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003 竜の狩り

 

 死は突然やってくる。


 草食動物なのに、ブラックバッファローは森の王者であった。

 全身の体は魔力に強化され、恐ろしいほどの瞬発力と持久力があり、ぶち当たるとそれだけで、猛獣を木っ端微塵にしてしまう。


 群れで突撃する様はさながら黒の大砲。


 時に木々を弾き飛ばしながら進むため、大移動をする際に、森に道ができる。

 だからこそ、群れているブラックバッファローは心を穏やかに草を好きなだけ食んでいた。

 なぜなら自分たちは王者だから。

 誰も邪魔することはできないから。


 だが――上空から襲いかかる二匹の竜にあっけなくその生命を刈り取られた。

 抵抗する隙すらなく、あがらうことも許されず。


 群れることで強さを誇っていただけの裸の王者は、真の暴君の出現に悲鳴を上げ、四方八方に駆け出す。群れを保つことすらできずにただ走って逃げ出した。



「わあ、大量だ!」


「うまそうなの仕留められたな」


 グレンは待ちきれないとばかりに他と比べて柔らかそうな首筋にがぶりと食いつく。

 ドラゴンの鋭利な牙はたやすくブラックバッファローの肌を貫いて、その爪は簡単に体を切り裂く。

 辺りに血の匂いが広がる。


 人間だったら少し吐き気がしそうなくらいに濃厚な匂い。でも、ボクにとっては空腹を誘う香りだ。

 ボクも目の前にいる美味しい獲物に食いつきたい。

 けども。


「……食べないのか?」


「焼いてから食べたい」


「まためんどうな。大して変わらないだろ。そもそも、焦げたらまずいじゃないか」


「グレン! 焼いてくれない?」


「……血抜きはお前がしろよ」


 ドラゴン生活に不満があるとすれば――色々小さく沢山あるが、一番は食事だった。

 そもそもこの世界自体そんなに発展していないのかもしれないが、……生肉は……

 生肉はどうかと思うのである。


 なにせ、前世では口にしたこともないようなよい肉だ。塩でも、いや、塩こそがベスト、と言えたかもしれない。

 しかし、塩すらかけないステーキはどうだろうか。


 素材の力を活かしましたというか、素材しかありませんでしたというか、素材が生きているところを食べますというか。


 どうしても不満が残るわけである。


 ああ、ボクの醤油! ステーキソース! わさび! せめて塩!


 首を切り落として体を逆さに持ち上げながら思う。

 塩は当然生きていくうえで必要なので、村の食事には使用されているが、狩った獲物にふりかけるほどにふんだんにあるわけではない。となれば竜体での食事は結局生か焼くかだ。

 そして、狩り立てそのままにかぶりつく彼らが時間をかけて焼くはずがなく……みんなが生で食べる中、今回みたいにねだって焼いてもらって食べていた。


 はあ。街に行きたい。美味しいご飯が食べたい。本が読みたい、遊びたい。

 人間らしい文化的な営みがしたーい!


 高まった欲求は一番身近な食欲を刺激したらしく、ぐぐうと大きな音を立てる。竜の立てる音だけに、かなりの大音量だ。


「……おなかへったなぁ」


「ならその頭食ったらどうだ?」


 ちらりと見えるのは目を開いたまま死んででろんと舌を出した黒い牛の頭。


 ――牛タンは大好きだった。焼き肉も。


 とは言え、皿に乗って出てくる肉と、牛頭そのままでは大違いだ。たとえタンを食べたい気分であっても、舌を引っこ抜いて食いつく気にはならない。


 ……死体ってエグいよなあ……。


 ドラゴンの生活は、色々野生な面もあるのだ。


 **


 お腹が膨れたボクは人間体に戻ると、グレンにお願いをして魔術を習っている。

 簡単な座学は済ませているが、実践はほとんどゼロの素人だ。

 竜体の状態で魔術が失敗して暴発すると被害がおおきいため、練習を禁じられているのだ。

 人間体になっても魔力量自体は竜体と変わらないが、体が小さくなって出力が極端に落ちるため、安全かつ、たくさん練習できるようになるのだ。

 それに、人間体で習得した魔術は竜体でも利用可能のため、成人になると、練習解禁となるのが習わしだ。


 実際、頑張れば頑張っただけポンポン新しい魔術が覚えられるこの体は楽しい。モンスターを倒せばレベルが上がるみたいに、練習すれば簡単に魔術を習得できるため、この体には感謝である。


 森での数時間の練習で、コツをつかめて、簡単な護身用の魔術を覚えられた。


「ライトニング!」


 手をかざして唱えると、バチィと弾ける音と、一瞬の光、そして物が焼ける匂いが漂う。


 ライトニング。光属性の入門用らしい魔術で当たればスタンガンのように相手をしびれさせるだろう。


 習いたての人間だと出力はイタズラ程度の痛みで、僅かな時間麻痺するだけだろうが、練習を続けて力を調整できるようになればしびれさせるどころか、意識を失わさせたり、命を奪うこともできるだろう。

 美少女が身を守るのにはちょうどいい魔術と言える。


「これで王都にいけるかな」


「王都なんてなにが面白いんだか。人間がたくさんいるんだろ?」


「だからいいんだよ」


 だが、さっぱりわからんとグレンには首を振られてしまう。

 まあ、ドラゴンたちは村の生活を大切にしているので、仕方がない。

 誰もが都会っ子になりたいわけではないのだ。


 その後、十分に練習を終えてからボクは竜体に戻って村へと飛び去った。

 王都、楽しみだなあ。



 **



 二匹の竜が去った森で、唯一竜から逃げなかった生き物が茂みを揺らす。

 気づかれないよう、悟られないようじっと息を潜めて彼らを見ていた。


「竜が……人間に変わった」


 それは人間の男だった。

 竜の生態は殆どが謎に包まれていた。

 竜は絶対の強者であり、弱者の人間と交流などほとんどない。


「王都に来るだと?」


 先程までここにいた二人を思い起こす。

 一人は国によくいる青年という風だったが、無邪気にはしゃぐ少女はこの国では見たことがない特徴の美しい外見だった。

 それに、青年は少女を気遣い特別に扱っている様子が見て取れた。


「竜の姫と言ったところか」


 竜の生態は全く良くわかっていない。

 だが、彼女が竜の中でも特別なんだろうということはすぐに解った。


「運が向いてきたかもしれないな」


 溺れるように抗っていた未来に、灯りが点ったかもしれない。

 男は微笑むと王都へと急いだ。



本日3話更新予定です(3/3)

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