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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一冊の本と冒険者の裏側で

作者: 木納技嗣

 才能がある者は、幼少のころから特別な何かがあったりするものだ。 

 しかし、才能が全てではない。

 この世界においては、至極簡単な話である。

 魔法、剣術、戦闘技術には当てはまらない言葉であるからだ。

 なぜなら。魔法の基礎を創った人物や剣術の流派を興した人物はともに、努力家であった。

 人というものは、才能があると甘え、溺れてしまう者がいる。

 だが、才能も神から与えられた天性もある。

 レルタスには、余り関係のない話かもしれない――。



 主人公の目先で少年が木剣を少し右に傾けて、構え対峙していた。

「あんまり、いい気になるなよ。レルタス、本気出せばお前なんか余裕なんだよ」

 東雲色(しののめいろ)という変わった髪色の彼。レルタス・フリロンテが一応の主人公である。

 芝生のように、彼らの足下一面に茂っている。グラフォロスという名称の草は3cmで成長が止まる。

 イネ科の多年草だ。

 レルタスが右手に持っていた刀身55cmの良く使い込まれた木剣。その握りを投げ離し空中で垂直に輪を描き、左手で握りを掴み取った。

 周りを囲む木々はお昼時の時間であるにもかかわらず。明かりを薄めていたのだが、一度の木漏れ日によって。空間が照らされ続ける。

 レルタスが深呼吸。間髪入れず、地面を蹴って少年がレルタスに迫った。

 体の捻りと加速を加えた薙ぎ払いを、レルタスは先読みしたかの如く躱し容赦なく木剣を振り下ろした。

 8歳のレルタスより2年ほど先に生まれた少年は、某惑星の民とは比較にならない反応で木剣を交差させ防ぐ。

 すでに少年の勝機は存在していなかった。レルタスの天性、先見眼せんけんがんは動きの先読みはおろか。どのように動けばよいかさえ教えてくれる代物だ。

 全てを手にしているレルタスには、中級冒険者でさえ勝つことは難しいほどの強さを秘めていた。

 一瞬で力を抜いたレルタスは、流れるように左右から打ち込む。

 乾いた音が木霊する。戦いを観ていたレルタスの祖父だけは気づいたようだ。

 武器に魔力を浸透させる術を知っていると――。

 

 数撃で追い込まれた少年は破れかぶれに木剣もっけんを振り始める。

 効果がないどころか体力の消耗は激しいことに、レルタスは直ぐに気づく。

 飽きてきたレルタスは、そろそろ終わらせることにしたようだ。

 少年の間合いにいたが、更に踏み込む。驚いた少年は、木剣を振り下ろそうとする。

 レルタスは、右足の踵をわずかに上げ、右下から叩きつけるように薙ぎ払う。

 空気を裂く音と共に薙ぎ払いを当てられ、少年トゥルは地面に倒された。

 腹部を両手で押さえて痛がる、少年の顔を一瞥したレルタスは祖父が所有する城館へと一人向かうのだった。




 ▽ ▽ ▽




 書斎(しょさい)の中は、唯一レルタスが落ち着ける場所だ。

 そこでゆったりと読書をするのが、安らぎの一時である。

 所蔵冊数は千をゆうに超える書斎。左右の壁を埋め尽くす二面の本棚。

 ガラス窓から射し込む明かりでおこなう読書が彼にとって格別なのだ。

 本棚から取り出した本は、

『モンスター史 絶滅の危機に瀕したモンスターたち』

 レルタスが本を開く。

 読み始めたその本には、秘密がある。

 この一文だ。


 “オブテイン神君臨前、膨れ上がった冒険者によってモンスターは絶滅の危機に瀕していた”


 次の文には、


 “オブテイン神の君臨と時を同じくし現れた魔人により、突如おきたモンスターの大量発生。また今のようなモンスターが出現するとともに強力な力を備えるにいたるのだった”




 冒険者を題材にした事実(フェクト)小説や創作小説において、冒頭で良く使われる文が存在する。


 “光など届きはしない、雑木林(ぞうきばやし)や森林の深奥。

  そこに棲まうモンスターは、人々から恐れられていた。

  冒険者は、富や名声。あるいは、日々の生活のため。モンスターを討伐する”



 そろそろ、モンスターの絶滅の危機に瀕していたに関する真実を開こう。



 ▽ ▽ ▽




 スケイルアーマーを装備していた男がバスタードソードを抜剣し叫ぶ。

 光沢を消し、消音魔法を付与したスケイルアーマーは、闇に溶け込むこともできる。

 雑木林内で人の動きがあった。

 今は、昼の12時過ぎ。モンスターを狩るのに適した時間である。

北北西(ほくほくせい)にゴブリン2体! ソリット、攻撃魔法!」スケイルアーマーを装備した頑丈そうな男が叫んだ。

 新たに人の背丈を超える茂みから飛び出してきた2人の内、1人が地面を軽く削って立ち止まる。

 右手に保持していたロッドの先には真紅の苦礬石榴石(パイロープ)がはめ込まれてあった。

「我が意思に答えよ。暴威よ巻き起これ! 《塵旋風(じんせんぷう)》」

 2体のゴブリンは、緑青りょくしょう色の体だ。その前方に強烈な旋風つむじかぜが出現し、周囲の葉っぱを巻き込み。2体のゴブリンを飲み込んだ。

 ゴブリンの断末魔だんまつまも束の間。落下音とともに、旋風が消え。

 絶命した2体のゴブリンが、地面に横たわっていた。


「ソリット、やるじゃん」


 冒険者ソリットの左肩をポンと叩いた彼女は、バイラリン。女性冒険者だ。

 一昔前。冒険者といえば男性を差す、といって良かった。

 いろいろと便利になってきた世の中にあって。現在、女性冒険者は珍しくもなくなった。

「これで、依頼完了ね」

「ソリット、バイラリン、お疲れ。ゴブリンの二の腕にある角を採ったら、帰ろう」

「お疲れ様です、バイラリンさん。レメネスさん」

「おう、うん? ……」

 いぶかしげな表情を浮かべた、リーダー格たるレメネスに2人が気づく。

「どうかしました。レメネスさん」

 レメネスがソリットの口に手を当てる。まだ童顔なソリットが、レメネスの手を掴み口から離す。

 歴戦の強者であるレメネスには、分かった。

 近づく、強敵の香りが。「距離、約980メートル先。大型のモンスター」

 静かに呟いたバイラリンは、左腰で帯剣していたショートソードを抜く。

 同時に刃が鞘に当たり、先ほどの呟きを超える音を奏でる。


「ばか、音を出すな! 牙熊フェーンベアの聴力は犬より上だぞ」

 怒りを込めながらも、抑え気味に発した。

 大地が振動する。地面を揺らすように巨大な何かが駆けてくるようだった。

 草が踏みつけられ、木々が薙ぎ倒される音。それらが同時に聴こえてくる。

 合わせるように彼らの鼓動が速まっていく。

「ソリット! 一番威力の高い攻撃魔法を詠唱しろ!」

「わ、分かりました――」


 振動が激しくなっていく、時間の経過は彼らに恐怖を植え付けていった。

 詠唱しながら、ロッドを持っているソリットの右手が小刻みに揺れ動く。

「――求めよ、理解せよ、(ことわり)を超えよ。すべてを刈り取れ《蓮鋭水円撃(れんえいすいえんげき)》!」

 上空に浮かんでいた水の塊が、形を変化させた。

 円状の水が高速で彼らの上空で回転し、鋭い音を立て続ける。

「上級魔法、さすがアルマイトにつらなる貴族ね」

「来るぞ、展開しろ!」

 間髪入れず、彼らの目先にあった木々が薙ぎ倒された。

 現れたのは、巨大な熊。

 熊というべきではない怪物。

 牙熊フェーンベアだ。顔を大きく見せる、上部の口に生えている20センチメートル以上の牙。

 その毛皮と牙は、高値で取引され。貴族への献上品において人気の品である。

 レメネスの合図で、バイラリンとレメネスが左右に大きく跳び安全な距離を保つ。

「行け!」

 水の円盤が牙熊を強襲する。突き出された右腕に造作もなく食い込むが。

 上腕で水の回転が止まり。霧状になった水は、一瞬で飛散した。

「駄目か、ソリット。後退しろ!」

 一目散にソリットへと飛び掛った牙熊の動きを止めたのは、レメネスが抜いていたバスタードソードだった。

 牙熊の爪とバスタードソードが交差し重い音を辺りに流す。

 右手に力を込めたレメネスは、剣から利き手ではない左手を離しバイラリンにハンドサインを送る。


「オラッ!」男でも怯む叫び声を上げたバイラリンは地面を利き足で蹴る。

 一度の踏み込みで、牙熊に急接近し斬り付け離脱。気を取られた牙熊へレメネスは、連撃を加えようと試みる。

 左に傾けたバスタードソードに魔力を流す。

「魔力浸透《半皐月はんさつき》」偉大なる剣人ロガレクが生み出した。ロガレク流の奥義にして最強の剣技。

 煌めいたバスタードソードがおよそ一秒で、薙ぎ払われ、そこから流れるように左から突き。

 振り上げられ、最後に右から水平斬りをしたことに2人は気づかなかったというよりは見えなかった。

 レメネスが後方に軽く跳躍するのと同じく、牙熊の巨体がゆっくりと倒れていく。

 地面にまず牙熊の膝が接触し、胴体が地面に叩きつけられ軽い振動が彼らを襲った。

 


「ルマイト通貨で金貨6枚分の収入だよ。でも、どうして中級の俺なんかを数あるトップパーティのひとつ『フィーニス』にいれてくれたんですか?」

「……そのうち分かるわよ。そのうちね」

 バイラリンの言葉に苦笑いを浮かべたレメネスは、砕けた木片もしっかりと回収しながら。今後について考えるのだった。




 ▽ ▽ ▽




 そこは広大な農園だと近隣の村人は、思っている。

『関係者以外立ち入り禁止』『冒険者の立ち入りがあった場合。()()の処置を取らせて頂きます』

 そう書かれてあった看板の上部に刻まれていたのは、

『特別試験農場』

 堅苦しいオブテイン語の使用で、ここの関係者でも読み間違えることがある難読さだった。

 その先には、一応普通の農場が広がっていて小麦や大麦などを栽培している。

 問題はその先にある警戒区画内にある。厳重警戒区画内だ。

 上空から見渡せば、一目瞭然。

 そこでは、ゴブリン、オーガ、オーク、リザートマン、牙熊フェーンベアなどその他モンスターが飼育されていた。

 なぜ本来なら敵であるはずの。モンスターを飼育管理しているのかについては、彼が話してくれそうだ。



 スロウトは、報告のため。木造建築の中を小走りで駆けていた。

 ドアを勢い良く開く。

 丁寧に扱えと何度も注意されるが、そんなことはスロウトにとってどうでも良かった。

「スロウト、……今からゴブリンの族長との会合がある。急ぎじゃないなら後にしてくれ」

「急ぎだ」

 スロウトは高価な手渡した白紙を男性研究員、ハルドイに手渡す。

 着ていた白衣をひるがえし、窓の外を眺めながら紙へと視線を向けた。

 目を通した後に眉をひそめたハルドイは、口を開く。

「脱走したあの牙熊が、トップパーティ『フィーニス』に討伐されていた。と追加で放出したゴブリン43に対して討伐数45。自然種の確認は取れずと」

「手塩にかけて育てた牙熊がねー。それにしても『フィーニス』か、オブテイン神教を信仰する信者の集まりしトップパーティだったね」

「そうだ。にしてもいったい、いつまでこれを続けるんだ?」

「私に聞かれてもな。スロウト、なんで私たちがこんなことをしているか分かるか?」

 スロウトが煩わしそうに頷く。

「魔人との戦いで使用した広域爆裂魔法円の使用とモンスターを超える成長速度をみせる冒険者の増加」

 スロウトの話はすべて、教本通りの回答で独自性はない。

「主因は、勇者と転生者なんだよ」

「勇者と転生者?」

 スロウトが彼の近くに置かれてあった椅子に腰掛ける。

 それに近づきハルドイは、話しを再開した。

「やつらは、人ならざる力でモンスターを狩って狩って狩りまくった。常人と比較するな。

 強さの根幹は、理解力だ。フィーニス理論を知っているか」

「さあ」首を横に振る。

「前世で関係を持った者とは来世でも関係を持てる。という良く分からん理論をまとめたものになる」

「そうか」

 ――お前が良く分からないのかよ! とスロウトは心の中で思う。

 ハルドイは少し離れた場所に置いてあった椅子を持ち、スロウトの近くまで持っていく。

 椅子に座ってから、話しを続けた。

「ドラゴン種と変異種を除いてモンスターはほぼ絶滅危惧種に指定されている。これはどうにもならない真実」

「だから、三大国管理の下モンスターを飼育、繁殖させているんだろ」

 三大国といえばロガレクス帝国、シュタニアス王国、イルセミア王国だ。

 ドアが三回ノックされた。

「《失礼します》」

 ドアに手を掛けていたのは、緑青色した体のゴブリン。

「《そのへんに座ってくれ》」

 スロウトにはごにょごにょ言っているようにしか聞こえない。

「《あいおうえ、よし。ひさし振りだな族長》」

「《スロウト、魔理語(まりご)が使えたのか》」

 頷くスロウト。

 魔理語。言葉に魔力を込めることで意思の疎通を図るものだ。それにより別種の種族間とでも会話が行なえる代物だ。

「《リンゴはないか?》」

 ゴブリン族長の言葉にハルドイが首をかしげる。

「《ここにはないぞ、リンゴはな》」

「話に乗ってどうするスロウト……」


 今後の部族構成と戦闘技術訓練について話し合った彼らは、そろそろ解散することにした。


「《それでは、失礼します》」

 ハルドイとスロウトがそれに答えた。

 部屋から、ゴブリンの族長が退室してすぐ。スロウトが口を開いた。

「なあ、ハルドイ。ここで得られた研究結果は各国に渡っているよな」

「ああ、今後の発展のためにな」

「なぁ、本当に人がモンスターを管理できると思うのか?」

「それは、私にも分からない。若しかしたら、今の能力値より本来はもっと力を持っているのかもしれないと思うことがある」

 ゴブリン族長が先ほどまでいた椅子の上に、青リンゴが置かれてあった。

 スロウトがすぐに気づく。

「あれ、“青リンゴ”なんで」

「嘘だろ。召喚魔法……、ゴブリンのやろう。まさか反旗を翻しやがったのか」

 青リンゴが周りの魔力を吸い込み、青い閃光を発した。

 目を眩ませられた2人は悪態をつく。

「くそ、特定言語発言発動魔法かよ!」

 スロウトが怒りをこめて叫ぶ。ハルドイは、両手を前に出して詠唱を開始する。

「――なんで、魔法が発動できない。我が意思に答えよ、防ぎ守れ。《防板(ぼうばん)》」

 魔力は確かに流れるてはいるが、魔法は発動しなかった。

 突如、建物が横に振動する。

「地震か……」

 破裂音と同時に爆発音。続くように建物のガラスが全て砕けた。

 椅子ごと吹き飛ばされた2人の研究員は、そこで気絶してしまった。


 彼らが気絶から回復した時には、一体のモンスターさえいなくなっていた。

 最終的に三大国の下、この件に関しては全て葬り去られた。





 “オブテイン神の君臨と時を同じくし現れた魔人により、突如おきたモンスターの大量発生。また今のようなモンスターが出現するとともに強力な力を備えるにいたるのだった”


 “同時に発生した。魔法の発動不可現象により、モンスターの生息範囲拡大。これらが広範囲に亘ってモンスターが分布する現在の主因である”

                                       




 一冊の本には、完結したように書かれてあるが実際にはそんな結末ではなかった。

 あの時。全ての首謀者はゴブリン族長ただ一体。この特別試験農場については、全て封印された出来事である。

 もっともらしく書かれてある本でも、実際には真実とはかけ離れているものだ。 




 レルタスが本を閉じる。

 オーク材で製作された堅牢な本棚。

 数千冊以上の本が置かれた本棚に、

『モンスター史 絶滅の危機に瀕したモンスターたち』をレルタス・フリロンテは詰まらなさそうに戻した。

 その本を読んだ彼には、世界は面白くないものであった。

 他にも専門書が並べられていたが、今日は読まない。

 外から流れてくる、木剣を打ち合う音にレルタスは腹立たしさを感じていたからだ。

 レルタスの頭にふと浮かぶ。冒険者は自己犠牲、思いやり、把握などが大事である。

 だが、そんな体面だけを意識した。馬鹿みたいな言葉が一番彼には腹立たしさを覚える言葉でしかない。

 自己犠牲など、弱者のみ受ければ良く。強者はその上に立つのみ。

 8歳にして才能があるがゆえ、強すぎるがゆえ。思い上がっているのかもしれない。

 それゆえ、誰も彼を止めることができない。

 彼の夢のひとつに歴史に名を刻むというものがある。

 確かに彼は、未来で歴史に名を刻む。名は煉獄のレルタスとして。

 それは、史上最悪の魔法剣士――。

 レルタス・フリロンテの二つ名だ。

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