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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オブジェ

作者: TERU

髪の毛は赤茶け少し白髪まじりの風体の男がそこにたっていた。


どこか懐かしい。だが何か違っていた。


その男のそれは生気のぬけたまるで別世界の住人で、精密に描かれた人物画の様に


ただそこに立っている。


香りもしない虚像のような男の口元が歪み、何か呪文のように囁きはじめる。


私にはまだ何が起きているのかさえわかっていない。


脳内に響くかのような囁き声に翻弄されている。


頭を銃でぶち抜かれたような、吐き気を催すほどの脳しょうが飛びちり陰惨とした風景が浮かんでくる。


何かが去って行く。霧が払われ消えていくかのように。


あたりはひっそりと静まり返っている。


秒針がいつもより早く時を刻む。


少し。ほんのわずか、かすかに。心臓の鼓動は、力強く脈を打っている。


上気した頬はすっかり赤く染まっている。


自分ではないただその外見だけを模倣した肉の塊の人形がそこにある。


決して、私ではないただの器としての自分がそこに佇んでいる。


これ以上生きる意味を持たない肉の塊。


異様に自壊行動に走ろうとする衝動に駆られている。


寂しいのではない。


苦しいのでもない。


空虚でもなく、自我すら捨て去ったそれを軽蔑のまなざしで眺めている自分がいるのだ。


これなら躊躇なく捨てれそうだ。


何もかも捨て去ったそれは。


何をもむさぼりしゃぶり尽くす。


何かに立ち向かい、何かを喪失する。


得た物を手放しさらなる高みへと上るそれは。


正しいものであるとも限らない。


心地良い寝息とともに一定のリズムが聞こえてくる。


スピーカーに耳を傾ける。


足踏みの音がこだましはじめる。


ひどく統率され、精確な刻みでブーツのかかとが地面に打ちつけられている。


片方のスティックが何かで削れかじられたようなスネアの音だけが聞こえてくる。


ぶつかりひどく火花を散らしている。


散らしているというより、花火のようにそのものが目的かのように燃焼している。


視覚的には鮮やかなのだが、それ以上感ずるものがない。


まるでサイレント映画をみている感じが私の感想である。


近づき離れ、揺らぎ、存在を主張し波紋のように繰り返しながら消えて行く。


外界から隔絶された少女のようなその存在は、いまだ人ではない。


交わした言葉があるわけでもないのだが、役割というべき行動すら衝動でかき消され


荒廃した植物に覆われたビルのような、それでいて、何かを探し、求め、喰らい蝕み


澱み殺すというようなていを想起させる。


鍵盤を叩きはじく音が聞こえてくる。


ガシャンとシャッターを下ろされ、途方もない時間をその前で過ごしながら。


盲目の道化が踊っている。


小さな道化が踊っている。


少し外れた音で小さな楽器隊が目の前を行進してゆく。


音に当てられ、悪寒が走る。


どこからか見られている感覚。


現実と切り離された喪失感というよりその場にいない自分をどこかで認識する。


そして、何とも言えない孤独と吐き気を催す。


かなりの圧迫感の後、0時の鐘が鳴る。


この家に来る前から置いてあった柱時計。


秒針は曲がりうねり巻き戻る。


生きている感覚の麻痺のような、それでいて何かに気づくため催促されているような。


光の粒は放射され、たゆたいながら、消えてゆく。


はるか昔の記憶を忘却するかのように。


逃げているのだろうか?


そこに、栄光のごとき影はひそめ、しわの寄った醜い姿を露呈しているのだろう。


削られてしまった、その形も使い道もないそのものは、私であった何かでしかないのだ。


息をひそめながら、ひたすらに待っている。


窓の格子の外には歪んだ月。


室内には散乱した絵筆と絵の具。


他は、主が、不在かのように、ひどく整頓されている。


神よ、私は生きていますか?


破れたキャンバス、そして、その傍らに立つ男の顔からは生気が抜けている。


何もかもを飲み込んでしまう夜の闇に魅入られ喰われ、そして澱んでいる。


蝕まれた精神、そして体はやせ細り、生気を失った何か。


それは認めたくもない自分自身でもある。


突きつけられる現実は、今もなお、その男の精神を蝕んでいる。


傍にあったナイフで、勢いに任せて自分の腹を裂いてみる。


キャンバスの自分に見える自分を裂いてみる。


えぐれ、裂けてただれたインクがすたすたと冷めた床に落ちてゆく。


渇いた木製の床が飲み込むようにそのインクをすって変色していく。


ギーギー音を立てる木製の床板もさも、満足といった感じか。


バサリと瞳を奪われる感覚。


切っ先に自分の眼が刺さっている。その尖ったものに。


視界を奪われた世界の片方に、ゴーゴーと風が吹いている。


ポタリ、ポタリと涙を流している。


赤く染まったそれは、頬を濡らし、辺りを照らし、鉄臭く粘つく。


心のどこかで満足してしまったようだ。


男は、眠りにつく。


その姿をしてオブジェと化す。


(終)

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― 新着の感想 ―
[一言] 「私」と「男」がごっちゃ。いっそうのことどちらかにしたら?というほど気まぐれで使い分けているように読めました。通りすがりで率直な感想失礼しました。
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