。誰であろうと」

「あーーもう、僕やっぱりオーウェンさんいらない!!  こんなことされてたら仕事に支障がでるよ!  さっきの紙返して!!」

「……あれは……既に紙くずです」

「は?  破ったの!!  ひ、ひどっ!」

「あなたの感情など知りません」

「くそ〜、腕は確かなのに……頑固な人は嫌われるよ?  ねえ、ギル君(、、、)もそう思うでしょ」

「う、うん…………ギルってわたしのことか」

「き、嫌われる……」

 衝撃だったのか、オーウェンは押さえていた力が緩んだようだった。

 その隙にジュジラーは下から出てきて、服についた埃など落とした。

 次アシリアにさわれば、また押さえられることを学んだのか、ジュジラーはオーウェンが座っていた前の席に身を落ち着かせた。

「それで、ギル君。君の話、ぜひ聞かせて欲しい。君の力がこの領を救うはずだ」

「えーと……はい」

 面倒くさそうな男に捕まってしまったと、アシリアは思った。

 ジュジラーのおちゃらけていた雰囲気はガラリと変わり、商人特有の貪欲な瞳をした男が、そこにはいた。


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