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国民ゲーム  作者: しゅか
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平和で静かな時間を

こんなに冷たい朝があるのかと思うような早朝。暖かくして寝たはずだが、起きると肌寒くて何かを羽織らなければ起きられなかった。

いつもと変わらないはずの朝なのに、今日に限っては雰囲気が違っていた。

誰かに鋭いものを突きつけられているかのような緊張感。汗腺からは汗すら出ないほど空気が冷えている。

何か嫌な予感がしてならない。気分を変える為にテレビを点けると疑うような光景が映っていた。

写っている人は皆白い服を着ており、何かを宣言をしているかのように見える。その宣言をしている人は白い布で顔を隠しており、口元は見えるがその上は白い布で伏せられ見えない。白のスーツに身を包みカメラに向かって何かを話している。

途中から見たので何を話しているのか分からなく、チャンネルを変えようとしたがどの番組も同じ光景が写っていた。

何かの悪戯なのか、それとも何かのイベントなのかもと考えたが、見ているとそんな感じでは無い事に気がつく。

「そして、私は国民の皆様方に楽しんでもらいたく、ある遊びを考えました」

中継が終わるまで椅子に座りテレビを見ようとすると、さっきまでの雰囲気が変わったように演説していた人の口元は怪しく引きあがり、ゆっくりと口が開く。

「……遊びとは言っても、すごく、簡単で、単純なものです。皆さんが離身離さず持っている"あるもの"を使った遊びです」

"あるもの"を・・・?奪い合う?何を話しているのだろう。

国民の皆様という言葉も気になる。特定の人だけではないのだろうか。聞き間違いでもしたかと自分を疑いつつ、テレビを見る。

「詳しい内容は明日、国民皆様に送られる紙と"あるもの"でお確かめて下さい」

一礼しそしてテレビにさざなみが走りそして、また同じように男が現れ、同じ内容を話す。

見ていた映像は録画しておいたもののようであり、どのチャンネルもその映像ばかり流れていた。

その後もその映像は不気味なように何時間も、繰り返し放送された。

見るのも嫌になりテレビを消し、携帯で他の人の反応を見るために情報発信サービスなどを覗いてみる。

自分と同じような反応をしている者が多数、中には自分が仕掛けたなど名乗る者もいた。誰も信じてはいなかったがあの放送で全国民は混乱していることは間違いなかった。

何が目的でこんなことをしているのか誰も予想できず、明日送られてくる内容を待つことしか出来なかった。


そして、悪夢の始まりを迎えることになる。


何度寝返りをしたのだろうか。眠れず目を伏せて落ち着こうとするが、あの映像が蘇り睡眠出来ず、朝を迎えてしまった。

外が明るくなった事に気付き掛け時計を見てみるとは6時を回っていた。

これ以上眠れるような気がしないので布団から出ることにした。そとは静まっており、鳥のさえずりぐらいしか聞こえてこない。

ピンポーンと高い音が急に部屋に響き渡り心臓が一瞬跳ね上がる。突然のチャイムはいつになっても慣れない。モニターで確認するが、顔はよく見えない。だが何かを抱えて立っている姿は見えたので配達の人だと確認した。

「はい」

「あ、どうも。お荷物をお届けに参りました」見覚えのない服を着ている。普通なら業者の制服を着るはずなのだろが、この人は白い服を身につけている。

白い服・・・まさか、な。一瞬考えてしまったが、それ以上は考えず玄関へ向かった。

「朝早く申し訳ありません、急ぎの荷物だったものでして」

「もしかして昨日のあれのことですか?」

「ええ」男の手元を見ると手元には小さなダンボール。外見から見るが何が入っているのかは分からない。

「あのー、お荷物を」

「あ・・・えっと、ハンコは…」

「ハンコはいりません」

あて先、送り主の紙は張って無く、ただ開かないようにガムテープが張ってあるだけだった。

「その代わり、貴方の血液採取をお願いいたします」

「え?」

「この荷物を受け取る代わりにその受取人の血液を採取して頂く事になっておりまして、悪用などはしません。個人情報の一部として保存させてもうらう為です」

聞いた事もない。血液だけで個人情報として扱えるのだろうか。指紋などなら未だしも、血液なんて他人と区別のつか無いものを採取するなんて何を考えているのだろうか。

たが、ここでつべこべ言ってるだけで時間を無駄にしてしまうだけだ。

「分かりました」仕方なく了解し、俺は右手を男に差し出す。

すると男はポケットから透明な筒を取り出し、その筒を俺の腕に当て中に赤い液体が入ってゆくのが分かる。だが、痛みは無い。

腕を見てみるが血を採られたような跡は見当たらない。

「有難う御座いました」

採取した筒をまたポケットに戻し、一礼した後すぐに去っていった。

俺はダンボールを抱え部屋に戻りテーブルに荷物を置き、カーテンを開ける。

太陽の光を閉ざすくらいの厚い雲に覆われた空。いつ見てもどんよりで気分が上がらない天気だ。

ダンボールのガムテープを取り、中をみると紙が1枚と梱包してある固形のもの、それだけが入っていた。確かにこれだけしか入っていなければ軽いはずだ。

中身を全て取り出し梱包してあったものを取っていくと最新型の携帯があらわれた。テレビCMなどで何度も見た事があり、番組などでも紹介されていて知ってはいた。あんな高いものなど買える金など持ち合わせて無いためずっと使っていたボタン式の携帯だった。

この携帯はタッチパネル式であり、メールなどの文字、画像、操作など立体的に表示でき、指の動きだけで操作、文字の入力が出来る。

もっとすごいのが携帯自体に人工知能も搭載されており、会話が出来るということ。そこにもう一人の人がいると言うくらいの出来らしい。人間より頭が良いと言う化け物のような品物だと言う人間もいる。

人間のような機械で本体にタッチしなくとも操作が出来ると言う優れものだと最近バカ売れしている商品らしい。

起動の仕方を説明書を見ながらいじってみると、画面が明るくなり、パスワードを入力を促す画面が現れた。説明書には既に決められたパスワードを入力して下さいと書かれ、そこには“TR**”と書かれており、**に入るところは自分の好きな数字を入力しろとある。

「“TR29”と」29とは自分の誕生日の日にちである。忘れることは無いと思いその数字にした。

すると画面が変わり、文章がズラッと表示された。


『全国民皆様方には、国民ゲームに参加をしてもらいます


-国民ゲームの詳しい内容-

①.今日送られた携帯はこれからあなたの命となります。くれぐれも壊さぬように注意して下さい。

壊れた瞬間、携帯の持ち主はGameOverとなり、死にます。


②.【国民ゲーム】はミッションをクリアして進むゲームです。

ミッションはメールにて届きます。メールに従いミッションをクリアして下さい。

ミッションは時間制です。※例外もありミッションのレベルによって、時間が変わる場合があります。時間を過ぎてしまうだけでもGameOverとなります。

ミッションの変更が出来る場合と、出来ない場合があります。※辞退等も強制にGameOverとなります。

ミッションをクリアした報酬として賞金が支給されます。レベルに応じてその賞金は変動します。

沢山の賞金が欲しい人はレベルを上げ、難関ミッションに挑戦して下さい。

※賞金は現金ではなく携帯から引き出す形になります。


③.【国民ゲーム】は3人組で挑戦していただきます。

こちらで明日、選ばれた3人組をメールでお知らせいたします。拒否等はご自由になさっても構いませんが、必ず3人組ではないとミッションに進めることは出来ません。


④.全9ミッションをクリアしていただけたチームは、最後のミッションをクリアしていただきます。最後のミッションをクリアしていただくと天皇から贈り物が貰えます。


それでは国民の皆様、頑張って下さい。


【国民ゲーム】主催者 天皇』


読み進め行くが、内容を理解することは出来たとしてもそれが現実に起こるとは考えることが出来なかった。

何が国民の為のだ。国民全員がこれを望んだワケじゃない。辞めることも、反論することもできない状況で一方的に勝手に話が進んでしまっている。

怒りと不安が入り混じり、携帯の持つ手に汗がにじみ出る。

夢では無いかと今でも思う。この前までは普通の生活だったのが、昨日今日で一変してしまったのだ。可笑しくなっても仕方ない。

ふと目に携帯が映りこみ、『これが俺の命』そう思っただけで命と言うモノが軽いものだと思えてしまう。

死ぬってどんな感じなのだろうか?苦しまずに死ねるものか。そんな暗い思いが次々と溢れ出てくる。頭が重くなってきた。いや、気持ちの方だろうな。

とにかく、生き延びれば良い話であることには変わりない。

ミッションをクリアしていけば良い話、それだけ。そう自分に言い聞かせる事で気持ちを軽くしようとした。


一通り文章を読み終え、一番下に理解したかを確認するための同意ボタンがある。

同意、と押すと「個人情報の入力」と表示された。

また入力しなければならないと思ったが、この携帯に慣れる為と考えてながら入力をする。

音声機能でも使うか、そう思い「音声入力で」と言うと携帯から「音声入力に切り替わりました」と女性の声が聞こえた。

「まずは、名前か・・・多久桜(タクオウ) (リョウ)って名前、普通に出てこないだろうな」

「苗字のタクオウとはどのような漢字ですか?」と携帯から話しかけてきた。

さすが人間の様な携帯だ。まるでこちらが何を思っているのか理解しているかのようだ。

「えっと、タは多いっていう漢字で・・・クは久しぶりのひさで・・・オウは桜」

「“多久桜”こちらで間違いありませんね?」と名前を入力する場所に自動に入力してくれ、こちらは指を動かすことなく出来た。最新の機能は恐ろしいくらい出来が良い。

「名前のリョウはどのような漢字ですか?」

「リョウは了解の了で」

「“了”こちらで間違いありませんね?」本当に人と話をしているかのようだ。

こんな調子で音声入力で生年月日、細かい情報を入力し個人情報の入力は終了した。

思っていたよりスムーズに使え、少し慣れたように思えた。

カメラ機能も付いているし、メールも出来る普通の携帯だ。携帯を眺めていると時間が早く過ぎている事に気づいた。

夕食の準備をしておらず、これから何かを作るにも面倒だ。近くのコンビニで何か軽めの物を買いに行こうと思い立ち、財布と家の鍵をズボンのポケットに入れ、出かけた。

外はいつの間にか厚い雲は消え綺麗な夕日が顔を出していた。不思議とさっきまでの緊張感は無くなり、普通の生活に戻ったかのように思えた。

コンビニにはあまり人は居なく、雑誌を立ち読みする人、飲み物を選んでいる人などいつもと変わらない光景だった。

あの放送が本当にあったのか疑うくらい皆普通であり、自分だけに起こっている事なのだろうかと少し戸惑った。

立ち止まっているのも可笑しいので今後どうするか考えつつ、食べ物を見ようとした時「おーぃ」と後ろから呼ばれた気がし、振り向くと見覚えのある姿がそこに立っていた。

「おぉ、やっぱり了だ。久しぶりだな。3ヶ月だけだけど」そこには親友の矢冬(ヤトウ) 歩湯間(フユマ)が立っていた。高校時代にいつも俺にちょっかい出してきた奴だ。クラスは違うが暇な時はほとんど歩湯間とばかり遊んでいた。話も合うし、何よりこいつの前で気を使う事をしなくて良い。

「めんどくさい事になっちまったが、まぁ、お互い頑張ろや!」俺の肩を強く叩き、いつもと変わらない元気な顔を俺に向ける。相変わらずの脳天気ぶりだったが、そういう所は嫌じゃない。

小さい頃、俺は友達を作るのが苦手だった。何故自分から仲良くしなくてはならないのか、理解できなかった。めんどくさいだけだと自分の中で決め付けていたからだ。

逆に歩湯間は、誰でも仲良く話しかけ積極的だったのを覚えている。こいつ必死だなと軽く笑っていたが、いざ話してみると以外に俺とどこか似ていて印象がガラリと変わった。

「何買いに来たんだ」

「晩御飯を」

「ふーん、じゃあ久しぶりにゲーセンでも行くか!」

「話聞いてたかお前。それ以前の話に俺、そんなに金持ってないけど」

歩湯間は胸を叩き「遊ぶくらいの金は出してやるよ」と行く気満々で俺を誘っている。断るのも悪いし、それ以前に金を出してくれると言う心の広さを無駄にするのも悪い。

俺は了承し、歩湯間について行く事にした。


商店街は良く学校帰りに立ち寄り、買い食いや趣味の物をよく見に立ち寄った。今の時間帯は人が賑わっているはずだが、あまり人の姿が見当たらない。

お店は普通に営業をしているみたいだが、この日ぐらいは休んでもいいのではと思う。

いつも遊んでいるゲーセンにはまばらだがゲームで気分転換でもしに来た人たちで賑わっている。

それにしてもいつぶりのゲームだろうか、高校を卒業してからは一人で行くこともしないため全然来ていない。

ゲームと言う単語を繰り返していくと、あの”国民ゲーム”という訳の分からないのが始まることを思い出した。あの事を忘れていたはずなのだが不意に思い出すと体が強ばる。

「なに、そんな難しい顔をしてよぉ。久しぶりに格ゲーしようぜ!」

そういうと機械にコインを入れ、向かい側に腰を下ろした。

「ほら、早くキャラ決めろよ」いつもより真剣な顔つきで画面に視線をやる歩湯間に対して俺は、苦笑いをしつつゲームを始めるのだった。


思いもよらぬ速さで決着がついた。歩湯間は画面とにらめっこをし、口を尖らせながら「あー…また負けた…」と暗い一言。

「俺、最近ゲームして無かったんだけど、また歩湯間弱くなった?」余裕の笑みを浮かべながら席を立ち上がり歩湯間の元へ歩いていく。

「うっせーな!」髪を掻きながらポケットから携帯を取り出す。

「その携帯・・・」

「お前も送られてきただろ?あの最新の携帯だぜ?だんだん使っていくと楽しくて手放せなくなったわ」なれた手つきで誰かにメールをしているようだ。

「そういえば、お前携帯は?」

「あ・・・そういえば家に置いてきちゃったな・・・」携帯を身につけて出かける事はあまり無い為家に忘れる事が多い。メールをする相手も居ないから携帯を使う事もあまり無い。

「一応あれは俺たちの命になるんだぞ?しっかり肌身離さず持ってないと危ないぞ」

「分かってる」確かに自分の命を置き去りにしている様なものだ、こいつの言う通りだ。今度からは気をつけることにしよう。

そういえば歩湯間の持っている携帯と同じ形をしている事に気づく。もし皆同じ形だとすれば見分けがつかなくなってしまう、自分の携帯だと分かるようにしておかなければ。

歩湯間は携帯をしまうと「よし!」と一息つき、立ち上がるとさっさと歩き出してしまう。何も言わずにゲーセンから出てしまった背中をついて行くと顔だけをこちらに向け「腹減ったよな、なんか食いに行こうぜ?」と微笑みながら言う。

「いや、俺そんなに金ないし。お前も迷惑だろ?」

「迷惑だとは思ってねぇーよ、久しぶりにお前に会えて嬉しいんだよ。足りない分は俺が出してやるから行こうぜ?」

「そこまで言うなら行ってやろうかな」ふざけて上から目線で喋ると歩湯間に苦笑いをされつつ、少し歩くと何度か行ったレストランについた。

行きつけの店と言うよりも知り合いがバイトをしていて少し安くしてくれた事から通い始めた。

細く暗い路地をゆっくり歩いていると足元に何かが当たった気がし、下を向くと小さな石を蹴飛ばしたようだ。だが、普通の石ではなく宝石のような輝きを放っている。

手にとってみると黒と白の石がついたストラップのようだ。誰かが落とした物だろうか?

「何やってんだ?お?それパワーストーンじゃん、拾ったのか?」

「あぁ、パワーストーンってこの石か?」

「オニキスって言う石だよ、まぁ見つけたのもなんかの縁だし貰っとけばいいんじゃね?」

「誰かの大切なものだったらどうするんだよ」

「ここ、そんなに人通らないしずっとここにあるって事は探しに来てないってことだよ。それだってこのまま置き去りじゃぁ可哀想だろ?」

「なんか都合のいい事ばっかり言ってないか?」つべこべ言っている事にイライラしたのか、ストラップを奪い取り俺のポケットの中に無理やり入れ込んだ。

「おい!別に欲しいワケじゃぁ・・・!」

「とにかく、それはもうお前の物だ。大切にしてやれよ」と肩を軽く叩きさっさと前を歩いて行ってしまう。

昔一度同じようなことをしたことをふと思い出した。


歩湯間と仲良くなってしばらく経った頃、商店街で遊んだ帰り道で同じように捨てられていたおもちゃ、確か小さなクマのぬいぐるみだった気がする。それを見て「可哀想だな・・・。欲しくて買った物を飽きたと言う理由だけで捨てらたおもちゃは・・・」寂しそうにぽつりとつぶやく。

「確かにそうだけど、捨てないと物が溢れちゃうだろ?」と思ったことを何も考えずに言ってしまった。隣に立っていた歩湯間の顔は寂しい顔から悔しそうな顔へと変わっていた。

そのゴミ捨て場から汚れ破れていたぬいぐるみを大事そうに抱きかかえ「こんぐらいなら俺でも直せるな」と小さく言うと鞄の中に入れた。

「それどうするんだ?」

「綺麗に直して俺の家に飾ろうかな」

「そこまでしなくても・・・」

「ただの自己満足だよ」と自分に言い聞かせるかのようにも思えるような事を言い、そのまま「またな」とさっさと帰っていってしまった。

そのぬいぐるみは確か歩湯間の部屋に飾ってあったのを何度か見かけた事がある。少し違和感があったが、大事そうに飾ってあったな。

思い出を振り返っているとあっという間に目的のレストランに着いていた。

レストラン『グゥートラ』

時間帯もあるが、場所が離れているだけに人は少なく、静かに営業していた。

ここの店長は少し変わった人であっち系の疑惑があり知り合いは辞めてしまったらしいが、料理はその辺の店よりは美味しいのは確かだ。中に入ると聞き覚えのある声が出迎える。

「いらっしゃ・・・あら、久しぶりの顔がお揃いで。何年ぶりかしら・・・」

長身で少し細身のオネエ系のこの人は前田哲マエダ テツと言い、このレストランのオーナーをやっている。高校時代の時に会ってからは何かとお世話になっている。

人柄は温厚で誰からも好かれ、見た目は男前でモテそうだがオネエだと言うことが非常に残念だと思う。

「3ヶ月ぶりだよ、哲っちゃん。相変わらずのオネエっぷりで」

歩湯間はこの人の事を「哲っちゃん」と呼び、俺は「哲っさん」と呼んでいる。

「オネエは高3からずっと通すって決めたの!で、今日は何の用?」

「久しぶりに哲っちゃんの料理が食べたくなってさ」

「可愛いこと言ってくれるのね、でも今日はもう残り物しか無いのよ。それでもいいなら作ってあげてもいいわよ?」

「哲っさんの料理なら何でもいいよ。な、歩湯間」

「で、何を作ってくれるんだ?哲っちゃん」

「出来るまでのお楽しみよ、その辺で座って待ってて頂戴」そう言うと哲は調理場の方へ行ってしまう。

レストランは哲の他はアルバイトの人を雇っている。ほとんどの客は常連ばかりだから、客が来ない以外はアルバイトの仕事が無い為あまり雇っていないようだ。

昔は一流シェフとして働いていたらしいが職場が合っていないと言う理由で辞め、今のレストランを始めた事を前に酒を飲んでベロンベロンになりながら話してくれた。

結婚をしていたみたいだが、今は独身だとつぶやいていた。相手がどんな人だったのか歩湯間が問いかけても話そうとはしなかった。あまり触れて欲しくないのだろう。

レストランの窓からは東京タワーが微かに光を放っている。そういえば東京タワーに一度も登ったことがない。高いところが怖いとかではなく、単に登るのがめんどくさいのと人が沢山居る所にわざわざ行くということをしたくないからだ。

そういえばスカイツリーも行ってないな。東京タワーに行ってない人間がいきなりスカイツリーには行かない。見ているだけで十分だ。

「なぁ、了」外を見ていると声が聞こえる。ぼうっとしていたようだ。

「お前は、俺と出会って本当に良かったと思ってるか?」と俯きながら話しかける。

突然何を言うのか思えば不思議な事を問いかけてきた。少し驚きながらも「何言ってんだよ、当たり前だろ?俺は歩湯間と会ってなかったら、今頃ヒネクレ者扱いをされて暗い人間になってたよ」と笑いながら答える。

その顔を見て歩湯間は寂しそうな顔をして「そうか」と小さく鳴いた。

俺は何か間違った事を答えたのだろうか、だが思ったことを言っただけであり嘘はついていない。

そう、あの時歩湯間と会わなければ俺の人生はきっと違った方向へ進んでしまっていたかもしれない。だからある意味俺の恩人でもある。

「どうしたんだよ、突然」

「いや、ふと思っただけだ。気にすんな」

「・・・・」

こいつがそんな事を聞く時は変な事を考えている時だ。こいつもきっとあの”国民ゲーム”の事を思い出して怖じ気付いてしまったのだろう。能天気な奴でもそうなってしまうだろうなと心配していると、「そんなことより、明日からは普通の生活じゃなくなっちまうし、今日は楽しもうぜ!」いつもと変わらない明るい歩湯間があらわれた。

「え?」俺は思わず驚いた。さっきの落ち込んだお前はどこに行ってしまったのだ?と思うような気分になった。

「はい、お待ちどぉさま!」哲の両手には二人分のオムライスを持っていた。

「おぉ!久しぶりのオムライスだ!卵を上手く載せられないんだよな、俺」と言いながらオムライスをスプーンいっぱいに乗せ、大きな口に入れ込んだ。

「うん、やっぱり哲っちゃんの料理は絶品だな」満足げな顔でオムライスを食べていく。

「あら?了ちゃんは食べないの?」

「あ、食べますよ!もちろん」スプーンを手に取り、一口食べる。

懐かしい美味しさが口いっぱいに広がった。トマトの甘味、鶏肉の旨味がライスを噛むたびに溢れてくる。久しぶりに絶品なご飯にありつけた気分だった。

「美味しそうに食べてもらえて嬉しいわ、残り物だけど」

「哲っちゃんも『アレ』届いたでしょ?」

「『アレ』?もしかして例のゲームの事?届いたわよ、もちろん。だってあれ国民全員参加でしょ?拒否も認められないみたいだし・・・」

急にその話になった瞬間、食べ物が喉を通りにくくなり、気分も一瞬で下がってしまった。

「やんなっちまうよな。意味が分かんないゲームを勝手に始められて、急に配られた携帯が命になるって言うのも信じられないしよぉ」

「そうよね、何を考えてこんな事をしようと思ったのかしら」

「国の奴らなんて何にも考えてないんだよ、だからこんな・・・」

「やめろよ!」思わず大きな声をあげていた。

二人は驚いた顔でこちらを見ていた。

「ごめん、もうその話はいいだろ?別の話をしようぜ」空気が悪くなるのを避けるため、別の話に変えようと思った。

「そうだな。こんな話だと、飯が不味くなるしな」と気を利かせた歩湯間は楽しい話題を話し始めた。


オムライスを食べ終え、3人で世間話をしているとあっという間に翌日へと近づいていた。

「もう夜も遅いわ、そろそろお店を閉めなきゃ。アナタ達も早く帰って休みなさい」と哲は前掛けを外しながら店の奥へと行ってしまった。

俺たちは食べ終わった食器を食器洗浄機にかけ、洗い終わったものを台の上に置いておいた。

哲が私服に着替え、店を閉めるのを二人で見ていた。

「よしっと。アナタ達、さっさと帰っても良かったのに」

「しばらく哲っちゃんと会えそうにないしさ、見納めに」

「嫌な言い方するわね・・・」哲はポケットからタバコを取り出し火を付ける。

タバコの臭いは、いくつになっても好きにはなれない。臭いもそうだが、煙を見るだけでも側に居たくない。

嫌そうな顔をしているのに気づいた哲はタバコを灰袋に入れた。

「ごめん、そういえば了ちゃんタバコ嫌いだったもんね。ごめんね」

「いや、俺のこと気にしないで吸っていいよ」密室なら充満するので勘弁だが、外なら我慢はできる。

「タバコは止めとくわ、最近痰が酷くてね」そう言うとタバコの袋をゴミ捨て場に捨てた。

「哲っちゃん、ご飯代いくら?まだ払ってなかった」

「お金はいらないわ、アナタ達のメアドを登録させてくれるだけでいいわよ」

「そんなんで良いのか?」

「うん、寂しい時にメールしたいでしょ?」

「俺は教えられるけど、了の奴家に携帯忘れたんだよ」

「あらそう?そうだ」そう言うと哲は真っ白な紙に携帯をかざし携帯が光ったと思ったら、真っ白い紙にいつの間にか文字が書かれていた。

一体何があったのか少し驚いていると「これよ」と携帯を渡された。

紙などに文字を写せる事のできる機能があると書かれてあったが、どんな仕組みでそんな事が出来たのかは詳しくは分からない。

「このメアドを帰ったら登録しといてね?」メールアドレスと携帯番号が書かれた紙を携帯と交換する形で渡す。本当に印刷したのでは無いかと思うくらいのはっきりとした文字がそこにある。

もっと他に便利な機能を搭載されているのではと思うと、すごくワクワクしてきた。

「ちゃんと連絡しなさいよね?それじゃぁ無理しない程度に頑張ってね」哲は手を振り、細暗い道をゆっくりと歩いて行った。

少し見えなくなったところで「俺たちも帰ろうぜ」と眠たそうな声を掛けられた。

夜はさすがに肌寒く、薄い上着でも羽織ってくれば良かったと少し後悔した。

街灯の明かりも所々にしか無く、何かが出てきそうな雰囲気を出しているように思える。

「おい、了。少しいいか?」前を歩いていた歩湯間が突然話しかける。

「ちょっとそこの公園に寄ってかないか?」指差す方には、小さな公園。歩湯間と学校帰りに立ち寄り、無駄話ばかりを話していた。この辺にあった事さえも忘れていた。

「お前はまだ帰らなくても良いのか?俺は大丈夫だけど」

「良いんだよ、もう学生じゃないし。いちいち親に許可なんか取ってられねぇよ」と言いつつ誰かにメールをする。

「メールはするんだ」

「一応知らせとかないと、後々面倒なんだよ」

歩湯間の家族は両親と3歳年下の弟の4人暮らし。何回か家にお邪魔させてもらった事があり、皆とても優しい人たちだった。親の居ない俺を我が子のように接してくれたことを今でも覚えている。弟は少し素っ気ない所もあるが、ゲームの話しになると喜んで話しかけてくる。高校卒業以来会っていないが、元気にしているのだろうか・・・。

「ブランコにでも乗ってさ話そうぜ?座って話すのもつまんないしさ」と小走りでブランコの方へ向かい、立ちながらこいでいる。

ブランコに近づき、腰を下ろしゆっくりとこぎ始めると小さい頃の思い出が蘇る。

公園の遊具で一番楽しかったものはブランコと滑り台で、ずっと乗り続けても飽きなかった頃を思い出すと懐かしい気持ちになった。

「おい、見ろよ上。街の明かりが少ないから星が見えるぜ」

見上げると無数の星が光輝いている。夜空を見上げる事なんてしないものだから、こんなに綺麗だったことを忘れていた。

「星をさ、見てるとなんだか安心するんだよな。不思議と」

「逆に俺は不安になる」

「何で?」

「吸い込まれそうで」

「子どもか!」

「うるせっ」笑いつつブランコから降り、そのまま滑り台の方へ駆け寄る。

すると顔に何か細い糸が引っかかってしまった。この感覚は何度も触れたことがある、これは蜘蛛の糸だ。

「うわ!」

手を思いっきり振り回し、蜘蛛の糸を払う。意外と蜘蛛の糸は取れにくく、取れたと思っていても付いている事がある。おまけに蜘蛛も付いていることもある。

「夜には蜘蛛が巣を作るから結構引っかかるんだよな、俺もあるわ」後ろから少し笑いながら歩いてくる歩湯間を無視して滑り台の上へ登った。

そんなに高くは無いが、小さな山よりは高いように見える。あちこち見回してみると住宅の明かりがほとんど消え、犬の鳴き声さえも聞こえない。

一日がこんなに早く終わってしまったと思うことは久しぶりに感じる。毎日同じような生活ばかりで長いように感じていたが、あの意味不明なゲームのせいで今までの生活が一変してしまった。

夜風が全身に吹くと、少し眠気が取れた。すると後ろから思いっきり押され、そのまま走りながら滑り台を降っていった。

「お前、何すんだよ!」突然の事で少し驚きながら睨みつける。腹を抱えて笑っている歩湯間を見て少し腹が立った。

「用がないなら帰る」ムスっとした顔でそのまま公園を後にしようとすると、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

「悪い悪い!ワザとだ、怒んなよ!シワが増えるぞ」

「女に向かって言うような事を俺に言うな!俺、冗談嫌いなの知ってるだろ!?」大人気ないと分かってはいるが、今の俺は許すことが出来なかった。自分でもそんな事で怒らないのだが、馬鹿にされているかのようで許せなかった。

「知ってるよ、でもお前だから冗談が言えんだよ」

「は?」冗談が嫌いな本人に向かって言うセリフでは無い。

「お前をよく知ってるから言えるんだよ、冗談が」

「何言ってんだよ、お前」

真顔で言っている顔を見ていると、怒っている自分が馬鹿らしく思えてくる。

いつもそうだ。放っておけばいいものの、イライラしている俺を無視するのではなく、逆に楽しい話をしてくる。さっきまでの感情がスーっと消えてしまう。

今更こいつの冗談を間に受けるのも馬鹿らしいと思い、笑い出してしまった。

「どうした?」

「いや、思い出し笑いだ。ははは」

「ふーん。あ、用ってこれを渡したかったんだ」その手には綺麗にたたまれた紙切れが乗ってある。言いたいことがあったのではなく、この紙を渡したかっただけなのだろうか。

その紙を取り、見てみるとそこには文字は書かれておらず、QRコードのような模様が描かれていた。手紙ではなさそうだが、なぜこんなものを。

「それをお前に渡したかったんだ。QRコードを使ってそこにアクセスして欲しいんだ」

「アクセス?」怪しい顔をしている俺を見て慌てた様子で言い直す。

「別に金がかかるとかの怪しいサイトじゃなくて、とりあえずここにアクセスして欲しい」

真顔で冗談を言っているのではとふと思ったが、わざわざ紙まで用意してあったのだからどうしても見て欲しいのだろう、と解釈をした。

「アクセスするだけでいいんだな?」

「あぁ、できれば早めに、な」

「分かった、帰ったらすぐにアクセスしてみるわ」紙をポケットの奥へ押し込んだ。

両手を上に伸ばし、背伸びをした歩湯間はこちらを振り返りにっこり笑った。

「俺の用事はこれで終わり、ほかに何かあるか?」

「いや、特に何も無いが・・・」と言いかけたが、ふとあることを思い出す。

「なぁ、歩湯間」

「うん?」

「グゥートラに居た時、お前こう言ってたよな。“明日から普通の生活じゃなくなる”って」

「おう、言ったけど」

「あのゲームが明日から始まるなんて知らないだが、俺」

「・・・・」何で黙るんだよ、何とか言えよ。

「お前、見てないのか?」

「み、見てないって?」

歩湯間は自分の携帯を取り出し、一通のメールを俺に見せる。

そこにはあの天皇からのメールの一文で『全国民皆様方は、明日からのゲームに強制参加をしてもらいます。』と書かれていた。

「・・・・ホントだ」

確か自分の見た一文には“明日から”と言う部分が書かれていなかった。見逃していたのか?だが、このメールには確かに書かれてある、疑いようがない。

明日からだとすると、こんなところで立ち話している場合ではないのではないか?と焦る自分を落ち着かせるのに頭がいっぱいになる。

焦り始めた姿を見て歩湯間は携帯をポケットにしまい込み「詳しい内容は明日にならないと俺にも分かんないぜ?今から焦っても意味無いって」気にするなという事を言いたいのだろうが、気になりだしたものを引きずってしまう性格が俺の悪い癖。

渋い顔をしていた俺を見て歩湯間は突然笑い出す。

「本当変わんないよな、お前」

「はぁ!?」

「いや、悪い意味とかじゃなくて・・・安心したって言うか。俺の知ってる了で良かったって」

「そんなコロコロ性格変わる奴なんているのかよ」

「いるさ、周りの人間によって変わっちまう奴は」

「良い意味でか?」

「両方だな、悪い奴と交われば悪い方向に。良い奴とだと良い方向に。人間なんてその場の空気で別の人格を生み出すぐらい容易いんだよ。流されやすい奴もいれば、流されず己の道をひたすら進む奴。まぁ、お前は少し一匹狼っぽいところはあるよな」とニヤニヤしながら話している顔が少しムッとした。

「誰かのペースに合わせるなんて苦手だし、昔から。無理に合わせてると疲れるだけだし」

「お前はそれで良いんだよ、逆にそっちだと気持ち悪いって言うか、ありえないな」

「お前もな」そう言うと二人同時に鼻笑いをした。

一瞬だけど、さっきまで頭が重かったモノがいつの間にか消えていた。


「でさ、アイツ俺に腹にパンチしようとしたんだけどよ、避けたらそのまま教師に一発食らわせちゃってさ。周りの奴ら大爆笑!俺はすぐさまその場を逃げたよ、とばっちり来る気がしたし」

「本当か?見たかったなぁ、そいつの顔」

「めちゃくちゃ悔しそうな顔してたぜ?教師を殴った後の顔は青ざめてたけどな」

二人で学生の頃の昔話をしていたが、とうとう睡魔が襲って来た。瞼が急に重くなる。

「ん、どうした?眠いのか?」

「そうみたいだ・・・ずっと朝から携帯イジってたからかな、目が重い」

「んじゃ、明日も忙しくなりそうだし、今日はここでお開きするか。てか、もう今日か」

時刻はとっくに深夜を回っていた。どうりで眠いわけだ。

おぼつかない足でブランコから降り、公園の外へ足を進めていた。

「おい、大丈夫かよ。まるで酔っ払いのおっさんだな」

「絡んでくる酔っ払いよりまだ良いだろ」

「送らなくても大丈夫か?」

「ノープロブレムだよ」

「気をつけて帰れよ」

「お前もな」俺は振り返る事なく歩湯間と公園を背にしたままゆっくり帰っていくのだった。

姿が見えなくなるまでずっと見つめて、小さく「死ぬなよ」と呟いた歩湯間に気づかないまま、俺達の最初で最後の平和な時間は過ぎた。


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