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チート勇者の治政下で

作者: 黒髪黒目

「まったく、目を離すとすぐこれだ。魔族はどこにでもはびこる!」

「そうだね」

「勇者も爪が甘い。あれほどの力ならもっとやりようがあったはずだ。

 それを適当に巣を潰しただけで満足しやがった!」

「そうだね」

「魔族が落ちぶれたのは気が晴れるが、これじゃ何の解決もしてない!」

「そうですねー」

「ちゃんと聞いているのか!?」

「聞いてますよ。アレ見ながら」


掃除が行き届いていない、すえた臭いのする酒場に兵士が2人座っている。1人はがたいが良く、大声の男で、赤い羽根飾りを皮鎧に記章よろしくつけている。その反対に座る細身の女は醒めた表情でコップの酒を口に運んでいた。そして女が顎で指し示したのは酒場の隅のいかにも怪しげな風体の老人だった。ローブを深く被り、肩袖が通す物が無く揺れていて、コップを掴む手は枯れ木のように細く、黒く、萎びている。


「ドリアードかも」

「……ほう、魔物が堂々と町中で酒を飲むか?

 兵士に見つかれば首をはねられても文句言えないんだぞ」

「ぼろぼろだし、死んだっていいのかもね」

「末期の酒ってやつか?見つけた奴を気遣って欲しいな。

 ……で、どうする?」

「確証がないからね、とりあえず私が。後は任せます」

「わかった。合図は?」

「いつも通り」

「……ったくよお!

 いつだっておいしいところは勇者が持って行きやがる!

 不公平だ!一度でも苦労したことはあるのか!?」


男が先にも増して暴言を吐き始めると、女は愛想が尽きたとでも言うようにコップを強めに机において席を外した。すこし酒が効いているようにふらつき、静かな場所を探して、一つ頷くと酒場の隅にいる怪しげな老人の近くに席を移した。すぐに相手に声を掛けず、ため息一つついて店員に追加の酒を頼む。離れた席で男が酒に濁った目で相手を捜し、魔族の店員を見つけるといちゃもんをつけ始める。女はそれを見てため息を更についた。店内の雰囲気は魔族に対する感情の上下が入り交じり、気持ちの良いものではない。隣の席の老人は雰囲気を敏感に察したのか、一息にコップを空けると席を立とうとした。


「ねえ、もう一杯やってから出ません?」

「……わたしに、何故?」

「私も同じだから。もう一杯だけつきあってよ、

 お酒入れないとどうにもならないって感じなの」

「……まあ一杯なら」


中腰になった腰を老人はおろした。女は我が意を得たりと、老人と向かい合わせの席に座る。女はうんざりした表情で店員から瓶を受け取り、老人のコップに注ぐ。


「年上を敬えってね」


手酌で新たに手に入れたコップに注ぐと、どちらともなく乾杯して口を付けた。老人は口を湿らす程度だが、女はぐいぐい飲み干し更に酒を注ぐ。老人の視線を女は自然体で受けていた。女の体は目を引く場所がないが、顔はすれ違いざまに気を引く程度に美しい。彼女自身それを意識した立ち居振る舞いをしている。ガチャンと音がすると、男の怒鳴り声と涙声の魔族の謝罪の声が重なった。


「ああなると収まるまで手が着けられないの」

「……」

「刃物沙汰にするほどバカじゃないけど、殴る位はする程バカ」

「君の仲間なんだろう、止めるべきじゃないのか」

「私の方が位が下なの。ほら、よく顔を見てよ」

「そうか、ハーフなのか」

「……そ、正確にはミックス」


女の誘いに乗って老人が彼女の目を覗き込んだ時、両方が相手の種族を認識していた。女は猫人の目と、エルフの耳を持っていた。姿は人間としての証拠に乏しいが、兵士であると言うだけでこの国では立派な人間である証明になる。対して老人は、女の見立てと裏腹にまだ中年程度の人間だった。四角い顔にくたびれた表情を張り付けた純粋な人間そのものの顔。女は落胆を表情には出さず、ミックス特有の憂いを帯びた笑みをうっかべた。以前はミックスは元より、ハーフでさえ人扱いされなかった。人からも、魔族からも踏みにじられていたミックスの人権は、大戦後人間からようやく認められた。


「いろいろ、大変だったんだろうな」

「そうなの。あなたも、大変な目に遭ったみたいね」

「この両手かい?よくある魔法事故さ、鉱山で働いていた」

「この近くの?」

「いや。北からの流れ者さ、知人が世話をしてくれるってことで

 こっちに来たんだ」

「技術があるなら引く手数多なんでしょうね」

「こんななりだが、元技術監督だ。そこなら少しは人の役に立てそうだからね」

「良かったわね……うん。つきあってくれてありがとう、

 そろそろ向こうも決着が付きそうだから」

「そうか、おごってくれて有り難う」


女は内心の苛立ちを、ミックスに対する哀れみを、かみ殺して立ち上がった。人間誰でも自分より立場が弱い相手に対しては口が軽くなる、それが人未満の相手なら特にだ。彼女は経験からそれを知っていた。今もミックスだと知ったとたんにベラベラと中年は情報を提供してくれた。態度が変わるよりは男の方がましかもしれない。女が近づくと、男は魔族に対する理不尽な言いがかりを切り上げた。


「おう弱虫、調子はどうだ」

「普通」

「そうか、こっちはこいつのお陰で酒がまずくて仕方がねえよ。

 出るぞ、酒代払っとけ」

「はいはい」


男は机を蹴飛ばすように立ち上がり、足音荒く店の出口に向かう。後には女と半泣きの女魔族が残された。初めは面白がって見物していた他の客達も、男の難癖が聞くに耐えない罵詈雑言になるに従い席を移ってしまい、今では彼女たちの周りにぽっかりと空間が開いていた。店主でさえ、男がかなりの注文をしたにも関わらず出て行ってくれて有り難そうな表情であり、視線も店の出口に向いている。


「ねえ」

「はっ、は、はい」

「お勘定、お願い」

「た、たた、ただいましてまいります、申し訳ございませんっ」


男は殴らなかったものの、乱暴に掴んだり揺すったりしたのか女魔族の服装は乱れていた。さらに涙の跡が痛々しさに拍車をかけている。そんな彼女が飼い主の鞭から逃げる家畜のように駆け出すのを、他の客は余り目にしないように努力していた。


「どうぞ、お客様」

「どうも。ひーふーみ、よんとんでのはい」

「有り難うございます」

「ねえ、数えた?」

「あ、いえ、ごめんなさいっ」

「良いけどさ、お釣りは私の気持ちだから。あなたの物よ」


そう言うと女はきびすを返して店を出て行く。魔族の女はその姿を頭を下げて見送り、相手が扉から姿を消して、戻ってこないことがわかるとようやく受け取った貨幣の数を数えた。貨幣を摘む指は、初めは記憶に新しい男に対する恐怖で震え、収まったかと思うと次はお釣りが自分の日給を遙かに越える事に気づいて大きく震えた。急いでカウンターの向こうで厳しい顔をしている店主に貨幣を渡すと、彼女は頭を下げつつ店の外に飛び出してゆく。店が面している裏通りには、もう誰も居なかった。



「お待たせ」

「遅い。魔族じゃない男に酒を奢って、更にどっかをぶらついていたのか?」

「ごめん、あの子が泣きやまなくて」

「泣きっ面に金を投げつけりゃいいんだよ。それこそ泣いて喜ぶ」

「そりゃ悪趣味」

「悪趣味だろうが高尚で御結構だろうが、現実はそういうもんさ。

 金を持っている奴が正義なんだよ。それで?」

「ん?」

「飯は買ってきたよな」

「……あーごめん、買ってきます」

「急げよ」


宿に手ぶらで帰ってきた女に、言わずもがなの問いかけをして男は財布を投げつけた。貨幣がぎっしり詰まった皮袋を女は受け止めて、頷き部屋を出て行く。


「串焼きを4本、焼き飯を2つ。お願いします」

「金があるから頼んだんだよな?」

「これでも兵士なんだけど」

「こりゃ悪かった、兵士さんなら安心だ

 ……更に貨幣払いとなればおまけをつけなきゃな」

「ありがとう」


女が笑みを浮かべると、20代中頃の屋台の店主は照れた笑みを浮かべた。別に悪い人間じゃない、彼女への対応は普通の事だ。商売人が、兵士の次に目敏く魔族の特徴を見つける。大戦後、人間領にいる魔族のほとんどが一文無しになったからだ。商売人であれば、金を持っていない奴にいい顔をする余裕は無かった。彼女がどう思うかは別にして、商人の対応は責められるべき点は1つもない。


「せっかくだから焼きたてを持って行くといい。

 数からして上司さんの分だろ?難癖つけられちゃかわいそうだ」

「そんな、いいのに。けど助かるよ」

「いいって、本当に貨幣払いは助かるからさ。お互い様だ」


勇者が現れてから、紙幣が流行りだした。商取引に疎い女は元より、商売人の多くが、その頼りない紙きれをありがたがる本国の貴族達の感覚を理解不可能だった。その意識の差は大きく、首都近辺での紙幣は貨幣の倍の価値を持つが、そこを離れれば逆になる。商売人が警戒するのも無理はない。兵士は紙幣を額面で使えるように脅すのが一般的だったからだ。商人の笑顔に見送られて、女は串焼きと大盛りの焼き飯を手に宿に戻った。


「遅い」

「うん、焼きたてだから」

「遅すぎる」

「うん、大盛りだし」

「違う……もういい、酒は?」

「宿の人に売ってもらおうと思ってたけど、まずい?」

「毒味はおまえな」

「人使いあら、つぅ」

「おまえは人じゃない、だろう?」

「……はい、ミックスです。ごめんなさい」


男が軽く女の顔をはたいた。ミックス使いが荒いって語感悪くないの、と女は呟くが、男の言葉使いは正しくなきゃならんと変な美意識に黙り込む。男が串焼きをより分ける間に、女は階下の宿の店主から酒を買い取った。


「で、ここで魔族を後1人2人やり玉に挙げたら、更に南下する」

「どんどん首都から離れるけど」

「指示がでているからな……あそこに戻りたいか?」

「まさか!」

「なら余計な口を挟むな。この町は特徴もないし飽きが早い、

 とっとと大河に面した向こうに移りたいが、目星はついたか?」

「ついてない」

「他には?」

「勇者現象のわるーい方がじわじわでてるだけ。

 魔族いじめにうんざりし始めた人間の方が目に付くよ」

「そうか。反乱とか、策謀の臭いはしないか」

「みたでしょ、貴方が難癖付けたときの周りの反応。

 もし、万一、魔族がいたとしても、

 あそこで立ち上がる勇気がある奴はいないよ」

「……本当にあの勇者は何を考えてるんだ?

 美姫を侍らせ政治に口出しして、国王同然に振る舞っている。

 あれじゃ不満が爆発するのも時間の問題だ」

「私には、よくわからないですよ」

「お前に話すのが間違いだな、早く食って寝るぞ」

「うん」


怒りを目の前の食事にぶつけて完食した後、寝る準備をして粗末なベッドに男が寝転がった。その隣に女も寝ころぶ。どちらも寝付きが良く、灯火を吹き消してすぐに眠りに落ちていった。



これはチート勇者に世界をめちゃくちゃにされた人の物語。

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