エレンのおともだち
とある小国は辺境の雪深い小さな村。
ひとりぼっちの小さな少女がおりました。
少女の名前はエレン。
働き者の木こりのお父さんと、料理が上手な優しいお母さんに愛されて暮らすエレンはしかし、ともだちがおりませんでした。エレンたち家族が暮らすこの小さな村には、エレンと同じ年の頃の子供がひとりもいないのです。
エレンは雪の降る寒い日、あたたかい暖炉の前で絵本を読むことが好きです。
本を読んでいるあいだは、素敵なお城や常夏の島、魔法の国にだって行けるのです。
ある日、エレンが読んでいた絵本は、仲良しのおともだちとのすてきな友情のおはなしでした。
ドレスもティアラも出てこない、空も飛ばないし魔法も使わない、けれど今まで読んできたおはなしの中でも一番や二番、というくらい面白いおはなしでした。エレンはその絵本が大好きになりました。
そして思ったのです。
わたしも、おともだちがほしい。
おともだちがほしくなったエレンはお母さんに言いました。
「おともだちがほしいの」
お母さんは笑って言いました。
「おともだちならお隣のクレタお婆ちゃんや、お向かいのマリオンさんがいるでしょう?」
お隣のクレタお婆ちゃんもお向かいのマリオンさんも、エレンととっても仲良しですが二人ともエレンのお母さんよりも、お父さんよりもずっと年を取っています。エレンは絵本で読んだ「おともだち」とはなんだか違うと思いました。
今度はお父さんに言いました。
「おともだちがほしいの」
お父さんはやさしく言いました。
「森の木々はみんなエレンのともだちだよ。ほら、この白樺も、エレンのことをいつだってやさしく見守ってくれている」
木こりのお父さんについて森によく遊びに行くエレンは木は好きです。白樺はお父さんの言うとおりやさしく見守ってくれている気もします。でも、エレンはなんだか違う気がしました。「おともだち」ってなんだろう。エレンはもう一度絵本を読んでみましたが、やっぱりお母さんの言うおともだちも、お父さんの言うおともだちも、絵本に出てくるおともだちとはなんだか違います。
エレンは、お隣のクレタお婆ちゃんの家に行ってみることにしました。
クレタお婆ちゃんにも言ってみることにしたのです。
「おともだちがほしいの」
クレタお婆ちゃんはぱちぱちと瞬きをすると、やさしく微笑みました。
「そうかい、おともだちがほしいのかいエレン。私はエレンのおともだちではないのかい?」
「クレタお婆ちゃんは仲良しだけど、お婆ちゃんだからおともだちとはちょっと違うよ」
エレンは絵本のおはなしをクレタお婆ちゃんにしました。
クレタお婆ちゃんはすこし寂しそうな顔をしましたがエレンの話を聞いてふむふむと何度もうなずきました。
「エレンは同じ年の頃のおともだちがほしいのだね」
「うん!」
ならば、とクレタお婆ちゃんはエレンに丸い石を二つ手渡しました。綺麗な青い色をしています。
「クレタお婆ちゃん、これはなあに?」
エレンはこんなに綺麗な石は初めて見ました。太陽に透かすときらきら輝きます。
クレタお婆ちゃんはにっこり笑うと、エレンの青い石を握った手を、しわしわの手で包み込みました。
「いいかい、エレン。雪だるまをお作り。そしてこの石を雪だるまの目に使うんだよ」
「雪だるまの、目?」
「ああそうさ。綺麗な目だよ。うんと可愛い雪だるまを作っておやり。そうしたらエレンの良きおともだちになるだろう」
エレンは急いでおうちに帰ると、マフラーをぐるぐるに巻いて、あったかい手袋をはめ、白樺の森へ行きました。
森の隅っこに小さな広場があるのです。そこはエレンしか知らない秘密の場所でした。
エレンは広場に雪だるまを作ることにしました。
雪玉をころがしころがし、ころがしころがし。大きな雪玉の上にすこし小さな雪玉を乗せて、エレンと同じくらい大きな雪だるまができました。綺麗な木の枝を指し、頭にバケツをのせます。黒い石で鼻、小枝で口を作り、あとはクレタお婆ちゃんにもらった綺麗な青い石を目にするだけです。
エレンは丁寧に青い石を、目のところに埋め込みました。
青い目の、とびきり可愛い雪だるまの完成です。
エレンは完成した雪だるまをじっと見つめました。
可愛い雪だるまができたけれど、これがおともだちなのでしょうか?
エレンは何気なく、枝で作った雪だるまの手を握りました。
すると、
「こんにちは」
雪だるまが喋りました。
エレンはびっくりして雪だるまを見つめました。雪だるまはなおも続けます。
「こんにちは。私を作ってくれてありがとう。あなたの名前はなに?」
「……わたしは、エレン」
「エレン、ありがとう」
喋る雪だるまは初めて見ました。
「あなたの名前はなんていうの?」
「私は名前がないの。エレンがつけてくれる?」
雪だるまに頼まれたエレンは考えました。
「フィー」
エレンの住む村に伝わる古い言葉で妖精という意味です。白くて可愛い雪だるまにぴったりの名前だと思いました。
「フィーか……。ありがとう!素敵な名前ね、エレン。これから私とおともだちになってくれるかしら」
「うん!よろしくね、フィー」
エレンは、雪だるまのフィーとおともだちになりました。
雪だるまのフィーとおともだちになったエレンは毎日毎日、森の広場へ出かけて行きました。
自分とお揃いのマフラーをお母さんに編んでもらい、フィーの首にも巻いてあげました。
お花畑で摘んだ可愛いお花を頭のバケツに飾ってあげました。
フィーの小枝の手に、エレンがもっと小さな時に使っていた手袋をしてあげました。
一緒に歌を歌いました。
大好きな絵本を読んであげました。
お父さんのこと、お母さんのこと、クレタお婆ちゃんのこと、マリオンさんのこと、いっぱいいっぱい、お話しました。
エレンと雪だるまのフィーは、絵本に出てくるふたりの女の子のように、とっても仲良しの「親友」になりました。
* * *
そして、時は過ぎ、少しずつ暖かくなってきました。そろそろ春の訪れです。
エレンの暮らす村も、雪解けが始まりつつありました。
エレンの家のまわりはもう、ほとんど雪はありません。
フィーのいる森の広場はまだ雪は残っていますが、春はもうすぐそこまで来ています。
フィーは一回り小さくなりました。
「春が来たら、フィーは消えちゃうの?」
エレンは、だんだん小さくなっていくフィーを見ていてもたってもいられない気持ちでした。
「たぶんね。すっかり暖かくなった頃には全部溶けてしまうと思う」
フィーは笑っていますが、エレンは悲しくて仕方がありません。初めて出来たおともだちがいなくなるなんて。
「私は冬しか知らない。だから、春のことたくさん教えてほしいな、エレン」
色鮮やかなお花、飛び回る蝶々、動物の子供たち、エレンは、フィーに、春のことをたくさんたくさん話して聞かせました。フィーに、この村の素敵な春をたくさん知ってもらいたい、エレンはそう思いました。
そして、とうとうその日はやってきました。
日に日に小さくなっていったフィーですが、とうとう顔だけになり、その顔ももう、崩れつつあります。
「フィー!消えちゃやだ!」
「エレン、ありがとう。私を作ってくれて、私のおともだちになってくれて。いろんなお話を聞かせてくれて。とっても、とっても楽しかったよ」
フィーの声はもうほとんど聞こえないくらい小さくなっています。それでも、エレンにはしっかり聞こえました。
「私が解けて、消えてなくなってしまっても、私とエレンはずっと、親友だから……」
「またね」
「フィー!」
そして、フィーはとうとう完全に解けてなくなってしまいました。
地面には頭に乗せていたバケツとお花、エレンとお揃いのマフラー、手だった枝と手袋、鼻だった黒い石、口の小枝、そして、青い石が二つ残りました。
エレンは、枝と黒い石と小枝、二つの青い石をその場に埋めることにしました。手だった枝を片方、地面に刺して、目印にしました。そして、春のお花をたくさん積んできて飾りました。
誰も知らない森の広場に小さな小さな可愛い祭壇ができました。
ここに、フィーが眠っているのです。
雪だるまのフィーのことは、お父さんにもお母さんにも内緒にしていました。知っているのはクレタお婆ちゃんだけです。
エレンは、フィーが消えてしまったあと、クレタお婆ちゃんの元を訪ねました。
「クレタお婆ちゃん、フィーが消えちゃった」
泣きはらした顔のエレンを見て、クレタお婆ちゃんはやさしく言いました。
「エレン、フィーは消えちゃったけどね、エレンの心の中にはずっといるさ。フィーはエレンの初めてのおともだち、親友だからね。そうだろう?」
「うん」
「またいつか、きっと会えるさ」
クレタお婆ちゃんはやさしく微笑みながら小さく、そう言ったのでした。
* * *
季節は巡り、エレンの暮らす村にふたたび春がやってきました。
あれからエレンは毎日、フィーの眠る広場に行き、いろんなことをお話しました。
嬉しかったこと、悲しかったこと、なんでも話しました。
そして、ある日。
いつものように広場に来たエレンは、フィーが眠る土の上に、小さな芽が出ているのを見つけました。
小さくて可愛い緑の芽です。
エレンはそれから毎日、芽に水をやり、見守り続け、そして、
「咲いた!」
綺麗な青い花が咲きました。
フィーの目と同じ、綺麗な透き通るような青い花です。
(また会えたね、エレン)
一瞬、エレンの耳に声が聞こえたような気がしました。
「フィー!」
エレンに答えるかのように、青い花はふわりと風に揺れました。
この花は、フィーなんだ。
エレンの心はとても、とっても暖かくなりました。
それから、森の広場にひっそりと佇むエレンのおともだちは、
いつまでもいつまでも枯れずに咲き誇っているのです。