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この手になにが救えるか

作者: 岡本龍馬

「終わった・・・のか」

 むせ返るほどの血の匂いの中、死屍累々の上に立つ一人の男がいた。生の息遣いというものが全く感じられないこの場所でその男、ランスロットだけがただ一人立っていた。

 もともとは見事な輝きを宿していたであろう彼の得物も今となっては付着した血糊により鈍く光るのみ。王国騎士団長としての証であり同時に彼にとっての誇りだった白銀の防具もまた同様に、べっとりと付着した何人分のものなのかもはや皆目見当もつかない返り血によりドス黒い赤に染まっている。

「この手は、何を救えたのだろうか」

 民を救うという目的のもとに始まったのがこの戦争だった。しかし長きにわたる闘争の果て、そこに残ったのは究極の共倒れ。今となってはかつて栄華を極めたこのブリテン最後の一人が彼であった。

「終わったんだ。みんな、おわったんだぞ?」

 その呼びかけに答える者はない。それもそのはず、戦争は終わったがそこにはすでに彼が守るべき民は一人として残ってはいないのだから。ブリテンを護る、その生きる意味を失ったランスロットにとって、もはや生きるということはひどく希薄に感じられた。

 すべてを救おうとして、そのすべてをとりこぼした。

「もう、十分だよな?」

 誰へでもなくランスロットがつぶやき、そうして生を手放そうとしたときだった。彼の体が、おもむろに白く輝きだした。

 ・・・だというのに彼に慌てた様子はなかった。そう、その当事者だからこそ分かる、徐々に自分の存在が希薄になっていく感覚。それが意味するものを彼は直感で理解していた。

「俺にもお迎えが来たということか。みんな、俺もすぐそちらへ行くよ・・・」

 光が増すにつれて遠くなっていく意識。光となって戦場から姿を消す彼の顔は安らかなものだった。



「ん・・・ここは・・・どこだ?」

 あの忌まわしき戦場にいたはずのランスロットは気が付けば木の生い茂る森の中にいた。それもただの森ではない。彼はこの森からなんとも形容しがたい嫌な雰囲気を感じていた。詳しく調べてみないことには何とも言えないものの、ここは自分のいた王国、ブリテンではないのだということだけは容易に想像できた。

「ということはここが死後の世界というものなのか? これまたずいぶんと趣味の悪い場所なんだな」

 完全な死に包まれているわけでもなく、生きているかといえばいささか疑問が残る。それがこの場所へのランスロットの評価だった。

 が、そんな所であっても、これまでの闘争の日々に比べれば幾分もマシなものに感じられてしまう。なにせ守りたい者すべてを失った彼はすでに騎士として死んでいたのだから。

「ぐぅ・・・がるるぅぅがあ!」

「・・・」

 そんなことを考えていたからだろうか。気が付いた時にはランスロットは犬型の魔物によって囲まれていた。普段の彼であったならばありえないことだが、それを悔いる間もなく魔物たちはじりじりとその包囲網を縮めてくる。

 けれどランスロットは剣を握る素振りすらみせなかった。初めのうちこそ獲物をうかがう様子を見せていた魔物たちも、肝心の獲物が動かないと判断するや否や一度の目配せの後に臨戦態勢に入り思い思いにとびかかってくる。

 しかしここは死後の世界。いまさら死んだところでなにかが変わるわけでもないだろう。そう結論付けたランスロットは目をつぶり微動だにしなかった。ただ、襲い来るであろう衝撃を待って。

 ・・・しかしその衝撃は彼の思考に反しいつまでも訪れることはなかった。

 疑問に感じた彼が目を開くと、そこには。

「女の子・・・?」

 弓を携えているにもかかわらずなぜか魔物と拳で語り合う少女の姿があった。見事に魔物をいなしていく姿は頼もしくもあったがいかんせん弓に目が行ってしまう。

「あ! 気づいた? ちょっとキミ、死んじゃうところだったんだよ? でも大丈夫、アタシがそうはさせないんだからね!」

「え? あぁ、ここは死後の世界なんだろう? なぜ生に固執する必要がある?」

「死後の世界? キミがここのことをそう思ってるならとやかく言うつもりはないけど・・・とにかく話はこの魔物たちを倒してからだよ!」

「いや、だから・・・」

「キミの装備を見た感じだと実戦経験がないわけでもなさそうだし。ほら、いくよ!」

「はぁ・・・やればいいんだな」

 不思議と体が重くないことに驚きつつ、ランスロットは剣をとり立ち上がった。そして一度剣を構え、一振り。剣先がひとすじの線を描き、ぴたっと止まる。やはり体の調子がいいようで、少しばかり戦いへの興奮を思いだした彼が魔物へ向き合う。

「アタシが左側を担当するから、キミは右側をよろしくね」

 そう言い残して敵陣へ突っ込んでいく少女。そのまま魔物に肉薄したかと思うと足を踏み込み、そこから繰り出される清々しいまでの右ストレートが魔物を吹き飛ばす。そして流れる所作で背後から襲い掛かってきたモンスターをひらりと交わしてまた拳をたたきこんでいる。

「あの弓はなんなんだ・・・おっと」

 対してランスロットは魔物が襲い掛かってくるたびに剣を振り下ろし一撃で息の根を止める。それを繰り返すだけの機械的な動作を続けていた。自分の命を惜しまずに殺しにかかってくる人間を相手にし続けてきた彼にとってこの魔物狩りはあまりにも退屈で単調な作業だった。

 少女の戦いぶりを観察しながらでも余裕をもって戦闘を運ぶランスロットにとって魔物を駆逐するのにはさしたる時間は必要なかったようだ。

「こっちは終わったぞ」

「え、もう!? こっちももうちょっとだから!」

 少女は裏拳をきめたかと思えば、ほかの個体の攻撃をしゃがみこんでかわし、その際の足のバネを利用してアッパーをお見舞いする。

「これで・・・最後!」

 最後の一匹と向き合ったのち、渾身の一撃が相手を沈めて少女のほうも戦闘の終わりを告げた。少女は間髪入れずに振り返ると、その手がランスロットへと伸びてくる。反射的に防御姿勢をとってしまうランスロットだったが、その意に反して少女の手は彼の手を優しく包んだ。そして力などほとんど入っていないというのに、彼にはなぜかその手を振り払うことはできなかった。

「ここは危ないから、ひとまず場所を移そっか」

「・・・好きにしてくれ」



 連れてこられたのはあの場所からほど近い小規模の村だった。

「ここは?」

「アタシの拠点のルチコル村だよ・・・ってそういえば自己紹介がまだだったね! アタシの名前はリーゼロッテっていうんだ。あなたは?」

「あぁ、俺はランスロットだ」

「ランスロット・・・聞かない名前だね。それであんなところで何をしてたの?」

 そういえばなにをしていたのだろう。自分の体が光に包まれたところまではしっかりと覚えているランスロットだったが、しかしそこからあと、あそこで目覚めるまでの間の記憶がなかった。

 そこで、ランスロットはふとなにかを忘れているような気がした。

「そうだ!」

「え!? なになに!?」

「ここは死後の世界ではなかったのか? 確かに俺はあの時死んだはずなんだ」

「そういえばさっきもそんなこと言ってたね。死後の世界、死後の世界かぁ」

 う~ん、と思案顔のリーゼロッテがしばしの後に顔を上げる。

「この世界は今呪いに覆われてる。だから死んでいるといえばそうなるのかもしれないけど、死後の世界って表現をする人は初めてだよ」

「呪いに覆われている?」

「あれ? 知らないの? 世界は今謎の呪いに覆われちゃってるんだよ。それに加えて聖女のルクレティア様までずっと眠っちゃったまんまなんだ」

 呪いなどというものはブリテンにおいて眉唾物の域を出ないものである。だというのにここではなぜかそれが信じられている上に実害が出ているというのだ。加えて死に際の白い光もランスロットにとっていささか引っかかるものはあった。ランスロットは思考を巡らせる。何か関係でもあるのだろうか、と。

「念のために聞かせてもらうがブリテンという国を知っているか?」

「ブリテン? 聞いたことない名前だね。そこがキミの故郷なの?」

 ランスロットの世界においてブリテンは知らない者はいない国とまで言われていた。しかしリーゼロッテはその国を知らないという。ここが死後の世界だということの信憑性がいよいよもって彼の中で高まりつつあった。

「それで? 結局キミがあそこで何をしていたのか聞けてないんだけど」

「なぜあそこにいたのかは俺にもわからないんだ」

「もしかして、記憶喪失・・・」

 慎重に聞くそぶりを見せるリーゼロッテの様子を前にして、ランスロットの口端に笑みがこぼれる。

「いや、覚えていないのはどうしてあそこにいたかだけなんだ。ほかのことはすべて覚えている」

「それじゃああそこに来る前はなにをしてたの? ほら、参考になるかもしれないから話してみなよ!」

 リーゼロッテがキラキラした瞳を向けてくる。一切の曇りのないそのまなざしからは純粋にランスロットを心配してくれているという気持ちが読み取れた。

 だからなのだろうか。今まで一度もしたことのなかった身の上話などというものを彼が始めてしまったのは。

「俺のいた国、ブリテンでは王国軍とレジスタンスとの間で長年にわたって戦争を続けていたんだが、そのときレジスタンスをまとめていたのが俺なんだ」

「長い間続いた戦争って・・・その原因はなんだったの?」

「国王の圧政だ。それに耐えられなくなった国民が蜂起した」

「てことはその蜂起を促したのがキミってこと?」

「いや、俺はそのころは国王に剣を捧げる騎士たちのまとめ役である騎士団長を仰せつかっていた。だから本来は王国軍として率先して指揮をとらねばならない人間だったんだよ。だが、俺も国王の圧政を見過ごすことができなかった」

「でもそれって騎士として・・・」

 リーゼロッテが複雑な表情をしている。その顔は剣を捧げた相手を裏切ることの意味を知っているようだった。

「民が楽しく安全に暮らせる王国を護るために俺は国王に剣をささげたのであって、国王が圧政を敷く王国を護るために剣をささげたわけではないんだよ」

 そう言うと、一転してリーゼロッテが嬉しそうな顔を浮かべた。

「どうした?」

「さっきこの世界が呪いに覆われてルクレティア様も眠りについて目を覚まさないって話をしたでしょ? 違う考えの人もいるけど、それでもなんとか世界を救えないかって頑張ってるところなんだ! だから、似たような考えの人がいて嬉しくって」

 しかし笑顔を浮かべるリーゼロッテとは対照的に、ランスロットの表情はみるみる冷たいものへと変貌していた。それに気づいたリーゼロッテが怪訝な顔をする。

「あれ、どうかした?」

「・・・世界を救うなんてやめておけ。必ず後悔する」

「それ、どういうこと?」

 リーゼロッテにもさっきまでの明るい雰囲気はなかった。

「俺の過去の顛末だ。戦争は両勢力の全滅という最悪の形で幕を下ろした。生き残ったのは俺だけだ」

「え・・・」

「人一人に救えるものなどたかが知れている、そういうことだ」

「アタシはね・・・ただ、友達を助けたいだけなんだよ。アタシの友達はその子なりに世界を救おうとしている。だからアタシはその力になってあげたい」

 友達を助けたいだけ。その言葉の前にランスロットはただ口をつぐみ、話を聞いているほかなかった。

「世界とは言わないけれど、せめて手の届く範囲のものは守りたいんだ。今回はたまたまそれが世界を救うことにつながってるだけ。それだけなんだよ」

「だが!」

「ここが死後の世界じゃないかってキミは言ったよね? ならアタシもしっかり言ってあげる。ここは死後の世界なんかじゃない。アタシやこの村にいる人だけじゃない。この世界中の人がみんな必死に生きてる。生きようとしてる」


 ――だったらここに死人の居場所はないじゃないか


「・・・ならなおさらさっき死んでしまったほうがよかったな」

「なんでそういうことを言うの!?」

「誰一人民を護れなかった。理由があったとはいえ剣をささげた国王までも裏切った。・・・俺はすべてを護れなかった。もう、俺に生きる意味はないんだよ」

「でも・・・!」

「これでも俺は騎士だ。いや、騎士だった。もういいんだ」

「だったら・・・だったらアタシを護ってよ」

「なに?」

 今リーゼロッテは何と言った?

「アタシがあなたに生きる意味をあげるから! 騎士団長だったんでしょ? だったら女の子の一人くらい護ってみせてよ!」

 リーゼロッテを護ること。確かにそれはランスロットが生きる意味としては十分だった。しかしリーゼロッテを護る意味がランスロットにはなかった。

 ・・・ここまでは。

「アタシ一人じゃ無理かもしれないけど・・・キミが力を貸してくれるなら、キミが護ってくれるならなんとかなる気がするの。だから・・・!」

 目の端に涙をためつつ、リーゼロッテは言葉を絞り出した。それには友達を助けたいという気持ちはもちろんのこと、出会ったばかりのランスロットのことさえも助けてあげたいという思いも混ざっていた。

 そしてランスロットもまた、人のために本気になり、人のために涙を流せる人を見抜けないような人間ではなかった。

「自分の手の届く範囲で、か」

 俺は背負いすぎていたのかもしれない。名誉だと思っていた騎士団長という肩書は自分でも気づかぬうちに重荷になっていたのかもしれない。・・・でも、今の俺になら。騎士団長ではなく、ランスロットとしての俺ならば。

 めぐる思考の中、ランスロットの頭はある答えをはじき出し、心はそれを実行していた。

「リーゼロッテ、俺に君を護らせてくれないか?」


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