005 おのぼりさんは狙われる
「~~~っ! おいしぃ……」
早速屋台のおじさんにツケ分を払うついでに、おすすめのお店を聞いてからは、気になるものをひたすらぱくつきながらの食べ歩きだ。
生で食べるか焼いて食べるかの選択肢しかないドラゴン生活を送っていたボクにとって、王都の食事は涙がでそうになるくらい美味しい。
ただ、色んな物を食べてわかったが、どうやら単純に王都の料理が美味しすぎるというわけじゃないようだ。
最高の体を、と思って作ったこのシンシアの人体は子供らしい見た目どうりなのか、中身も子供であるらしく、甘味は感動に震えるくらいにおいしく、逆に苦味や辛みといった部類の刺激にはかなり弱いみたいだった。
サラダについたピーマンを食べた時の後悔と言ったら……思わず「うげぇ」と声が出てしまった。
昔はいつの間にか食べれるようになったはずなのに、とげんなりする。
舌もそうだが、身体能力も格段で街を歩き回っても、全然足がむくまずすっきりしているのだから素晴らしい。
優れた健康的な体は人生をおくる上で大事な要素だ。
「人生楽しくなってきたな―」
なんにせよ、食べ物を満喫できるのは嬉しい。これで、逆にメシマズの国だったら鋭利な感覚に逆に絶望したかもしれないが。
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そんなわけで、ボクは油断しきっていた。
生まれてから大した障害もなく、周りの竜もとても優しくて、だから、人間というのがそれなりに良い人もいれば悪い人もいることはわかっているはず、わかっているはずだったのに、美少女なのだから優しくされている、ひどいこともされないと甘くなっていた。
いずれ金を稼ぐ方法を考えないといけないことは頭の隅にあったものの、最悪またドラゴンの姿に戻って原石でも何でも拾いにいけばいいやと思っていた。
両手に食べ物や店に並んでいて一目惚れしたマグカップや帽子などの衣服。あれもコレもと買い物を楽しんだ結果だ。
何かのベリー系でできたソフトクリームをぺろりと舐めながら、なにかおもしろいものないかなーと歩いていて……いつの間にか人気のないところにいたのだ。
「あのー、これ落としましたよー」
「え?」
大した特徴の無いよくある青年に声をかけられる。
人の良さそうな笑顔を浮かべており、トコトコ無警戒に近づいてゆく。
何か落としちゃったかな。
グーに近い形で拳を握って差し出す青年になに落としちゃったかなと覗き込もうと近づくと――後ろから誰かに抱え込まれる。
「えっ!?」
手に持ったアイスと買った荷物を落としてしまう。べちゃり、がしゃんと鳴る音。
もったいない。
こんな状況でも、まずそっちを心配して――
「声をだしちゃダメだよ。死にたくなかったらね」
「ひっ」
個性の見えない男はいつの間にか鋭いナイフを首に突きつけている。
刃物が皮膚に触れる冷たさに、ようやく状況を理解し、恐怖が湧き上がってくる。
「お金持ちのお嬢さん。だめだぜ、護衛もつけずに遊びまわったら。だからさあ、親切な俺達が守ってあげようと思ってさ。お手伝い料、ほしいなぁ。
ま、キミのおさいふだけだと足りないだろうから、キミのお父さんにもお小遣いを恵んでもらおうと思うんだけど」
「騒いだり、抵抗するんじゃないぞ。痛い目を見たくなかったらな」
二人の男にあっという間に路地に引き込まれる。
薄暗く、一通りがない。声をあげられなければ助けも来ない。
油断した! ボクはドラゴンで、人間なんて歯牙にもかけない……はずなのに。
恫喝され、脅されるだけで、足がすくみ、体が震えた。
初めてさらされる悪意にどうしていいのかわからず何も考えられなくなってしまった。
『どうしよう、どうしよう』
それだけが頭のなかをぐるぐる廻る。
冷や汗がだらだらと流れる。
「――さっ、お家に案内しますからね」
やだ、ヤダ、助けて!
手をぐっと引かれて我に返る。でも、いつでも助けてくれる幼馴染のグレンはここにはいない。どうにかしないと!
ドラゴンに戻ればなんとでもなる。
……でも、それはこいつらを殺してしまうんじゃないだろうか。
そんな思いが静止を掛ける。
痴漢がいたとして、相手の頭をかち割れるのはある種の極まった人だけだろう。
であれば、逃げる、助けを求める、と行動すべきだ。
だが、竜体になれば助かる、でも、なれば殺しちゃうと思考のループにとらわれてしまった。
だから、ボクは決断できないままにズルズルと連れ去られようとしていて……
突然、シンシアを捕まえていなかった方の男が燃え出したのである。
火種も何もないのにもかかわらず、突然の出火に、男は悲鳴を上げながら転がり回る。
唖然として動けないでいると辺りに澄んだ声が響く。
「そこまでにしてもらおうか」
本日も3話更新予定です(2/3)