現実味のない時間
いつセットしたのか分からない目覚まし時計に睡眠を邪魔され、目を覚ました。
あれから4時間ぐらいしか寝ていなかったが、不思議と目覚めは悪くない。
横で青い光が点滅している事に気付き、机に置いていた携帯を手に取ろうとしたが滑らせてしまい床に落ちた。
「うわ!床に絨毯敷いてて良かった・・・」なんて言いながら落とした携帯を拾い上げる。
起動してみると一件のメールが届いていたようだ。見てみると件名を見て思わず身震いをしてしまった。
『国民ゲーム開会式』と書かれていたのだ。
俺は恐る恐るメールを開くと本文には『木山動物園に10時までに集合せよ』とそれだけの内容。
木山動物園は森に囲まれた自然の中で動物に触れ合える事で人気のスポット。家族連れでも一人でも楽しめる。アトラクション施設も充実しており一日居ても飽きない場所だとテレビでやっていた。
此処から動物園までどのくらいかかるのだろうか。ふと気になり、携帯の地図を開こうとすると『どうかしましたか?』と携帯から問いかけてきた。
「おわ!」俺は驚いて携帯をまた絨毯の上に落としてしまう。
『すみません、突然声を掛けてしまって・・・。地図で何を調べたいですか?』と聞いてきた。携帯を拾い「えっと、自宅から木山動物園までどのくらいかかるのかと思って・・・」と聞いてみる。
解読中と言う文字が現れるとすぐに返事が返ってきた。
『此処から木山動物園までは最寄りの地下鉄で1時間程掛かります。遅くとも1時間30分で到着できる範囲です。このルートでナビをしますか?』と道順と時間を教えてくれた。
最新の携帯はこんなことも出来るのかと感動しつつ「お、お願いします」と携帯に敬語を使いナビを頼んだ。
『それでは出発をする時にまた声をお掛け下さい』と言い残し地図を閉じた。
時計を見ると準備をする時間が余り無い事に今気付き、急いで朝食を取り荷物をまとめる。
昨日着ていた服を一応洗濯機に取り込もうとする前に思い出す。そういえば歩湯間に無理やり入れられたストラップと晢っさんの連絡先の紙、そして歩湯間に渡された謎の紙を取り出しズボンを入れる。
ストラップは一応自分の携帯だと分かる為に付けておく事にして、晢っさんの連絡を登録しようとするとまた携帯が話しかけてくる。
『相手の連絡先を登録したい場合は書かれた紙をカメラで写し、取り込むボタンで登録できますがどういたしましょうか?』と聞いてくれた。
「そんな事も出来るのか・・・それで頼めるかな?」
『了解しました。では紙をカメラに写してください』と言われるままカメラに連絡先が書かれた紙を写すと数秒で読み込み、登録完了という文字が出る。
『他に登録する方はいらっしゃいますか?』
「あ・・・」そういえば歩湯間の連絡先を聞いていなかったな、後で晢っさんに聞いてみる事にするしよう。そういえば歩湯間に渡されたQRコードの紙、アクセスして欲しいと言っていたな。どうすれば読み取れるのか分からない為、携帯に聞いてみようとすると時間が目に入る。
「やば・・・!」
時間がギリギリな事に気付き急いで支度をする。薄い上着を着て必要最低限の物を入れたボディバックを背負う。
最後に家の鍵と携帯を手に取り、玄関へ向かう。
履きなれた靴をしっかり紐をきつく締め、玄関の戸を開ける。
外は軽い雨が降っており、少し肌寒かった。大きな傘がいる程度では無い為折りたたみの傘を手に持ち、出かけることにした。
家の鍵を閉めるだけなのだが、不思議と手が震え上手く入らない。緊張?いや、違う。今日は少し寒いから寒さで震えているせいだと思った。
鍵を締め、しっかり掛かったかを確かめるためドアノブを回し引く。よし、大丈夫。
階段を降り、折りたたみ傘を開き携帯のナビを開始した。
『それではナビを開始します。最寄りの駅は・・・』と話し始めた。
大体の範囲は知っていたため駅までは迷わず行ける。エスカレーターで地下に向かい、どの線に乗ればいいかは携帯の方で教えてくれたのでスムーズに進めた。
改札を通る時には携帯をかざせば良いらしく、運賃は掛からなかった。
地下鉄は思っていたよりも混んでいる事は想像はしていたが、想像以上だった。向かう場所は皆同じなのだろう。
周りを見回すと携帯を見ていたり、ゲームをしていたり、話をしていたり、ほぼ全員が携帯で暇を潰していた。こうして見ると異様に見えるのは俺だけなのだろうか?
皆頭を下にし、携帯をいじっている。普通に見える光景なのだが、周りの人間が皆そうしている事は少し奇妙に見えた。
しばらくすると木山動物園に向かう地下鉄が来た。扉が開くと一斉に我先に乗り込む人で車内はいっぱいになる。
俺は真ん中くらいに居た為椅子には座れず、手すりにも掴めないところでやっと乗れた。
通勤ラッシュ以上にキツくは無いのだろうが、少しずつだが気分が悪くなる。元々人ごみが嫌いで、見るだけでも酔ってしまう。少し視線を下に向けるとやはり皆携帯を触っている。この光景で更に気持ち悪くなる。小さくため息を付くと、いつの間にか地下から地上へと走っていた。少し明るくなったと思っていると外は小降りの雨が車体を濡らし、行先の不安をかき立たせているかに思えた。
『木山動物園前ー、木山動物園前ー』と女性のアナウンスが聞こえ約1時間くらい立ちっぱなしとは少し体に応えたが、なんとかたどり着けることが出来た。
プシューっと扉が開くと同時に、また我先にと降りる人で溢れる。もみくちゃにされつつ電車を降り、改札へ向かおうとした。
するとどこかですすり泣く声が聞こえてくる。子どものようだ、辺りを見回すと誰も居なくなったホームに小さな女の子がポツンと立っていた。迷子だろうか。
親の姿は見えない、放っておきたい所だが・・・なんだが可哀想に思えてきた。
ゆっくり少女の方へ歩き優しく声を掛ける。
「どうしたの?お父さんとお母さんは?」慣れない言葉で話けると、どうしても棒読みになってしまう。
「・・・・」だが少女はこちらに顔すら向けずに泣いてる。
「動物園で待ち合わせでもしてるのかな?」
「・・・・」泣くだけで反応すらしてくれない。こう言う時はどうすればいいのだろう。子どもの面倒とかは歩湯間が得意そうだが、俺は向いていない。
ふと上着のポケットに手を突っ込むと何か入っている事に気づいた。取り出してみると、いつ入れたのか忘れた飴があった。
喜ぶか分からないが、少女の目の前に飴を差し出し「飴、いる?」と再び話しかける。
するとすすり泣いている顔をこちらに向け、くしゃくしゃな顔で俺の顔を見る。
「・・・いいの?」と小さな声で恐る恐る聞いてきた。
「うん」俺は飴を少女の方へ差し出し渡した。少女は大事そうに飴を両手で握り下を向きながら小さな声で喋る。
「あのね・・・」
「え?なに?」泣いた後のせいか啜りながら小さな声で喋るので中々聞き取れない。
「あのね、おと・・さん・・・と・・・電車にね・・・のってね・・・どうぶつ・・さんにね・・あいにね・・いく・・・の」と鼻をすすりながら俺に伝えようとしていた。
やはりこの子も動物園に向かう途中でお父さんとはぐれてしまったようだ。途中までなら送ってあげられるが、もしお父さんと会えなければどうなるのだろうか。
だがこのまま一人にしておくのは危ないような気がした。
「分かった。じゃぁ、俺と・・・お兄さんと動物園まで一緒に行こう」とにかく今は動物園に向かう事にしよう。自分でお兄さんって言うと少し恥ずかしい。
少女は小さく頷き、ホームから改札へ向かった。
駅を出るといつの間にか雨は止んでいた。
急いで動物園まで行きたいが、少女の体は小さい為どうしても俺に追いつけない。
頑張って俺について行こうとするが、あの人ごみの電車で1時間の後で歩かせるのは辛い。
「大丈夫?」
「・・・・」反応するのにも疲れたのかひたすらついて来ている。
時間が無い事も考え、少女を抱きかかえ急いで行くことに決め「お兄さんが抱っこしていくよ」と言うと無言のまま俺にしがみつき、抱っこしやすいようにしてくれた。早歩きで動物園へと向かう。
『目的地周辺です。ナビを終了いたします』とナビをしたままだった事を忘れていた。
ナビを終了させ、携帯をズボンのポケットにしまう。
だんだんと動物園の入口に近づいていくと人で溢れかえっていた。老若男女でぎゅうぎゅうになりながらも入り口で待っていると、入り口の様子が目に入る。中に入るには探知機みたいな物に通って中に入っているようだ。
何を調べているのかは分からない。俺は少女を優しく下ろし、入口へと足を運ぶ。人集りの中に白いスーツを来た人が何人か立っている。国の人間に違いない。何を見張っているのだろうか。
そんな事を気にしつつも探知機の向こう側へ通る。何にも反応せずに通ることが出来たが、少女が通るとその機械から警報音が鳴り響く。
「待て。お前、携帯を所持していないのか?」と立っていた白いスーツの一人が駆け寄ってきた。少女は驚き俺の側へ駆け寄ってきた。
「この先携帯を所持していない者は通すことは出来ない。こちらに来てもらう」と少女の腕を強く引っ張る。すると潤んだ瞳から大粒の涙が溢れ出し、悲鳴を上げる。
「ちょっと待てくれ!その女の子はお父さんと一緒に来ているはずなんだ!その子の携帯もきっとお父さんが持っているはず、だから中だけでも入らせてあげてくれないか?」男はこちらを向き、近づいてくる。
身長は高く、体格もガッチリとして俺なんてすぐにやられてしまうのではと言うくらいの気迫である。
「この先は携帯を所持していなければ通せない。これは絶対だ。そして携帯を所持していない者は国で預かる事になっている」
「国で・・・だと?その人達はどうなるんだ?」と問いかけると男は片手を突き出し、俺を飛ばす。衝撃はそこまで強くはなかったが、地面に接した尻が痛い。
「っく・・・!」
「貴様もさっさと中へ入れ。開会式が始まる」そう言うと少女の腕を掴みつつ外へと行ってしまった。
野次馬達はざわつきながら中の方へと向かっていく。少女に申し訳ない気持ちと、自分が何も出来なかった事の怒りが頭を覆い尽くしている。だが、男は『国で預かる』と言っていた。一応は保護してもらえるようだ。
何とかしてその少女の父親を探して助けてあげなければ・・・俺はそう思いながら体を起こし、中の方へと歩いて行く。
広場に着くと大きなスクリーンを前に沢山の人で溢れている。それのせいか、スクリーンが小さく見える。
一体何が始まるのだろうかと思っていると、スクリーンに何かが映し出される。
辺りが騒ぎ始めるのと同時に、真っ白な背景を背にした人物がそこに立っている。
髪はオールバックでおり、顔立ちもしっかりしている。誰から見ても好青年と言う印象を与える。白いスーツも映えている。
『皆様、お静かに願います』隣にいる綺麗な女性が話す。ここではないどこかで中継でもしているのだろう。
『それでは、我らが天皇様のお言葉を頂戴したいと思います』女性がマイクを立っている男に手渡す。
すると男はこちらに向け一礼をし、話し始める。
『全国民の皆様。この映像は全国へ流れており、一部で行うものではありません。
今から行われるゲームは、全国民の皆様がプレイヤーとなります。
そして、皆様に配られた携帯は所持している者の命となります。
個人で行うゲームだと差が出てしまう恐れがあると思い、こちらでチームを作らせていただきました。
そしてチームでこちらから与えられたミッションをクリアしていただくと、賞金と共に、チームの代表一人の望みを叶える権利を与えます。
ですが、チーム内での裏切り、殺し合いはご自由です。その代わり、また違う人をチームに迎えてください。最初の人数より少なかったり、多かったりした場合は即、失格とさせていただきます。
強いチームを作ろうが、弱いチームを作ろうがこちらは構いません。このゲームをクリアできるチームであれば。
国民の皆様、理解していただけたでしょうか?もし先ほどの説明が不十分であれば今送られるはずのメールで質問していただきたい。
では、国民の皆様。健闘を祈り・・・』
すると、どこからか野太い大きい声が聞こえた。
「ふざけるな!こんな馬鹿げたゲームなんかするか!」どこからか分からないが、男性が声を上げた。若者では無い中年のようだ。
「そうよ!こんな事、やりたくないわ!」男性に続きそう周りの人達もざわめき始めた。
騒ぎがだんだんと大きくなっていく。
便乗するかのように周りに合わせ、声を張り上げながらスクリーンの方へと押し寄せるくらいの勢いだ。
手を大きく鳴らす音が動物園を響かせる。天皇だ。天皇が手を叩いて笑っている。
何故だかその姿を見ただけで鳥肌が立っていた。
『分かりますとも。国の一方的なやり方で全国民の意見も問わずにこの”国民ゲーム”を開催すると言うことは、身勝手で傲慢な事と言う事も承知しております。』
なら何故天皇本人が理解している上でこのようなゲームをするのかを皆、息を飲んで返答を待つ。
『だから、このゲームの参加は個人の自由です』
!?
思いがけない返答で唖然とする。このゲームは強制では無いのか、こんな大掛かりな事をしといて今更自由だと!
『ゲームの参加は自由・・・で・す・が!配られた携帯は自分の命と言う事には変わりはありません。ゲームに参加していない人でも携帯を壊されれば死にます』
参加を拒否したとしても、携帯を壊されれば死ぬ事に変わりない。強制ではない。だが、強制であることは変わりない。この状況からは逃げられないという事ははっきりした。
『ゲームを辞める人が居れば、この場から去っていただいても構いません』
さっきまで反対していた人達が一斉に黙り込んだ。誰一人動かず天皇の反応を待つ。
『理解していただいて光栄です』また皆に礼をしてスクリーンに映し出されていた映像が消える。
するとスピーカーから女性の声が聞こえてきた。
『これからチームをお知らせするメールが届きます。国民の皆様はそのメールに指示された場所へ向かって下さい』するとズボンのポケットにしまっていた携帯が震える。
確認すると、『“猛獣の森”の中庭まで行け』と書かれており、一番したまでカーソルを下ろすと『今から、1時間後に指名されたチームになったチームからミッションの内容が書かれたメールを送ります。ですが、今から1時間後に指定されたチームにならなかった方達は、その場で失格とさせていただきます』と書かれていた。
周りの人達へと視線を移す。同じようにメールを開き、何も喋らずに急ぎ足で指定された場所へ向かっている様子をみて俺も急いで指定された場所へ向かう事にした。
人混みを流れるように歩き、動物園の地図がある場所までたどり着く。現在地を確認し『猛獣の森』を探した。
思ったよりそんなに遠くは無いようだ。自分の携帯を取り出し、さっきみたいにナビを設定する。
『動物園内の“猛獣の森”へ向かうナビを始めます』
しばらくナビの言う通りの道を歩いて行くと『猛獣の森』と書かれた看板を見つけた。
入り口は頑丈な檻みたいなつくりをしており、獰猛な動物がいそうな雰囲気を出している。
檻の中に入るとナビがしゃべり始める『“猛獣の森”は、“中庭”までの道が迷路になっており、どこから猛獣が現れるか分からないようになっています。』
なんでそんな風に作ったのかを作った人に問いかけたいと思っていると『迷路のナビは禁止されておりますのでナビはここで終了させていただきます』
「え!?」俺は思わず声を出してしまった。
「ちょっと!急いで行きたいんだけど、迷路で遊んでいる場合じゃないんだけど!」
『ナビゲーションは使用できません』
どうしても自力で中庭まで行かなければならなくなった。
ここを作った人を呪ってやると、そう思いながら迷路になっている道を慎重かつ迅速に進むことになった。
10分くらい歩いたか?猛獣も何も出てこないまま進んでいる。中庭までどのくらいの距離があるのだろう。こんなに長く作る事あったのだろうかと文句ばかりしか出てこなくなった。
そういえば、チームとの合流をするために一生懸命で女の子の父親を探すのを忘れていたが、あの中から父親を探すのは難しいと言うより不可能に近かった。
だが、動物園内を歩いていればそれらしき人物に会えるのでは無いかと考えていると、行き止まりになってしまった。
まずい。そう思い引き返そうとすると何処からか唸り声が耳に入ってきた。
一気に血の気が引く。遭ってはならない状況に今なっているのではと頭の中で想像してしまった。
胸を締め付けるような緊張と恐怖。
周りを見回すとその姿があった。
鋭い牙、凛々しい体格。大きな瞳は俺を捉えていた。百獣の王、ライオン。
間近で見るのは生まれて初めてと言うよりも人生で経験するかしないかぐらいである。
確かにここの『猛獣の森』は人に慣れた猛獣が近くで見られるようになっていると書いてあってもこんなに近くで見られるとは思いもよらなかった。
思わず後ずさり体を動かした瞬間、ライオンは俺を目掛けて飛びかかってきた。
死ぬときは周りがゆっくりに見えると言うが、本当にコマ送りで見ているかのように見える。ああ、俺死ぬんだ。そう、ふと思った。
一気に視界は暗くなり思わず目を瞑った。
思いっきり俺の上にのしかかっている事は分かるが痛みは襲ってこ無い。
「う……くぅ…」重い。息が上手く出来ない。きつく閉じた目をゆっくり開けると、ライオンが俺の胸に手を乗せていた。
しばらくライオンと見つめ合っているとゆっくりと俺から離れる。俺は空気を吸い、咳をしながらも深呼吸をする。
ライオンはこちらを警戒しているのか、俺を見ている。俺を食べようとしているのか?
動いたらまた襲われると思い動かずライオンを見つめていると、ライオンは体をねじり、その場を去っていった。力が抜けたように体が動かない。
「怖かった・・・」手の震えが止まらない。
もしかしたら、あのライオンは遊びたかったのではないかとふと思う。
襲ったのだったら今頃俺は食べられているはず。だが、あのライオンは俺の事をジッと見つめるだけだった。そう思っていると自然に震えが収まってきた。
人間は不思議と思い込みだけでコントロールが利く動物なのだと改めて思う。
中庭へ向けて再び歩き始めたのはいいのだが、どこから来たのかも分からなくなり焦り始めた。
携帯に目をやると指定された時間まであと残り20分まで迫っている。
冷や汗が手と足、背中にまで流れる。ここで役に立つ携帯の地図にはこの迷路のルートだけ載っていない。
万事休す・・・か。
余計に歩くと更に道に迷ってしまいそうで不安になる。もっと簡単な迷路にしとけよ!と誰かに八つ当たりしたくなる。
「くっそ・・・」不安がこみ上げてきた頃、何処からか物音が聞こえた。
すぐそばに誰かいる!もしかして、何時まで経っても来ないから探しに来てくれたのかと思い、物音のした方へ向かう。
すると俺の前方にライオンがこちらを見ていた。
「うわぁぁ!」5mくらいの距離はあったが、目の前にいることには変わりない。
あの時のライオンなのだろうか?するとライオンの口が大きく開き、こちらへ向かってきたではないか!
「うわぁ!」とっさに目を閉じるがいきなり前に引く力が襲う。
体制を崩して前に倒れこみ思わず目を開けライオンの方へ見ると、服の裾を噛んでいた。
な、なんだ?するとライオンは裾を噛んだままグイグイっと引っ張っていく。使い古された布切れみたいに引きずられるかように引っ張っている。
「ちょ、ちょっと!歩くから、ついて行くから!」子どもが何か欲しい時にその変わりに何かをするとからと言う取引みたいな感じで言うと、引っ張っていた裾を離してくれた。
服についた汚れを取り払い、ライオンの後ろをついていく事にした。
別について行かなくても良かったが、何故だろうか。
また噛まれるのが怖いから?一人だと不安になるから?それもあるが、不思議とこいつについていけば迷路を抜けられると思っている自分がいる。確信はないが、今はついていく他に無かった。
迷う事なく進んでいたライオンが急に止まる。
「うわっ!」
強い力で袖を引っ張られ、その勢いで大きく前に投げられる。
一瞬宙に浮いたが直ぐに落ち、地面に思いっきり叩きつけられ痛みと同時に一瞬呼吸が出来なくなる。
「いっ…」
目を開けると、雨上がりの厚い雲が森の間から見える。
体を起こし、ライオンがいる方へ視線を向けるが姿は見えず、呆然自失になる。
「思っていたより早かったな」
後ろの方で声が聞こえ振り返る。
中央の噴水の淵に腰を掛けた男の近くにあるベンチに座っている男の二人がいた。
噴水の方の男はメガネを掛け清潔感のある姿だが、何かを触っているようだが、何を触っているのかはこちらからは確認が出来なかった。
ベンチの男は格闘技でもしているかのような堅いの良さで一際目立つ体の大きさをしているが、若そうな顔達をしている。
だが、この人達。どこかで見たことがあるような気がしてくる。何で見ただろうか?記憶が曖昧のまま思い出そうとしている。
すると堅いの良い方の男が「了って、お前か?」声を掛けてくる。
「は、はい・・・俺の名前ですけど」と答えると男は残念そうに「弱そうな奴」とため息まじりで言い放つ。
「なっ!」反論しようと声を上げるが、メガネの男に遮られる。
「時間が無い。さっさと登録するぞ」と腰を上げ、携帯を取り出す。
「てぇめーに言われなくとも、わぁーてる」ベンチに座っていた男も携帯を取り出し、立ち上がる。
なに?・・・何が始まるのだろうと困惑気味に二人の顔を見る。
「おい、お前も早く携帯だせ」と見下ろすように迫ってくる。
「え・・・携帯?なんで?」
「君、自分の携帯見てないの?」
「え?」
携帯をとり出し、メールを見てみるといつの間にか新しいメールが来ていたようだ。移動中にメールが来てたそうだが、あの時はそんな余裕は無い。
メールの主は天皇と書いてあり、開いてみる。
『あなたのチームのメンバーの名前は、・市ノ瀬 沓八・咎沼 和已となります。チームが集まりましたら、互いの携帯の電話番号を登録して下さい』と書かれていた。
この名前の二人、どこかで聞いて見たような名前と考えて「あ、咎沼選手!」と思い出す。
最年少でオリンピックに出た選手で金メダルを取った人。最近は活躍した話を聞いてなかったが・・・。
「まぁ、忘れてる奴が多いよな。肩壊しちまったし・・・」少し苦笑いをして話を続けた。
「んで、あいつは最近話題のプログラマー、市ノ瀬 沓八。プログラマーつっても色々あるみたいだが、まぁ・・・それは本人に聞いた方が早いな」
「説明は良いが、先に登録を済ませるのが先決だ」メガネを掛け直す。
「でも、どうやって登録すんです?」
沓八は俺に近づき「本人の連絡先を開け」と言われその通り開くと『送信してもよろしいですか?』と言う文字が現れる。
「送信して良いと押せ」と命令口調で少しムッとするが素直に従う。
すると『送信完了』と言う文字が出る。
「これだけで良いのか?」
沓八はため息をつくと「君、携帯の説明書ちゃんと読んだのか?」睨むような視線で見る。
「目を通すぐらいしか、はは・・・」説明書は字ばっかりだったので読む気にはならなかった。
「片方の携帯を受信登録画面にしてから相手の携帯の送信したい画面切り替え、近づけるだけで登録できるシステムになっている。昔の赤外線通信みたいなものだ。だが送受信する時は本人認証が必要で他人が勝手に出来ないようになっている。本人認証をするときは携帯に内蔵されている正面カメラで瞳の・・・」と長々話していると「次は俺だ」と話に割り込んでくる。心の中では丁度聞き飽きていたところで少し感謝をした。
三人の登録を済ませると携帯画面に突然『登録完了しました。ミッションメールを送ります』と書かれた文章が現れると思うとすぐメールが届く。
『只今からあなた達にはミッションを行ってもらいます。
[ミッションⅠ]
“木山動物園内のどこかにいるピエロを見つけ出しそのピエロからのなぞなぞを解き、その答えのモノをある場所まで運べ。制限時間は72時間です。
ミッションレベル3。では、頑張って下さい』
パッと見て簡単そうな内容だが、ピエロを見つけてなぞなぞを解くだけというワケの分からないミッション。
小学生みたいな内容で呆れかえっていると隣の奴は「おもしれーな!俺は昔っからなぞなぞとかくれんぼは得意中の得意だったぜ」と張り切っている。
「その前にピエロを見つけなければならない話にならないがな」
そうだ。動物園内にいると言っても何十種類の施設が建っており、それを一つ一つ探していくとなると至難だ。まして三人で手分けして探しても見つかるかどうかは難しいだろう。
生きているピエロなのかそれとも置き物のようなモノなのかも分からない。
始まる前から焦り始めている俺を見て沓八は「まずはこの猛獣の森を抜ける」と一言いうと足早にその場を離れる。続くように和已も歩き出した後を少し遅れながら二人の後を追う。
また迷子になるのは御免だ。